第一章 25 【隠れる蓑を戦場に】
商業都市コルコタ“旅人区”の北東に位置する宿、龍牙亭。
小金持ちが集う場所でありながら素泊まり専用とも言える内装は寝床、便所、少しの荷物を置ける余剰ある広さと簡素な室内。“死肉の巨人”によって階下はもはや地獄と化した、その宿三階の三○四号室。
誰も彼もが避難をした無人の小部屋に二人の男の影があった。
「ふーんふふーん、と…」
一人は余裕綽々で鼻歌交じりに床の上に準備をしている色白で白髪のスーツを着た男性。
彼の名はアグルス・モーガン。金剛月華会という組織に所属している者だ。
「先輩!! 早くしないとココも巻き込まれちまいますよ!?」
眼下に見える死者の怨嗟に耐え切れず、どっぷりとその茶髪は冷汗で濡れたもう一人。
彼の名はプレクト・ビレッジ。アグルスと同じく、金剛月華会所属の人間である。
「………ふう。こんなところでしょうか」
プレクトによる焦りから催促をそよ風に、準備を終えたアグルスは色白な自身よりも顔面が蒼白になっている彼へと用事を済ませたことを伝えた。
「そんなに焦らなくとも構いません。この偽装死体によって我々は死んだことになりますからね」
アグルス・モーガンの描いた筋書きはこうだ。
この床に置いた偽装死体二つはこれからアグルス・モーガンとプレクト・ビレッジとなって、死肉の巨人から逃げられず瓦礫に挟まって圧死。そして、テルガス・ルグムの【憤怒の業火】に見せかけた発火装置と起爆装置によって死体は焼かれて弾けて顔に身体と原形を留めず、この宿の名簿記録が両名の死亡の証左となる。
これで、この事件において我々の関与を示す証拠は無く、死者は沈黙を貫く――――我ながら完璧な算段である。
「で、で、で、ですけど…アレッッ!!」
まるで鶏の鳴き声かと。
言葉をつかえさせるプレクトの指さす方を見れば、死肉の巨人の尖兵が一人。窓の外からこちらをまじまじと覗いているではないか。
あんなのに睨まれて彼が焦るのも尤もだが、我々には最後の仕上げがある。懐中時計を胸元から取り出して見れば、まだ時間にも余裕があるので右往左往する後輩をアグルスは落ち着かせる。
「大丈夫ですよ。…あと二~三分すれば襲ってきますが」
「全然大丈夫じゃないですかッッッ!!!」
「はいはい。では、さっさと済ませましょう」
死の視線にあてられて落ち着きのない後輩の様を見るのは愉しい…ではなく、心苦しいので手招きをして動きを真似るように指示。
「まずはこの肉人形の額に右手を当ててください」
「こ、こうですか…?」
「ええ。そのまま『テューオサ』と呪文を唱えてください」
両者とも膝を着いて床に倒した成人男性ぐらいの大きさと形をした肉の塊に手を添えて、一言の呪文を唱える。すると、みるみるうちに肉の塊は服を形作り、顔を形作り、アグルス・モーガンとプレクト・ビレッジと成った。
「お、おお?!」
一寸違わずの精巧さにプレクトは恐怖を忘れて驚く。
「流石は賢者なりし雷神。こうも容易く呪文一つでなせるとは」
アグルスも知ってはいたが、使うのも見るのも始めてなので感心して言葉をつい漏らす。
「…それでは出立しましょうか。【転移天門】」
そうして、感心を終えた彼は立ち上がると腕を大きく背筋を伸ばし、準備運動を完了。指を鳴らして、【名在り】を発現させた。
部屋に現れたのは両開きの白い扉、【転移天門】というアグルス・モーガンが保有する【名在り】。
その力とは、アグルスが実際に行ったことのある場所に一瞬で転移することができ、通行者によって【転移天門】の大きさは可変するので通れない者はいない…つまりは万能の瞬間移動装置である。
「一体どこへ? まさか、身を隠す当てでもあるんですか…?」
周知の扉を前に覗き込むような視線で疑惑の表情を浮かべる後輩に、言い忘れていました、と先輩は告げた。
