番外編【女神さまプロデュース☆ハンナ・カンベルトのデート大作戦!!】
コルコタ冒険者組合より居住区へと向かう道程。時刻は少し昼を過ぎた十五時頃の快晴で、今日は休日前の金曜日。
早出の出勤という事もあって受付の仕事が早く終わった彼女、ハンナ・カンベルトは二枚の紙をヒラヒラと片手に。休日前には似合わぬほどに気分を少しばかり落ち込ませていた。
「はぁ~、どうしよ。コレ…」
石畳を踏む足どりは軽快ではなく鈍。
青色の仕事着のまま瞳を曇らせて悩む少女に、降って沸いたように桃色の短髪を揺らしながら彼女が姿を現した。
<どうしたのよハンナ? 私の起源者ともあろう者が溜息なんてついちゃって~>
丸っこい白基調の服装の体長二十センチでふわふわと浮かぶのは妖…ではなく、運命の三女神が一人“クアト=ロニカ”こと、ロニカ様だ。
「どうしたもこうしたも無いですよ。運命を見るロニカ様なら、コレについての助言ぐらいほしかったんですけどー」
息を吐くような気の抜けた物言いをしつつ右手に握っていた紙切れ二枚をロニカ様へと見せた。
<なになに~……『愛と邪竜と勇者と恋と』て、コレ演劇のチケット? 親御さんにでもプレゼントするの?>
「ち・が・い・ま・すー!! ホンッッットは友達と見に行くつもりだったんですけど、急な予定が入ったらしくて……」
<じゃあ、親御さんにプレゼントすればいいじゃない? それか一人で行けばいいんじゃない?>
「そう言う問題じゃありません!! ……というか、両親は今週の日曜日から遠征ですし、チケットは二人用なのでそもそも劇場に入らせてくれませんよ」
因みに女神“クアト=ロニカ”はハンナ・カンベルトにしか見えていない様にしている――女神さま談――ので、傍から見れば一人が喋り一人が受け答えている。しかし、事が事であった為に他からの体裁など露知らずの彼女。
「はぁ、“劇団セテーラ”の新作なのに。朝から並んで苦労して買ったのになー」
一周回って吹っ切れる為に、或いは一抹の望みに賭けるべく。
起源者の刺々しい言い分とこんな未来を見透かせなかった【名在り】…もとい女神さまにうらやむ様な睨みの視線をハンナは向けて、当の女神さまは女神さまらしい答えを探すために一考、凝視、俯瞰――――成熟。
<分かったわ! そこまで言うなら付いてきなさい!!>
女神さまが自信満々に胸を叩けば、自身の身体から魔力が多めに抜けた。
あの事件の後に説明されたが、【名在り】は【名無し】の能力――【危険な時に最善の道を見出す直感】――が基本となっているようで、曰く能力を意図的に使えば、魔力の消費がその分多いらしい。
つまり、この魔力の消費は女神“クアト=ロニカ”が少し先の未来を視たという証。そして、理解が及んでいた私は前方に指をさす彼女の指示に従うのであった。
「これでいいですか?」
<う~ん……もう一、いや三歩進んでみて>
「一、二、さ……―――キャッ?!」
数えながらに地面を見つつ二歩、三…といったところで誰かとぶつかって体勢を崩してしまった。
重力に従って背中から地面へと急転直下するかに思われたが、勇ましい彼の腕がソレを防いでくれた。
「大丈夫かい。ハンナ君」
こちらを覗き込むのは深紅の瞳。
黒髪でいつものように“白銀”の外套を纏った彼、ロー・ハイル・ヘルシャフトその人。
「ろ、ろろろ……」
突如としての急接近。舌はとぐろを巻いてしどろもどろ。
この近さは不味い。顔は火が出るような熱を持ち、今の自分は目も当てられないほどに湯だっている。
<ヒュー、ヒュー、おガチな恋いの距離ネ~お二人~?>
