第一章 21 【鍛錬と昼食】
昼下がりの川辺、三人の男が白銀の外套を纏い大剣を背負う彼を逃げ場なく容赦なく囲む。
一人は左腕に剣を持って右手に盾を備え、赤いバンダナを頭に巻いたもう一人は両手に双剣を装備し、その二人を左右に従えた初老の大きな最後の一人は大盾と鎚矛を構えて、矢印に見立てた攻守の布陣。
「―――ッ!」
各々が汗を拭えぬほどの緊張感の中、先陣を切ったのは赤いバンダナがトレードマークのレナード・アンダーソンであった。
多種多様な手数の一つ。素早い身のこなしを持つ彼は、姿勢を低くして双剣を逆手に一気に彼の首元へと刃を伸ばす。
―――まずは左手での剣戟を。
「素早く、そして搦め手も上手い…――――」
しかし、剣は届かず。白銀の彼は僅かに身をずらして躱す。
ならばとレナードは左手の剣を手のひらで回して順手に握り直し、素早さを殺さず双剣で相手の胴と胸元に狙いを定めた。
「――――ですが、直情的過ぎです」
大剣を背負ってるにも拘らず白銀の彼、ロー・ハイル・ヘルシャフトは姿勢を低くレナードの追撃を避けての足払い。
そのまま右手で背の『神討・凶』を手に取ると、ローは勢いのまま威力の乗った回転斬り。
大剣での一撃を受ける事も躱すことも出来ぬ距離でレナードは終わったかに思えたが、それは違う。
「フオオッ!!」
これは三対一の鍛錬。レナードには仲間がいた。
大剣の重い一撃を受け止めれるのは同じくして巨大な重厚の盾に尽きるのである。
「ク…」
ガウス・ゴンゴルドは『凶』の一撃を受け止めるものの、暴風の如き一太刀の前には成す術もなく地面に膝を着いてしまった。
重く、速く、鋭く。その隙を逃さず、回転斬りに続いてローは連続の斬撃を繰り広げる。
縦、横、斜めからの連撃にはガウスの盾も悲鳴を上げて、仲間を守る彼自身の身体も耐え切れないという軋みの音が上がる。
「―――ッ!」
真打登場とはこの事か。
(剣を投げての突撃………対人戦向きの剣術だな)
止めの突きを繰り出そうとしていたローの一瞬の隙を突いて、左から連撃に差し込むように剣を放り投げたのはクインツ・アーケロイ。
「フンッッ!」
こちらに向かいながらのクインツによる仕切り直しの一撃に乗じ、ガウスは痛打の蓄積していた膝を思い切り曲げ伸ばして体当たりのような盾弾き。
もちろんの事、ローは見逃さず彼の盾弾きに対応。しかし、左に弾いた剣によって防御の構えへと無理矢理に持っていってしまったのだ。
「おおっと…!?」
その体幹、僅かながらに後ろによろける。
「もらった!!」
大盾の裏より現れたのは双剣を順手に持ち直したレナード。
狙うは胴体、この距離で双剣の突きを回避する事は不可能。余裕綽々に声を上げたのは、普通の敵ならば委縮して彼等の戦法が勝利する鬨の声であっただろう。
「―――ッ」
そんな鬨の声で戦況を変えることができないぐらいに実力差のある相手こそ、クインツが実力を見込んで鍛錬を頼み込んだ白銀の彼、ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四郎なのだから。
「な…!!」
ローは後方によろけている自らの身体をあえてそのままで翻し、左手に持った剣を地面へと突き立てて宙返りすると大盾を足場に跳躍。
ガウス、レナード、クインツからの距離は取って仕切り直しは完了だ。
「ガウスの旦那………アレできる?」
「馬鹿を言うでない。この大盾は七十キロはあるのだぞ? それに、あの身のこなしをしようとも膝が痛くて叶わんわ」
全くもって規格外の剣士に度肝を抜かれるレナードとガウスであったが、クインツの動きを横目で追って合わせて、三人はローを取り囲む形に陣を組む。