「金剛月華会西大陸支部。今からそこに向かいます。プレクトくん、行くのは初めてでしょう?」
「はい。話だけは聞いてましたけど………」
金剛月華会の人員は現地でスカウトする事が多い為、この西大陸において金剛月華会に所属する人間のほとんどは支部に向かう事はない…もとい綿密に隠されているので辿り着くことも出来ないだろう。
ただ、現地の人員が支部に赴く例外はある。
神の手のかかったモノを壊してしまうヘマを踏んでしまったりとか、金剛月華会の事を外部に漏らしてしまうとか。
要は、金剛月華会及び後ろにいる神々の面に泥を塗ってしまったり豆をこぼした場合に、その例外という名の審判は発動する。
「ならば、せいぜい田舎者丸出しの態度を出さないようお願いしますよ?」
「は、はい!」
そんな事は露知らず。
彼、プレクト・ビレッジは一抹の不安と淡い期待を抱いて、まだ見ぬ場所に思いを寄せつつ扉をくぐるのであった。
●
「退きます! 後は任せました!!」
「おう。」
隊列を組み、轡を並べていた彼等はまた一人、二人と傷を負ってその強大な敵との最前線から退いていく。
そこを狙うは仁王立ちのままの死肉の巨人が尖兵と本体より分かたれた触発されて蠢く死体達。
冒険者と憲兵の彼等だけであったのなら、こうもやすやすと退く事を許される事にならず、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていただろう。
「皆さん、こちらに」
「は、はい!!」
ただ、今は女神のような翡翠色の彼女がいる。
怪我をすればたちまちと治療し、尖兵が迫るならばたちまちと燃やし尽くすフィリアナ・ルーゲル・フェンドルドが彼らを癒して守っている。
「…さて」
今では双角であり英雄である彼女がいた。
首に下げている『銅で作られた金属板』は最弱の証ながら、その実力は反比例して凄まじく。自らに歯向かう全てをその戦槌で滅し尽くす、まさしく鬼神。
死肉の巨人の負の怨嗟から生まれた実体のない亡霊を叩き潰し、蠢く死体の十、二十の軍勢を軽く突き崩し、石化の魔眼や吐息などは実力差故に無意味も無意味。
その圧倒的な火力を用いて、前線を押し上げつつ維持している様…火煉の戦い方、敵を屠る姿は防衛線を維持する彼等の戦意を高揚させる。
例えるならそれは、英雄との共闘戦線。力ある者との誉れ高き戦いだ。
「………」
ただいまの総勢、七十二名。
応援に駆け付けた憲兵に冒険者、火煉とフィリアナの助太刀もあって劣勢だった人々に優勢という光明が差した。
このままいけば、勝てる。
このまま英雄と共に戦えば、悪夢が終わると。
(あーあ…)
最前線で武器を振るう獄炎火煉。
(楽すぎて眠みぃな…)
文字通り必死で闘う人々の気持ちと相反して、渦中の火煉の心中は冷めに冷め切っていた。面倒な作業を面倒にこなすかの如く、欠伸を噛み殺しながら。
それもそのはずだ。
火煉の強さを数として換算すれば百二十という最大値。対し、相手取っている死肉の巨人の強さは多く見積もったとしても三十~四十レベルの辺り。
生者を殺し、吸収し、肥大化していく死肉の巨人の肉体―――皆が恐怖する亡者の軍勢にもしっかりとしたカラクリがあり、ゲーム的に表すならば体力の最大値が増えていて手数もそれ応じて多くなっているだけの事。自己再生という回復手段も持ち合わせているはずだが、前線を押し上げられている現状では時間のかかる行動は死に直結するので使用不能。
つまるところ火煉の眼前の死肉の巨人。他者を殺せば殺すほど体力の上限と手数のみが増えるだけのまあまあ強い死霊系の魔物となってしまったのだ。
(でも、オレの為を思っての作戦だしな。ロー様の期待にゃ応えねぇと…!)
