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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
23/155

第一章 22 【作戦開始】

 今から五百年以上も前、コベルニクス商業国が誕生するよりも大昔に時は遡る。

 “凄惨”と言い表してもまだ足りないとある事件、亜人――特筆して獣人種――を内陸の王国民が蔑む発端、それ相応の獣の罪…言い方は色々とあれど、人間種の悲劇であった事に間違いは無い。

言うなれば、そう…彼の国を解体する程に。


 “赤神の神話”に語り継がれている一節通り、曰く。


 かつて大陸の中央には神より力を授かった三人の者が黒き悪の神を倒した後、三人は建国者となって国を造った。


 元は湖であった場所を賢者はテリュール王国として。


 力ある者が興したのは、南の守りとなるエル・ダ・ルルエド帝国。


 そして――――――後に、王国北端の山脈の蔑称となった優しき心を持った彼の獣人の造りし国。

 名を“シフルフ”。


 もう跡こそ無いものの、現在の商業都市コルコタの位置する場所にその国はあった。

 テリュール王国に隣接するシフルフは、優しき心を持った獣人の造りし国。

 神話の建国者に倣ってか、獣人種は人間種と多少のいざこざは日常茶飯事であったものの、互いを尊重し、互いを理解し……それこそ、喧嘩するほど仲の良い間柄。

 だが、国家は解体されて獣人が差別されている現在。その発端となった事件は、獣の国で起こり波紋の様に広まったのだ。


 その大事件はこう呼ばれた……『人間種虐殺場事件』と。

 

 第一発見者であるシフルフ獣国の元憲兵で王国へと亡命した人間の彼への供述調書は、当時の様子を緻密に記録した禁書として王国に保管されている。

 これは、その調書より一部を抜粋した流出物である。





「ふはぁ~…」


「隊長、仕事中ですよ」


「わかっている。欠伸ぐらい良いだろう?」


 その日は心地よい春の風が街中を駆け抜ける昼寝には最高の日和。

 見慣れた街、見慣れた喧騒。憲兵にとっての仕事が起きないような平和といえる日だった。


「で、王国の使者さんは見つかったのか?」


「………」


 首を横に振る部下を見て、私の気分がますますうなだれる。

 シフルフで最も治安が悪く、獣人のみが住んでいる“貧民窟”へと休日に部下と共に駆り出されたのは、三日前に滞在していた宿から忽然と姿を消した王国からの使者の捜索である。

 王国から寄こされたの代表が消えたのだ。

 普通なら調査本部を設置したり、特殊な訓練を積んだ憲兵を建前でも立てて人海戦術ばりに動かすべきなのだが、この頃のシフルフには()()()()()が煙のように立ち込めていた。


「しかし、末端の自分らを使いに走らせるなんざぁ………上も()()()に相当参っているようだな」


 建前でも特殊憲兵を総出で動かせないのは、シフルフで一定間隔ごとに人間が忽然と姿を消して帰ってこなくなるという()()()が流行っていたからだ。

 庶民から貴族まで加害者、被害者の足取りは一切不明の神隠し。憲兵も探すに探したが、双方発見することができず、唯一の共通点は“人間種”が被害者だという事。

 過去一度だけ行方不明となった人間の知り合いが、何かに操られたようにどこかに向かうのを見た。という目撃情報が一件のみの怪事件だ。

 少しづつだが、確実に被害者が出ている。

 この事実に国の上層部は恐れ、他国の使者よりも自らの保身を選んだというワケで。


「まぁ、そうさな。ここに特憲を送るんなんざぁ、現実的じゃねーからいいけど…」


 貧民窟の建物自体は他の地区とそう変わりはない木造の家々が建ち並んでおり、違いがあるとすれば舗装もままならない道路、すえた臭い、汚れ、ラクガキ、その他もろもろ。

 要は身寄りが無い者や金の無い者が集まっている地区。国が撤去しようにもできない、あえて残している安息地(汚点)だ。

 そうこう話している内にたどり着いたのは、シフルフ国の北地区(汚点)“貧民窟”の名所とも言える“ガラクタ城”であった。

 

「隊長、ホントに…」


「気が引けるか? ま、オレに付いて来れば大丈夫だよ」


 壊れた魔道具、廃棄された武器、防具の一部など。“ガラクタ城”とは、捨てられて使えなくなった物を…いい意味で言えば、再利用した貧民による、貧民の為の集合住宅である。

