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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
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第一章 26 【怪物】

 刃物を持った素人と俗に黒帯(プロ)と呼ばれる格闘家。

 年齢同じ、性別同じ。どちらが勝つと問われれば、恐らく大体の人間は格闘家が軍配を上げると予想するだろう。身体の運びから呼吸、何から何まで経験のあるなしでは天と地の差があるという理屈で語るべくもない。

 では、年齢と性別は同じ人物。彼等の経験は同様のモノとして、その内容が違うのであれば勝敗はどうなるであろうか。

 例題として。

 片方は刀の使い方、刀での戦い方を熟知した人物。

 片方は身体の使い方、五体での戦い方を熟知した人物。

 双方の体調(コンディション)は万全で振るう武器も同じく、技量こそ内容(なかみ)違えど拮抗している。

 この条件に対し、大半の人間の意見は真っ二つに分かれるのかもしれない。

 刀を持っているのなら有利だ。刀は意外にもろくて格闘家が勝つかもしれない。引き分けという線もあるだろう。と、答えは様々であり、議題はずっと平行線のはず―――――ただ、これが真正面からの真剣勝負なら話は別である。

 刀を横から叩いたり持ち手を崩したりせず、本当に真っ向勝負で拳と刃を交える。

 普通なら、どれだけ修練を重ねて拳を鍛えた格闘家でも拳の鋭さと刃物の鋭利さでは…それこそ天と地の差があり、肉で形作られた人の拳の敗北は必須。万が一に打ち勝ったとしても、無事では済まない。

 少なくともロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗の知識では、刃物を真正面から打ち凌ぐ格闘家などいなかった。


「フッ」


 武器庫の前からテルガスの一撃を受け飛び出して、訓練場のど真ん中。

 広々とした場所に移ったローは『神討(カミウチ)(マガツ)』を上段に構えて、その分厚い剣とも言えぬ一振りを最大限に重さ生かして、距離を詰めて来た(テルガス)反撃(カウンタ)として叩き潰し。

 しかし、どれだけ大きく分厚くあってもローが持つのは一本の剣。

 その切っ先に一番力の集まる瞬間こそ最も威力が高く、もろに喰らったのなら肉も骨も真っ二つ。


「チッ!?」


 だが、テルガス・ルグムは拳をぶつけてソレを弾き、ローの懐へともぐりこみ。

 正確には弾いたわけではなく修練の通りに“受け、流した”。よって、ダメージはあるが微々たるモノで追撃に繋げることが可能であった。


「ハッ!!」


 流し弾いた『神討(カミウチ)(マガツ)』の切っ先を地面へとめり込ませる。そして、剣を弾いた右手を深々と後ろに引き絞り、行儀のよい半身の姿勢。

 誰が見ても分かるような中段・正拳突きの構えから、テルガスは剣を地面に埋め込まれた冒険者へと引き絞った砲撃(こぶし)を一撃射出。

 狙うはみぞおち、ほぼ密着したこの距離からして必中。武器を塞がれたロー・ハイル・ヘルシャフトに躱す手段は、武器から手を放すしか無い。

 ただ、剣を扱う者がソレをしてしまえば、もはやただの一般人。格闘術を極めているテルガスにとって敵ではなく、その身体に風穴を作るのは必至。


「――――ッ!!」


 と、考えていた彼の見当は百八十度ぐるりと一変つかの間に。

 思考する暇さえも無い拳の射出、その刹那にローは応じた。


「…ッ!」


 『神討(カミウチ)(マガツ)』から両手を放すとみぞおちに来たる一撃を左腕の肘で打ちつけて躱し、そのまま両の手で二撃のラッシュ。

 左右の拳が防がれ、躱されたのなら相手が受け止めた右ストレートを軸に後頭部へと蹴りをかます。

 テルガス・ルグム、相手は格闘術を極めた獣人。ローの右足は首の皮一枚で受け止められた。


「…ッ!!」


 ならばと重力に従いローは上半身を地面に落とすのと同時、両手を着いて獣人の自慢の火竜の胸当てに三発の回転蹴りと、両手で身体を宙に射出して両足での重い一撃を命中させる。