「あー……立てる?」
「は、ハイ?! た、立てます!」
女神さまの野次馬性高めの合いの手で両者とも気まずくなり、距離を取るようにして崩れた体勢を正してもらい、流れるように野次馬を『グェッ』と両手で鷲頭んで背中に回す。
「………」
「………」
両者とも押し黙ってしまい雰囲気は相も変わらず。しばしの沈黙。
「……それじゃ。今度は前を見て気を付けて帰るように」
模範的な物言いで滞った空間を斬り裂くようにロー・ハイル・ヘルシャフトは踵を返す。
<ちょぉおおおっと。待ちなさーい!!!>
が、しかし。
女神さま、いや運命の三女神が一人“クアト=ロニカ”はソレを許さず。いつの間にか両手からすっぽりと飛び出し、鶴の一声。ならぬ、女神の大声で白銀の彼を踏みとどまらせた。
「はぁ、なんですか女神さま?」
<なんでも何もないわよ?! というかまた見えてるのね?! 女子一人転ばせそうになったんだから、耳貸しなさい耳!!>
口を挟むのもはばかられるぐらいの勢いでロニカ様は白銀の彼に詰め寄り、二束三文の芝居口調混じりに話を始めた。
<と、いうワケで~――――>
「ふんふん…」
<そんでもってのてー…>
「はあ、ほう……へぇ」
白銀の彼、ロー・ハイル・ヘルシャフトというとその勢いに押し負け、適当な相づちをしつつロニカ様の話を聞いている。
そうして、三分ぐらいたった頃合い。女神さまと彼とのヒソヒソ話は終了し、
「時にハンナ君」
「は、はい?!」
「……今週の日曜日だったか? ここで会ったが何かの縁。俺でよければ、一緒に演劇を見に行こうじゃないか?」
こちらに白銀の彼が向き直ったと思えば、取り付けられたのはデートのお約束。
「い、良いんですか?」
「もちろん。復興作業の手伝いも無くなって、次の仕事が入るのは来週以降だ。良いのか悪いのか、最高位冒険者の仕事は値段が高く数が少ないからね」
「じゃ、じゃあ…―――」
女神さま…ロニカ様はというと、こちらを向いて『ハァッ』と満面の笑みでサムズアップ。
「よろしくお願いします!!」
断る理由なんてものは那由他の彼方に置いて来た。
ハンナ・カンベルトは女神さまに劣らず喜びの溢れた満面の笑みで深々と頷く。
●
「じゃ、そういう事だから。留守は任せるぞ火煉」
「おう」
スウィートルームと呼ばれる“虹の涙亭”が最上階。その階すべてが一室という特別仕様。しかして、内装は変わらないのが中堅な宿屋の特筆か。
あらましを昨日の内に説明し終えた、我らがリーダー“白銀”のロー様は留守をオレに任せてから日曜の晴れた昼に借り部屋から外出。
いつもの白い外套ではなく、カジュアルなシャツにパンツを身に着けていたのは…まぁ、最高位冒険者として目立たないのと目新しい服装にて知人との約束に花を持たせる為であろう。
コルコタで生まれた最高位冒険者となれば、少々面倒くさい日々が続く今日この頃。地元を歩こうものなら、あの死肉の巨人の一件以来の有名税――――何かと人に囲まれ、握手やサインに写真など求められるのは身に染みているのでロー様の装いは頷ける。
「………」
早朝よりフィリアナとニーナは出かけているのでこの部屋には自分以外誰もいない。となれば、残された者は自然と静かに一考に耽ってしまうのは常だ。
曰く、ロー様は女神さまの奸計でハンナとその友達が見に行く予定であった舞台のチケットを、その予定通りに消費しようと持ち掛けられ、応じた。
一見、ただそれだけに見えるが、コレは奥が深い。例えるのなら、キャラメルソースに謎が隠された殺人事件の如く(?)
