第一章 28 【代償と継承】
戦いの最中の個人距離。いわゆる、間合いというモノがある。
例えば、剣先が相手を最も引き裂きやすい範囲。
例えば、拳を突き出して骨を臓物ごと打ち砕く距離。
例えば、上段の蹴りで相手を卒倒させることのできる角度。
例えば、狙いを定めた銃にて一撃で相手を仕留める場所。
(…………)
武器によりけり様々な距離、間合い。戦いの場においてそれらは、相手の力量や戦力を確かめるのに必要な外見的特徴だ。
テルガス・ルグムという人物の場合、拳や蹴りの届く範囲。加えて、【憤怒の業炎】の力を自由自在に、針の穴に糸を通すように操れる“十メートル”が彼の間合いである。
(どう攻めたものか……)
十メートルという間合いを持つテルガスではあるが、目の前の底が知れない人間には攻め方をあぐねいていた。
周囲は【憤怒の業火】という炎に包まれ、この訓練場はテルガスの掌にふさわしい。
逃げようものなら業火がその者を焼き尽くし、立ち向かおうとなれば業火に炙られ体力に気力と奪われるのは必須。
ただ、それは相手が普通の敵であった場合だ。
ガラド・バンバジ、ニーナと呼ばれた怪物。そして、底なしの人間にその道理は通じない。
「来ないのか……?」
左手に持つ刀は純白の鞘に収まったままで、相手は構えの一つなど取ってはいない。
刀の長さは大体八十センチメートル程度で歩幅も相まってロー・ハイル・ヘルシャフトの間合いは二メートル強が良い所だろう。がしかし、獣人の直感がソレを否定している。
先の火柱を斬り裂いた奴の手腕を見たはずだ、と。
先の飛ぶ斬撃を目にしたはずだろう、と。
ヤツの間合いは無制限だ、と。
「……なら、こちらから行くぞ」
刀を鞘に納めて清廉と佇んでいる底なしの人間は遂に動き出した。
左足を引いて半身となり、右手を刀『紅雀』の柄に添える様に握る。
構えとしては下段から上段に斬り上げる左逆袈裟。十メートルという最適解の距離を取っているテルガスにとってその一撃は届きゆるモノではない。
「<飛翔刃・裂>」
しかし、彼の斬撃は飛ぶ。
風の如く、雷の如く敵のそっ首を身体もろとも叩き落とさんと文字通りに飛んでくるのだ。
(…………いける)
その威力は建築物に“崩壊”という致命傷を与える程の一振りではあるものの、テルガスにとって防げぬものではない。
不可視の剣筋、無制限の間合い。
生身でも首の皮一枚で防ぐことはできた。
なら、防御を超えた反撃する手段はある。
最後に。
愛する妻と娘の姿を思い浮かべて――――発動する。
「燃やせ、【憤怒の業火】……」
テルガス・ルグムが【権能】を用いる際は、大体が火竜の息吹が如く業火を放つだけだった。いや、放つだけで十二分に強かったと言えよう。
しかし、底なしの人間を相手取るには、勝利を掴むにはそれだけでは足りない。
だからこそ、彼は【憤怒の業火】という消えぬ炎を自らの身体に集中させた。
「―――――!!?」
飛ぶ斬撃を放ち『紅雀』を鞘に納めて再び構えたロー・ハイル・ヘルシャフトは瞬間、体験したことのある様な気がする感覚を覚える。
一度と体験すれば、忘れも出来ず脳みそにこびりつくその感覚。背筋に漂う怖気、寒気に足が笑う。
端的に言えば、それは死。
絶対の敵対者から向けられる今から殺すという殺意。
「………」
「…………」
飛ぶ斬撃が火だるまとなったテルガス・ルグムの炎に巻かれ、消える。
両者、距離を測るように睨み合い沈黙が続く。そして、次の死の間際までテルガス・ルグムというヒトの意識は、暖炉にくべられる薪のように消えた。
●
(凄まじい殺気。今の今まで本気を出していなかった……?! それとも…殺す踏ん切りをつけたのか?)