「いいチームワークです。――――ですが、クインツさんの剣は足元にあります。武器も無く踏み込むのは難しいんじゃないですか?」
「それは、どうでしょうねッッ!!」
クインツは武器もなしに大剣を持ったローへと一気に距離を詰めていく。そして、彼の一声に呼応するようにしてレナードが反対側より走ってきた。
「クインツ!」
「おう!!」
なるほど。と、ローは感心した。
レナードがクインツ目がけて投げたのは自身の持つ双剣が一本。息の合った動きはソレを難なくと掴み取り、左右からは武器を持った二人が来る。
大剣の間合いと双剣の間合いとでは決定的な距離がある。故に、彼等は大剣の間合いに入らなければならず、二人での突貫というのは一振りを惑わせる理に適った戦法であった。
「その意気や良し!」
相手取るは白銀のロー・ハイル・ヘルシャフト。
捨て身とも言える突貫にローは剣を背負い直して、構えるは脇を締めての両手を前にした柔の型。
一振り迷うなら振らなければよいのだ。
「………ッ!」
剣をしまってもお構いなしに二人は振る。一方は逆手に持って右薙ぎ、もう一方は順手に持っての袈裟に斬るよう刃を立てて。
ロー・ハイル・ヘルシャフトという人物が自身よりも強いと分かっていての踏み込んだ剣技だ。
「うおっ…?!」
「な?!!」
対し、剣を持った二人の持ち手にフックの形で指に指を掛け、慣性を用いてローは剣を握り手から外して見せる。
いとも容易く手から抜け落ちる剣にクインツとレナードは動揺してしまう。その一瞬だけの隙は見逃されず、二人の武器を落とす速度のまま彼等の腕を掴んで思い切り地面へと墜落させた。
「「~~~……っっ!!?」」
鎧と自身の体重と速度を併せ持った投げによる落下に、クインツとレナードは堪らず悶絶である。
腹の中がひっくり返ってぐちゃぐちゃにされたような感覚に二人はダウン。
「…来ますか?」
残ったガウスはというとローの問いかけに首を振った。
「いや、ワシらの負けだわい――――それに…」
老齢の彼が顎をしゃくった先には丁度、昼食の準備を終えた女性陣二人の姿があった。
「皆さーん。ごはんですよぉー」
「早く手を洗って来てよね! フィリアナさんお手製の昼食なんだから!!」
いつもの幼げな姿のリクスとしびれを切らす寸前のメアリーは、そう言うと一足早く駆けていった。
「かぁ―……やっぱ勝てねぇか~」
「いい線、いったと思ったんだけど…」
悶絶から立ち直った二人を手を引いて起こし、ローが鍛錬の教官として行うのは彼の設定と所感からの的確なアドバイスであった。
「全体としては凄く連携が取れていました。これにメアリーさんの魔法が加わればイータイルトに敵う冒険者チームはいないでしょう。クインツさんの剣を投げるという機転も良かったですよ」
邪眼怪魔討伐から一日。
冒険者の仕事とは町などに魔物を寄せ付けないのも仕事の一環である。
「ですが、いささか皆さんの剣術は対人に偏っていますので………その癖を直せとは言いませんが、魔物の討伐にはもっと柔軟な動きをしたらどうでしょう?」
「例えば…?」
昨日討伐したのは邪眼怪魔及び岩石龍の二種という不測の事態。
「レナードさんは問題ないです。あの剣術に加えて投石器やクロスボウ、双剣での支援を行えますからね」
「じゃあ、クインツとガウスの旦那は?」
敵の反応こそ無かったが、もう一体いることを考慮してクインツの提案で一日の野営を挟み、他のマカラサヌ種や岩石龍が報復に来るのを警戒して確認した今に至るのだ。