 道路の不法占拠に加え、設計を度外視した違法建築によって組み立てられた景観も何もクソッタレだとドブに撒き散らしたゴミをかき集めた風貌を持つゴテゴテな城。

 窓や壁面も全て乱雑に造られており、誰が最初に作り始めたのかは知らないが巨大な粗大ごみの塊に変わりはない。


「行くぞ」


 貧民窟出身の私にとって“ガラクタ城”は既知の場所で、特筆して何かあるワケじゃないのは知っていた。尻込みする部下の気持ちも分かるが、さっさとこんな場所の捜査は終えたいので早足に出入り口へと手を掛けて、突入。

 当然のことながら鍵は掛かっていなので容易に中へと入れた。が、出迎えてくれたのは入り口を守る悪漢ではなく異様な臭い。


「なんだこれ………――――」


 悪臭とも言えぬが、ただならぬ独特な臭い。例えるのなら肉屋の裏手と言えばいいか。

 <照光(リネイト)>を唱えて魔法の光で周囲を照らせば、その臭いの元はすぐに理解できた。


「た、た、た、隊長…!?」


 声の震える部下の反応も当然だ。

 自身もまた目の前の()()に膝は笑い、身体は寒くもないのにその生暖かさに震えている。


「お…ぅ――――!!?」


 目の前の光景に部下は膝を着いて、昼に食べたモノを吐き戻す。

 本来“ガラクタ城”は入り組んだ廊下と部屋が続く、迷路のような内装だ。しかし、目の前にあるのは雑多な内装を全て取っ払った吹き抜けの長い天井が続く巨大な空間。

 その天井から一本の(ロープ)でぶら下げられているのは、人…いや人だったモノというべきだろう。


「一体、誰がこんなものを………」


 肉塊、肉塊、肉塊が―――――。

 所狭しと一つの空間に吊るされているのは、皮を剥がされて綺麗な赤い断面の光る新鮮な肉塊と腐りかけの肉塊が数多。

 老若男女問わず、小さいモノから大きいモノまで精肉される順番を待っているかのようで、血抜きはもう済ませてある故か、床には一切血痕は見当たらず犯行自体は別の場所で行ったのだと推測ができる。


「…大丈夫か?」


「ええ、はい。なんとか…」


「―――…行くぞ」


 死んだ者が出す特有の臭い“死臭”を身体が縫うように吊るされた者らの下を、私と部下は進む。

 さっさと終わりたいという気持ちから、恐怖と興味と治安を守る者としての使命感を持って。


「地下への階段ですかね………?」


 吐き戻したことで気持ちの余裕ができた部下が進んだ先で見つけたのは、いかにもな下の階層へと続く石造の階段だった。

 ゴクリと、固唾を飲んだ――――まるで怪物の口の中へと誘い込まれるかのように。


「………」


 ゆっくり、ゆっくりと嫌に長い階段を降っていくと、一直線の廊下が永遠と続く地下へと到着した。

 日も当たらない地下特有の底冷えする寒さが漂っていて地上を見たならば、食肉を保存するのに最適。といった感想をつい思い描いてしまう。

 一寸先も闇であるにも関わらずホコリの一つとして無い清潔な廊下。ここが食肉の加工場だと錯覚してしまうような――――そんな感覚に陥る。


「扉? それも鉄の………」


 気味の悪い静寂の中、壁伝いに廊下を歩いていると手に鉄の引手の感触があった。

 <照光(リネイト)>でそこを照らしてみれば、鉄の扉が仰々しく設置されていてカギは掛かっていない。

 そして、ここからが加工場にも似た地下空間の始まりだった。


「………ッ」


 引手に手を掛け、扉を横に開く。

 部屋は明るい、魔法の光も不要。ただ、凄惨な光景にえづくのは必須。

 木の棚にあるのはガラス張りの箱。それも、胃や肝臓に大腸と臓物のセットでざっくばらんに、しかして丁寧に並べられている物が百以上とある。

 そういえば、と。ぶら下げられていた死体からは鼻をすく様な“死臭”だけで、糞尿などの溜まる臓物の臭いは一切感じ取れなかった。

 その疑問がここで解決するとは全くもって趣味の悪いと、私は部屋を後に進んだ。


「クソ…」


 隣の部屋の扉を開く。

 先程と同じように部屋は明るく魔法の光も不要。ただ、おぞましい光景に悪態をつくのは必須。


「―――――ヒッ」


 部下が吸うような悲鳴を上げるのも無理はない。

 部屋にあったのは皮を剥がれて筋肉を剥き出しにした人間の頭ばかり。先程の部屋とは違って、乱雑に首が部屋一面に転がっており、どれもこれもが苦悶の表情で絶命していた。

 次も、次も、次も………その次も、似たような部屋の繰り返し。

 廊下の扉を全て開けて、うつろな精神状態ながら執念で犯人の手掛かりを探っていく。


「……ッ?」


 そうして、廊下の最奥にある扉に手を掛けようとした瞬間、何者かの気配を感じたのと同時に意識がプッツリと途切れて。

 気が付けば、私達は留置所に拘束されていたのだ。


「ええ、はい。そうです…」


 尋問官に包み隠さず話して、当然の如く釈放。部下も同様にだ。

 後日“ガラクタ城”の悲惨な現場の話がシフルフ中に広まっていた為か、町の雰囲気は全体的に殺気立っていて日々の平和ないざこざは無く。今にも爆発寸前であったのは後に起こる事の前兆だったのだろう。