自らを燻す炎はそれほど気にする物ではなく、<HP自動回復>の回復速度が上回っているから問題は無い。肺が焼かれても、無理矢理に呼吸をする事は可能だ。
だからこそ、十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトは眼前の完全なる敵に全力を注いで思考を張り巡らせていた。
「………」
「…………」
【憤怒の業火】。その一言だけの詠唱でテルガス・ルグムは飛ぶ斬撃を防いだ。
身体は炎に包まれるという大惨事になってはいるが、当の本人は全くの無傷。流石は“神より賜った贈り物”か。
(いや、違うな。覚悟なんてものじゃあない……アレはなんだ?)
相手の性能、大きさ、炎、少し大きくなったぐらいでそれらは全く変わりはない。ただ、あの殺意は別物だ。
テルガス・ルグムには迷いがあった。
どれだけ非道に手を染めようとしても後ろめたいという気持ちが彼の尾を引く。十川四郎も人間観察が得意な方ではないが、刃を交え、多少の言の葉を交える事でそれぐらいは理解できた。
つまるところ、今目の前にいる炎の怪物より人間味があったという事だ。
――――殺しに来た人間が言うのもアレだが。
『―――――――ッッ!!!!』
声にもならない声で吼えた炎の怪物は獣の脚力を駆使し、高々と跳躍し、拳銃より穿たれた弾丸のようにローへと飛来する。
「<斬鉄>」
『紅雀』を抜いて両の手で持ち、鉄をも斬り裂く兜割を一閃。
拳を振り下ろさんとする怪物を撃ち落とす。が、
「硬ッ?!」
スキルという特殊効果の乗った斬撃を炎の怪物は真正面から受けても全くの無傷。それどころかその身に触れておらず、人の歩行法を捨てて四足となった獣は意に介していなかった。
『グゥルルルル…………』
邪魔だと言わんばかりに獣の両眼が赤紅の棒きれを振り下ろした男へと向き、
『UuuRrrrrrrrrr―――――!!!!』
獣は男に高々と吼えて、出力ド級の業火を放った。
例えるのなら、それは炎で出来た巨大な花が咲くような一撃。獣の眼前に居れば、生物無生物であろうと燃やし尽くす白い花弁。ドーム状に広がるニーナの結界が無ければ、建造物が溶けゆくこの事態にすかさず憲兵がやってきただろう――――事情も知らず燃やされに。
「あ、ぶな~……」
正しく間一髪。ロー・ハイル・ヘルシャフトは無詠唱の<空間跳躍>で自らが切り崩した瓦礫へと隠れて難を逃れる。
(無詠唱で炎を吐いただけでアレか……火竜よりもたちが悪い。おまけに<斬鉄>の威力が炎に触れた瞬間弱まった気がする)
ブレイスラル・ファンタズム。すなわちゲームにおいて、“無詠唱”という行為は発動する魔法、スキルの性能を半減させる。
例として<空間跳躍>というスキルなら、跳躍できる距離が半分になる。<火球>という魔法なら、飛翔する距離と威力が半分となる。
つまり“無詠唱”とは即時発動ができる代わりにあらゆる効果が半減する行為。ただ、ロー達は常時展開能力によりその縛りはなく、無詠唱でも並の効果が保証される。
しかし、テルガス・ルグムこと炎の怪物の火力には無詠唱という概念の存在しない…ないし本能に任せただけであろう一番低い火力であの程度という文字通り化け物級であった。
(さて……)
どうするべきか?というより、どう倒すべきか?をロー・ハイル・ヘルシャフトは考える。
ニーナの人除けの結界のおかげで今のところこちらの異常は感知されていない。だが、あの炎はギフトで一度でも彼女の結界を燃やそうとすれば、瞬く間に無用な犠牲が増えるだろう。
結論、火煉やフィリアナ達の応援は無く孤立無援。結界には近づかず、太陽の黒点の様な敵とほぼ密着した形で戦わなければならない。
(……方針は決まったな。後は―――おや……)
弱点を探り、そこを突くことに専念する。
『紅雀』に乗ったスキルは阻害されて効果が減少してしまうも、あの振り下ろした刃を身体にではないが命中させれたところを見るに、物理的な実体のある炎には魔法やスキルが効きずらいものの、幸いにも刃は届く。
「一抹の理性……というべきか」
空を見上げて、周囲を見渡し、十川四郎は気づいた。