「クぅッ……?!」


 その威力と衝撃に堪らずアムルトゥの屈強な身体は後方へとずり下がる。間一髪、両腕で致命傷を防ぎつつ。

 人間…というより剣士にそぐわない無理矢理な動きを取ったロー・ハイル・ヘルシャフト。彼の連撃は止まらず、地面に刺さった『(マガツ)』を力強く引き抜き、一歩二歩と地面をへこませる脚力で滑るように距離を詰め、テルガス・ルグムのどてっ腹へと鉄塊を捻じ込む。


「【憤怒の業火(ウリエイル)】ッッッ――――!!!」


 もはや爆発物の危険はない。すかさずテルガスは自身の【憤怒の業火(権能)】を発動させて身体を包む防御の布陣。

 これにはローも身じろぎ、捻じ込まんとした『(マガツ)』を引いて後方へと跳躍(バックステップ)


(強いな……)


 強さ(レベル)、技量、戦闘経験、身体の作り、運びと彼が感心するに値する。そして、


「これが、()()()()()()()()か…!!』


 炎に撫でられて皮膚まで焼かれた『(マガツ)』を持つ両手の自動回復(リジェネレート)による治癒が遅れている様子に、感嘆にも似た笑いが己が内より溢れ出てくる。


「フフフ、ハッハッハッハハハ――――――!!」


 相手が不気味に思う程に、これほど喜ばしく、クソほどに気分の悪い…―――――と。


「ハハハハ―――――…アレ、今なんて………?」


 興奮気味であった十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフト。

 己が内から溢れ出た言葉を深く疑問に思い、興奮の尾を引きながら冷静さを取り戻した彼は戦いの最中でありつつ彼は口を押えて冷静に考える。


「…なあ、俺は今なんて言った?」


 意味不明瞭な脊髄反射が如く口にした言葉がどんなものだったかと、思考に必要な物を揃えて並べるかのように疑問の矛先はテルガスへと飛び、相手の定まらぬ情緒に彼は戦いの姿勢を解かず不可解な目を向けながらもおずおず答えた。


「…………対プレイヤーがどうとかと言っていたぞ」


 意味は分からずとも彼より放たれた言葉に対し、ローの思考は自然と一つの解へと到達した。

 意味不明瞭ながらに。驚愕に目を見開いて。


「俺は、まさか、()()()()()()()()()()……?」


 自動回復(リジェネレート)こと<HP自動回復(リジェネレート)>の能力(アビリティ)を阻害したテルガスが纏う炎。

 彼がそう言った能力(アビリティ)を阻害するアイテムを隠し持っていたりや装備をしていたり、という推測は勿論可能でゲームには存在しなかったアイテムがこの世界にはある可能性も十二分に考えうる。

 だが、自然と出て来た先の発言と己が気持ち、思考はそれらの可能性を完全に否定していた。

 あれこそは、()を殺しゆる【(ギフト)】だと。

 あれこそは、未熟ではあるが外界からの使者である我らの敵だと。


「チッ……?!」


「フンッ……何者だ? 不遜にも思考に耽っている人間に刃物を飛ばすのは?」


 自身への疑問が頭の中を駆け巡ってはいたもののナイフ三本なぞ取るに足らず、ローの身体は自然とその三刃を『(マガツ)』で防ぐ。


「驚いた。私の投擲術を防ぐなんて……あなた何者?」


「質問をしたのはこっちなのだがな……」


 今は瓦礫が積もる武器倉庫の隣にある路地より闇を縫って現れたのは、兎の白い耳と尻尾を生やした少女だった。

 もはやその恰好は水着よりも露出しており、ローライズすぎる白のズボンに軍服を組み合わせたような薬剤や武器のしまってある上着。腰には肉包丁のような刃物が一振りと、足には獣の爪を模した具足。