「うーん、ラブコメの予感がしゅる! ッてか?」
最高位冒険者と一介の冒険者組合の受付。二人そろってのデート…何も起きないはずはない。
そうと決まれば、光の如き速さでいざ行かん。他人の色恋に興味はないが、こんなにも心躍る面白いイベントを見逃すのは罪であろう。
留守番はすっぽかすが…なに、心配はない。ここは、スウィートルームであるからして。
「くっふっふ~。聞いたか? フィリアナ」
「ええ、聞いたわ。ニーナ」
「て、居たのかよ?! 二人共?!!」
身支度を整え、玄関口に歩もうとした瞬間。
ベットの下と風呂場から現れた気配…というか早朝に出かけたはずの二人にはかなり驚きを交えつつツッコミである。
「当たり前田の助じゃ。愛される妾がロー様のデートの様子、見に行かなくてはいかんじゃろうて?」
「あー、そうだったな。で、フィリアナは何でまた?」
「それは…その、元皇帝として不遜なき態度を取っていないかどうかを………」
「ハッ、そりゃねぇだろうさ。この世界に来てからロー様の…なんつーか、威圧感? ていうのも感じネーし、心配ねーんじゃねーのか?」
図星、だったのだろうか。
オレの言い放った言葉にフィリアナと、何故かニーナが一瞬怪訝な顔をしたものの「そうね」とフィリアナは得心がいったのか頷いた。
「でも、見に行くのは変わらないわよ」
が、所詮それだけの事らしく、野次馬精神は上等らしい。
「へえ~、強情だな。珍しい」
「別段、珍しくもなんともないわよ。番外編はちょっとばかりハメを外しても罰が当たらない日ってだけ」
「ふ~ん、番外編はそういう日なのか……あ。“遠回しな理屈だな”、て言った方が良いか?」
「なにをしておる二人共?!! さっさと追わねばデートが始まってしまうぞ!!」
声を掛けてきたニーナの方を見ればいつの間にか玄関扉を開け、今回の必需品『消えゆく外套』を頭から羽織っている。
「んじゃ、いきますかね!」
と、まあ、こんな具合で。
〔こちらムラサキ。ターゲットの姿は見えない。どぞー?〕
時刻は昼を少し過ぎた頃、天気は快晴。場所はコルコタ南東部、歓楽街区への入口手前。
〔こちらエメラルド。周囲にコレといって障害物は無く、ローサマーは一分ぐらい待ちぼうけている……どぞー?〕
〔こちらクレナイ……この距離で<レテス>は必要ないと思う。どぞー?〕
〔何を言うか火煉?! こーいうのは雰囲気が大事なのじゃぞ?〕
〔雰囲気って……じゃ、『消えゆく外套』着てる間は誰にも聞こえねーし、普通に駄弁ろうぜ〕
〔うむ、そうじゃな。面倒くさくなってきた〕
〔あっさりかよ?!〕
ニーナを先頭にオレ、フィリアナと隊列を組んでロー様を隠密に尾行し、待ち合わせ場所に到着したロー様を監視しつつ待つこと二分と少し。
〔こちらエメラルド。ターゲットを目視しました。どぞー?〕
「いや、もういいっ…―――――て」
もう一人のターゲット、ハンナ・カンベルトがやって来た。それも、獄炎火煉が目を見張るほどの変わりようで。その姿には、流石に良い意味で絶句だった。
いつも後ろで一つに纏めている栗色の髪を下ろし、黒のボウタイに琥珀色のフリルブラウス、手には藁で編まれた鞄。下には大きなベルトが一つ、ベージュ色のロングスカートを腰に固定している。
少しばかり厚底の靴を履いているのは、齢十五歳の姿をこれから共に歩む白銀の彼に合わせてか。
「ヒュウ。あんな隠し玉を持っていたとはな」
馬子にも衣装。というのは悪口だが、農業用の作業着や受付のパッとしない服装からの転身には、そのぐらいの所感で驚きに口笛の一つも吹いてしまう。
「ターゲット、動きよったぞ!」
「行くわよ火煉!!」
感慨深くしみじみとしてれば、どうやらターゲットは話を終えて動き出した様だ。
手こそ繋いでないが見れば、二人の歓談に花を咲かせる後ろ姿は絵になる――――ニーナには悪いが、睦まじい光景と言っても過言じゃない。
「お、おうッ」
結構満足するイベント序盤ではあるもののコイツはまだ一合目。
