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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
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第一章 31 【躍動の幕間】

 声は端から端まで響き、澄み渡るぐらいに大きな木製の舞台(ステージ)の置かれた劇場。

 観客席の椅子を半円に並べ、観客と舞台がしっかりと空間的に分け隔てられているプロセニアム形式。四階建てのかなり広い劇場で、左右と後ろには階ごとに観客席が設けられている。

 高級そうな赤色の劇場椅子に天幕。舞台(ステージ)の左右に伸びるのは天井から備え付けられたであろう階段。


「…………ハッハー」

 

 空よりも青く、荒れ狂う海よりも波打つ髪を遊ばせて。深淵を覗く蒼天の眼を見開いて―――――その者は高らかに舞台(ステージ)で踊る。腰と腕、飾った銀装飾はジャラジャラと音を立てる。


「フッふ~、ふふん。」


 “冒険者”、違う。

 “騎士”、でもない。

 “魔法使い(ウィザード)”、否。

 しかして、その男はただの人間ではなかった。身に着けた純黒のコートを蝙蝠の様にバサリと翻し、


「ああ、声が通る素晴らしい場所だ。僕が生まれた頃には、こんなにも気持ちよく歌える演劇場は無かったぞ?」


 私感を混じらせた道化…いや、舞台(ステージ)に上がった役者の一人は金の留め具(アクセサリ)で髪をまとめた偉そうな翁人の肩に手を置いて、友人のように問いただす。


魔呪全書(スペルブック)を保管している場所はどこ?」


 舞台(ステージ)の上で拘束されて、両手両足動かぬ老人は何時ものように、いつもの通りに男の問いに首を振った。


「儂は知らん!! アレの保管されている場所など一切知らん!!」


「……クックックッ、それこそ君が知っているという証拠だ。―――――だが、悲しいかな。どのような手を尽くしても、どのような問いかけでも僕達に答えを教える気にできないとは」


「…………」


 翁人の肩から興味なく手をどける。

 当然、男はその沈黙こそ答えの証だと知っている。しかして、強情に問い詰めなかったのは翁人――ルージェス・アルゴ・ナセル・リスカイオン――に掛かっている暗示が故。

 全くもって酷い暗示だ。

 “知っているが記憶にない”という『超級魔法』以上の悪辣な術――――だが、翁人がそうなっている状態だというを聞き出せたのには、未来への礎となった彼以外の七星に感謝するほかあるまい。


「申し訳ありません、グレゴ様。我が力が及ばぬばかりに……」


 舞台袖から出て来たのは此度の劇の“役者”が一人。

 頭の先から足の先まで、徹頭徹尾真っ黒な燕尾服を着た長髪の男―――――無駄に顔がいい彼にグレゴは首を振った。


「いや、構わないとも。元より本は本命のついでだし、僕持ってるし、()()()()()()()()()()()()し…………それより。舞台に上がっている以上、ちゃぁんと役名で呼ばなきゃいかんですよヒュブリス?」


「や、役名ですか……?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする彼に僕は無邪気な笑みを浮かべた。


「そうそう。僕らにはおあつらえ向きの【権能(なまえ)】があるじゃないか? 僕なら【強欲】、キミなら【傲慢】。グレゴ・ライフマン、ヒュブリス・ヘーロの役名はソレだよ―――――あー、仲間はずれにしないよう言えば、そこの七星の一人は………ルージェスおじいさん、でいっか!」


 役を演じるにあたって、楽しまなければ損であろう。と、【強欲】が謳えば翁人は四肢を拘束されているにも拘らず犬のように食って掛かる。


「お、オヌシたちは一体なんだ!! 他の者はどこにいる!?」


「何? 役名が気に入らなかった? でも、ルージェスおじいさんはルージェスおじいさんだし……ああ、ちゃん付けの方が好みだったかい?」


 【強欲】は無邪気に笑い語らう。

 それも当然、ルージェスおじいちゃんはズルい、とてもずるい役柄だから、と。

 自分は答えを何一つとして言わず、望むべくして思うが儘に僕達へと問いかけれる故に。


「質問ばかりじゃ、将来もっと老け込むよルージェスおじいちゃん。だが、まあ、舞台に上がっているのは【強欲】と【傲慢】が二人だけ。口を閉じれば物語も進まない、人を加えなければ少々緩急にかける――――いいだろう、答えてあげようではないか」


