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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
31/155

第一章 30 【蠢動の幕間】

 『とある場所』、『とある部屋』。そう言った隠語を用いるのが、この部屋を知る者らの習わしだ。

 全体的に石造りの大部屋で走り回れる程に広く、雨の雫が如き銀細工のシャンデリアが吊るされている事から天井は無論高い。

 窓は無く、隙間風も無く。しかして夏場は涼しく、冬場は暖かで常時適温に保たれている。空気は部屋の()()故にいつも新鮮だ。

 そんな部屋に置かれている調度品は正しく一級品。

 石造りの床が露出しないようピッチリと敷かれているのは埃やゴミ一つと無い唐紅の絨毯、雨の雫が如き銀細工のシャンデリアは下界に鎮座する者をはっきりと映し出し、部屋を照らす淡い白の魔法の光は望まれぬ闇を悉く塗りつぶしている。

 他にも。この国の旗や飾りとしての燭台など、沢山と素晴らしい調度品がこの部屋にはあるものの、極めついて()()に勝るモノはないだろう。

 『とある部屋』の中央。真ん中をくり抜いたように鎮座するのは巨大な円卓が一つ。

 栗茶色の高級感と重量感のある円卓と付属された椅子。シャンデリアと同様に潔癖なほど磨かれており、座り心地よし、使い勝手よしの“超”がつく一級品。


 だがしかし、その“超”がつく一級品共々を愛でる者はこの部屋に誰一人としていない―――――当たり前だ。“とある場所”とは、血税を凝らした物らを愛でるのではなく()()()使()()()()なのだから。


 『とある場所』、『とある部屋』には合計で九人の人間が居た。

 老輩の者が三名、若年の者が二名、道化が一人―――計六人の者が円卓を囲み、円卓の長たる老輩の御仁に付き従う男が一人、唯一の出入り口の大扉を守護する黒鋼の鎧を纏った兵士が二人。

 円卓を中心に部屋全土にはただならぬ緊張感が漂っており、当事者である六人以外は口を一度として開く事はなく、自身の仕事に勤めていた。


「王よ。例年通り“害獣駆除”は順調です。適度に間引き、適度に増やしておりますので鮮血獣牙騎士団の()()に事欠くことなく、彼等も大いに満足しておりました」


 テリュール王国王都テルンラシア、華美な装飾の無い黒壁に囲まれた王都城“デルタリオス”にて。

 この国の顔とも言える王都城はギリシアのアクロポリスの如く、小高い丘に構えられていて標高は約百六十メートルの地点。『とある部屋』は要塞にも似た王都城の二番目に高い場所に位置している。

 そこで行われているのは近況の報告及び、昨今に王国領土内で起きた()()()()()についての会議であった。


「間抜けな女王の介入もいつものようにありませんでした。今年の駆除はもうよいかと思われます」


 老輩の一人が口を開いて蔑みにも似た悪態を口にすれば、鼻で笑うような乾いた笑いが部屋に響き緊張が少しばかり解れる。

 それもそのはず。

 『とある部屋』には幾重にも隠蔽の魔法がかけられており、聞き耳を立てる事も侵入する事もならず秘匿の間。

 王国が目の敵にしている獣人の国、コベルニクス商業国の女王にここまで侮蔑を込めて言葉を述べるのは故である。


「……そうか。貴様が言うのであればそうなのだろう」


 王と呼ばれた人物の左手側に、労われた男は姿勢よく鎮座していた。

 齢四十半ばながら衰えず、逞しく鍛え上げられた身体に短く刈り揃えた灰色の髪。鋭いきれた目つきと顔には無数の傷跡がある。

 大鷲の羽を飾りとして用いた少々野蛮な茶の礼服から、一見して無頼漢にも見えるものの、円卓を囲んでいる以上彼は人の上に立つ存在(にんげん)で都市“イスタラト”を治めている御仁。加えて、彼の王に対する敬意は誰にも劣らない本物であった。