山場には程遠い。ニーナとフィリアナに掛けられた声に釣られ獄炎火煉は大人しく付いて行く。歓楽街区へと足を進めるターゲット二人を追っかけて。
「な?」
「ぬ?」
「……あれ?」
歓楽街区は娯楽に特化した区画である故に、路地は他の区画よりも広めに作られている。
例え十人が一列になっても十分な道幅が確保できる程度には、だ。
「どこいった?」
だがしかし。
曲がり角を曲がった先に見えた人間は、朝から飲んだくれている酔っ払いのおっさん、娼館の前を掃除している女、巡回中の憲兵、物珍しい魔道具を買いに来た五級ぐらいの冒険者、復興兼リニューアルしたコルコタを恐らく観光しに来たお金持ち連中等々。
「………」
ロー様とハンナ・カンベルトの姿は無い。だが、案ずることなかれ。
こちらには最高の斥候。しかも、全力で事に当たっているニーナ・レイオールドに死角は無いのだ。
「上じゃ!!」
ニーナの言葉に上を向けば、縦じまシャツをなびかせるロー様の姿があり、おもむろにこめかみへ右手を添える。
〔こちらローサマー。尾行をするならば<レテス>の効果はパートナーのみに絞るように。常にオープンな回線は意味が無いぞ? ――――それと、野次馬はほどほどにな?〕
半ば呆れながらに耳の痛い忠言を言い放ったかと思えば、ふとオレ達の周りの空気が変わる。
「あ、白銀の…」
「キャー?! 火煉さんだわ! お父様!!」
「むぅ。しかし、彼女は……」
「オレまだ握手もして貰ってないんだよ」
「どうする? 誰が声かける」
「ファァー」
ヒソヒソと選り好みするような視線をこちらに向けたり、純粋な眼差しを向けたり、或いは酔っぱらったまま寝てたりと。
いずれもが悪い感情ではないが、虎視眈々とこちらへと声を掛けるのを見計らっているのは少々居心地が悪い。
〔『消えゆく外套』の効果はこちらで切っておいた。他人の逢瀬…ではないが、約束事の覗き見には少しばかりの罰を与えよう。―――――じゃ、ファンとの交流を楽しんでくれ〕
と、まあ、そのような具合で。
「ヘッ。完敗だぜ……楽しんできな、お二人さん」
火煉の捨て台詞を最後に最高位冒険者“白銀”の御三方は、ファンという名の人海戦術に飲み込まれるのであった。
●
上演開始まで残り三十分という丁度いい時間。火煉達を巻いて彼女らの“してヤラレチャッタな叫び”を背に無事、演劇場へと辿り着いた。
「へぇ。ここが新しくできた演劇場か」
「そうなんですよ。元から作ろうって話はあったらしくて、復興ついでに計画が進んだそうですよ」
真新しくできた演劇場は窓も木造の骨組みも見えず、どこかのっぺりとした鼠色の外観をしている。
曰く、この形が“最新式の演劇場の型”らしいが自分には全くもって既知の造形であった。
(客席数は二百五十七。鉄筋コンクリート造とは……流石は商業国の手腕。近代建築術で防音設備を整えたのか)
半木骨造の建物が並び連ねている中で異彩を放つ造形美、四角いコンクリートの塊。
景観保存だとか、そぐわないだとか、住民からの文句が届いていないのは商業国が率先して工事を進めた為だ。と、前日のリサーチついでに話を聞いた商業都市コルコタ都長の言を思い出す。
「なにやってるんですかローさん? 早く入りましょうよ!」
「そうだね」
ハンナ君の勢いに気圧されるようにして少しばかり重い両開きの扉に手を掛け、押し進むように中へと入り、出迎えてくれたのは床一面に広がるまだら模様の赤い絨毯、淡く暖かな宙に浮かぶ魔法の光、等間隔に壁に掛けられ上演する劇のポスター。
外見とは裏腹に、高級感あふれる上品で華美な内装である。
「演劇場“パルプトラ”へ、ようこそいらっしゃいました。ご用件をお伺いいたします」
そして、入ってすぐ左側からスーツを着用した受付カウンターの男性が声を掛けて来た。
「あの、劇団セテーラの『愛と邪竜と勇者と恋と』を見に来たのですが……」
少女の言葉に彼は慣れた動作で深く一礼し、
「チケットを拝見させて頂きます」
右手を差し出し、応じたハンナ君は持っていた二枚を手渡した。
「………」
