第一章 20 【邪眼怪魔(パジフ・マカラサヌ)】3
時は遡り、リクス・トラシアとメアリー・マクベルの二人が追われる少し前。
イータイルトの三名を石化させた邪眼怪魔が次いで睨みつけるのは、レベル差のおかげで石化していない白銀の四人。そしてその場、膠着状態と言えよう。
「ロー様よ。砦内に人間が一人おったが、如何するのじゃ?」
「………多分その人は邪眼怪魔の住処と知らず、ここで寝泊りしてしまったんだろう。後で助けるとしよう―――――それより…」
十川四郎は思う。恐らくはあの魔物、石化の邪眼を浴びせたはずなのに石化してない人間の姿に驚いているんじゃないかと。
(こっちをずっと睨んでるな……。これじゃあ、クインツさん達を助けれないし…困った)
例え、石の中身が新鮮な肉であっても他の生物と同様に無機物なんてもちろんのこと食べはしない。邪眼怪魔等のマカラサヌ種が獲物を石とするのは保存食としての意味合いが強い。
石化したモノを捕食する際は石化を解いて丸呑みにするのが、肉食であるパジフ・マカラサヌの食事方法。
食事の回数も少なく、現時点ではそういったことを踏まえクインツ達の命は大丈夫だが、討伐対象はあまり賢い生物ではない為、敵が居れば周囲を気にせず暴れる性質。
なので、こちらは手を出せず。ただ、驚きのあまり固まったあちらの動向を気に掛けるのみである。
「あ、行ったぞ」
呆けたように驚いた火煉の言葉通り。何を思ったか、そそくさとパジフ・マカラサヌは無数の踵を返してこちらに構わず木々をなぎ倒しながら森の中へと入っていった。
「…何だったんだ?」
「なんじゃったんじゃろうな?」
ニーナと火煉は討伐対象の奇行に首を傾げ、フィリアナはというと<ラヴァイト>で得た情報を吟味中。
彼女らの主、ロー・ハイル・ヘルシャフトはその解として右手を三人に見えるように振り上げた。
「どうやら、ヤツの邪眼は類を見ない特殊なモノのようだ」
「て、おいおい。マジかよロー様、大丈夫?」
火煉が心配するのも無理はない。なんせ、彼女らに見せたのは見事に石となった右手。
レベル差故にか<石化>の進行具合こそ右手止まり。だが、耐性を上げたのにも関わらずヤツの邪眼にクインツ達が捉えられたのは妥当な結果か。
「大丈夫だ。フンッ―――」
しかして、それほど痛手ではない。
石化した右手に力を入れて表面の石を砕いて物理的に解呪する。そして、握って開いてを繰り返し、手の平に残った石くれを両手で払えば言葉の通り。
「で、フィリアナ。ヤツの身体数値情報はどうだった?」
「それが………こちらをご覧ください」
フィリアナは情報を共有できるよう<パネンス>を空中に表示させ、言われた通りに覗き込む。
「驚いたな…」
ローの言葉に続いて火煉とニーナも興味本位に視線を移せば、その結果に眉を八の字にひそめた。
「対策してから魔法使ってるんだよな?」
「ええ。もちろんよ」
「じゃが、なにも表示されてないのじゃぞ?!」
本来、術者が鑑定魔法<ラヴァイト>を用いて閲覧した相手の情報が表示される筈の魔法<パネンス>。
ゲーム時と同じように空中に浮かぶ半透明のホログラムにパジフ・マカラサヌの情報が表示されているかと思えば、白銀の四人が目にしたのは砂嵐がずっと流れている画面。
(せいぜいがレベル二十五~三十の魔物なのに、レベル百二十クラスの<ラヴァイト>を完全に妨害しているか………)
【ブレイスラル・ファンタズム】の世界において、魔物の生態情報というのは数値の個体差はあれど持っているスキルや魔法、能力は定められたモノだけだ。
三十レベルのモンスターは三十レベルの魔法を、五十レベルのモンスターは五十レベルのスキルを。と、言うなればどれだけ個体の数値が高かろうと扱う攻撃は種族、種別において同様。
(それに、飛び道具無効の魔法らしいモノを使っていたな………いや、魔力を消費した様子はないしスキル―――――違うな。どちらかといえば、固有の能力に近いかも?)