「ご苦労であった、ジグラス・グゥドリッヒ公爵。ならば、ガラド・バンバジにシフルフからの撤退を命じておくようにな」


「ハッ、そのように。―――――それと差し出がましいのですが、労いの言葉は不要です。私は、私の仕事をしたまで、ですので」


 ジグラス・グゥドリッヒ公爵はその場で立ち上がり、誠意を込めて深々と一礼。


「よさんか、仕事をこなしたのなら労うのは当然のこと。それがこの国の民…ひいては脆弱な人間種の為の汚れ仕事ならば尚更だ。頭を上げよ、ジグラス」


「感謝いたします」


 王の許しを得て公爵は今一度深々と礼をし、着席。

 現王――アンドレイ・イルヴィス・バラサシア・ケーノス・アーウェイ――は、テリュール王国の歴史上最も理性的で温情のある人物として周知されている。

 無理をさせず、配下をたしなめ、誰よりも王国民に親身に寄り添う王。その姿勢は玉座を受け継いだ十八の頃から半世紀以上たった今でも変わらない。

 そして、周知されているのは国王然とした姿勢だけではなく例えば、見た目。

 王家の血筋は他の人間とは違い、その血を引く者は長命で半不老である。

 齢八十を過ぎ、玉座を降りようかと考えているアンドレイ王だが、その身体は五十代よりも若くいたって健康的な肉体だ。

 髪の毛や顎鬚は金から鈍色になり始めてはいるものの依然として抜け落ちることなく。後ろに一つでまとめ上げたみずみずしい髪、皺やシミの少なさ、豪華絢爛ではない清廉な赤の服装、それらを踏まえた清潔感からも現王を支持する声は多い。

 公爵のように旧知の間柄であったのなら尚更だ。


「でわでーわ。皆々様方、近況の報告も終わったようですし……今回の主旨に移りますが、よいですかな王よ?」


 ジグラス・グゥドリッヒ公爵の右隣。つまりは、王を挟んで王の右腕側に着席している()()な人物が提案する。

 “美男子”とも言える整った顔の左半分を黒の涙を浮かべる道化の白い仮面で覆った彼は、それに始まり何もかもが奇抜であった。

 服装は紫を基調としており、左肩には腰までの腕が隠れる短い外套(ペリース)、右肩には相反して足元まで伸びる鴉の羽を模した外套が半身を隠し、頭上には獣に引き裂かれたような三角帽子を室内でも被っている。一応にスーツの様な物を着ているが、靴は尖りに尖り遊びは忘れない。

 良く言えば大仰、悪く言えば道化。

 王も含め、一人を除き、他の貴族が清廉なる上流階級の出で立ちをしているのにも拘らず、ド派手な恰好や少々特殊な言葉遣いをしている彼。

 何処を取っても不思議な男だが、現王の座る円卓に轡を並べているのにはもちろん、それなりの理由がある。


 それは血筋であり、実力であり、忠義であり。


 代々より今の今までに受け継がれている血筋―――いわば、周辺国家の比ではない高等な魔法使い(ウィザード)としての才能。そして、三百年以上も前からテリュール王国の王族に仕えている忠臣の一族の現家長。

 彼は名は、ナイアル・フォン・ラトプ。

 辺境伯の地位を持ち、王の右腕として宰相兼宮廷魔導師を勤めているカヅム大森林の奥地に家を構える変わり者(鬼才)。ないし、『とある部屋』の隠蔽に防衛とありとあらゆる魔法を仕込み、操る人物(天才)だ。


「うむ。構わぬぞ、進めてくれナイアル辺境伯」


 辺境伯は座したまま王に一礼し、赤毛の髪を掻き上げてから手元の資料を持ち上げる。それから今回の議題について口を開いき、あれやこれや。


「約一か月前の事です。王国領、商業都市コルコタにて強力な魔物とソレを使役する獣人による武装蜂起がありました。ですが、幸いにも商業都市の冒険者一同がコレを討伐……しかし――――――おーや? 誰か来たようですね?」


 と、話していたのも束の間。

 辺境伯の気付き(ことば)に円卓を囲んでいない三名が唯一の出入り口である扉へと集中。

 いつでも動けるようにと姿勢を半身に腰に下げた剣に手を掛け、扉前の二名は持っていた槍を何時でも突き刺せるように。

 ただ、それは杞憂で重量感満載の鉄の扉がゆっくりと開かれれば、武器に手を掛けていた三名は落ち着いて矛を収めて仕事に戻る。


「失礼いたします……“赤鋼大隊”大隊長、クインツ・アーケロイ。王女様の一時帰宅をお伝えに参りました」


 赤鋼の軽鎧を着た“赤鋼大隊長”は円卓に三メートルの距離まで近づき、恭しく片膝を着いて首を垂れた。


「うむ、ご苦労と言っておこう“赤鋼大隊長”。それで? 我が愛娘が無事に戻ってきただけの報告ではあるまい? 商業都市コルコタでの一件、護衛の任の様子と共に詳しく報告をしてもらおうか」