すると、彼は突然押し黙って、こちらからは見えない受付カウンターの裏側と睨み合い、指を這わせて数分後。
「お時間よろしいでしょうか?」
終われば、客人二名に唐突に聞いて来るではないか。
劇が始まるまでは三十分。当然時間はあるとハンナ君と顔を合わせて頷けば、彼の落ち着いた顔色が一気に明るく移り変わる。
「……おめでとうございます! お客様方は見事“アタリ”を引きました!!」
「えぇッ?! ほ、ホントですか!!?」
「ハイッ。どうぞ、こちらに」
彼に導かれるまま関係者以外立ち入り禁止の裏方の回廊へと歩を進める中、当然のような疑問をハンナ君へとぶつける。
「“アタリ”って、何が当たったの?」
と、ハンナ・カンベルト嬢。
子リスのように頬を膨らませて『ムフー』とした笑みを浮かべた。
「ついてからのお楽しみですよ、ローさん!」
弾んだ声の主はそう言うと次々に現れる舞台の小道具や大道具の倉庫、演者の控室に圧巻して目はグルグルと色を変える。
くぐり抜け、軽い社会科見学の末にたどり着いたのは周囲とは違う高級感あふれる黒壇の扉。
牽引する彼が三度とノックをして部屋の主から了承を得れば、扉を開いて中に入るよう一礼し、ハンナ君と自分は応じて入室。
中に入れば、机を挟んだソファが二つ。部屋の奥には支配人専用の机が一つ。緑色のカーペットに黒檀の家具とゴシックな雰囲気の一室。ただ、そこに鎮座していたのは演劇場“パルプトラ”支配人ではない。
何故なら、前もって目を通していたパンフレットに乗っている髭面の顔写真とは大いに違い。
何故なら、世界中を回る劇団団長の顔であるからして。
「こんにちは。お客様」
太い眉と白髪交じりのもみあげ、パイナップルのように頭のてっぺんで一つに纏めた髪、雑多な演目をこなす公演劇団よろしくのトップハットを机に置いて道化一歩手前のマジシャンスーツを着こなすこじんまりとした低身長小太りな男。
「私は公演劇団セテーラの団長、キルド・グレイソンです。本日は………――」
筆をおき、机の前に出て一礼した男はこちらをまじまじと見るや否や時間が止まったように制止。
「―――て、貴方は、白銀の?!」
そうして、声を裏返らせてリアクションをとったかと思えばこの一言である。
「初めまして。ロー・ハイル・ヘルシャフトです」
とりあえず、驚かせたのはこちらに非がありそうなので一つ咳払いをしつつ自己紹介。
「……い、いやはや、申し訳ございません。巷に聞く最高位冒険者がいつもの白い外套を羽織らずこんなところに居るとは思わず、つい驚いてしまいました」
「ああ。今日は友人と劇を見に来たので、こういった恰好をするのは当然です」
中々似合っているのではないかと胸部分を正しつつハンナ君に目配せすると、彼女は…多分だが肯定的な笑みを浮かべてくれた―――――うん。やはり現代知識無双に基づいた服装に死角はない。この世界が現代寄りだったのは助かった。
「失敬。では気を取り直して……――――コホン。本日は“アタリ”をお客様二人に、ささやかではありますが贈り物がございます。………ご理解しているとは思われますが、形式上説明が必要ですのでどうぞそのままお聞きになってください」
公演劇団セテーラの団長であるキルド・グレイソンの説明を要約すれば、今回裏に通されたのは“舞台に出る”チャンスを与えられた為だ。
彼らの主催する演劇では配られるチケットに記した番号をランダムに選び、舞台を見に来た客を定期的に飛び入り参加のゲストとしているようで。
その際、演技力が高ければそのままセテーラに引き入れられたりと役者を志す者に取っては何とも夢のある話。
で、その理屈は公演劇団セテーラのファンでもよろしく、隣で興奮する彼女を見れば言わずもがな。
「というわけですので、今回の『愛と邪竜と勇者と恋と』に――――」
「でますッッ!! ですよね?! ローさん!!」
「そ、そうだね。何事も経験だ」
キルド・グレイソンを押し退けんが勢いでハンナは言い切り、押し出された自分もそれに同意する。