彼等が出くわしたのは【ブレイスラル・ファンタズム】という常識を打ち壊すこの世界特有の異分子な魔物。
さしずめ、“特異個体”とでも言うべき警戒するに越したことはない討伐対象だ。
「で、ロー様。どうするのじゃ?」
「どうするって? もちろん討伐はするが…」
“特異個体”の未知の生態にちょっとだけ心躍るも今回は捕獲ではなく討伐。
この世界特有の種かもしれないので捕まえてあれこれ実験したい欲が出そうになるものの、ニーナの言葉で我に返ったローは思考を仕事に専念させる。
「はぁ………<鷹の目>で彼奴の逃げた先を見てみい」
「分かった……? <鷹の目>」
呆れるニーナに言われるままに、パジフ・マカラサヌが逃げた先へとスキルを用いて遠見遊山。すると、見えたのは荷馬車で必死に逃げるイータイルト女性陣二名の姿であった。
「なるほど。早く助けないとな」
クインツ達を余裕にいなせる“特異個体”にメアリーとリクスが敵うはずもないので、ローは虚空に手を伸ばし、この遠距離からでも援護射撃が十二分に間に合う武器を道具袋から迷いなく取り出した。
「お。懐かしいな、『輝ける流星』じゃねーか」
「…憶えていたのか?」
「当ったり前よ。オレがあの世界の技法で最初に作った武器だぜ? 忘れるはずもネーよ」
ローの手にあるのは大きさ二メートル弱、重さ七十キロ前後の大弓で素材には“星の背骨”という鉱石を用いている。分類は五人張り、ないしは強弓と呼ばれる飾り気の一切無い武骨な黒紫色の弓だ。
弦をかける弭は上下で四つ、弓幹は×印のように交差させているが矢を射出しやすいようにつがえる箇所は一本の弦となっている。
同じく一つに纏められた弓幹の握りは太く、親指をかける場所には矢を放った反動で身体が飛ばされない様に握りからアンカーを射出する装置が付けられている。
「ま。素材集めにナン時間も宇宙空間に放浪しっぱなしだったのを憶えてたんだがな」
火煉の修めている職業【神性鍛冶師】は鍛冶師の最高峰という設定で、ゲーム内では武器や防具にアイテムを彼女が自作すれば、謳い文句通りに最高品質のモノが作れる職業である。
その最高峰の手腕を用いて作ったのが『輝ける流星』だ。
特徴としては敵に対して三十パーセントの攻撃力が上乗せされるのが基本性能なものの、彼女の手腕により火力は五十パーセント上乗せという破格の倍率となっている特別製。
「それは…仕方ないさ」
「あんときゃ、ロー様の気が狂ったのかと思ったぜ?」
「………忘れてもいい記憶が、人にはあるのだよ」
ただ、彼女の職業【神性鍛冶師】は素材を通常の必要な個数の二倍三倍をふんだんに使うタイプの鍛冶師なので、製造する際には希少な物品を大量に集めなければならず。
宇宙空間に出向き、星間デブリを漂って漂って敵が来たならば斬って…必要個数を集めるのに計半日とデブリと拠点をマラソンしたのは少々苦い思い出である。
「ロー様。思い出話に花を咲かすのも良いが、そろそろ不味そうじゃぞ?」
「そうだったな――――では、気を取り直して」
ニーナの指摘に咳払いしたローは苦い思い出を振り払い、道具袋からもはや槍の如き簡素な矢を一本取り出して右手で矢をつがえる。
「…このあたりかな?」
素人であるにも関わらず設定のおかげからか。自然と自分自身の身体は堂に入った構えを取って、少し上向きに矢尻を向ける。
(アンカー射出。微調整、と……)
鋼線ワイヤーの付いた三つ錨が握り部分から勢いよく射出され、前方と左右の地面へと射手を縫い付けて。
姿勢を正し、引き絞り。
「<初撃必中>、<風走り>、<貫通>、<断罪牙>…―――――」
唱えるは彼の持ちゆる技が五つ。
先制攻撃のみ必ず標的へと命中するようになる技、風を纏いて駆け抜ける矢を生み出す技、あらゆる術や防壁を貫く技、危害を加えてきた敵に対して二十パーセント攻撃力を上乗せする技。