 【強欲】ことグレゴ・ライフマンは指をパチン、と鳴らして新たなる役者を呼ぶ。すると、今度は舞台袖からではなく、何もない空間に色を付ける様にして舞台の上へとヌルリと一人現れた。


「……ッな、トマス?!」


 ルージェスは驚きに目を見開いた。

 “臆病者のトマス”、この事態を引き起こしたと思われる人間。似合いもしない白衣を着ているが、その髭面、でっぷりとした下腹、湧き出る幸薄さには覚えがある。

 魔術国家ユーセラスの七星を会議室に召集し、突如として出現した暗雲に飲み込ませたかと思えば姿の見えなくなった旧知の人物。


「ヌシが、ヌシが……この事態を引き起こしたのか!!!」


「…………」


 “臆病者のトマス”は旧知の翁人の問いかけに答えはしない。ただ、虚ろなまま項垂(うなだ)れているだけ。

 臆病者だから答えないのか…―――――それとも?


「クフフフフフ……クククククククク………アッハッハッハッハ……!!!!」


 【強欲】は今一度無邪気に、悪辣に嗤う。

 【傲慢】は動じず、ただあるがままに目を伏せて主の次の命を待つのみ。


「あー、喜劇だ。存外に面白いなコレは………」


 二回ほど【強欲】は手を叩き、喜劇を終わらせるよう“臆病者のトマス”へと命じた。


「エスト・プロフェット……【探求】の君。もうその()()()()()は取ってもいいよ」











 いや、違う、違った、違い過ぎる。

 舞台の主人公(グレゴ)が左手を彼へと大仰に向ければ、スポットライトは“臆病者のトマス”の形をした者を映し出す。

 同時、“臆病者のトマス”…ルージェスにとって旧知の人物の顔がナイフを入れられたケーキのように真っ二つ、姿勢を正して正確無比に機械のようにボトボトと。舞台(ステージ)の床へと彼の肉片は折りたたまれた衣服のように鉄臭いまま鎮座する。


「調子はどうだい? 【探求】の君……うーん。考えてみれば、君の役名はドクターの方が良かったかな?」


 ルージェスは声も出せず、今起こる無邪気で無残な様をただただ眺める。

 “臆病者のトマス”の形をした者。その肉が全て落ちて現れたのは、毛先を紫に染めた白髪のシルエットが細い男。学者みたく、右目には片眼鏡(モノクル)を付けているが、両目を常に閉じているのでその意味は皆無に等しい。


「調子はまあまあです。役名は……【探求】と書いて、【探求(ドクター)】と読むのはどうでしょう?」 


「うん、いいね。採用」


「ありがとうございます。では…―――――」


 懐から茶色の革に包まれた一冊の手帳を取り出す【探求(ドクター)】だが、【強欲】の彼に止められる。


「待て待て【探求(ドクター)】。()がまだ戻ってないよ?!」


 それは自明の理だった――――何て言ったって声がまだ“臆病者のトマス”のままなのだから。


「おや。これは失敬」


 【強欲(せいねん)】にぷんすかと注意された彼は本当に申し訳そうに手帳を懐にしまうと、自らの喉元に爪を立てて両の手で引き裂き、張り付いていた肉を削ぎ落す。

 そうして“臆病者のトマス”の最後の肉片を【探求(ドクター)】は手に入れ、何を思ったのかソレを拘束された知人の眼前に優しく置いた。


「唖然としているところ申し訳ございません。が、私が持っていてもいいような代物ではないので……そのー言い方はアレですが、返しておきますね」


「…………ッッッ」


 眼前に蠢く肉塊を前に翁人は嗚咽を堪えて沈黙し、


「不思議ですか? 不可思議ですか? いえいえ、とんでもない。コレは我が【権能】を用いた簡単で単純な着ぐるみ術。人一人の肉と皮を被り、その者に擬態するなど【探求】心があれば、応用すれば造作もなきことです」


 聞かれてもいないのに【探求】の君はつらつらと丁寧に。

 翁人は魂を抜かれた様に項垂れて。だがしかし、彼は要望に応えるべく、しまった手帳を取り出してにこやかに説明を始めた。


「さて、ご質問に答えましょう。アナタの探求心はそれを望んでいますから」


 手帳を開いてパラパラと。

 目的のページに辿り着けば、文字を指で淡々となぞって言葉に変える。


「まずは私達の事ですが、コレは簡単です。私達はただ、()()()()()()()()()ですので……」


「なっ………?!」


 魔術国家ユーセラスの最高権力者が一人、七の教皇が一星――――七星“ルージェス・アルゴ・ナセル・リスカイオン”。【探求(ドクター)】の言葉に、彼の項垂れていた頭が驚きから上がるのは当たり前だ。