「クインツさんは剣だけでなく、盾を武器として使ってみてはどうです? 例えば、棘を付けたりロープなどで腕と繋いで投げれるようにしたり、と。私のような間合いの相手でも、それなら距離を詰めることができますからね」
「ロープで繋ぐ、ですか………考えもつきませんでした。参考になります」
「で、ワシは?」
投げてられた武器を拾い終えたガウスが興味津々といった顔で自らに指をさす。
「ガウスさんは………今よりもっと身体を鍛えるか、柔軟な体作りをするか、防御を捨てて鎚矛を二刀流に持ち素早さと火力を取るか、ぐらいでしょう」
「難しい事を言うな~…」
的確なアドバイスだが、鵜呑みにこなそうにも難しいと彼は頭を掻いて苦い顔だ。
「ま、今回は剣主体での鍛錬でしたから、そう深く考えなくても大丈夫ですよ。実戦では新しいモノよりも慣れた考えの方が役に立ちますからね」
「そういうものか…」
「ちょっと男子、早く――――!!」
ロー・ハイル・ヘルシャフト教官による鍛錬の講義が終わり、すぐにメアリーによる催促の大声が響く中、彼女の機嫌を損ねまいと男性陣は急いで手を洗いに行くのであった。
●
「な、なんと………!」
白亜の長机、白亜の椅子、調理場、皿、コップ。
おおよそ白と銀で構成されたフィリアナの手掛けた食事場は、まるで一流料理店に居るかのような錯覚を覚える程に冒険者の仕事中にあまりにもそぐわない光景。
無論『魔法の道具袋』のおかげと説明しているので三人が特に何かを言うことはないが、ガウスを筆頭にクインツ、レナードは絶賛と絶句に口をあんぐりと開けたままだ。
「どうぞ皆さん。座ってください」
料理をしていた為か、髪を後ろに束ねていたフィリアナの誘導にイータイルトの男性陣――特にガウス――は見惚れつつ、驚きのまま従って着席。
そうして白銀とイータイルトが左右に向かい合うように座ると、目の前に運ばれた料理もまた「綺麗」な一品で、三人の口は塞がらない。
「今回は岩石龍も討伐できたという事で、岩石龍の尻尾を用いた“カツレツのサンドイッチ”を作りました」
純白の皿いっぱいには、シャキシャキの青い薬草と黄金色の衣を纏い輝く希少部位の尻尾の中間を柔らかく白いパンで挟み込んだ、一口サイズの“カツサンド”が行儀よく並べられていた。
香ばしい臭いと湯気が漂っており、切った所から熱々の肉汁が溢れていて出来立てというのは一目見て分かる絶品。だが、その料理の説明に「異議あり」と答える者あり。
「フィリアナさん。岩石龍の肉には毒があるんだぜ? 料理してくれてありがたいんだが、食えるもんじゃないんだぞ?」
レナードの杞憂は正解であり不正解であった。
岩石龍の肉で毒のある部位は、口内、内臓、腸、毒の爪がある足付近で今回は腸に近い部位だ。
適切な処置の方法を知らないのなら、彼の心配は当然とも言えよう。
「大丈夫ですよレナードさん。岩石龍の毒は魔力炉心由来の魔法です。よって主が死ねば魔法が暴発し肉体全体に毒として広がりますが、尻尾などの体の中心から離れた部位はアク抜きをすれば毒の魔法の効果が薄れて食べられるようになるのですよ」
「へ、そうなの?!」
ただ、岩石龍の肉の適切な処置の方法を知る【炎の料理人】フィリアナ・ルーゲル・フェンドルドに死角は無い。
処置の方法はいたって簡単だ。
度数五十以上のアルコールに十字の切り込みを入れた肉を三時間と漬け込む事でアクを抜き、毒を抜き、完了。終われば、サッとキッチンペーパーで拭いて食べれるようになる珍味の出来上がりである。
「はぁ~、そんな方法があるなんてな…―――」
フィリアナの説明にレナードは関心に腕を組み、半信半疑といった様子。だが、彼の心持ちはものの数秒で覆る事となった。
「――――なぁ、クインツ?」
「え、知ってたけど」