そして、彗星の如き矢が標的へと穿たれる技を最後に――――――矢は放たれた。
「―――――<煌めくは一縷の星>ッ!」
“特異個体”の持っている飛び道具無効の能力が万全といえど回数制限はあるはず。よって、ローが行ったのは<初撃必中>を除いた四つのスキルを乗せて矢継ぎ早に敵を穿つ――――要は、最高品質の武器で最高の火力を生み出しつつ様子を見ながら物量で押し切ってしまえばいいのだ、という力技の戦法である。
「…よし」
初撃。
青い光線となって空を切り敵を穿った一矢は予想通りにパジフ・マカラサヌの胴体をスレスレで横切り、飛び道具無効の能力の発動を確認。
飛んだ一矢が消えたかに思えたのも束の間、二の矢を既にローは放っており。青き流星は必殺の一矢となる。
二の矢は標的の足先を抉り取り、躱されたに思われた。が、三の矢が追うようにしてパジフ・マカラサヌを遂に捉えた。
「うむうむ、命中したの。流石はロー様じゃな」
砂埃の舞う中でニーナに続き、遠見のスキルでローも視認。
流星はパジフ・マカラサヌを貫き、通り過ぎた後には死亡確認するまでもない粉々の残骸が散らばるのみ。
(だいぶ身体が慣れてきたな。それにしても、人が襲われているというのに精神的動揺が無くなってる気がする………――――ま、いいか。蘇生魔法は前もって人間ゴリブで試しているし、色々あったせいか心に余裕ができたんだろう)
設定、スキルと共に使用した感覚は問題なく、感情も常にさざ波立たぬ大海原の如く。
これもまた、設定故かと『輝ける流星』を道具袋にしまって、『神討・凶』を一応に背負ってから目下の状況にローは足を運んだ。
「なあ、ロー様よ。質問いいか?」
「別に構わんが」
坂を下って砦の正面広場へと躍り出て、剣と盾を装備した青年の像の前に三人は足を止めて。
主に何となしと浮かべた思いの丈を彼女は口にする。
「どうしてクインツらの作戦に乗ったんだ? 今更言う事じゃあねーが、オレらの一人でパジフ・マカラサヌの討伐に向かえば、こんな有様にはならなかったと思うぜ?」
確かに火煉の言い分はごもっともである。
レベル等の身体数値こそ視れなかったが、途中で止まる<石化>の邪眼などを踏まえて鑑みれば、確実にこちらよりも下位の個体なのは明らか。
ロー、フィリアナ、火煉、ニーナの誰かが素手で殴り倒せるぐらいには弱いだろう。
「すまない。俺の説明不足だった」
ただ、そうしなかったのは大した事ではないが相応の理由があった為で、その情報の共有ができていなかったのは自らの失態であろうと十川四郎は謝罪を述べた。
「いやいや、謝る事はねーぜ?! なあ、ニーナ」
「う、うむ。そうじゃぞ! 何か考えあっての事なんじゃろ?」
「………」
そこまでしなくともいい。と主の突然の行動に火煉は首を振って、突然に話を振られたニーナは焦るようにローに問う。黙したフィリアナはというと、話を聞きつつ背を向けて黙々とクインツの像を調査中である。
「ああ、そうだ。実はな…――――――」
今回の邪眼怪魔討伐依頼は冒険者となって初めての仕事。しかも、他の冒険者とチームを組んでの共同作業だ。
であれば、ペーペーの冒険者がやらなければならぬ事は先達の知識や立ち回り、作戦や立ち振る舞いを聞き、学ぶ事に尽きる。いくら敵が弱かろうが強かろうが、冒険者としての心構えを持ち合わせていなければ、信用・信頼必須の冒険者稼業は務まる事ならないはず。
つまり、彼等の作戦に乗ったのはロー・ハイル・ヘルシャフトらしく“白銀”のリーダーらしく冒険者という仕事を今後続ける為の学びであったのだ。――――パジフ・マカラサヌが彼等よりも強い“特異個体”であったのは計算外だったが。
「ふむふむ。何事も初めてとは、学びから始めねばならぬからの。道理の通った考えじゃ」