 しばらくして、奇妙な事に()()()()()()で『人間種虐殺場事件』の解決が行われたのだ。

 第一発見者である私と私の部下の事情聴取に踏まえ、現状や現場の証拠から判断された結果、犯人は北地区“貧民窟”に住んでいた獣人たちと決定されたのだ。

 元より国からすれば、あそこは目の上のたん瘤。“貧民窟”の()()()()という名の全住民の()()は、当然と言えば当然の対応策。真犯人が居たのなら、一石二鳥の政策だ。

 しかし、これには貧民窟に住んでいない獣人も反発。

 その判決にシフルフ国の全獣人が再審を要求する。が、運悪く燃え盛る疑惑の炎にさらなる油が投下されてしまった。

 ―――――北地区“貧民窟”で()()()()()が、人間を殺したのだ。


『殺されそうになったからやった』


 と、現行犯で捕まえられた彼が言うものの如何せん相手が悪く、人選が悪く。

 殺した男の父親は『人間種虐殺場事件』の被害者であり、王国からの第二の使者だった。


 つまるところ。獣人がやったという裏は取られて、機は熟して。


 卵が先か、鶏が先かはもはや関係ない。

 あらゆる間の悪さが重なり合ったことでシフルフ国内及び、全獣人種に対する憎悪が爆発。ついで、獣人の近くに居たというだけでエルフなどの一部亜人が処罰の対象に定められたり、と。

 もはや鎮火できない程に燃える炎がシフルフ国のケツに着火し、上層部はてんやわんや。

 加え、帝国とドワーフの国からは非難の嵐。シフルフ国を始まりに処罰を待てない人間の過激派による私的な処刑が行われ始め、世論は止まらず激化し、過激派の人間(かれら)による大規模な魔女狩りが行われた。


 一週間もたたず、シフルフ国内は地獄と化した。


 亜人達を狩る魔女狩りは血で血を洗う王国を巻き込んだ戦争まで発展して、亜人と人間が衝突。

 決着は人間側が何とか勝利を収め、亜人群のおおよそを北端の山へと追いやった。

 それから各国の動きは世論に左右されて。結果、市民権を持たぬ人間種以外の種族を奴隷化することに。もちろん、当事者でない王国や帝国に住む亜人種はその決定に反発するも、過激派の発言は国が無視できぬほど大きくなっていて、意地で残った者は奴隷になったか、殺されたか。

 その他の者は蜘蛛の子を散らすようにどこかへと去って行ったらしい。











「コベルニクス商業国が誕生してから三十年。五大魔神の討伐に力を入れて打ち倒し、獣人を含めた亜人種の人権を女王は筆と話術のみで獲得した――――ああ、それは凄い事だとも。だが、今のままでは遅すぎるんだ………」


 星々が燦然と輝く夜空の下の草原、コルコタを一望できる高い丘で写真に写された禁書を読み終えて、真実を知った男はぼそりと呟いた。

 そう。コベルニクス女王の尽力は言うまでもなく、とても素晴らしいモノだ。獣人にとっての誇りであり、誉れである。

 商業国を建国し、商業都市を造り、力ある者を管理する法と冤罪に咎を負わされた者へと法を設けた――――それもたったの三十年で。

 ただ、人権の獲得自体はコベルニクスと商業都市の周辺だけなのだ。

 女王の働きで王国、帝国の一部人間たちによる獣人への『国属制度』反対の動きはあるものの、依然として二国の上層部に改定の動きは無い。

 しかし、それも当然なのだろう。人間よりも身体能力が高く、打たれ強い。肉体労働にはもってこいの亜人種。使いやすく、使い捨てやすい道具の一つで人間種に対しての罪という偽りの戒めがあり、王国こそが正義と思っている。むしろ、自らの正当性を盲信して賛同している連中には、奴隷から名を変えただけの『国属制度』は滴る甘い蜜に変わりない。