というのも、彼の仲間が彼以上に料理に対して何の疑問も抱かず「知っている」と受け入れていたからだ。
「ええ?!」
「そんな驚くことじゃないわ。私、大好きだからよく食べてたんだもの。特にこのカツレツって料理方法でね」
例えるのなら、右ジャブからの左ストレート。
クインツの右隣に座るメアリーより、衝撃の一言がレナードをダウンさせる。
「じ、じゃあリクスも…?」
「もちろん何度か。味見の際にですけどね」
ダウンから立ち直った所に、リクス・トラシアの一言が気力で留まっていたレナードをKO。
「ま、ワシら貧乏人には分からぬ世界よ。気にするな」
「………」
ガウスの慰めをシメに試合終了。レナードはブルジョア的ショックに、記者会見である。
「と、ともかく美味しいですからコレを機に食べてみちゃってください!」
うなだれるレナードにすかさずフォローを入れるフィリアナ。
「あ、ああ…いただきます」
冒険者チーム白銀の料理番とも言える彼女の促しにレナードは生返事で応じて一口。
「ウッ―――?!!」
瞬間、世界が広がった。
「こ、こ、こここ…―――」
「え、ニワトリのマネ?」
外を包むのは、ふんわりとした一流の外食店で出されるような少しばかり甘みのある食パン。
中の第一陣を牛耳るのは、新鮮な葉野菜であり薬草。その食感と味はメインの引き立て役でありながら、キッチリと印象を残す独特の旨味がある。
最終防衛ライン、ことカツサンドのメイン。
黄金色の衣を纏うカツは第一にサックリという音を奏でて、溢れ出るのは熱々の肉汁とソース。甘くなく辛くない味付けによって素材の味を最大限に引き出し、まったりと柔らかい肉を“頬張る”という言葉を体現させてくれている。
おまけ、薄く切られた肉は何層にも重なって一つとなっているミルフィーユ。
不味いワケが無かった。
「――こりゃあ、美味いッッ!!」
メアリーの茶化しも聞き耳に持たず、レナードは自らの皿に並べられたカツサンドへと素早く、鋭く手を伸ばし、頬張っていく。
「うむ、うま………す、すげぇ。あの毒肉がこんな絶品になるなんて………フィリアナさん。アンタすげぇよ!」
「ありがとうございます。よろしければ、おかわりもありますよ?」
「もちろん!!」
レナードの完食に続き、イータイルトの面々も食事に感謝してカツサンドを口に入れる。瞬間、彼等の世界もくるりと翻った。
「レナード、タベスギ、ヨクナイ」
「いやいや、いくらメアリー嬢でもコレは譲れねぇな?」
追加のサンドイッチをよそって貰ったレナードは、クインツという壁を隔ててもなお伸びるメアリーの魔の手から引き離すように皿を避ける――――――だがしかし、伏兵は彼の隣に潜んでいた。
「うんうんうぬッ!! 一見、こってりめの料理かと思えばカツとパンの間にある薬草によって油らしい感じは消えており、かといって風味の主張は激し過ぎず、肉の旨味を口の中で広げる手助けをしている。そして、一口大という事もあってワシのようなバクバクと食べれてしまう…フィリアナさん。とても素晴らしい料理だわい」
「お褒めいただきありがとうございます。でも、レナードさんの分を取るのは駄目ですよ? いっぱいあるんですから」
「む…うむ、済まぬ。つい」
「おーい。当事者に謝れ、当事者に」
人様の食事に手を付けておいて高説を垂れるガウスであったが、料理人の注意に渋々萎縮。
(まあ、いいか…)
と、彼なりのアプローチに水を差さないようレナードは危険地帯を逃れた皿をテーブルの上に戻し、代わりコップの水をあおった。
「…ッ、変わった味付けですねぇ。これ」
何も標準的なソースカツサンドだけではない。