「……ハッ。御下命のままに」











 クインツ・アーケロイ赤鋼大隊長は王の命令通り、自らの失態さえも包み隠さず適切に報告を済ます。

 邪眼怪魔(パジフ・マカラサヌ)討伐での失態、“死肉の巨人”(レクディオプ)という魔物とソレを使役する獣人……そして“白銀の英雄”と呼ばれた双角の魔人に似た者を含めた四人の冒険者団体(チーム)

 一瞬、愛娘が危険にさらされた事に何よりもアンドレイ王は眉間に皺を寄せる。しかし、話の腰は折らずクインツ・アーケロイ赤鋼大隊長の報告を静かに聞き終えると、溜息を深々と吐いて一考。


「人助けをした双角の魔人…いやモドキというべきか。それに、メアリーの解けぬ石化を解いたエルフの魔法使い(ウィザード)、それらを統括する“白銀の英雄”……。商業都市発の情報ともあって信ぴょう性に乏しい奇天烈な噂程度の所感ではあったが、実際に見たお前の言葉なら信じれよう――――それと、護衛の任に反した罰については追って沙汰をくだす。下がってよいぞ」


 王の言葉の後、クインツ・アーケロイ赤鋼大隊長は右手を胸に当てて敬礼を行い、その場で方向転換して踵を返すと早々に部屋を去って行った。

 しばしの静寂。

 皮切りに、コホンと得意げに咳き込んだのはナイアル・フォン・ラトプ辺境伯。その目は議題が蛇足するのを前提にして輝いていた。


「王よ。興味本位で蛇足なことを聞きますが、具体的に彼にはどのような罰を?」


「……この国最高峰の剣士の指南をみっちりと受けさせる、だ。何か異存は?」


「いえいえ。滅相もございません―――――じゃ、話を戻しましょう」


「そうだな。では、宮廷魔導師であり宰相であるナイアル・フォン・ラトプ辺境伯。赤鋼大隊長の報告……魔人モドキと、ソレを仲間にしている冒険者について、貴殿の意見を聞きたい」


 辺境伯は一礼して得意げに口を開いた。


「ワタクシの観点から申し上げますと……そうですね。“宰相”としては問題ないと具申します」


「ほう。“宰相”としては?」


 ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯の意見に彼を除く円卓を囲んだ全員が、眉間に皺を寄せているはあの事件“青霧の晩”が真新しい恐怖である故に。

 人助けをした双角の魔人に似た人物…とは言っているものの、所詮は聞いた噂がすべて事実ならば化け物に変わりない――――彼等が警戒するに越したことはないのだ。

 しかし、この国の右大臣はそれを問題なしと判断しており、彼の言葉はまだ続く。


「ええ。冒険者が仕事で人助けをする…別段、これに関しては気にする点はございません。元来、冒険者という役職はそういうものでございますからモドキの方も例外ではないのでしょう―――――…それに、もし双角の魔人モドキがこちらへと攻めに来るとしても彼等の拠点は王都より遠い我が領土にある商業都市コルコタ。その動向を事前に察知する事は容易です」


 辺境伯の手腕を円卓を囲む全員が知っているからこそ、アンドレイ王を筆頭に全員は首を縦に頷いた。


「貴殿がそこまで言うのならそうであろうな。では、宮廷魔導師としての意見を聞こう」


「……ええ、ハイ。宮廷魔導師としての所感ですが、ワタクシはモドキの方よりも“白銀”のフィリアナというエルフが気になりまーすな」


 がしかし、もう一つの観点に皆々様方は目を丸くさせる。


「アラ? アララララ? 要約しすぎましたかな?」


 全くもってナイアル・フォン・ラトプ辺境伯の言葉通り、説明不足が否めず。ナイアル辺境伯は少し考えた後に、その事を皆に簡潔に納得してもらおうと自身から対角線に座る若輩の彼を名指しした。