「…で、では今より二時間と二十分間。台詞、立ち位置、衣装の着付けを行います……ああ、台詞等はそれなりな数ですがご安心を。間違ってもこちらで何とかしますので、お客様は今日という日を楽しんでくださいな」
そうして、しばらく後。
“アタリ”が出たと団長直々の客への説明で次の舞台の始まる時間が少し延期され、その裏ではハンナ・カンベルトとロー・ハイル・ヘルシャフトが付け焼刃ながらもサマになる舞台の稽古を行っていた。
配役の選択、演じる役の説明、バミリの場所とリハーサル、発声練習、魔道具の使用方法……などなど。
十全とは言えぬもののやるだけの事はやって、後は本番に臨むだけ。
「ローさん……緊張しますね」
もし、台詞や立ち位置を間違えたとしてもフォローがすかさず入るそうなので心配はなさそうだ。
「ああ、そうだね。――――行こうか!!」
舞台と客席を長方形に並べたシューボックスの劇場は邪竜の息吹によって暗転し、遂に出番が訪れる。
飛び入り参加の二人は、覚えたての役者魂を胸に舞台へと躍り出るのであった。
「邪竜め!! 私を辱めるぐらいならひとえに殺しなさい!!」
『クゥウハッハッハッ!! そう急くなシータ姫よ。お前は勇者アルファンドラをおびき出す為の囮にすぎぬ。高尚なるその身、その時まで精々生きながらえるだけのなッッ』
舞台を覆い尽くす暗緑の翼を生やした邪竜は手に捕らえた無力なその姫に宣う。
観客は様にどよめきを口々に走らせる。邪竜の所業を見て……――――――いや、それは違うと断言ができる。
『愛と邪竜と勇者と恋と』のヒロイン、シータ姫は長い黒髪を持つそれはそれは美しい美貌の姫君。と、物語の佳境にしか出てこぬ為にパンフレットにはそう言った触れ込みで登場人物紹介がされている。
(……何も言うまい。私はハンナ君の思い出作りの為、徹底的に演じるだけだ)
しかして、邪竜の腕に抱かれていたのは純白のドレスを着た二メートル弱の身長の筋骨隆々の自分、ロー・ハイル・ヘルシャフト。因みに役柄故に黒い長髪のカツラは被っている。肩幅は広い。
なぜこうなったのか、簡単な話だ。
ハンナ君が勇者役をやりたいと言い、彼女の進言で自分は断る術もなく姫君役に推薦された。そして、そんな彼女の提案に団長は首を振るどころか「おもしろい」と一言、サムズアップでGOサインを出したのである。
反感批判の嵐になるかと思われたが最高位冒険者チーム“白銀”の人気は今のところ衰えずにあり、見た限りでそれらを買っていないのは幸いだ。
〔さてさて。悪逆非道の邪竜グログーニルは自らを倒しゆる可能性を持つ勇者アルファンドラを屠るべく、シータ姫を囮に勇者を待ち……遂にその時がやってきました〕
語り部、キルド・グレイソンの言葉に続いて。
雷鳴と暗雲立ち込める邪竜の住まう居城に一陣の風が吹き、姫を救わんと蒼と銀の衣を身に纏いしハンナ・カンベルトが演じる勇者アルファンドラが邪竜に剣を掲げる。
「ゆ、勇者様!? ダメ、逃げて!!」
野太い声でシータ姫――ロー・ハイル・ヘルシャフト――は勇者に逃げろと叫ぶが、アルファンドラは首を振る。
「姫を返してもらうぞ」
物静かでありながら怒りを乗せたその言葉を邪竜は笑う。
『クゥウハッハッハッ!! キサマも王に命じられて我を倒しに来たようだが、見ろ。周囲に転がる敗残者の末路を』
邪竜の周りにあったのは或いは挑み、或いは貪られた者達の躯が沢山と。
『我は不死である。何人も我を殺す事は出来ん。それに我を倒せるのがキサマと予言されていたが……矮小なるその身に余る名よな。それは』
首をかまたげ、一抹の可能性に怯え勇者を睨む邪竜は火炎を放つべく自らの口に炎を溜める。
『いや、待て。よく似ているが……キサマは誰だ?』
が、グログーニルは目の前にいる人間が全く別の物だと気づき、迷いから動きが止まる。
その刹那、雷鳴から一振りの剣が邪竜の右目を一閃。
『グゥゥウアァァァアアアッッッ――――?!!』
それは蒼と銀の衣を身に纏いし、もう一人の男の勇者であった。
『あまつさえ愚者を用いての不意打ちとは、許せん許せんぞぉおぉっっアルファンドラァァァァァァッッッ―――――!!!!』