メアリーの右に座るリクス・トラシアが一口と頬張ったのは、鼻にツンとくる王道とは言えないものの“合う”であろう日本風味付けが一つ。
態度こそ落ち着いているものの、興味津々と書かれている位にその瞳は輝いていた。
「“ワサビ”という野菜を“醤油”というソースに混ぜて使ったモノですよ」
「……なるほど。この塩味の効いたのが、東の国の味付けですかぁ。勉強になります、後で貰っても?」
「もちろん。薬草を貰ったのですから、等価交換という事で」
「………うまい」
一方は飛び跳ねる寸前のギリギリな興奮状態で、一方は当たり前のように黙々と手を進め。
双方、フィリアナが作った料理に頬はほころび、にやけているのは変わらぬが。
「ロー様、美味しいでしょうか?」
「ん…ああ。やはり、フィリアナの料理は絶品だ」
ローの言葉に翡翠の彼女は健やかに笑った。いつも以上に、喜びに。
●
「それで、フィリアナ。話とは何だ?」
「討伐した邪眼怪魔と岩石龍についてです」
食事も終わって昼休憩。
火煉は装備の整備中、ニーナは周囲を監視しながら一休みの昼寝、イータイルトの面々はアドバイスを元に戦術を話し合ったり、味付けを考察してみたりと様々な中。
ローとフィリアナは見回りと称して、討伐の証明を抜き取った邪眼怪魔の死体があった場所へと向かっていた。
「そういえば、あのノイズについて何か分かったのか? それとも、突然痕跡も無く消えた岩石龍の死体についてか?」
ノイズ、というのは邪眼怪魔を<ラヴァイト>にて調べて<パネンス>での情報共有を行った際に起こった砂嵐の事。
消えた岩石龍の死体、というのはクインツ達を森の外へと逃がして休息と治療を行った後にハリガン砦跡地前へと<次元移動>で赴いた際、たった数時間であの十メートル以上もある巨体が忽然と姿を消した件である。しかも、ニーナの追跡を振り切ってだ。
「………どちらとも言えると思いますが、今は見てもらった方が早いかと」
邪眼怪魔討伐の証として歯を四本抜き取り、魔法で地中へと埋めて死体の処理を済ませたのが昨日。
当然、掘り起こす人間が居ないならそこに死体はあるわけで。
森の中でも開けた場所へと辿り着き、おもむろにフィリアナが呪文を唱えて手をかざすと、地中深くからパジフ・マカラサヌの頭部のみが地上に露出した。
「少しお待ちを」
昨日倒してから剥ぎ取るようにと要所を直したばかりという事もあり、四本の奥歯と舌が欠けているだけで目立った外傷はなく、肌身は腐らず新鮮なままだ。
そこへと、フィリアナは【炎の料理人】らしく慣れた手つきで肉の解体用ダガーを魔力で生成。右手に持ち、迷いなくパジフ・マカラサヌの目玉の一つに上から刃を差し込み、目蓋だけを丁寧に切り取っていく。
「討伐後に火葬せずそのまま埋めたのは……ふぅ―――こちらをご覧になってほしかったからです」
幸いにも血抜きを済ませていた為、血は溢れずに彼女が指さす眼球の裏側をまじまじと観察することができた。
「…………これは」
「討伐の証拠を皆で切り取っている最中にです。妙な魔力の流れを感じましたので、もしやと思い触れてみるとこの文字を上からなぞってしまい気付いたのです」
眼球の裏側。動物にとって中々…というよりほぼ絶対お目にかかる機会が無いであろう身体の部分。
そこに青い入れ墨で刻まれていたのは【ブレイスラル・ファンタズム】にて初めて見た――――いや、形作った見覚えのある五つの記号のような文字であった。
「でも、どうして………いや、しかし…………?」
投擲物の無効化、<ラヴァイト>及び<パネンス>を含めた高位の魔法の妨害、レベル差と耐性の開ききった相手への石化、死体の消失…このいかにもな文字が作用していれば辻褄が合う。