テルガス・ルグムの超が付くほどの高火力。その業火はテルガスを中心に地面をドロドロにマグマが如く煮えたぎらせて、敵が隠れているのなら周辺も燃やしてしまえばいいだけの“神より賜った贈り物”。
だが、彼はそれをせず見失ったロー・ハイル・ヘルシャフトを見つけるべく足元に残った石畳で仁王立ちとなりヒグマのように鼻を鳴らしながら目視で周囲を見渡している。ついでに言えば、燃やせるはずのニーナの結界にも炎は達していない。
更に言うとその姿は傍から見れば、敵だけを倒すように動いている。
「死中に活あり、か」
ローは一つの仮説を立て、それに基づいての戦術を閃く。
あの業火はテルガス・ルグムを包む鎧である。付け加えて言うのなら、生き物のように流動的に動く対プレイヤーの力を持つ装備で攻撃はその炎と四肢のみを使用しており、着込んだ主人はこちらを殺そうとしてくる理性無き殺戮機械。だが、無差別にすべてを燃やすわけではない。ニーナの結界が下ろされた境界線近くに炎は寄らずテルガスを中心に燃えている。
炎の温度は石の地面を炎熱の水に変えているところから千を優に超える火炎。どういうわけか気温がその余波を受けていないのは、こちらからすれば幸運。いや、熱が彼を中心にとどまっているあたり彼の理性の賜物だろう。
「<空間跳躍>」
状況、状態、理性。立てた戦略は賭けにも等しい蛮勇だが正しい筈だ。そう思い、願いながらローは瞬間的に地上七十メートルへと出現する。
ドームの高さに広さは百メートル以上。これなら、万が一に結界へ炎が触れる事も無いだろうと。
「……よし。<流星落華>」
敵はまだ頭上にいる者に気付いてはおらず、その流れる星の様な超々速度の落下にも等しき歩行術は彼を炎へと運ぶ。
『UURruu?!!』
気付いた時にはもう遅い。ローが唱えたのは移動手段の一つながら高所よりの自由落下に限定したスキルで、本来は槍を携えて相手の頭上という死角への不意打ちを行う為の手段が一つ。
スキルでの攻撃を無効化及び弱体化するのであれば、物理的攻撃が届くのであれば、自らを砲撃として射出すればいい。と、先のテルガスの一撃で思いついた荒業であった。
ただ、手にしているのは槍ではなく刀。
槍という武器ならスキルの恩恵を受けて回避行動を容易に取る事ができるものの、逆にそれ以外の武器の場合は文字通り“当たって砕けろ”な一撃になってしまうのが<流星落華>の欠点。
「ッ!!」
テルガスという炎の怪物は頭上を見上げて力を溜めるも、落ちる星の一撃が脳天を穿てばいくら炎に守られようと流石に首を垂れてしまう。
無詠唱とは聞こえはいいが“思考を現実に引き出す”という工程故に慣れていなければ僅かながらの隙ができるのも事実で、ローは炎の怪物の“僅か”を狙う。
「<空間跳躍>ッ」
敵が今一度消えて、怪物は頭上を見上げるがそこには居ない。いや、高所にはいないと言うべきか。
それもそうだ。
<流星落華>とは落ちる事に特化したスキル――――言い換えれば、着地点を会得さえできればどのような軸でも垂直に落ちることができる。この場合、ローが選んだ軸の着地点はテルガス・ルグム。よって、点より十メートル以上の高度を確保すれば、高所でなくともロー・ハイル・ヘルシャフトは三百六十度どの角度からでも垂直に目標へと到達可能となる。
敵の視界より外れたローは次の一手を発動させる。
「<玉刃結界>!」
高さと角度は得た。
次の行動は抜刀術により生み出された真空の刃でその身を守る防御でありながら攻撃のスキルを唱えて発動すること。
「そして、<斬影人>」
『GUぅううう………?!!』
最後の一手により縦、横、斜め、全ての軸にロー・ハイル・ヘルシャフトの分身が現れる。
魔力で形作った影法師。その人影は、自らの行動の後追いをして相手の反撃を許さない剣術が一つ。
「<流星落華>」
無数の人影が刃の鎧を纏って猪突猛進の連撃。影は影を真似、増えてを繰り返し、
『ウウゥウウウ、グ………!!』
堪らず炎の怪物は唸り、そして一呼吸。
『ガァァアアアアァッッッ――――――!!!』
八十メートルを優に超えて。二百撃目の激突を見計らい、全力を持って地上全方位に向けての炎を怪物は撒き散らした。
(………ッ!)