 装備はともかく軽量で、テルガスと同様に肉体派なのだろう予想がつく。


「ウルナ?! 何故戻ってきた?」


 声を荒げるテルガスにウルナはバツが悪そうに首を振った。


「『旅人動かず、タダノシカバネ』よ」


「な、に……」


 ウルナの言い放った隠語の意とは死肉の巨人(レクディオプ)が役に立たなくなり、別動隊が動けぬことを示唆する言葉。

 事実、その証明をするかの如く。彼の魔物が居た位置より天高々と火柱が舞い踊る。


「…………分かった」


 重苦しい武装蜂起した獣人(テロリスト)二人の顔と、視線を傾ければ火煉の叩き上げたであろう火柱。ここまで状況が揃ったのなら、素人でも彼等の作戦は失敗したのだと理解できる。

 なら、これから彼らがどう動くか。選択肢は二つに一つだ。

 作戦失敗による撤退か、はたまた死肉の巨人(レクディオプ)なしでの強行か。


「ならば、ウルナ。この男を倒すのに手を貸してくれ!」


「はい!!」


 どうやら彼等は後者の選択をしたようだ。

 こちらもテルガスの【憤怒の業火(ちから)】について少々知りたい所でもある。そして、町を守る冒険者として武装蜂起した獣人(テロリスト)から逃げる理由は無い。


「……いつでも」


 袴もどきに胸当ての獣人(テルガス・ルグム)は拳を前に姿勢を半身に、兎の獣人(ラフォビット)の彼女は腰のひと振りを逆手にこちらをしっかりと瞳に捉えて。

 ローは『(マガツ)』を中段に構えて、二人の動きを見逃さぬよう呼吸を整えて集中する。


「気を付けろウルナ。あの男、銅板の冒険者だがその実力は私より上だ」


「…………ッ。」


 テルガスの言葉にウルナからの返事は無く、代わりにとローを睨む瞳がより一層に引き絞られる。

 二対一ではあるが、まるで荒野のガンマンの決闘だ。タンブルウィードが風に吹かれて転がってきたなら、すかさず戦いが始まるそんな状態。


「待つのじゃぁぁぁぁッッッ―――――!!!」


 一瞬、一呼吸が命取りになる膠着した空間の数秒後。最初に動いたのはテルガスやウルナ、ましてやローではなかった。

 雷鳴の如く上空からローの膝元へと飛来して来た闖入者とは、至極色の彼女であったのだ。


「……ニーナ。どうした? 人払いの結界は?」


「完璧じゃ――――それより、どうしたも、こうしたも、無いのじゃ!」


 ニーナは艶やかな黒髪をたなびかせて、眉間に可愛らしく皺を寄せている。


「ロー様よ。二対を相手取るのなら妾を呼ばぬか! 妾も暇で暇…ではなく、仲間なのじゃから!!」


 ズビシと主を両手で指差し、決闘の空気を素晴らしいほどにぶち壊したニーナ・レイオールドはそのまま両手を大げさに振って、少女のようにプンスコと頬を膨らませる。


「それはすまなかったな。――――ところで、作戦の方はどうだった?」


 その黄金の瞳に睨まれたローは若干の後ろめたさを覚え、目を配りながらに謝罪しつつ話の流れを変えた。


「うむ。完璧である!! 流石はロー様が考えた作戦じゃ!!」


「作戦だと……?」


「くぅーふっふっふ! お前らの武装蜂起は全て最初からまるっとお見通しだったのじゃよッッ!!」


 ドドーン、と流石は獣人解放軍のアジトまで見つけ出した当事者による証言だ。その言葉にはしっかりとした裏取りがしてあり、テルガスも驚きに目を丸くさせる。


「………覚悟ッッ!!」


 いや、実際にはそういう意味で目を丸くさせていなかったのだが。


(いけるッッ!!)