「それは違うな、邪竜グログーニルよ。彼女もまた勇者アルファンドラ!! 私とは違い、恋と愛を知った者だ!!」
二人の勇者アルファンドラが邪竜に剣を差し向け、いざ対面。
その様に悶える邪竜グログーニルは怒りの色に眼孔を染めたまま、納得した。
『そうか、そうかお前…お前達で真の勇者というわけか?!!』
「そうだ。オレが、オレ達がアルファンドラだ!! そして、オレは恋と愛を知る者の一振りの剣である―――――もうオレは長くない……後は任せるぞ、もう一人のアルファンドラよ」
すると、男勇者アルファンドラは光となって女勇者アルファンドラの剣へと集まる。
『まさか、その光は?!』
邪竜グログーニルが忌み嫌うモノとは、即ち陽光をはじめとした善なるモノ全て。
『グゥゥウウウウォオオオオッッッッ――――――――!!!』
男勇者の成った光とは所謂それで、グログーニルは彼の者が持つ剣の光に当てられた為に力は弱まる。
「きゃっ?!」
姫を捉える力は邪竜に最早なく、握りしめていた彼女を落とすが心配はない。
「大丈夫ですか? 麗しきシータ姫」
手からこぼれた彼女をアルファンドラはお姫様抱っこ――――魔道具で演者の重さは消えているので問題は無い。
「はい、勇者様。でも、どうしてこんな危険な目に合ってまで私なんかを助けてくれたのですか? 勇者の使命? それともお父様の命令だから……――――」
抱え上げたまま、浮かび上がったまま二人の時間が流れる。
「いいえ。二つともそうですが、二つとも違います。この剣となった彼が言っていたでしょう。私を、恋と愛を知る者だと」
「それって……」
勇者は麗しのシータ姫の手の甲に口づけて、微笑んだ。
「はい。私は以前より姫をお慕い申し上げておりました」
姫の頬を涙が伝う。
それは窮地から救い出された嬉しさであり、こんな自分を心から愛してくれる者への喜びであった。
「ありがとう。こんな私でいいのなら……」
勇者と姫の時間が終わり、地面へと足を着けた両者は最後の仕上げに邪竜グログーニルへ向き直る。
「では姫。この一振りの聖剣に手を…」
勇者の持つ聖剣に姫が手をかざせば、その光はより一層と激しくなり、
『愛の、愛の力だとぉおおおッッッ?!! まさか、まさかこれが我を…悪逆非道の邪竜グログーニルを倒しゆる―――――』
陽光にも負けぬ愛の光が輝いて、
「聖剣解放!! 愛と恋は∞の光」
「聖剣解放!! 愛と恋は∞の光」
一振り。
『なんて、暖かな……―――――』
善も悪も何もかも、全ては“愛と恋”の光に包まれる。
〔そうして、邪竜グログーニルは“愛と恋”の力の前に敗れ、姫と勇者の真なる愛は認められて世界に平和が訪れましたのです〕
●
ぱやぱや。ぱやぱや。
ぱっぱっぱっぱっぱや。と、陽気な音楽が煌めく私の胸の内。
朝早くから弁当を作って、不慣れな化粧をして、ちょっと背伸びして高い服を着込んで、まさかまさか舞台に上がって、緊張と喜び…ついでにもどかしさも胸に溢れている今日というふと訪れた特別な日。
事前にロニカ様と話し合って作ったデートの計画は、一部びっくりするような出来事があったものの順調に進んでいて終わりがゆっくりと近づきつつある。
「コルコタから約二キロ……確かにここならあの町の住民を避難させるのには丁度いいね」
一陣の緩やかな風が緑の匂いを運んでくる。
「もう。ローさんったら、せっかくの休みなんですから……」
「おっと、そうだった。仕事の話は無しだな、無し」
木製のベンチが点在する草原の小高い丘、ここはコルコタ自然公園。今日という休日には馬車が出るような魔物も出ない商業都市コルコタの管理された土地である。
「と、時にローさん?」
「……改まって何でしょうか? アルファンドラ様」
ローさんの姫様然とした演技力にちょっとびっくり。そうして、ふと視界を過ぎるは今日の舞台の、私には一生縁もゆかりもない拍手喝采の大嵐。
少しばかりキザったい自分の演技、団長さんにも認められて結果こそ良かったが今思い返せば、滅茶苦茶に恥ずかしく、赤面は上等だ。