眠くなる瞼を擦って頬を叩き、火煉は今一度周囲に怠慢を気取られず、英悠然とした態度で死肉の巨人に相対する。
憧れの人が考えた“双角の鬼による双角の鬼の為の尊厳回復作戦”を完璧に遂行するべく、思い出しながらに。
○
〔走りながらで良い。三人共、そのまま耳を傾けろ〕
冒険者チーム“白銀”と“イータイルト”がコルコタへと急行する中、“白銀”のロー・ハイル・ヘルシャフトは“イータイルト”の面々に気取られないよう火煉達に遠距離通信用の念話魔法<レテス>を用いて口を開かず会話を始めた。
頭に聞こえる議題はもちろんの事、性急に差し迫った事態への対策。及び、それに乗じた作戦についてだ。
〔これから死肉の巨人との戦闘に入るだろうが、今回の主役は火煉。お前だ〕
〔…オレが主役? まあ、亡者の塊なんぞ相手にもならねぇけど。どうせなら、ロー様がブッ殺しゃいい話じゃねーか〕
ニーナの報告を聞いた限りだと別に総力戦を仕掛ける程の相手ではない。それに、チームリーダーが対処すれば“白銀”は一躍有名にもなることができ、じわじわと眼前に見え始めた金銭問題にも終止符を打つことが可能だと、火煉は思う。
だが、それを見越してか「いや…」とローは火煉の提案を否定して言葉を続けた。
〔前にカンベルト夫妻に教えてもらっただろう。二十年前“双角の魔人”が王都で暴れた事件を〕
〔確か、“青霧の晩”じゃったか?〕
同じ様に横を走るニーナの投げ掛けた言葉にローは頷いた。
〔…二本の角を持った怪物が暴れた事件、火煉がその額当てを被る事となった要因だ〕
ローは顎をしゃくって火煉の角を隠す額当てを指す。
〔だから何だってんだよ? オレがコイツで角を隠しとけば問題ねぇだろ?〕
〔火煉、ロー様が言いたいのはそういう事じゃないわよ〕
ローの煮え切らぬ言い方に額当てを指で小突く火煉。対し、若干に呆れつつ口を挟んできたのはフィリアナ。
〔あー…じゃあ、何か? オレの角を隠さなくてもよくなる方法でも思いついたのか?〕
〔……まあ、そんなところだ。彼らの民度を見たところ妙に…いや物わかりの良さそうな人達だったからな。降って湧いた草案だが詰めればその煩わしい額当てもしなくてよくなるだろう〕
〔ふーん……じゃ、ロー様の作戦ってヤツを聞かせてくれよ〕
〔よし。では、具体的な動きを説明する〕
名付けて“双角の鬼による双角の鬼の為の尊厳回復作戦”概要はこうだ。
〔まずは、ニーナ。先行して周囲の状況を探り、一番辛くなりそうな戦線と犯人の居場所を<レテス>で逐一報告してくれ〕
〔うむ。わかったのじゃ〕
〔フィリアナ、火煉、私はその情報を元に動いて死肉の巨人を一か所に追い込むぞ〕
作戦の一歩目は市民の救出と状況の把握に努める。それが終われば自ずと生者を求める死肉の巨人とその眷属も含めて一か所の出入り口に流れるようになるだろう。
もちろん、主役は火煉であるからしてなるべく目立たず勤勉に。
〔そして死肉の巨人の誘導された戦線が瓦解寸前になってきたらニーナは火煉とフィリアナに場所を伝えろ。二人もソレを聞いたら、真っ先に向かえ……その際に火煉はいの一番に現場へと向かい、額当ては何か理由を付けて外れたことにしておくといいだろう〕
〔おう。…ところで、ロー様はどうすんだ?〕
二歩目は“白銀の英雄”爆誕伝説である。
人々が死肉の巨人に追い込まれ、ピンチな所にすかさず双角の獄炎火煉が登場し、戦況は英雄によってぐるりと一転だ。
〔私は犯人探しをする。確か、ルグムという獣人だったな?〕
〔そうじゃ。種族はアムルトゥで図体はロー様の倍じゃしすぐに見つかると思うぞ〕
〔注意して探そう。それと、ニーナにはもう一仕事頼みたい〕
〔なんじゃ?〕
〔<人形操糸>を用いて目立ちそうな人間を操り、集団心理を働かせてくれ。当然、肯定的に双角の火煉へと意識が傾くようにな〕
<人形操糸>―――。
自身よりも低レベルの者を意のままに操ることができる【毒殺女帝】クラスの基礎中の基礎、クラスを変更したのと同時に習得するスキルの一つだ。
操る対象は生物、無生物と関係が無いもののレベルが近ければ近いほど、スキルの効果時間や掛かり易さは短くなる。操れる数に関しては対象のレベル合計が自分のレベルを上回らなければいくらでも操作が可能だ。例えば、一レベルの人間をニーナなら百二十人、六十レベルのガーゴイルを二体など。