 “臆病者のトマス”が無残に肉片となって死に、この国の最高権力者の最後の一人はこのザマ。それらを引き起こした張本人らが世界を救う存在と自らを謳うのは、正しく意味が分からない。


「で、他の者達の事ですが……七教皇の皆さんはアナタ以外等しく死にました。ある者は、頭蓋を砕いて脳を弄られて。ある者は魔術で意識をバラバラに。ある者は、この劇場内に蔓延る魔獣共の餌に。まあ、私がそれをしたのですが……―――――しかし、残念な事にこの国が召し抱える…人類史保全機構、でしたっけ? そちらはみすみす取り逃がしてしまいました」


 人類史保全機構とは、【名在り(ネームド)】以上のギフトを持った人間を多く採用した魔術国家ユーセラスの軍隊。と言っても差し支えの無い、その名の通り人類史を保護し守護する事を目的とした部隊だ。

 その者らが無事ならば、七星(じぶん)が滅びても一抹の希望はある。

 地獄のような状況だが、この狂人共を打破できる好機が。


「おや? 顔色が変わりましたねルージェスおじいさん。ですが、()()()()。アナタ様のお仲間は、私の“至高の傑作”である娘たちが捕らえます故に」


 ルージェスが安堵したのも束の間。

 【探求(ドクター)】は手帳をしまうと指を高々と鳴らし、両の手で天幕の左右に伸びる備え付けられた階段へとスポットライトを照らし、二人の淑女を現す。


「ええ、その通りです、お父様。」

「ええ、その通りです、オトウサマ。」


 階段をゆっくりと降りる淑女の声は共鳴し、反響し、この劇場の全てを血の色に彩るかのように。

 まるで、おぞましい鏡映しだとルージェスは思った。


「サディ、スティ。仕事は順調かい?」


 髪と目の色以外瓜二つの鏡合わせの女が二人。

 サディと呼ばれた女の髪と目は若紫の色合いで、ハーフアップの髪型は右目を前髪で覆っている。

 スティと呼ばれた女の髪と目は若葉の色合いで、ハーフアップの髪型は左目を前髪で覆っている。

 そのどちらにも、おぞましさを感じつつルージェスは人工的な憐れむ美しさを見た。


「まずまずです。お父様……」


「ワタシ達から隠れ潜む―――」


抵抗勢力(パルチザン)を見つけるのも…―――」


「「時間の問題でしょう」」


 足の付け根まで開かれたスリットに、その露出した足を半分覆う黒百合色のブーツ。十字の白亜色の装飾が成された黒百合色のドレスを、ゆらゆらゆらゆら揺らめかせて。

 歩幅、次に出す足、呼吸、腕の振り……果ては瞳孔の僅かな動きでさえも鏡合わせに、【探求(ドクター)】の問いかけに声を揃わせ、歩きながらに答える。

 そうして役者は出そろい、舞台の中心へと集まった。


「それは僥倖。【加虐(サディ)】【嗜虐(スティ)】、君たちの活躍を心から僕は応援しているよ」


 【強欲(せいねん)】の心からの言葉に冷静な面持ちであった姉妹は、それはもう真っ赤に頬を染める。特技である鏡合わせの動きが解けるくらいに。


「はい!! 精一杯【強欲(グレゴ)】様のご期待に応え、務めます!! ところで……―――」


 若紫色の髪を揺らし、サディの視線がこちらに向く。

 若葉色の髪を揺らし、続けてスティの視線がこちらに向く。


「このルージェスおじいちゃんはいかがいたします?」


「今ならお腹もすいてますし……食べちゃいたいんですけどー?」


 観客兼役者として舞台に上がらせていたルージェスを【強欲(せいねん)】はワザとらしく思い出した。


「あーあ、それかい。彼はまだ秘密を握ってるし、僕も少しばかり魔術国家()ユーセラス()()()()()()()()()()から……―――適当な場所に殺さず放り込んどいてくれ」