 人間種が自らの行いに罪悪感を抱くのは甚だ見当違いだが、このままいけばコベルニクスの女王陛下の働きかけがいずれ実を結んで、獣人は冤罪の咎から完全に開放されるだろう。


「この作戦………やはり、私情が無いとは言い切れないな」


 強く、そして壊さないよう優しく。テルガス・ルグムは首から下げたペンダントを握りしめる。

 簡単な作りのペンダントだ。ネックレスの部分には狼の革ひも、ペンダントの部分には木をいびつに丸く彫った造形。

 愛する者の残した遺品――――まだ、そうでないと信じて。





 十五年前―――――。

 獣人種はアムルトゥのテルガス・ルグム。その時までは、ただの農夫で平和な日常を生きる良き夫であった。

 王国領土北東“イスタラト”から更に北上した大陸の北端。そびえ立つはかつては国の名であった“シフルフ”と呼ばれる山脈。その麓には遠い昔に王国や帝国、崩壊したシフルフ獣国より避難して来た獣人達の子孫が(まば)らに暮らしていた。

 彼らは先祖代々、禁書に書かれた真実ではない公に伝わる虚実『獣人種は人間種を大量虐殺した』という咎を口伝し、胸に刻み、恥じて人目を避けながら慎ましく。まるで、敬虔な信徒のように罪に対しての祈りを捧げながら日々を過ごしていたのだった。


「レクティ、ルゥル…!」


 テルガス・ルグムには妻と娘が()()

 幼い頃から懇意にしていた幼馴染の妻はテルガスとは違う亜人の種族だ。身体の作りは人間だが、鱗の尻尾、手足の一部分は鱗に覆われている。

 一見して蜥蜴人(フラシュト)を思わせるものの種族は全くの別物で、名を『レテプル』という。


『とおちゃん!!』


 娘は今年で五歳だ。

 黒とオレンジの縞模様の頭髪と鱗の尻尾と二つに加え、愛らしさを母親から引き継いだ混血種(ハーフ)。よく食べ、よく遊び、育ち盛りの娘は目に入れても痛くない程に愛らしい。

 ただ、性格は母親に似たのか口喧嘩をすれば、いつも言いくるめられてしまう。


『ルゥル、これは?』


『おたんじょうびだから、その、作ったの!!』


 そんな可愛らしいルゥルから貰ったのは彼女お手製の手作りのペンダントだった。中には少し前に撮った家族写真が入っていて、レクティは少し手伝っただけらしい。

 ―――――あの時は嬉し過ぎて嫌がるぐらいにチューをしてしまい、半日ほど口を聞いてくれなかったのは悲しかった。


「――――――…ッ」


 誕生日が過ぎて三日後は結婚記念日。いつもの農業(しごと)は早めに切り上げて、狩りに出かけた日。

 娘と妻をおいて、家を出たあの日。

 コウヒンという雌鹿を仕留めて家路についた時………暮らしていた村の方角から、炎の臭いと黒く濁った煙がいくつも上がっていた。

 道具を、何もかもをかなぐり捨てて、全速力で走り出して。

 ただのボヤ騒ぎなんかじゃない―――――そう直感したから。


「ハァ、ハァ、ハァ………――――ッッ!!」


 縋りつくように希望を抱いていたからこそ、直感した事実には震えあがった。

 人、人、人―――息も絶え絶えに村にたどり着けば、斬り裂かれた隣人の遺体が道に転がり、手を伸ばしている人の形をした煤があったり、数時間前まで狩場を相談していた村長の生首があった。


「なんだ、まだいたのか?」


 火は鎮火して真っ黒な煙を出す家の跡から、見知らぬ人間がぞろぞろと出てきてこちらを値踏むように睨んでくる。

 手にはクロスボウや剣、槍を持って。

 牛の角が生えたような兜を被っている皮と鉄の鎧を着た連中。

 ヤツらの身体は赤く汚れていない箇所が無い程に血をべっとりと浴びている。


「どうします副隊長?」


「とりあえずお頭に報告だ………て、オイ?!」


 何かを話しているがそんな事はどうでもよかった。

 愛する妻、愛する娘。レクティとルゥルが無事でよければそれでいいのだ。


「ハァ、ハァ………」


 泥に絡まれたような足取りで見慣れた家路につき、見慣れた家を見つけた―――――ああ、ほとんど壊れているが別にいいとも。家なんて、直せば済むだけの話だ。


「レクティ!! ルゥル!! 二人とも無事かッッ!!?」


 家に入り、声を上げて、聞き耳を立てるが二人からの返事は無い。


「………くそ、どけぇ!」


 玄関を塞いでいた家の柱を力任せにどけて、獣人なら気にも留めない煙の立ち込める室内へと足を踏み入れた。

 最初に探したのは倉庫の中だ。

 村に魔物が侵入した際、緊急の避難所として食料や水を蓄えている場所で、ルゥルとはよくかくれんぼをして遊んでいた場所だ。


「ちがう…じゃあ――――」


 扉を開ける、声を掛ける、隅々まで探す――――――いない。

 