〔くっふっふー! 任せておれ、演劇は妾もよく見て知っておるからの。火煉を存分に引き立てて見せようぞ!! では、また後でなロー様〕
〔頼んだぞ、ニーナ〕
ローの頼みに自信満々な笑みでニーナは応じて、その場から消え去った。
火煉が現れたとしても、そこは最前線で混乱の真っ只中。数人ほど統一した意見を吐かねば、英雄に対しての信頼が崩れ去りかねないだろう。
“双角の魔人”…否、獄炎火煉が英雄という大義名分を得るにはなりふり構うことはしないと、ローは先を見据えて。
〔で、フィリアナはなるべく後衛に回り、怪我をした者の治療だ。恩を売って“白銀”が表裏の無い無害な存在だという事を証明するかのようにな〕
〔はい。精一杯務めます……―――おや、見えてきましたね〕
気が付けば人だかり盛りだくさんの西門に到着。人に人と人ばかりで身動きは取れずの大渋滞。
そうして、初めのニーナの通信。見知った顔のハンナ・カンベルトについてニーナからの報告があり、人だかりの上を文字通りにローが飛び越したのを合図に“双角の鬼による双角の鬼の為の尊厳回復作戦”の開始であった。
○
(どういうわけか死肉の巨人の意識は東門に集中してるし、何が何でもこっから出ようとしてる……確かに誘導はしたがここまでの執着は驚いたな)
欠伸を噛み殺す代わりに戦槌を振るい、屍どもをすり潰して粉々に。
終わらなそうで終わりの近い死肉の巨人と火煉、その攻防はいつでも殺せるし、何時までも殺さないことが可能な戦い。
それは、ローの立てた作戦の欠点であった。
どこまで手加減して英雄然とした姿を見せればいいのかを言ってなかった為に、存外に死肉の巨人に人々が恐怖していた為に。
(作戦通り、雑魚相手に追い込みを掛けなくてもいいのは“嬉しい誤算”てヤツだな。街の奴らが存外に強くて助かったぜ。ま、めんどいのには変わりねぇが…―――お?)
火煉の面倒臭さも少々高まってきた所で、ピピッと機械的な音が聞こえた。
戦槌を振るう片手間、機械的な音に応じれば見知った声が頭に響く。
〔ハロー、ハロー、どうじゃ火煉?〕
〔どうもこうも無いぜニーナ。そろそろ切り上げようと思ってたところだ〕
飽き飽きとした火煉の口調にニーナは「うんうん」と頷いているかのようにして言葉を続けた。
〔では報告じゃ。ロー様がルグムと戦いに入る故、そちらは適当に切り上げて人命救助に務めるように〕
〔わかった。で、何か注意する点は?〕
〔うむ、二点ほどある。“生活管理区”にルグムがいるので憲兵どもを立ち入れさせない様にするのと、死肉の巨人は指一本動けるぐらいに手加減して殺せ、とのことじゃ〕
〔…『半殺し』か。またまた、面倒だな〕
〔文句言うでない! 前者は、妾が結界を敷くから一応に気を留めておくだけでよいのじゃから〕
〔わぁてるって。でも、どうして?〕
〔紫紺色の魔石の効力を試す必要があるらしいでの〕
〔あー、つまり、今回の件が人為的なモノだって証拠か?〕
〔そういう事じゃ。分かったのなら通話を終えるぞ? 妾も動かねばならんのでな〕
〔オーケー。フィリアナにも伝えとくわ〕
ニーナとの通信が終了し、飽き飽きしていた現状に終止符を打てるという喜びに火煉は手心を加えながらに本腰を入れた。
「よーし。手加減するから半分死ねよ?」
口々に今日の夜を伝説の一端として吟遊詩人は歌い続けるだろう。
火煉が戦槌の一撃で起こした夜の闇をも喰らい尽くす獄炎の柱、その美しさを褒め称えながら。
●
灯台下暗しとはこの事だろう。
テルガス・ルグムを含めた『獣人解放軍』は“生活管理区”の憲兵詰め所の裏手、だだっ広い転べば汚れる土の地面な訓練場の隣。今は火事場を諫める為にがらんどうな憲兵の武器庫、その床下にある隠し階段に。
アグルス・モーガンが用意した脱出用の地下通路へと一人、一人、合流地点に辿り着くべく足を踏み入れていく。
『獣人解放軍』の作戦は死肉の巨人を商業都市コルコタである程度成長させ、南東にあるナイアル・フォン・ラトプ辺境伯の屋敷にある転移装置を用い、王国領イスタラトに死肉の巨人ごと『獣人解放軍』を転移させて、『国属制度』の置かれた中心部へと進軍する。その際、現地入りしている別動隊と合流して、捕らえられた同胞の救助部隊とジグラス・グゥドリッヒ公爵の暗殺部隊の二つに分かれる。