「でわでーわ。フーシードを治めるヘムニア・カリウス伯爵」


「え?! あ、いや、わ、私ですか?!」


 ヘムニア・カリウスは当てられると思ってもいなかったようで、自らの顔に指をさして驚きを露わに。


「えーえーそうです。今までの話で私の注意が何故エルフへと向いたのか? 冒険者として下々の者と働いた経験のある魔法使い(ウィザード)のヘムニア・カリウスとして、私の着眼点の理由をお答えいただきたい。因みに言えば、これは生徒(あなた)に対しての軽いテストの様なモノです」


 宮廷魔導師からの唐突な問題の提示にヘムニアは金の髪をくるくると指で回しながら、自身の持つ知識を総動員させて、しばしの沈黙。


「…………」


 ヘムニア・カリウス伯爵は若くして親から王国西南の都“フーシード”の長の地位を受け継いだ―――正確に言えば、受け継ぐ事になってしまった、か。

 元々、カリウス家の三男坊であった彼は“フーシード”の長を勤められるような器でも、実力でもない。彼の家…もとい彼の両親は子供の自主性を尊重しており、“フーシード”の管理という来たる長男の責務はともかく、好きな事を存分にやらせていた為だ。

 騎士の訓練に参加して自身を鍛え直したいと長男が言えば、スケールはダウンするもののカリウス家の元冒険者がほぼを占める私設兵団に入隊させて、思う存分に訓練を積ませた。

 今の内に領内の田畑に手を出しておきたいと次男が望めば、最も安全な商業都市付近の農村に住まわせたり。

 自主性に富んだカリウス家で三男坊、ヘムニア・カリウスが臨んだのは魔導への探求。

 両親に『王都で魔法を学ぶ』という選択肢を与えられたがソレを否定し、早熟の才能を生かすべく、身分を隠して魔法を一番扱うであろう冒険者となった。

 俗に言う修行というヤツだ。 

 そうして、魔導への探求をまい進した。冒険者の雑多ながら自由気ままな生活とカリウス家の名に恥じぬカリスマ性と機転が作用し、仲間が出来て、憧れた冒険に身を興じ、魔物との戦いで学び、学ばされる魔法使い(ウィザード)の術の数々。

 彼にとって最も新鮮で刺激的な、今も酒を片手に思い馳せる充実した黄金時代。

 その終わりは酷く呆気なく。

 三年前、冒険者となったヘムニアに届いた凶報は父親と兄二人が不慮の事故で帰らぬ人となった事。

 “フーシード”を治めていたヘムニアの父とその世継ぎが死に、ヘムニア・カリウスという人間には戻る意外に選択肢は無く、家に戻ればトントン拍子に話は進んで家督を継いだ現在に至る。

 幸い、伯爵となってから説得して雇い入れた冒険者仲間とは主従の関係となったものの、それは公式の場だけで慕い、慕われている間柄。

 ヘムニア・カリウス伯爵が勉強不足の三男坊でありながら“フーシード”を上手く回しているのは機転が利くだけではなく、とても仲間に助けられているからだ。


「……調理器具を沢山常備する余裕がある、でしょうか?」


 冒険者としての経験(かこ)を掘り起こし、濃紺のフロックコートの袖を握りつつ先生の問題に疑問形で応えた。


「うーん。惜しいですな。ですので、三角をあげましょう」


 先生はというと彼の反応に渋い顔で苦笑い。そうして、両手で三角を作って生徒ヘムニア・カリウスに贈呈する。


「はてさて茶番はこれほどに。長くなりましたがワタクシの着眼点はというとですと、調()()()()()()()。加えて、その量と数と種類と大きさ、を際限なく入れている魔法の道具袋(マジックポーチ)ですな」


 要点は言ったが要領は得ていないと辺境伯以外は呆れて困惑。

 間をおいて、その重要性に気付いたヘムニア・カリウス伯の顔が若干に青くなったところで辺境伯は得意げに言葉を紡ぐ。


「おんや、ヘムニア伯。分かったようですね……でわ、要領を得ましょうか――――フィリアナというエルフの持つ魔法の道具袋(マジックポーチ)。入れる容量に際限のない自作の一品、と赤鋼大隊長は言っておりましたね?」