「レクティ!! ルゥル!!」


 将来大きくなったらと設けた愛娘の部屋を父は開く。

 テルガス・ルグムという匠の技で愛らしい娘に似合う部屋へと早変わりした元は物置だった場所。


 扉を開ける、声を掛ける、隅々まで探す――――――いない。


「レ………」


 最後に残っていたのは妻と娘と共に眠りにつく寝室だ。


『そうね。ルゥルも弟を欲しがっていたわよ』


 狩りへと赴く前に、


『…考えておく』


 口づけを交わしたレクティの優しげな笑顔が視界にちらつく。その扉の先に彼女…あ――――――――――、


「あ、ああ……ああ………!!?」


 焦燥感、絶望、やるせなさ。

 寝室の床にモノのように転がっていたのは今も、これからも、と愛を誓った伴侶。

 一方は穢れた血とアムルトゥのテルガス・ルグムを罵り、一方は穢れてはならないと諭し。双方の両親からすごく結婚を反対されて。それこそ、愛の力で押し切って。


 契りを交わし、娘を授かり、苦労して笑いながら―――――ここまで来たんだ。


 微笑んでくれた彼女は、目の前に見えるレクルは、剣で胸を貫かれて、人間たちの暴力に犯されて、息を引き取っていた。

 心の底から愛してくれて、愛した彼女を抱きかかえる。

 当然のように生命の暖かさはなく、死人の冷たさがレクティの身体を支配していた――――――死んでいたんだ。


「ご…ォ………」


 胸に刺さった剣をゆっくりと抜けば、彼女の口からどろりと血が溢れ出る。

 それはただの反応。一瞬、生きているかのように思えたが死んだ事実は覆せない。

 もう、愛する事は出来ない。

 もう、あの微笑む姿に見惚れる事は出来ない。

 もう、明日を一緒に歩む事は出来ない。


 ―――――ああ、喉が渇く。身体の内から燃えるようだ。


 レクティの躯を抱いて、外に出る。

 人間がいた。囲まれている。


「ハハッ!! “獣畜生”が餌でも探してんのか? 生憎だがぁよ。()()は食えたモンじゃねーぜ? なんせ、俺の仲間のアソコを食いちぎりやがったしな」


 鎧の男が鼻で笑い飛ばすように嗤うと、つられてか周りのヤツらも卑下た笑みで嘲笑している。


 何がおかしいのか?オレはこんなにも悲しいというのに――――――体の内がより一層、燃やされる。ああ…喉が渇く。


【力を欲するか?】


 この場に居ない声が問いかけきて頭に響く。同時、すべての時間が静止した。


「アンタは…誰だ?」


【我は“唯一ではなく無二神”、“大いなる意思”の御使いである】


 重々しく、仰々しい声に言葉。時間の静止した世界で、天から降り注ぐ光が告げている。


【汝、憤怒で身を焦がすのならば我が手を取りて、汝の起源の下に我が力の一端を授けよう】


 天からの光は手を差し伸べながら身体を包み込み、静止した時間の先を見せた。


「そいつのガキ?っぽいのもヤバかったよなぁ。そんなナリでも“獣畜生”だからよ、無駄にも無駄にお頭に殴りかかっていったんだぜ? ま、殴られて終わったけどさ」


 男の行動か、話の内容故か。

 また、周りの人間たちは卑下た笑みを浮かべて卑下た声で、笑っていた。


 ――――体の内がより一層、燃やされる。燃やして、燃やして、燃やし尽くして、残ったのは灰だけだった。


 ――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………………――――


【その怨嗟と苦悶の入り混じった雄叫びを汝の是とし、授けよう。我が権能、そして()()()()()()()()()()()()()()使()()()…】


 憤怒と燃え滾る報復心に駆られた彼の手を御使いは優しく取って、


【我が権能は神の火であり、憤怒の業火。呼びし真名を―――――】


 告げた。


「……え………こそ…」


「あぁ?! なんだ()()()がよ?」


 テルガスは妻を抱いて立ち上がった。

 重々しく、仰々しく。憤怒の業火で心身を焦がしながら。


「お前らこそ獣…いやケモノ以下だ―――――――………憤怒の業火(ウリエイル)


