第一章 32 【金剛月華会西大陸支部】
中央大陸の描かれた地図で示すのなら右上の端―――ここは、北東にあたる場所。
木々が生い茂り、獣道が沢山とあるシフルフ山脈の東の端の麓。今現在、太陽が青空から大地を照らしたとしても薄暗い野生の世界が広がる人里離れた自然。
そこを二人の男が歩いていた。
一人は、黄色と白のストライプ柄のネクタイを着用した青いスーツに身を包んだ白髪の男。
一人は、同様のスーツを馴れないながらに着こなす茶髪の男。ネクタイが同じ柄なのは、外勤でスーツ自体を着る必要がなかったので先輩から貰った為だ。
「ふぅー。やっと着きましたか」
「はぁ、はぁ……先輩凄いですね。こんな格好で森の中歩き回って汗一つかかないなんて」
「特技ですよ、特技。【転移天門】で直接出向いて鉢合わせちゃならない人…とかが居ますので、三キロ歩くのは仕方のない事ですよ」
一方は平気な顔で、一方は肩で息をして。
草木かき分け辿り着いたのは、森の中でも相当にひらけている背の低い草が満遍なく生えそろった草原。
茶髪の男ことプレクト・ビレッジは呼吸を整えて、その不思議な光景に口に出す。
「着いたって……ここが目的地ですか? 何もないように見えますけど……?」
白髪の男ことアグルス・モーガンはニヒルに笑って、何もないように見える前方を指さした。
「よくご覧なさい。何か、ありませんか?」
先輩の指先から視線をゆっくりとその先へと向かわせ、何もない前方をプレクトは望み…見た。
「て、えぇ?!」
何もないように見える。とは、文字通りの意味で目を凝らせば自然豊かなシフルフの麓にも関わらず、人工的な天高くそびえる塔が一つ。
プレクト・ビレッジはその塔…もとい建造物に度肝を抜かれた。
高さとしては百六十メートル。全面が真っ青な空の色と森の色を映し出しており、その理由は建造物の至る所がガラスというガラスで覆われている故に。
“何故見えなかったのか?”と先輩に問えば、『光学迷彩という術が施してあるから』だそうだ。
“何故こんなにも金のかかってそうな建造物があるのか?”と先輩に問えば、『金剛月華会とはそういう場所』だそうだ。
「さて、プレクト君」
「……は、はい?!」
芸術品とも見て取れる建造物に見惚れてしまい、つい先輩のかけた声に上ずった返事をしてしまう。
だが、プレクト・ビレッジという人間の反応は見透かしていたようでアグルス・モーガンは淡々と言葉を続けた。
「これから金剛月華会西大陸支部へと帰還しますが、田舎者丸出しの行動を取らないようお願いしますね―――――なんたって私が恥ずかしいですからね」
●
〔お帰りなさいませ。勇士、アグルス・モーガン〕
ガラス張りの自動ドアを抜けて無機質な音声と共に出迎えてくれたのは、乳白色の柔らかく硬くない床に大理石の柱が均等に建ち並び、シャンデリア風のランプに照らされた約三十メートルの高さがあるエントランスホール――――金剛月華会西大陸支部、ビルの一階。
空調は常温に保たれており、春の陽気吹きすさぶ外から帰ってきた二人には少々暑いぐらいの空間。
「ほぉー…へぇー……」
初めての建築物、豪華でありながらまとまった内装に再三と注意されたにもかかわらずプレクト・ビレッジは歩きながらに唖然とした声を上げる。
だが、幸いにもアグルスの危惧していた恥ずかしさを感じる事はなかった。
(誰もいませんね。どこぞで聞いていたのか、皆出払っている……)
エントランスホールやエレベーター付近を注視しても人の気配は一つとして無い。
(―――まぁ、当然と言えば当然ですか)
しかし、理由は知っていた。
今回の当事者はアグルス・モーガン、プレクト・ビレッジの二人。そして、今より来るのは金剛月華会が法の番人。
ここまで揃えば現状を説明する答えは明白。いくら職員と言えど、やましい事は無いものの顔を合わせたくない心情は皆同じなのだ。
「プレクト君」
「え、あ、はい…!」
エントランスホールの中心に辿り着き、首のキョロキョロが止まらない彼に声を掛け、不審者にも見える挙動を制止させる。
すると、彼はまだ興味尽きない余韻を残しつつも、気を付けの姿勢でこちらに耳を傾けてくれた。
「今より、邪眼怪魔の一件での失態を裁定する御方を私の【転移天門】にてお呼びします」
「……は、はい」
「私が話をしますので、貴方はなるべく喋らないように。先方に質問されれば口を開く位の気概で居てください」
「はい。わかりました……けど」
「なんでしょう?」
「あの、どんな人が来るのでしょうか?」
そういえば説明し忘れていたと、アグルスは開いた口を手で隠し、一考。
こちらの大陸へと渡る以上、知っておくのに損はないが今から端的に説明するには時間が足りない。
「まず、人間ではありません。そして、亜人でもありません――――そうですね……」
というワケで、今は彼女に対してやってはいけない事を述べるのみだ。
「注意すべきは、まかり通っても“天使”とは言わぬように。もし言えば、彼女の逆鱗に触れて首を速攻で“ちょんぱ”という事もあり得ますからネ」
「彼女? 女性の方が来るのですか?」
「……百聞は一見に如かず、です。ホラ、跪いて。もう時間がありませんので」
急かすようにして左足を後ろにプレクトを跪かせる。
「【転移天門】」
続き、指を鳴らして【名在り】を発現させてアグルスも同様の姿勢で首を垂れて来る裁定者を望む。