大振り過ぎる連撃に合わせた大振り過ぎる炎の花弁は影の全てを葬り去った。
本来のテルガス・ルグムであれば、炎のみに頼らずあくまで一つの武器として【権能】を用いていたであろうが、今のテルガスに理性は無い。
ローはその“僅かな隙”を狙った。
『が、ア……?!!』
マグマの赤と黄色を縫って真紅の外套の左手が炎を出し尽くした怪物の首根っこを背後より捉えたのだ。
「驚いたか? まさか溶岩の中を<玉刃結界>を使って切り進めてくるとは…思うわけないだろうな」
プスプスと焼けただれる肉の音、ジクジクと音を立てて再生し始める男の手が獲物を離すまいと今一度強張る。
その狂気と執念に。
全身に感じる死の怖気が、権能によって支配されていたテルガス・ルグムの理性を呼び覚まし、気づかせる。
(そうかコイツ…二撃目の落下で斬撃と共にマグマに潜ったのかッ?!)
炎を自由自在に扱う存在とてマグマに足を付けることは不可能である。単純な話、人間という生き物は水で出来ている為にどうあがいても百度が限度なのだ。
テルガス・ルグムは本能に肉体を任せ、【権能】は自らの力の余波で焼き尽くされぬよう効率的に人一人が横になれるくらいの足場を形成した。
なら、彼の足元はマグマの中の唯一の安全圏。炎の鎧の熱を用いて対流を起こし、炎熱を用いて空気を取り込む穴がある。
幸運なことにマグマは権能そのものではなく、燃える鎧の副産物なのでスキルや常時展開能力を阻害する効果はない。そして、文字通りの僅かな隙に届かせる力をロー・ハイル・ヘルシャフトは持ち合わせていた。
「…………」
抜身に赤紅の刀身を輝かせ、『紅雀』をロー・ハイル・ヘルシャフトは突き刺す。
『gA?!!』
穿ったは命の源、“心臓”。炎の怪物が吠えた時にはもう遅い。
火炎の鎧は先の攻撃ですぐさま身体に纏う事は出来ず、背後に回られて理性を本能が一度と上回った以上、意識は縦横無尽の遮二無二となってしまいテルガス・ルグムのような拳闘士の防御をする思考は無かった。
『g、gがぁあああああああ?!』
背中から心臓に一刺ししたものの怪物の勢いは衰えず、急ぎ炎を背面に準備するもそれは悪手。
一足先に背中から弧を描いて跳躍し、ローは怪物の真正面へと立つと、鞘を持った左手を思い切り握りしめてアッパーカット。
『ぐぅうッッ―――!』
カチ上げられた怪物は宙に浮いて胴はがら空き。
ロー・ハイル・ヘルシャフトはそのまま姿勢を半身に刀を鞘に納めると、おもむろに技をぽつり、と発動させた。
「<龍千>」
抜刀術の最上位スキル<龍千>。
鞘に納めた刀を引き抜くのと同時、剣戟の嵐が敵を細切れにする絶技である。
●
「…………ん、うぅ」
暗闇から這い上がったテルガス・ルグムは未だ混濁した意識を覚醒させる。
目を覚ます―――まだ命がある事を確認した。
手足を動かす――――よし、大丈夫だ。問題は無い。
「………くッ」
瓦礫を押し退け、体を起こそうとすると、一度。
心臓に激痛を覚え、胸を擦る。しかし、特に何かあるわけではなく。
「心臓を潰して<龍千>をくらってもまだ生きているか……!?」
立ち上がり、熔けた瓦礫まみれの場所から出てみれば、そこには血のような色の服装の男が一人いた。
そいつは私に驚いており、私もそいつの顔は知っているので思い出す。
「う」
数秒も掛からない後、意識が完全に覚醒すれば脳内に溢れかえったのは虚脱感と使命感。加えて、えずきから来る鉄臭い嘔吐であった。
「ガハッ…ゴホ、ゴホ……――――当たり前だ。私はまだ死ねん。まだ、するべきことがある」
血反吐を吐き、口元を拭き、驚いたままの敵を。テルガス・ルグムは数メートル先に佇む敵を睨みつける。
そう。テルガスは奴隷として隷属させられている同族――――否、捕らえられた愛娘を救い出さなければならないのだから。
「するべきこと?」
「ああ。お前のようなひとでなしには分からんだろうがな……」
深呼吸をして体調も万全とはいえないが回復して来た。