 静かなる水面に一滴の雫が落ちる様に。テルガスは天の使いの真名を唱え、発動させた。


「え、ヒ―――――――」


 森も、畑も、家も、人も、何もかも。

 テルガス・ルグムという獣人を中心に全てを焼き尽くす憤怒の業火が広がっていき、断末魔をも許さず、炎という大口へと飲み込んでいく。


「ハァ、ハァ、ハァ………」


 余りにも強大な力は肉と魂を焼き、膝を着いて息も絶え絶えとなる。


「ふぅーん。やるじゃんキミィ~」


 しかして、テルガス・ルグムに…天使の力を授かった男に安息は無かった。


「あれでも騎士団の副隊長なんだけどなぁ~。ま、オレっち以外弱すぎて、殺し合わせて適当に決めただけなんだけどサ」


「な、ぜ、おまえは………?」


 【憤怒の業炎(ウリエイル)】は全てを灰燼とするテルガスの新たな力。彼自身も力を授かった際にそれは理解していた。しかし、目の前にいる男は、そんな炎の中を燃やされずにテルガスの前へと何事も無くやってきて、仁王立ちしている。

 鉄と毛皮の合わさった鎧に牛の角を模した兜、背中にはおおよそ木こりが扱うような形でありながらも身の丈もある大きな斧が二つ。

 恐らくは村を襲撃した者らの頭目。


「ん~……アレ? ルゥルちゃんに目元がソックリじゃん」


「娘を………キサマァッッッ――――――!!!!」


 【憤怒の業火(ウリエイル)】はテルガスの身を焦がし、心を焦がし。

 爬虫類のような顔をした自身よりも巨大な男を焼き尽くさんと立ち上がり、業火を舞うようにして飛ばす。


「カァッッ――――!!」


「なっ?!」


 全てを焼き尽くす【憤怒の業火(ウリエイル)】に対して。

 爬虫類顔の男はなんと、口からテルガスの業火にも負けない炎を吐き出す。まるで、龍種(ドラゴ)の様にだ。


「く………」


 炎の量でこそテルガスは勝っていたが、如何せん能力に目覚めたばかり。

 玄人であろう男は炎を吹きながら、段々と距離を詰めてきた。


「力は悪くねぇ、技量(センス)も磨けば光る。加えてこの力は【名在り(ネームドギフト)】を越えた【権能】………あの()()()もどき以外で見るのは、そういえば初めてだな」


 ついにゼロ距離。男は炎を吐きながら器用に喋り、


「ま、何が言いたいかというとだ! オレっちには勝てんてコトッ」


 丸太のような巨腕はミシミシと力を蓄えて拳を形作ると、テルガスの頭部に目がけて重い一撃を打ち込んだ。

 ミシリ、という耳に残る音を最後に雌雄は決した。


「かッ…あ――――」


 堪らず膝を着いてしまい、彼を取り巻く【憤怒の業火(ウリエイル)】は煙のように消えていく。


「く、そぉ………」


 身に余る【権能(ちから)】を、身に余らせず存分に使役したのだ。

 もはや、身体に力を入れる事もままならず。妻の躯を抱くようにして、うつ伏せに倒れ込んでしまう。


「オレっちは鮮血獣牙騎士団、ガラド・バンバジ。娘を返してほしけりゃあ、イスタラトに殴り込みに来いや――――――そん時は歓迎してやるぜ、()()()()()


 止めを刺されるかと思われたが、違った。

 ガラド・バンバジは自己紹介混じりにテルガス・ルグムを見下して、言うだけ言うとその場から立ち去って行ったのだ。


(声も出ない………いしきが――――)


 灰ばかりが周囲に立ち込める中で、怨敵の足音を最後に意識は潰えた。

 そうして半日が立った頃合い。

 何もかもを燃やし尽くした自分を目覚めさせたのは、ルゥル…ではなく娘よりも数歳年上の女の子の呼び声と姿であった。


「あの、あのッッ、大丈夫ですか?」


 拙いながらしっかりとした口調でこちらを覗き込みながら呼びかけるウサミミ少女――――――思えば、これがウルナとの初めての出会いか。


「あ、ああ…」


 誠心誠意呼びかける少女に応じると、少女の顔は明るくなって大きな声で周囲の大人を集める。

 その時には抱いたレクティの姿は無く、一握りの灰が手の平にあった。まるで、最後の別れを惜しむかのようにその灰は太陽に照らされて、ひとしきり吹いた風が天へと昇らせていく。