「も、もう! 茶化さないでください……―――――コホン。小腹、空きませんか?」
「小腹……? そうだね。空いてるかな」
「じゃ、じゃあ、あそこでちょっと遅めのお昼にしませんか!?」
指さしたのは公園の一室…もとい屋根と丸い机の付いた団らん用のベンチで、ローさんは私のそんな提案に頷いてくれた。
それを見た私はそそくさと公園の一室に向かい、清潔なのを確認してから持っていた藁の鞄から包みと水筒と木のコップを取り出し、机に広げた。
「サンドイッチ。いいね、ここで食べるにはぴったりだ」
「ありがとうございます!」
対面に座った彼に褒められ言葉尻を若干強く答えてしまうが、ここで満足は厳禁。
「じゃあ、いただくよ?」
「はい、どうぞッ」
サンドイッチの内容はカリカリに焼いたベーコン、チーズ、葉野菜を用いたものが半分。
シンプルに焼きながらもフワフワとさせた卵をパンに挟んだものが半分。
妙に凝ったものではなく、作り慣れたものを作った方が良いと、女神さまに言われて今日のお昼に選んだ一品。―――味の方は大丈夫だと思うけど……、
「うん、美味しい。このカリカリのベーコンなんて最高だ」
よかったと、胸を撫で下ろし私も手を伸ばして味見―――――うん、申し分ない味付けだ。
「……どう? 今日は楽しかった?」
「ええ、とっても!! まさか、劇団セテーラの舞台に参加できるなんて夢にも思ってませんでしたよ!!」
「よかったよかった。これは誘われた甲斐もあったものだ」
「………」
「………」
それから私達の会話はしばらくなかった。
内容を口にしようとすると、手の甲にキスをした演劇のひと幕を思い出してしまい私も彼もどこか気恥ずかしく黙ってしまう。
<付き合ってる人が居るの? とか、聞いちゃいなよハンナ~>
唐突に助け舟な泥船…姿を見せないままロニカ様の声が聞こえてくる。
(そんな事、言えるわけないじゃないですか……!!)
私にしか声が聞こえていないのはありがたいが、当然そんな踏み入ったことを聞けるわけが無い。と、最後の一切れを食べ終えて水で流し込み、深呼吸して落ち着く。
「あの!」
「ん? なに?」
「ローさんって、付き合っている人とかいるんですか?」
やってしまった。
女神さま言葉を出来るワケがない、出来ないと。ぐるぐるぐるぐる思考が混ざって頭の中で繰り返していたら、つい口に出しちゃった。
一瞬のようで永遠の時間をかみしめる。冷汗が首筋を伝う寸前で、
「……いや、いないよ」
彼はそんな突拍子もない質問にサンドイッチを食べきり、水を飲んでから冷静に言葉にする。
「じゃあ、好きな人とかは?! …例えば、フィリアナさん達とか?!」
もう、羞恥と好奇心の熱に当てられた私には理性という歯止めが効かなかった。
憧れた彼の事をもっと知りたいからか、それとも熱を帯びた鼓動高まる胸の気持ちに従った為か。どうあれ、実の実は気になっていた恋愛事情をイノシシの様に口に滑らせ、聞いてしまったのに変わりはない。
「いや。確かに、女性的な魅力を彼女達には感じてない訳じゃないが、彼女達には仲間という意識の方が強い。ただ……――――」
「ただ、なんです?」
「ただ、ひとつだけ……胸の内に思っているヒトが、いるかも?」
「かも?」
「この世界に来てから、過去の記憶があいまいでね……でも、“ノエル”。この名前のヒトが大事だったという思いが日に日に増しているのさ」
彼は遠くを望み、自身の言葉を否定するかのようにただただ首を振る。
「つまらない話をしたね。さて、お詫びと言っては何だが、今日はとことん付き合おうとも」
こちらに笑みをこぼして立ち上がった彼の背には大きな大きな夏の到来を伝える雲が影を作り、手の届かない爽やかな青空が広がっていた。
<ロー・ハイル・ヘルシャフト、ロー・ハイル・ヘルシャフト……―――――うーん。やっぱり、アイツを何処かで見たような、会ったような気がするけど………う~ん? いまいち要領得ないわね私>