今、地下通路に足を踏み入れている全員は前者であり、彼等を見送っているテルガス・ルグムは後者であった。
「ウルナ。お前にはオレの娘を任せる………この作戦、成功させよう!」
「はい!! ご武運をッ」
虎の毛並みの大男は殿を務めるウルナ・ギウスを見送った後、壁を砕いてその隠し階段に瓦礫という名の蓋をした。
仲間は全員脱出し、残るは自身の仕事のみだ。
「そこの人、こんな所でなにをしている?」
最悪だと、テルガスは舌を打つ。
武器庫から出た所で出会ったのは、黒い髪に赤い目と白銀の外套。見栄なのか巨大な剣を背負った男で…―――、
「…冒険者」
しかも、その位は捨て駒にもピッタリな最底辺の『銅で作られた金属板』。
昇格に得点を稼ごうと運悪く、逃げ遅れた住民を探しに来た者と推測できる。
「ああ、そうだ。冒険者だ…何か文句でも?」
「いや、オレは……そう。憲兵の連中に頼まれて武器を取りに来たんだ」
相手に敵意は感じられず。ならば、このまま穏便に済ませようテルガスは一芝居打つことにしたものの、
「そうか。……ところで、アンタはアムルトゥのルグムかな?」
男の疑惑めいた核心を突く一言で場が凍る。
アムルトゥ、ルグム、どちらも表立って目撃されず口に出した事はない自らの情報。それが漏れたという現状についてテルガスは考える。
アグルスの差し向けた協力者か、ただの冒険者か、我々の作戦をどこかで知ったの者か。
前者二つではないのは確かだと得心する。
あの仕事人なアグルスが事前に知らせず「これを使え」などとは言わないし、ただの冒険者がアムルトゥ種のルグムを知るはずもない。
よって。
答えこそ出ていたが、テルガスは割り切る為にその言葉を口にした。
「お前は……敵だッ!!」
そう。作戦は絶対に成功させなけらばならない――――父として。例え殺そうとしてこない人間といえど、邪魔ならば排除する他無いのだ。
「フンッ!!」
武器庫の爆発物を考慮し【憤怒の業炎】という権能に頼らずに戦うとなれば、テルガスが選んだのは自らの身体、鍛えに鍛え上げた五体。
格闘術では師と仰ぐウルナに指南してもらい、獣人種の特性も相まって、その威力は人間の胴体であれば一撃で風穴が空く程にテルガス・ルグムの格闘術は敵からすればまさに凶器。
師匠との戦績は五分。『アムルトゥ』を優に凌駕する『ラフォビット』に打ち勝てるその戦績は彼の努力の賜物で才能であろう。
ともかくとして、一撃目。
テルガスが跳躍から放つ胴回し回転蹴り。相手の頭蓋へと振り下ろされる踵は避けられなければ、その者を真っ二つに両断するであろう。
「……な?!」
「驚いたな。アタリとはいえ、いきなり攻撃してくるとは……」
見れば男は丸太を束ねたようなテルガスの足の一撃を、片腕でいとも容易く受け止めている。
「―――ッ?!」
予想外の出来事にテルガスは受け止められた足を軸に飛び退くようにして跳躍、後退。
距離を取った所で相手の引っかかる物言いを質問した。
「アタリだと? お前、何を知っている?!」
「……色々さ。まあ、アンタがその気なら俺もそうさせてもらおう」
それだけだと言わんばかりに。
男は背負っていた巨大な一振りをゆっくりと構える。
「“飾り”ではないらしいな…?」
構え、息遣い、こちらを見定める眼、巨剣でありながらブレの無い剣先など…敵はどれをとっても一級品の戦士だ。それこそ、点数稼ぎの冒険者だと理解しかねるほどに。
「ああ。一番手に馴染んでる得物さ」
あっけらかんと男はしてみせるが、その目の奥に潜むのは“敵を倒す”という一点の曇り無き決意。
「……名を聞いておこう」
「ロー・ハイル・ヘルシャフト。ただの冒険者さ」
テルガス・ルグムも同様に。
火竜の鱗を用いた胸当てで、火花散らして爪をとぎ、半身となって右の拳を突き出して名乗りを上げた。
「テルガス・ルグム。ただの冒険者のお前の思っている通り、この事件を引き起こした首謀者だ――――さあ、いくぞッッ!!」
テルガス・ルグムの拳。ロー・ハイル・ヘルシャフトの巨剣。
二つは交わり夜の帳に閃光を瞬かせて、もう一つの戦いが始まる。