「ま、そうさな。今後ロー様が何考えても話をしてくれりゃ、問題ないだろうよ」
ローの説明にニーナと火煉はウンウンと頷いて納得してくれた様子だ。
「二人が納得してくれたようで何よりだ。フィリアナもさっきの説明で分かってくれたか?」
「………」
「…フィリアナ?」
「…え、ええ。はい!」
像の調査に熱中していたのか、はたまた考え事をしていたのか。心ここにあらずといった様子のフィリアナではあったものの、ローの方針には納得してくれたようだ。
――――なら次は彼女の成果を聞いてみることにしよう。
「で、フィリアナ。一応聞くが、三人を治療するのは可能か?」
「勿論です。メアリーさんの<石化解呪>が効かなかったのは、石化表層の魔力回路を読み取れなかったのと、動揺したために恐らく魔力の練りが甘かったのではないかと…――――――<石化解呪>」
十川四郎には分からない魔法使いらしい説明の後、フィリアナは『精霊王の杖』を装備してクインツ像の額を軽めに小突き、石像の表層を改めて読み取り、杖を掲げてメアリーが使ったのと同じ魔法<石化解呪>を広範囲魔法として唱えた。
「あ、れ…?」
「からだ、が…!」
「うー………ペッ、ペッ、砂が口の中に!!!」
すると、みるみるうちに身体を包んでいた薄い石は古い角質の様にボロボロと崩れ落ちてクインツ、レナード、ガウスの石化が解呪されてゆく。
倒れていたガウスが苦い顔で砂煙で積もった口内の砂を吐き出すぐらいで、それ以外に三人の様子に問題はなさそうだ。
「身体も欠けてないようですね。無事で何よりです」
「あ、フィリアナ、サン……」
瞬間、倒れていたガウスに電撃が走る―――――トキメキな意味合いで。
四天教の信徒であるにも関わらず倒れていた自身に手を差し伸べたその笑顔、こちらを覗き込む朱と蒼の美しき双眼、豊満な胸………女神なのでは、と手を取った彼が畏まるぐらいに信仰心が揺れ動いた。
しかし、そのトキメキ。彼の女性耐性があまりにも低かった故なのだが。
「……はぁ。ガウスの旦那、無理だぞ」
「な、な、な、何を言っとるレナードよ?!!」
「いや、アンタじゃ十割の確率で負けるぜ?」
「それはもう大敗北しているではないか!!? 勝負すらしておらぬぞ!」
「あのー、手を放していただけると………」
孫の歳ぐらいのレナードに諭されるガウスと、中々手を放してくれない彼に困り顔のフィリアナ。蚊帳の外のクインツは二人の掛け合いに深々と溜息をついて一礼。
「ともかくありがとうございます。あの、メアリー達は無事なのですか?!」
「大丈夫です。ロー様がマカラサヌを討伐し、二人はこの森の先に無事でいます――――それと、同じ仕事仲間なのですから、このぐらいは余裕ですとも」
「ハァァー……良かった、感謝っす。ハイルさん」
「重ねてありがとうございます………ガウスさん。そういう事だからさっさと―――――――」
『クァァァアアアアッッッ――――――!!!!』
甲高い雄叫びにも似た鳴き声が後方から轟いた、その瞬間。
安心感からの緩んでいたクインツ達の表情が焦りと恐怖の入り混じったこわばりを見せた。
「二匹目!? いや、この声は……?!」
「てっ、撤退しましょう!」
ハリガン砦の奥からヌルリとその巨体を這い出させて来たのは、先の邪眼怪魔よりも数倍も巨大な竜……否、その上位種“龍種”。
鮮やかながらも岩より硬い鱗を全身に纏い、鋭き爪と牙には毒液溢れ、黄色の眼は獲物をまっすぐと見据えて。トカゲの様な身体をくねらせてこちらへと憤怒の形相で向かってきたのは岩石龍“スロクト・ドラゴ”。
「皆さんは二人の元へ。フィリアナと火煉は彼等の援護を、ニーナは周囲を警戒しつつ後退しろ―――――アレは俺一人で片を付ける」