――――でもそれは、ありえない。
ありえないというのは、この文字の効果についてではない。今目の前の眼球の裏に刻まれた文字はロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四郎と彼のフィリアナ達しか知らないのだから。
「“ダロイ ニュウララ”…―――――恐らくは“知識の神の加護”と言った所でしょう」
「“知識の神”………フィリアナはどう思う? 先の特異な能力は……いやそもそも何故この“ルプレス文字”が使われているのか。分かるか?」
快楽と知識の神“プレーネ”が作り出した古代文字。
これは十川四郎がルーン文字に着想を得て、適当に作り出した設定の端の端…言わば、フィリアナ達のバックヤードを語るにおいて必要ではないが不必要でもない、整合性を取る為にノートにちょこんと記された程度の情報の一つ。
そんなルプレス文字が異世界で見つかった。
或いは恥か。或いは混乱か。
もはや魔物云々の話ができる精神状態ではないが、混乱と直感からの織り交ざった不安げな思いのままに十川四郎はロー・ハイル・ヘルシャフト然とした態度で口を開き、彼女は当然のように首を振る。
「……いいえ。ですが<ラヴァイト>の件について新たに分からないことが分かったのです」
「ど、どういうことだ?」
相手が偽装魔法で自らの情報を偽造していない場合や魔法に対しての耐性が高い場合、<ラヴァイト>という魔法で確認できる相手の情報は、レベル、身体数値、名前、性別、習得したクラスの五つである。
つまるところ魔法耐性の低い者や自らの情報を偽造していない者に<ラヴァイト>を使用すれば、相手の情報は丸裸。
例えば、イータイルトの面々。例えば、一昨日倒したグシュス共。
言い方は悪いが、ロー達より下位の者らには絶対に発動する鑑定魔法こそ<ラヴァイト>なのだ。
「……じゃあ、分からないのはクインツさん達の情報もということか?」
「はい。名前までは見えましたが、それ以降は………―――特にリクスさんは名前さえも表示されませんでした」
その絶対に発動する魔法。
先の戦いにて調子が悪かったのかと試しにクインツを見てみれば発動はしたものの、ルプレス文字を刻まれたパジフ・マカラサヌのようにフィリアナが<ラヴァイト>から受け取った情報は砂嵐のみ。そして、調べてみたところ他の動植物の情報も同様に砂嵐で覆われていたそうだ。
「一応聞くが、火煉やニーナはどうだった?」
「問題なく作動しました。ロー様や私も同様です」
逆に“白銀”の面子…もとい【ブレイスラル・ファンタズム】から来た者の情報はしっかりと見ることが可能だったという。
(確かにヤマシタシルベの情報は見れていた……創作物みたいな、この世界特有の法則ってやつか? はたまた、ルプレス文字が尾を引いているせいか? ――――…いや、ともかく。ルプレス文字の出自は後々調べるとして敵の情報を事前に入手できないのは困る。が、それならそれで制空権を確保されていない内は遅滞戦闘にてこちらに有意な状況を作り出せばいいだけだろう)
自分たち以外の【ブレイスラル・ファンタズム】出身者に出会えていない以上、人間ゴリブと戦った際に<ラヴァイト>を普通に発動できていたのでこの世界特有の法則があるのだろうと推測ができる。
「まるで敵意むき出しの差別感だな。――――まあいいさ。消えた死体の事は分からなかったが新たな発見と謎があった。とりあえず我々“白銀”でのみ今回の情報を共有しておこう」
「分かりました。では、私から火煉とニーナに説明をしておきますね」
「ああ。頼んだ」