 一同は頷き、辺境伯は宮廷魔導師の弁を振るう。


「魔法を探求する魔導において、小さい物に大きい物を入れるのは並大抵の魔法使い(ウィザード)では難しい限り…それが携帯できる魔法の道具袋(マジックポーチ)であれば、ワタクシも作るのに骨が折れます。というか、机とか椅子が入って限界がないとかまず無理でしょう」


 続き、


「つまり、ワタクシが言いたいのはその魔法使い(ウィザード)のエルフの魔法技術力がワタクシを上回っている……というコトでーすな」


 要領を得るべくの講義。間の抜けた言葉を最後にして宮廷魔導師が終えるのと同時、皆が動揺に口を噤む中で、最も老輩で臆病な彼は指をさして正しく激怒する。


「な、何を言っているのだ辺境伯!!? その言葉の意味……分かっていての発言か?!」


 異議あり、と言わんばかりの勢いで杖を片手に席から立ち上がって辺境伯に食ってかかったのは帝国と最も近い都市“サノベジア”を治める老侯、サリーオ・ベルチェ・グエルクト。生徒の左隣りに座る彼、爵位は侯爵である。

 一見、感情のみでナイアル・フォン・ラトプ辺境伯の言を攻め立てて見えるも、その実。本能という名の理性が彼の発言を促したのだ。

 サリーオ・ベルチェ・グエルクト侯爵は五大貴族の中で一番に、良く言えば慎重、悪く言えば臆病な人物。顔や身体中にある皺としなびる寸前の灰色の髭と髪は、その気苦労で出来ているとも言われている。

 理由は簡単。

 帝国に最も近い王国の…いわば仮想敵国との最前線であるからして、水面下の戦いに身を投じている為に、だ。

 彼の指さしたナイアル・フォン・ラトプ辺境伯とは王国の宰相であり宮廷魔導師。そして、極めつけに周辺諸国とは比較できない程、一流の魔法使い(ウィザード)

 その彼が失態を犯した赤鋼大隊長の報告だけで、見てもいないモノを軽く判断したのに憤るのは当然である。


「ええ、ええ。もちろん分かっておりますとも。で、す、が、先も言ったように彼らについてはワタクシ“問題なし”と、結論付けております故。これは、そう。少し気になっただけの話です」


「ほう。自身の魔法技術が下回っていると分かっていての結論……聞かせてもらおうではないか? ナイアル・フォン・ラトプ()()


「はい。単刀直入に言いますと……―――――彼らには王国に対しての敵意が無いと見えました」


「なッッ?!」


 右の口角をグイッと上げて余裕綽々な態度を取るナイアル・フォン・ラトプ宰相。その当たり前のようで当然にも荒唐無稽な答えに、サリーオ・ベルチェ・グエルクト侯爵は顔を真っ赤に怒り爆発寸前。


「まあまあ、そう青筋立てないでください老侯。いいですか? 忘れてはならないのが、彼ら“白銀”は無償でただの善意で、冒険者らしく仕事仲間の“イータイルト”の面々を邪眼怪魔(パジフ・マカラサヌ)の毒牙から救ったのですよ? ――――…姫様も含めてね」


「……それに思うところはある。組合にはそこはかとなく伝えており、コルコタ(あそこ)の組合長の斡旋でメアリー様には悪い虫は付かぬようになっているからな――――…しかし、ナイアル伯のそれはただの所感の域を出ない。先の双角の魔人が王国を襲わないという確実性は無いように見えるが?」


()()()ですか……ならば、老侯。ワタクシから一つ提案があります」


「…ふん。私を納得させることが出来る提案ならば、ナイアル伯の所感を飲んでやろうとも」


 サリーオ老侯の言葉に辺境伯の見えぬ左側の口角が上がる。


「ありがとうございます。ではまず、老侯の心配を参考に彼らには監視の目を付けましょう……――――時に、アーニ・デイ・ウィルソン伯爵」


「は、はひ?!」


 ナイアル辺境伯の右に座る彼は突然の一同の視線に驚愕と委縮を繰り返す。

 ふくよかな体つき、丸く整えられた金の頭髪、公爵や老侯が寒色系の服装をしているのにも拘らず自重しない派手な黄色基調の服装。四天教の総本山が鎮座する都市“サブグレム”を管理する彼は、王国で最も()()()な人物だ。