 空からの闖入者、ニーナ・レイオールドがズドンと地面を揺らして現れた時に決闘は既に始まっていた。

 ウルナ・ギウスは闇に紛れて虎視眈々と敵に刃物を突き立てるチャンスを窺い、今か今かと好機を待ち望み、走った。

 確実に仕留める為、確実に作戦を成功させる為、ルゥルちゃんを地獄から救い出す為に。


「や……―――――」


 ウルナ・ギウスが隠形に闇へ溶け込み、ローというよりはニーナへと刃物を突き立てんとしたのには、もう一つの訳があった。

 黒髪と金の瞳をした少女に対し、獣人である彼等…特筆してウルナはおぞましいほどの威圧感(プレッシャー)を覚えたのである。

 本能へと脅威を感じさせた(はしらせた)少女。自らの知識を総動員して例えるのなら上位の龍種。

 作戦で扱った死肉の巨人(レクディオプ)なぞ足元にも及ばぬ、他の生物全ての生殺与奪を握っている存在。獣人としての直感が告げていた――――アレはヤバイ、と。

 今ここで仕留めなければ、自身の死は絶対であろうという確信からウルナ・ギウスはローではなくニーナ・レイオールドのそっ首を叩き落とさんと思い切りに首を切り裂いたのだ。


「った……?!」


「ウルナッッ、逃げろ!!!」


 おぞましくも異常なる威圧感。ウルナの感じ取った直感はまごうことなき()()であった。


「…………クふッ」


 そっ首斬り落としたはずのニーナ・レイオールドから彼女を嗤う声が聞こえる。

 不意打ちをモロに喰らったはず少女の皮を被った化け物は高く高く側頭部まで裂けた口で嗤って蔑み、黄金に輝く龍の瞳でウルナ・ギウスを捉えて、ただただ見下す。


「クックックックッ、クヒャヒャヒャッッ―――――!!!」


 首を一度と刎ねたところで。

 必殺の一撃をお見舞いしたところで。

 殺し切れる武器で殺したところで。

 彼女、ニーナ・レイオールドという正真正銘の“怪物”を相手取るのはかなり無理のある話だ。


「く、逃げれ…ない!」


 首元にめり込んだ武器ごとウルナは腕から至極色の底なし濁流に飲み込まれ始める。

 形を変え、姿を変え、少女の皮を被った怪物は少女の皮を流動的に脱ぎ捨てていく。


「殺す宣言をするとはの……暗殺者としては三流以下じゃな、お主。ロー様と刃を交えるにも値せぬ」


 粘液は二メートル強の大きさと成る。そしてウルナとは手を繋いだまま形を作り始めた。

 少女の皮を脱ぎ捨てたからといって獣の如き“怪物”になるワケではない。

 どのような美しい生物。

 どのような醜悪な生物。

 何者であれど、その成すがままの姿が悪辣であれば、その者は即ち怪物となるのだ。


「なんだ、お前は……?!」


 岩よりも硬い粘液から腕を引き抜かんと、身体を逃げ出そうと蹴り殴り暴れるウルナ・ギウスは抵抗しながらも顔を上げて呆れた声の在りかを確かめ―――――目撃した。


「ちょういとばかし。早いお披露目じゃが、妾の真の姿を見せてやろうぞ」


 後ろに結ぶは、足元まで伸びた艶やかな黒髪。

 すべてを見通す黄金の瞳。

 着物ではあるがそれは皇女や女帝が纏う天上の一品、至極色をした天の羽衣。

 少女の顔立ちは大人びて、人々が見たのなら「成長した」という言葉を口々に並べるであろうが、それは違う。彼女、ニーナ・レイオールドは本来の姿へと戻っただけである。


「さぁて、女。どうされたい?」


 少女でなく、淑女。

 淑女ではなく、怪物。

 そして美しき“怪物(天女)”は蠱惑的に黄金に瞳を輝かせて、夜の闇よりも深い黒髪をなびかせながら、愛らしく、そして可憐に笑みを浮かべた。

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