挑発に乗って来るであろう深紅の男をテルガスは見据える。だがしかし、驚いたことに目の前のその男。
先程の底知れぬ闘気は掻き消え、憑き物が落ちたように殺気も消えており、ただただ頷いた。
「その通り、俺はひとでなしだ。だからこそ聞きたい――――何故、同胞を助ける為にそこまでする?」
「何故、だと? アンタ。獣人種が王国や帝国で奴隷として扱われているのを知らないのか?」
「『国属制度』だろ――――いや、それは知っている。俺が聞きたいのは何故、そこまで同族に執着するのか、という事だ。見も知らない他人ならば、床に伏して目を閉じて、自分自身の平穏な暮らしを送ればよいではないか?」
本当に純真無垢な目で深紅の男は疑問を述べる。
ローという男の言はある種の真理で、一昔前のテルガスなら男の問いに賛同していたであろう。
だが、今は違う。助けに行くのは見ず知らずの他人ではない唯一の、彼女との子どもなのだから。
――――それでみんなを救えるなら間違いではないのだから。
「そんな事は出来ないッッ!! わたしは、オレはッ、奪われた者を必ず取り返さなければならないからだッ!!」
使命にも似た覚悟を弁舌する。
その様にロー・ハイル・ヘルシャフトは顎に手を当てて何やら考え込み、次に吐き出したのはテルガスの予想をはるかに上回る発言であった。
「奪われた者か……――――うん、興味が湧いた。その話、詳しく聞かせてくれないか?」
「……あ?」
今までの冷酷無慈悲な化け物の如き人間はいなかった。
そこにいたのは、ただの人間として、人としてテルガス・ルグムという個を真剣な眼差しで見ている者。
ならばと。軽々しく興味が湧いたのなら、血と憤怒を吐きながら全てを話してやろうとテルガスは口を開き、自分自身の過去を燃やすように言葉にした。
――――王国のジグラス・グゥドリッヒ公爵による獣人狩り、その狩りを指揮する鮮血獣牙騎士団団長のガラド・バンバジ、娘の事、死んでしまった妻の事、仲間の事。
テルガスには分からなかった。
何故、今の今先程まで殺し合いをしていた男に全てを話そうかと思ったのか。
ただ、それは。
その姿はまるで、懺悔の告白をする信徒のように。これでもかと言わんばかりに、身体中の全てを吐き出すかの如く、テルガス・ルグムは過去を話せた。
“憤怒”を心に宿しつつ。
「…………少し待て。〔ニーナ、私だ〕」
テルガスが話し終えたのを見計らい、ローはこめかみに指を添えてここには居ない怪物の名を呼び、居もしない相手との数秒の会話が続いた。
「〔よくやった。そのまま待機していろ、絶対殺すなよ〕」
そうして、会話が終わればロー・ハイル・ヘルシャフトはこめかみから右手を外し、視線を一旦空へと見上げて降ろす。
「――――これは私の偽善であり、独善だ」
「……?」
何を言い出したのかと、目の前の男へとテルガスは耳を傾け、会話は続く。
「もし、だ。もし君達のいる場所に俺が来ていたなら、今回の作戦は成功していただろう」
「急に何を……」
そういうとロー・ハイル・ヘルシャフトは刀を腰に掛けて、右手を差し出した。
「だから協力しよう。俺は君を救いたい……いや、君たちのような“奪われた者”を救いたい」
「…………は、はぁ?! さっきまでオレを殺そうとしていたヤツが何を……」
「そう言うな。これは個人的な性根の問題だ」
ロー・ハイル・ヘルシャフトは両手をひらひらとさせておどけた。
「正義や悪なんてものは常に大局で移り変わる虚。正解なんて存在しない。今の状態がその限りだろ? テルガス・ルグム」
大局的に見れば、コルコタを地獄に変えたテルガスが悪でロー・ハイル・ヘルシャフトという現況を止めに来た冒険者が正義であろう。
「しかし、お前は競争と宣いオレ達の仲間の命を癇癪の当てつけとした。弁明はあるか?!」
「ない。あの時はニーナの憤りを沈める為に最善を尽くしただけで後悔はしていない。無論、ギフトへの興味で動いていたのは認めるがね」
「………」