「あんたも災難だったな。騎士団の()()がここまで伸びてくるなんて」


「騎士団…?」


 灰かぶりの彼に肩を貸してくれた獣人へと問いかければ、コレは…この大量殺戮は王国による恒例行事なのだそうだ。

 王都の北東の都市“イスタラト”を治める五大貴族の一人、王家と人間種以外には侮蔑的な“ジグラス・グゥドリッヒ公爵”の政策。

 ()()()()()()()()を作る事によって、王国民ひいては人間種の絶対的な尊厳と立場と団結力を保持する為の、鮮血獣牙騎士団よる()()ないしは()()

 そして、“鮮血獣牙騎士団”とは罪人を集めに集めた一応に公式な騎士団の事だ。

 実力こそ折り紙付きだが、その性質上血の気が多く()()も彼等の息抜きの為にある方便らしい。


「そんな、ことの為にッッ………!!!」


 ギリ、ギリと噛み殺した奥歯が悲鳴を上げて、慟哭にも似た血が口元から溢れてくる。

 そんな事で、妻は死に、娘は攫われた。

 当然、許せるはずもない。


(殺す………絶対に殺して、娘を取り戻してやる!!!)


 燃え滾る()()がテルガスの体の中で疼いた。

 必ず、獣畜生(クソ以下)のお前達には地獄を味あわせてやると―――。





「はぁ…」


 自分は何て利己的なのだろう。と、テルガス・ルグムは悪態をつくと大の字に寝っ転がって空を見上げた。

 都市“イスタラト”から一番の距離がある商業都市コルコタ。獣人が街を歩いても何ら言われない平和な場所。

 ここを作戦開始地点に選んだのには、二つのワケがある。

 一つは、辺境伯の屋敷一番近い為だ。

 “死肉の巨人(レクディオプ)”は無敵とも言える性能を誇る反面、移動が遅いので早々に対策がなされてしまうだろう。であれば、対策自体出来ぬように、気取られぬように辺境伯邸の転移装置を用いイスタラトへと強襲させれば逃げ出すことも立ち向かうことも許されないであろう。

 二つは、成長の糧でありレクディオプの動力(エネルギー)供給。

 “死肉の巨人”の名に恥じぬほどの巨体故に多大なる熱量を放出し、吸収してを繰り返す死体(まもの)。その動力(エネルギー)に必要な物といえば、何物かの死体か死体になる前の生物かの二択である。

 この都市の政策は素晴らしい。女王の庇護下は安寧の一言に尽きる。

 だが、しかし。

 武装蜂起をして王国に捕らえられた『国属制度』の適応された獣人を開放するとなると、手段を択ぶなんて上等な真似は出来ない。

 コルコタに住む人々にこそ罪は無いが、これも大義の為――――――いや、違う。


「獣人による獣人の解放か…。本当はそんな事どうでもいいのだがな」


 ああ、そうとも。

 そんな大義名分を掲げようとも、テルガス・ルグムにはどうだっていい。『獣人解放軍』に入ったのは、まだ生きている娘をあの獣畜生どもから救い出す為の手段であって、目的でないのだから。

 仲間への情はあるとも、指針は理解できるとも。『奴隷になっている同族の解放』とはかくも素晴らしい大義だ。

 ただ、彼等と自身では向いている方向が違った。

 同じ境遇の仲間だっているし、ジグラス・グゥドリッヒ公爵やガラド・バンバジに復讐をしたい者だって当然いる。

 それこそ、似たような目的ではあるが交わらない当然の望みだ。


「………ルゥルさえ無事なら」


 この作戦は私情まみれだと、テルガスは吐くように自身を笑う。

 共に十五年と過ごしてきた仲間は自分を信じ、大義が叶うと信じて着いて来てくれている。でも、彼等を率いる自身の心中は娘の事だけだ。

 例えばの話。

 

(ルゥルか、仲間か?――――選択を強いられたのなら、オレは迷わず娘を選ぶだろう)

 

 それぐらいに利己的な人物が、テルガス・ルグムだ。

 そのぐらいにルゥルを愛しているのが、自分なのだ。

 全くもって『奴隷になっている同族の解放』に興味が無く、娘を第一に思っているだけの父親で、指揮官の風上にも置けない自己中心者が…。


「はぁ………聞いてますかー? き・い・て・ま・す・かっ!?」


「…うおぉっと?!!」


 三秒ほどの間をあけて、テルガスは聞き覚えのある声に飛び起きる。


「あー、どうしたウルナ?」


 見れば、腕を組んで可愛らしい白の耳をピクピクとさせて、ふくれっ面で口をへの字に溜息をついているのは『獣人解放軍』の副官ウルナ・ギウスだった。

 