ロー・ハイル・ヘルシャフトの命令にフィリアナ達は頷いて。白銀の彼は背負っていた鉄の暴力刀が一本『神討・凶』に手を伸ばし、軽々と中段に構える。
「ハイルさん!?」
「大丈夫です。トカゲの一匹、二匹、大差ありませんから――――さあ、早く撤退を」
もはや、クインツが言の葉を交わす時間さえもなく。岩石龍は一挙一動確実に距離を詰めて来た。
「………任せましたッ!!」
冒険者の位などは関係なしに。
彼のあの剣を振るう様を知っているからこそ、クインツはロー・ハイル・ヘルシャフトという人物に多少後ろ髪を引かれる気持ちであったものの殿を任せたのだ。
「さて…来いよデカブツ。真っ二つだ」
『クゥウウウアアァァアアッッッ―――――――――!!!』
ただの餌、ただの人間に、ただの挑発をされた地上最強の種族の一つは憤怒をより色濃くし、怒髪天といった様子で、神経を逆なでした人間へと一心不乱に速度を上げて大口を開き迫る。
●
「はぁ…はぁ…はぁ………」
ハリガン砦には緊急用の脱出路として幾つかの横穴が設けられている。大きさは三人の大人が通れるほどで、出口はバラバラ。主な役割は要人を狙った者へのかく乱だ。
正門から北東部。そこより息も絶え絶えに出てきたのは、あの場から逃走したプレクト・ビレッジ。
彼は陽の光を全身で浴びる様に肩で息をする身体を休ませるべく、大の字に力なく草原へと倒れた。
「だああぁぁぁッ!! クッソ、何なんだあの冒険者はァッ!!?」
怒りの声を辺りに響かせ、茶髪を掻き毟るようにして頭を抱えると、余った左手でプレクトは感情のままに地面に拳を振り下ろす。
「一、撃でッ!! 大事な岩石龍と邪眼怪魔を殺しやがって?!!」
ロブコフ・バウロスが連れてきたのは底辺の第三級と最底辺の第一級冒険者で金剛月華会お手製の邪眼怪魔及び岩石龍に敵うはずもない部類の人間だ。
それがどうだ。
彼の初仕事として育てていた邪眼怪魔と有事の際にと預けられていた岩石龍が二匹、容易く屠られて逃げて逃げてこのザマである。
(バウロスを問いただしに行くか…? いや、先輩に連絡するのが先だな)
初の大仕事でヘマをしたのだから、それなりの罰は下されるだろう。なら、名誉挽回の為にも早期に先達の知恵を借りるべき。
プレクトは半ば放り投げていた自身の鞄に這寄るようにして、その中から灰色の四角い箱の様なモノを取り出した。
この仕事に就く際に渡された箱だが、今見ても奇妙なモノで便利な物と彼は勇み足ながら感心する。
魔力電源と称された赤く四角の小さいレバーが箱の側部に付いており、レバーをカチッと上げれば正面に浮かび上がるのは記号の掛かれた十二個の半透明なボタンと下部には音声を受け取る為の穴。
おおよそどこの国でも見た事ない魔道具で、金剛月華会の技術力を誇る逸品である。
(えーと、これが三で…)
箱の上部にある先輩への連絡を可能とする記号を読みながら、プレクトはでっぱりを捻って調整。
「よし…」
〔135.62〕という記号に合わせて、でっぱりを押し込むと数回のCALLの後に先達へと繋がった。
〔ハイハイ。ただいま昼食中なのですが、どなたです?〕
軽めに深呼吸をしてプレクトは先達の声に応じる。
「あー、プレクト・ビレッジです」
〔おや、どうしました? 仕事は順調ですか?〕
「うっ…」
まるで見透かされていたのようなアグルスの言葉に息が詰まるも立て直し、億劫に口を開こうかと思えば用向きがあるのはこちらだけではなかったらしく。
〔あ。実はそれよりも重要なことを聞いて欲しいのです〕
「な、何でしょう…?」
仕事をキッチリとこなし、いつも飄々として感情が読めないのがアグルス・モーガンという人物だとプレクトは思う。
そんな人物が改まって連絡をよこした後輩に聞いてほしいと相談するのだ。いつになく身体が強張り、聞き耳を立ててしまう。