だが、それは大局的な話。個人という視点に移り変われば、テルガスは善であり、ローは悪である。
知っているからこそテルガスは沈黙し、ローは言葉を続けた。
「俺は利己的な人間だ。だから、自分が正しいと思う選択を常に選びたい。まあ単に、寝覚めの悪くなるコトはしたくないってだけさ。“奪われた者”の気持ちは…………理解できるからな」
ロー・ハイル・ヘルシャフトの言葉には確信と言葉で言い表せない真があり、テルガスは戸惑いながらも頷ける。
それは彼と拳を交えて強さを知ったからこそ、豪胆で傲慢な口先だけの言葉ではないと確証が持てたから、真に思えたから。
「それと今一度言っておくが、君の仲間は無事だ。あと一歩遅ければ食われていたそうだが……まあ、ニーナには後でキツく言っておくよ」
こちらの不安を見越したようにロー・ハイル・ヘルシャフトは皮肉交じりに言う――――それが嘘ではない事は獣の直感が告げており、また嘘を言っている様子もない。
目の前にいるのは底知れぬモノを抱えるただの人間だ。偽善をなし、勝手をする、忌々しい憤怒の対象だ。本来なら燃やし尽くすのを何とも思わないような人間。
「安心しろ。基本的に平和的に解決するのが常だが、暴力も時には辞さないのが俺でね。それに交渉人なら得意分野だから、血を見ずに済むかもしれんよ?」
「…………」
「さぁ、どうする? いや、君はどうしたい?」
そんな人間だからこそ、真摯な眼差しを持っている彼だからこそ、拳を交えて過去を惜しみなく吐露した間柄が故に。
今一度、彼は近づいて右手を差し出して。テルガス・ルグムは右手を伸ばす。
「……ああ。協力して―――――g」
【ユルサナイ、ユルシハシナイ、ケッシテユルサレルモノデハナイ。ワレハサズケタ。イキョウノタグイ、イッサイスベカラクメッスルチカラヲ。アマツサエ、テヲトリアウナド、ユルセルワケガナイ】
●
それは、刹那的に起こった。
テルガスが伸ばした右手はローの握手を否定するかの如く、業火を燃やして形が変わった。胸、腹、下半身、全身、業火と共に純白の羽に身体の全てが歪んでいく。
それは、代償であった。
【憤怒の業火】という【権能】を多用し、暴走し、彼等の敵に手を伸ばした故の事象――――または【審判】。
ただ、そんな事をこの二人が知るはずもない。
片方は自らの力に燃やされて、片方は吹き飛ばされて突然の頭痛に頭を抱える。
ローに到来した頭痛は膝を着く程の激痛であるものの一時的なモノで、
「―――ッッ。【神の尖兵に至る】だと……?」
数秒後に痛みが引けば現状を説明する一つの言葉を無意識に吐き出させた。
「テルガス・ルグム!! どうすればいい?!」
しかし、単語について考えている余裕はなかった。テルガスは依然、業火に包まれ身体を純白の羽に変形し続けている。止まりはしない。
「これ、を……!』
テルガスが懐から取り出し、ローへと投げたのは木製の小さなペンダントとひし形に加工された紫紺色の魔石。
話を聞いていた以上、受け取った二つの物が何なのかは理解できた。が、これらは現状を打破するものではなくむしろ……、
『フンッッ――――」
次の瞬間、テルガスは自らの右手で胸元を食い破り、心の臓を鮮血と共にえぐり出す。
「いいのか?! そんな事をすればお前は――――」
『構わんッ!! もとよりロー・ハイル・ヘルシャフト、お前はオレを殺しに来たのだろう!?」
噴き出す鮮血さえも純白の羽に変わり、心臓にも羽が一本、また一本と変化が訪れ始めた。
『ならばやれ、そして任せる!! これ以上、この身体を【憤怒の業火】に侵食される前にオレを殺すんだッッ!!』
もはや一刻の猶予もない状況。ロー・ハイル・ヘルシャフトは最善を尽くすべく唱えた。
「<龍千>」
羽を生やし始めている心臓だが、業火を纏っていない為に絶技<龍千>は直撃する。
彼の持つ心臓を一撫でに細切れに。
「…………ッ」
商業都市コルコタでの長い長い戦いは終わり、夜が明ける。