「何かあったのか?」


「………」


 しばしの沈黙が両名の間に流れ、


「それにしても、大の男がしくしくと独り言。なんてね…」


 最初に口を開いたのは肩をすくめた彼女であった。


「き、聞いていたのか? いつから?」


 あの弱音の様な独り言…もとい『獣人解放軍』の指揮官として、あるまじき行為。

 聞かれていたのなら相応の処罰を覚悟しなければならない。


「えっと、確か…『この作戦………やはり、私情が無いとは言い切れないな』ってところから?」

 

 テルガスのマネをしつつ、その疑問におどけながらウルナはキラーンと決め顔を作ってバッチリと聞いてましたとサムズアップでにんまりと。

 彼女の対応に気恥ずかしさと罪悪感が入り混じり、テルガスは悶えて首を振る。


「あー、その、な? 今のは忘れてくれないか――――」


「嫌ですよ」


 ウルナの返事にきょとんとして顔を上げるテルガス。

 彼女の瞳に先程のおちゃらけていた様子は一切なく、真剣にこちらを瞳で捉えて。


「いいですか? テルガスさんは肩に力が入りすぎてるんです。真面目なのは良い事ですけど、少しは力を抜いて休まないと」


「いや、だからといって…」


 副官に今回の作戦に対しての気持ちを聞かれてしまったのだ。

 処罰を含め、この『獣人解放軍』から足を洗うことになるやもしれない。そう覚悟を決めるが、彼女はどこか懐かしい、昔を思い出す食い入り方でテルガスの反論を遮った。


「大丈夫です! 貴方は、貴方のルゥルちゃんを第一に考えてください。親として娘を第一に考えるのは当然なんですから、その時はうちらが全力で後方支援(バックアップ)に務めますので!!」


 確信めいた彼女の言葉に、


「……ありがとう。じゃ、全力で頼らせてもらおう」


 重荷が少しばかり軽くなった彼は清々しい気持ちで感謝を述べた。


「はい、もちろん!!」


「こほん。で、呼びに来た理由は何だ、ウルナ副官殿?」


 話を変えるようにワザとらしくテルガスは咳き込んで。言われた彼女は見様見真似の敬礼から楽し気に笑みを浮かべて報告する。


「はっ! 例の(アグルス)行商人(・モーガン)が、話があると拠点に来ています」


「そうか………すぐに向かおう」


 作戦は成功する。

 愛する者を取り戻し、平和に暮らす。

 信心めいた確信をもって、テルガス・ルグムはその場を後に拠点へと向かった。






● 






「しっかし、台所に机に椅子に皿って………フィリアナさんの魔法の道具袋(マジックポーチ)って何でも入るんですねー」


「ええ。基本的に際限ありませんよ」


「ほほぉ、それは凄い。フィリアナさんのお手製なのか?」


「まあ………そうですね」


 時刻は夜も深い二十三時前後。一応にマカラサヌ種や龍種の応酬に備えて、白銀とイータイルトの面々は御者を勤めるガウスを中心に馬車の三百六十度周囲を警戒しつつ雑談に花を咲かせつつ、なだらかな丘隆地を越えようとしていた。


「……ん。なんだ、この臭い?」


 レナードが『盗賊』みたく鼻を利かせて指し示すのは丘陵地の先、商業都市コルコタの方角だ。


「敵か?」


「いや、これは………()()()()()!」


 そう言うと彼は走り出して、いの一番に丘の頂上へと登る。すると、彼が見たのは思いもよらない光景が広がっている様だった。


「オイオイオイ……マジかよ?!」


 遠巻きに聞こえ見えるのは、恐怖を交えた人々の悲鳴、星々の光を遮る炎。そして、町の外へと避難している者ら。

 次第に駆け寄ってきた仲間もその光景に驚いている様子。だが――これはレナードの所感だが――、何故かは知らないが“白銀”の面子は燃え盛るコルコタへの反応が薄い気がした。

 一人を除いて。


「あー…クインツさん。これは急いだ方が良いかも知れません」


 他の三人とは違って焦っているかのようなロー・ハイル・ヘルシャフト。ではあったものの、流石は冒険者チーム“白銀”のまとめ役。

 苦い顔から深呼吸をして調子を整えた後、ローはクインツに提案する。


「ええ、そうしましょう!」


 我らが司令塔はローの提案を了承し、自分たちも迷わず頷いて走り出す。

 “白銀”と“イータイルト”は燃え盛る商業都市、コルコタへと急行する。


「おっかしいな。作戦は一週間後だと思ったんだけど………何故?」


 誰にも聴き取れぬ消え入るようなローの不満は夜に消えて。

 性急に差し迫った対策を走りながらに、彼は黙々と講じるのであった。

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