 ヘムニア・カリウス伯爵とは友人関係で、その理由は奇しくもヘムニア・カリウスと同様の理由で五大貴族に加わったからである。

 二年前に両親が他界し、流れるように五大貴族となって都市“サブグレム”の管理を受け負った。

 同様の理由に、同様の境遇。ただ、一点だけヘムニア・カリウスと違う点があるとすれば、アーニ・デイ・ウィルソンという伯爵は人脈…仲間が酷いぐらいにいなかった。

 ウィルソン家の一人っ子という事もあって彼の人生は両親がつきもので他の者は何もなかった。何をするにも、何をこなすにも親のどちらかが付く少々歪んだ親愛の様。

 両親が死に絶えて“サブグレム”を治めることになった暁には、彼の周りに居たのはウィルソン家の瓦解を望む者、政敵、莫大な父の遺産を狙う一族郎党。

 父の手腕は受け継げず、正直に言って要領悪く。しかし、四天教が実質の後ろ盾ということもあり何とか自分の為にやっているのが彼の現状。

 加えて、敵ばかりの日常に彼の心は次第に自己中心(保身)的となり、五大貴族の面々もそのことを周知している。

 多少、目上の人物に貴族らしからぬ態度をとっても公式の場でなければ、皆は目を瞑る。

 どこか憎めない自分自身に正直な人物である。


「聞いたところによれば、アナタは私兵の兵団に冒険者崩れの()()()…俗に言う“シーカー”を抱えているとかなんとか。それは本当でしょうか?」


 どこか憎めない人物に変わりないが、彼らは五大貴族。少しばかりの毒は必要だ。


「い、言いがかりは止してください!! 確かに彼らは冒険者の規則に従えなかった者ら。ですが、戦うだけが能の傭兵よりも、雑多な仕事を黙々とこなしてくれる良い人材です!!」


 ウィルソンの熱弁に辺境伯は笑顔を浮かべた。


「ええ、ええ。五度以上規則を破るような稀有な人材は確かに良いモノです……飼いならすのにも些か()()がかさむのではありませんか?」


 辺境伯が懐から取り出して人差し指と中指に挟むは、銀のみで造られた四角い板―――通称、王国純銀硬貨だった。


「………」


 図星を突かれたことでアーニ・デイ・ウィルソン伯爵は押し黙る。好機と見た辺境伯は王国純銀硬貨をしまい、その右手で四つの指を立てた。


「ならば、このぐらいで買い取りましょう」


「え?」


「ふーむ足りませんか……なら―――」


「いえいえ! そうではなくて!!」


 右手に左手人差し指を添えて『六つ』と表記しようとしたところをウィルソンは制止させる。

 彼の必死の行動にナイアル辺境伯は「ああ」とワザとらしく相づち。


「またもや説明不足で申し訳ありません。簡単な話です。ワタクシがウィルソン伯の違法者(シーカー)を買い取り、秘密裏に“白銀”の監視を行わせます――――ついでに言えば、彼らが仕事を放棄せぬようワタクシの監視として、人形師の肉人形を付けましょう」


「ふむ。さしずめ、足がつかぬようにか?」


 辺境伯の提案を黙々と聞いていた老侯が口を開き、辺境伯はそれに頷いた。


「はい。彼らへの依頼はウィルソン家に敵対する貴族に行わせます―――――違法者(シーカー)を大金で売り払い、事があればウィルソン家の政敵も潰せる…おまけ、と言っては何ですがウィルソン伯」


「は、はい」


違法者(シーカー)が消えて敷地内の警備や人手に不安をお持ちなら、ワタクシの方から人形師か……まあ気難しい人なのでそれが駄目ならシーベンス技術局長に頼んで高性能な自動人形(オートマタ)をいくつかそちらに手配いたしましょう。―――どうです? この右手、取ってはくれませんかアーニ君」