『――――――……よい。面を上げよ』
僅か二秒後。
四メートルの大きさで発現した両開きの白い扉――【転移天門】――から出てきたのは、人間ではなく、亜人でもない。
しかして、人型で女体。
白鳥の如き純白の鎧と鎖帷子を身に着け、顔を覆い隠す羽根付きの兜を被り、背中からは硬質的で何処か機械的な二翼。そして、取っての付いた巨大な斜状の刃を彼女は背負っている。
神々しい声に導かれるままに二人は垂れた首をゆっくりと持ち上げて、
「天…―――――むうぐッ」
度肝を抜かれてしまってかプレクト・ビレッジの早すぎる失言にアグルスは掌底にも似た口封じを一撃。
『……どうした? 何か言うべきことであったのか?』
見事、後輩の“ちょんぱ”は防いだが、彼女は首を傾げてこちらを不思議そうに見つめている。
「いえいえッ。滅相もございません戦乙女が一柱“ヘルフィヨトゥル”様」
先の不可思議な行動を“何の事もありません”と口で言わずとも伝わるようにアグルスは必死に首を振り、
「―――――此度はこのような遠方の場所にご足労いただき誠にありがとうございます」
『よい。我が在り方は規律を正すことにある……――――』
事なきを得て。
まずは感謝の意を述べると、閑話も挟まず本題へと戦乙女は話題を移した。
『―――して、勇士アグルス・モーガンよ。先方にて貴様の使い魔が報告した件……アレは真か?』
「はい。“賢者なりし雷の主神”が直接刻みしルプレスが文字を持った邪眼怪魔と岩石龍。ろくに育てもせず、この者の不手際で損失しました」
嘘偽りの無いアグルスの報告を聞き、ヘルフィヨトゥルの視線は後方で跪くプレクトへと向いた。
『プレクト・ビレッジよ。アグルス・モーガンの言っていたことは事実か? 否か?』
「じ、事実です……」
その鋭い視線にたじろぎつつもプレクトは答え、戦乙女はというと彼の誠意に目を伏せて今一度、睨む。
『では、決まりだ。我らが父、オーディンより賜った怪魔と邪竜を二体も失った罪は大きく、その命で償わなければならない』
「え。オ、レはッッ……」
プレクトの怯えにも似た精一杯の反論にも一切の躊躇なく。戦乙女“ヘルフィヨトゥル”は背負っていた断罪用の巨大な斜状の刃を手に取って二歩、三歩と進み、罪人へと大きく振り上げ、
「お待ちを。戦乙女“ヘルフィヨトゥル”様」
振り下ろす寸前。
アグルス・モーガンの鶴の一声が掛かり、斜状の刃は首を落とす寸前で止まった。
「弁明として、このアグルス・モーガンの意見……聞いてはいただけませんか?」
『……勇士よ。我らが父、そして金剛月華会に泥を塗ったこの男の行為、雪ぐ事のできる道理を貴様は持ち合わせていると?』
「ええ、はい。拙いながらも」
『……いいだろう、弁明を許す。が、嘘をつくことは許さぬぞ?』
「当然にございます。こちらを」
斜状の刃が背負われて、後輩の首が“ちょんぱ”されることなく一山越えた事にアグルスは内心を撫で下ろす。
今回の一件はアグルス・モーガンにも責任があり、彼を助けるのはその責任感からだ。
ならば、と。
先達の責務として例え出世に繋がる物を持っていたとしても、交渉材料の一つとして惜しみなく使い潰すのは道理。
懐に隠していた緑色の正方形にカットされた魔石を取り出し、首を垂れてアグルスは戦乙女“ヘルフィヨトゥル”へと手渡すのであった。
『……魔石を用いた記憶媒体か』
「はい。死霊系の魔物―――“死肉の巨人”の生育データと戦闘記録が記された魔石でございます。その中に入っている全て、彼の助力…魔物二体を用いた為に、得ることに成功しました」
『…………』
「ろくに育てもせず、とは言いましたが“死肉の巨人”の力をここまで引き上げる素材を作りだしたこの者、プレクト・ビレッジは殺すに大変惜しい人材と思われます」
死霊系の魔物とは完全に統治された世界では望むこと叶わぬ珍しい存在。
その事を知っているが故にアグルスの畳みかけるような言葉に戦乙女“ヘルフィヨトゥル”は魔石に記録された内部の映像記録などを見つつ押し黙り、一呼吸。
『ふむ。だがしかし……罰を与えなければ、他の勇士に示しがつかぬだろう?』
規律が在り方の戦乙女最大限の譲歩に、
「いえいえ、ご心配なく。例の件、それに用いるのはどうでしょう? 昨今は人手不足と聞いています」
付け込むようにして及第点を得るべくアグルスは更なる弁を振るう。
「そして例の件に関われば幸いにもそれは罰となり、彼の罪を雪ぐにいい機会となります。成功すれば、そのお釣りも返ってくるでしょうが…いかに?」
戦乙女は腕を組んで、しばし悩んだ末に首を縦に振った。
『……一理あるな。いいだろう、このヘルフィヨトゥル。その弁に乗るとしよう』
そうして、自身の命が危なかったのだと今しがた気が付いて身震いするプレクト・ビレッジへと彼女の意識は視線と共に向いた。
『プレクト・ビレッジよ。このまま私に殺されるか、勇士として罪を雪ぐか、選べ』
「ゆ、ゆうしとして罪を注ぎます!!」
天…ではなく戦乙女の問いかけにプレクトは直立し、震えながらも勇ましく答え、ヘルフィヨトゥルは彼の勇気に頷いた。
『潔し。ならば、付いて来るがいい』
決は下り【転移天門】へと三人は誘われるように消えていく。
それがアグルス・モーガンの最良で最悪な選択だとは知らずに。