「わっかりましたー!」

「かしこまりました!」











 サディ、スティの行動は早く、【強欲(グレゴ)】の命令を素の返事で受理したかと思えば、すぐさまに姉妹と翁人の姿は消えていた。

 もう少し話したかったが、まあいいとグレゴは思い、軽いため息。

 見計らい【傲慢】なるヒュブリス・ヘーロは主に対し、口を開いた。


「滞在とは……まさか、観光で?」


 それこそ違うと、グレゴールは首を振って虚空から金の装飾が成された分厚い黒色の本を取り出す。


「いや、違うさ。ただ、君はケルゼの様子を見に行ってくれ。どうやらこの予言書の予言では彼が大暴れするらしい。無駄な殺生を避ける為にも急ぎ向かってくれたまえ」


 【傲慢】なる執事、ヒュブリス・ヘーロは深々とお辞儀をして主に与えられた命をこなす為にその場を歩いて去っていた。

 そうして、舞台に残ったのは【探求】と【強欲】の二人。


「ところでエスト」


「はい、何でしょうか? 演劇はお止めになったので?」


「ん? いやいや。後は終演に言葉を残すだけだから、これはただの閑話さ」


 【強欲(グレゴ)】は【探求(ドクター)】を引き留める。話す事と言えば【探求】心あふれる彼の近況だ。


「“彼女”の様子はどうかなと思ってね?」


「“彼女”……おお、“彼女”、“彼女”ですか?!」


 どうやら変なスイッチを入れてしまったようだ。

 今の今まで閉じていた瞳を惜しげもなく、【探求】のエスト・プロフェットは興奮して見開く。


「ええ、ええ!! それは勿論、良き素体ですとも!!」


 その瞳は人間に近く遠くあった。

 “複眼”という主に節足動物に見られる眼の構造で蜘蛛やトンボ、カマキリなどが用いている眼……に、似ているのが【探求】のエスト・プロフェットの持つは真の意味での複瞳。

 一つの瞳に複数の人間の眼。それぞれが意志を持ち、ギョロギョロと動き、物事を常に【探求】している。けれどもそれは、多少【探求(けんのう)】心によってもっとより良く物事を観察しようと変質しただけの言わば実益を兼ねた証。それ以外人間なのに変わりはない。

 知恵熱に浮かされるのを避けるべく、探究心をくすぐる物事の取捨選択を常に行うべく、瞳を閉じているそんな人物が【探求】にかまける為だけの瞳を見開いて話すのだから、よっぽどの事。


「どれだけ暴き、殺し、辱めても……どれだけ私の欲得なる権能あれどォ! あの聖骸、プレイヤーが遺骸。彼女の髪の毛一つ真似することはできないィィ!!!」


 ないし、地雷を踏んでしまったとグレゴ・ライフマンは遠くを望む。


「しかぁし!!! ご安心をば。今は欠片さえも模倣できておりませぬが、その成果はございましたァァ!!」


「ほう。それは?」


「“大天使”の模倣の模造品ですが、“彼女”のおかげで星の(ソラ)よりその情報を引き抜くことに成功しました!! これで我らはまた一歩盤石に世界を救う事が可能となりましょう!!」


 前言撤回。

 地雷を踏んだものの、それはどうやら必要経費だったようだ。彼の成果はとても喜ばしい。


「僕達に大罪を押しあてた存在……()()より一矢、引き抜けたならそれは重畳だ」


 全てを話し尽くして肩で息をするエスト・プロフェット。

 次第に弁舌の熱は冷め、我に返って恥ずかしさに目を閉じた彼をグレゴ・ライフマンは慰める。


「はは、いいさ。君の熱意、君の【探求】の末の成果。喜びにあふれるのは当然さ」


「あ、ありがたき激励……年を食うと涙もろくなってしまいますな。それでは、私はこれにて」


 その言葉を最後に感涙にむせびながら【探求】のエスト・プロフェットは舞台から溶けるように消えていった。


「さて……」


 演目は全て終わり、残すは次回への(続く)言葉を述べるのみ。

 劇場の全ての光で自らを映し出し、その準備は整った。


「始原の大樹の根元、玉座へと辿りつくのは誰なのか? 霧の都で痛みに足掻く者達は槍を携え、どう抗うのか?」


 天高く大手を広げ、一拍。


「疑問が疑問に覆いかぶさる中、気になる所であるが……―――残念、これにて我々の幕間、そして第一章は閉幕……いや、もうちょっとだけ続くかな?」


 【強欲】の僭主、グレゴ・ライフマンは大仰に観客席へと一礼し、天幕はゆっくりと下される。


「―――――では、お客様方。お帰りになられる際はお足元にご注意下さいますようお願いいたします。」

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