 アーニ・デイ・ウィルソン伯爵の決断にそう時間はかからず。

 有無を言わせず彼に差し出された辺境伯の右手が握られる。


「…………ふむ。いいだろう。ただし、公になった場合の責任は貴様が取れよナイアル辺境伯」


「はい。当然に、そのように」


 多少の不服感を胸に残すもサリーオ・ベルチェ・グエルクト侯爵は納得の意として音も無く着席した。


「ご理解いただき何よりです――――でわ、王よ。彼ら“白銀”については『秘密裏に様子見』という形に成りましたので他の報告が無い以上、今回はお開きとしますかな?」


 宰相の問いかけにアンドレイ王はしばしの一考。

 それから、思い付いたように口を開いた。


「いや、一つあるぞ宰相」


「……それはいかに?」


「魔法の観点、宰相の観点から“白銀”を考察した。では、剣の道を究めた者からの観点を聞いておくのは有益ではないか?」


 アンドレイ王は右手に二歩引いたところで侍らわせている剣士へと目配せする。


「ただの興味だ。そう深く考えなくともよいぞ、ウォリス師団長」


 そう呼ばれた男は一歩と進み、不動の姿勢を取ってから瞳を開けて一礼。


「御下命のままに」


 彼の名はウォリス・ハルバート。

 このテリュール王国の最強の剣の使い手と謳われている剣士で、王国領土を守護する全ての王国騎士団――領地を守る赤鋼騎士団、民を守る黄色鋼騎士団、都市を守る青鋼騎士団、貴族を守る白鋼騎士団、王を守る黒鋼騎士団――をまとめ上げ、指揮を執る王国騎士団最高責任者である。

 鷹の様な鋭い目つき、焼け焦げた肌、戦闘の邪魔にならないよう短く切りそろえている黒の混じった茶髪。筋骨隆々な二メートル強の肉体を隠す黒の鎧は軽いものの飛竜の攻撃をものともしない特注品。

 金髪のヨーロッパ人種(ヨーロピアン)に似通った人種のいる王国では珍しい見た目だが、それは当然。

 ウォリスの故郷は鉱山と鍛冶の都、ドワーフたちが暮らすアロイア。彼の種族は人間とドワーフのハーフ『ドゥフラ』。

 王国に来たのは何も騎士団最高責任者を目指していたわけではなく、ただ一念発起しようと思い、当時の催し物である剣闘試合に参加しただけ。

 その際、正気を失い暴れ狂う飛竜が会場に文字通り飛び入り参加し、打ち倒し、王に見初められた彼は類い稀ない剣の腕とドワーフ譲りの口車で現在の地位まで上り詰めた実力者だ。


「私のような若輩者の意見が参考になるとは思えませんが、どうか傾聴願います」


「ふふ。謙遜するなウォリス・ハルバート。貴公は余の懐刀であり、その武勲、手腕、観察眼は誇れるものぞ」


「我が王よ。至らぬ私にそのようなお言葉……ありがとうございます」


 アンドレイ王のお墨付きをもらい、感涙の意を持ってウォリス・ハルバート師団長は一礼。

 そうして、二秒ほど経ってから彼は面を上げて王国騎士団最高責任者…いや、一人の剣士として自らの所感を述べる。


「赤鋼大隊長の話を聞くに“白銀”ロー・ハイル・ヘルシャフトという人物は強い…」


 一瞬、室内にどよめきが走るも師団長は見計らって首を振った。


「―――とはいえ、私ほどではありません。単純に相性の問題です。あちらが怪力で巨剣を振るうのならば、こちらの立ち回りは懐に入るのみ。武器を替えようとも私の剣が喉元に届くのが先でしょう」


 腰の剣に右手を置いた龍殺しである彼の言葉を疑う者はおらず、円卓を囲む面々は声をもらす。

 その確信めいた師団長の言葉が、どよめいた五大貴族(かれら)の気を取り直させた為だ。


「しかし、百聞は一見に、という言葉もあります。できれば一度、その者と剣を交えてみたいものです……――――当然、私が勝ちますがね」


 ウォリス師団長の自信たっぷりな言葉にアンドレイ王は納得した様子で、その視線は辺境伯と侯爵へと向けられた。


「聞いたな? ナイアル・フォン・ラトプ宰相、サリーオ・ベルチェ・グエルクト侯爵。師団長のおかげで武力の面で怯える事はない。宰相殿は自らが出した提案通り、安心して“白銀”の動向を調べ、監視せよ」


「はい。御下命のままに」


 宰相、ナイアル・フォン・ラトプは深々とお辞儀をして了解の意を示す。

 これにて会議は終了した。

 円卓を囲む五大貴族と王。その内に一人、裏切り者を残したまま。

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