〔あんパンを二倍すると『あんあんパンパン』て卑猥に聞こえるよネ☆〕
「何の話ですか?!」
「…次の宴会のネタにしようと言ってみただけです。どうやら、人間相手にはウケが悪そうだ――――で、私に通信を寄越したのは何故でしょうか?」
この人暇なのかな?と、若干に落胆したプレクトは思いつつ、事のあらましを淡々と説明した。
〔そうですか、そうですか。赤の召喚石を使ってしまいましたか………〕
「えっと…何かまずかったですか?」
〔いえいえ。命は一つしかありませんから、貴方が生きているのは儲けものです―――――ただ、処罰は免れませんがね〕
「では、その………どうすればいいですか?」
中の魔物が消えて赤い輝きを無くした非常用の召喚魔石、ひし形の魔石が使役していた商品が死んで育成は不可能、おめおめと逃げ帰って何の成果も得られなかったプレクト・ビレッジ。
失敗も失敗、大失敗で大失態。
そんな彼からどうすればいい、とアバウトすぎる質問にアグルスは涼し気な声音で魔道具越しに説明を始めた。
「そうですね。プレクトくん、私が今何の仕事をしているか知っていますか?」
「え? えっと、情報収集でしょうか?」
プレクト・ビレッジがアグルスについて聞き及んでいるのは組織の手を伸ばし個人からの商品の生成と有益な情報の収集で、金剛月華会の仕事としては後者の方が重要度が高い。なので、プレクトが例に挙げたのは情報収集の方であった。
「はい、その通り。商業都市コルコタを起点に人の動きを調べています。まあ、他にも色々としていますが…」
「それがどうしたんですか?」
器用貧乏と自称しているアグルスだが、雑務で何度か仕事をした際に彼が他の部門と掛け持ちしていたのはよく憶えている。
プレクトの所属する魔物部門や情報部門、人員部門等アグルス・モーガンの手腕は多岐に渡っていて仕事においてミスした所は一度も見た事がない。
王国の三大王女の下着の色から亜人種などの孤児の選別まで、抜かりはないのだ。
「あー、つまりですね。白銀の方々、怪しいと思っていたのですが貴方へと情報を流さなかったのはこちらの失態でもあるという事です」
そんな完璧な彼が自らの失態として謝罪を述べているのだ。
プレクトは魔道具越しながら、尊敬していた彼の慙愧する様につい首を振って全否定してしまう。
「いえいえいえ! 相手の力量を計れなかったのは自分の責任ですから!!」
「そうは言われましても、失態は失態です。出身、本当の年齢、装備……どこから来て今まで何をしていたのかも一切不明の人物ら―――――怪しいとは思いましたが、その動向を観察せずにいて貴方に被害が及んだ。弁明は不要ですよ」
「う………」
彼自身がミスだと言い張るのだからコレ以上、プレクトの口から遮る言葉は出なかった。
「ですが…」
と、プレクトの怯みを見計らったアグルス・モーガンは舌なめずりをするのかのようにして言葉を続ける。
「この失態を少しばかりでも挽回する術はあります」
「ほ、ホントですか?!!」
「ええ、もちろんです。言い方を変えれば、貴方の知らせは僥倖であったといえましょう」
「?」
「では、プレクトくん。岩石龍の死体はどうなっていますかな?」
相も変わらず飄々とした様子でプレクトに質問が飛び、その有無を確認するべく円柱に削られた赤の魔石を手に取って覗き込む。
召喚魔石の機能は魔物を中に封じ込めておくだけではない。召喚した魔物の視界を覗き込む事ができ、死体になっても腐り土にかえるまでその力は永続するのだ。
「…大丈夫です。岩石龍の胴体とハリガン砦の正門が見えるだけで、その場から動いていません。あいつら、こっちには手を出していないようです」
「それは尚更に僥倖です。今から運び屋部門の者を送りますので、プレクトくんは荷物をまとめて岩石龍の死体の元へ戻っておいてください」




