第一章 17 【二つの月の下で語らう】
冒険者の仕事は郊外への遠征、野戦が殆どである。その為、飯盒などの野営でよく使用する備品において妥協は存在せず、少し背伸びして持ち金よりも高いモノを買うのは通例だ。
今回、“白銀”と“イータイルト”に討伐の依頼をしたロブコフ・バウロス氏が用意したのは、その例に見合った品が一点。
「こっちの設置は終わったぞー!」
「ワシの方も終わったわいレナード。では、立てるか」
商業都市及び商業国発のテント『どこでも野営くん』。クムシュスの分厚い皮と食人虫フルブガの長い手足の甲殻を骨組に用いたテントで、大きさは四~十五人用と狭く広く設置できるのが特徴。
雨風や火にも強く、魔物の強襲にも耐えうることが可能なとにかく頑丈なテントだ。
「「せーの!!」」
ただ、頑丈過ぎる故に結構な重量という唯一の欠点がある。例えば、強化魔法を付与した男二人が持ち上げるのが丁度良い位に。
「で、でも本当にいいのですか?」
「もちろん。冒険者チーム二組での仕事の報酬は半分ずつという決まりですからね―――――あの大量のクムシュスとグシュスの件はある意味こちらの責任でもありますし、今回は迷惑料として受け取ってください」
変わり、こちらは少し離れてランタンの灯を頼りに“白銀”“イータイルト”のリーダー二人による突発的な討伐の配分の相談だ。
仕事の報酬の受け取り方として基本的に半分の山分けで、三組などの奇数の場合は残った一割を組合に寄付する手筈となっている。
これは冒険者同士が報酬について揉め事を起こさない為の決まりで、もちろん働きによっては双方合意の元、示談での取り決めは可能だ。野営の準備も手伝わずに相談しているのは、冒険者同士の鉄則として双方のわだかまりを避けるよう報酬の配分の相談は早々にする事となっている。
今回の仕事、討伐数こそ白銀が多いものの示談によって五分の山分けとなったのは、ローの予想した通り火煉達があの川辺に周囲のグシュスらを追い込んだからだ。
結果、全て斃して事は済んだが、あのようなマッチポンプで報酬を受け取るのはいかがなものかとローは思い、半々という結論に至ったのだ。
加えて言えば、そこまでの労力でもなかったので五割以上の受け取りを拒否したのである。
「……やっぱり私達は四割…いえ、三割でお願いします」
討伐の証であるクムシュスとグシュスの乾かした歯、厚手のなめした皮、山盛りとなったソレの三割分をクインツはかき集めて専用の袋にしまう。
「え…?! な、何故でしょう…?」
イータイルトに断る理由は無いとローは思っていたので、こうも真っ向から妥協されてしまっては動揺に聞く他にない。
「……実は、お願いがあるのです」
「お願いですか…?」
「ええ。剣の稽古をハイルさんにお願いしたいのです」
「なん、です、と………?!」
斜め四十五度からの突拍子もないお願いに、ついロー・ハイル・ヘルシャフトは十川四朗に原点回帰。
剣道なんてやったこともなく社会人になってからも、しいて言える運動はジョギングと通信エアロビくらいの十川四朗。彼から見れば、クインツやレナードの方が十二分に剣を扱えていて、こちらはただ力任せに剣を振るう素人。
この身体の設定で上手くは動けているものの、教えるとなれば逆の話。
(………いや、いいかもしれないな)
だからこそ、十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトは逆に考えた。
素人、ド素人の自分が他人に自分の剣術を教えるという段階を踏めば、この設定だけで動いている身体を更に上手く扱えるのではないかと。
「………分かりました。いいでしょう、こんな素人刃でよければお教えしますよ――――で、鍛錬は何時ぐらいに?」
「パジフ・マカラサヌ討伐後はどうでしょう? 根城も特定できてますし、それほど時間は掛かりませんでしょうから」
「交渉成立、ですね」
「はぁーい。皆さーん、ゴハンが出来ましたよー」
双方納得のいく落としどころを付ければ、見計らったように薬師の彼女から夕食の完成を知らされて。
皆は集まり、取り皿回し、ぐつぐつ煮える鍋を囲んだ。
「て、また薬膳鍋かよ!」
「またとか言わないレナードさん。依頼主が荷馬車に積んでおいた糧食も入れてますので、豪華ですのよ?」
「そうそう、リクスさんが腕を振るって作ってくれてるんだ。ありがたいと思え」
「ああ、四天の主よ。今日の恵みに感謝いたします。―――アミン」
「いっただっきまーす!!」
文句をつけるレナードを諫めるクインツとリクス、いつもの事ながらと神に感謝して食事にありつくガウス。同じ理由でお構いなしに元気よく、口論無視してメアリーはがっつく。
「いただきます」
多人数での食事とはこうも賑やかなものだったのかと、ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗はその光景を微笑ましく思いながらフィリアナ達と共に合掌。
「あ、美味しい…」
スプーンで掬い口元に運べば、フィリアナの言葉には同意も同意だ。
薬草を数種類と雑多な糧食を煮込んだ薄緑のスープは、こってりとした甘みがあって青臭さを感じないので食べやすく。糧食の干し肉やピーナッツのような木の実が食感のアクセントとして効いていて、塩加減も丁度良いので胃にも優しく腹にも残る。
「確かに、美味いな」
つまり、冒険者稼業に最適な食事――――頬がほころぶほど、大変に美味であった。
「うむ。まっこと“ボーノ”であるのじゃ!」
「憶えてたのニーナちゃん?!」
「“ボーノ”てなに? ニーナちゃん」
「むっふっふー、“ボーノ”というのはじゃな…――――」
「ニーナサン。ステイ」
メアリーを最初に新たなる流行語をいち早く広めんとするニーナをローは素早く静止させる。そうして、食事の肴に上がるのは今日の討伐についてであった。
「しっかし、なんであんなにアイツら湧いてたんだろうな? 住処の処理も前に済ませたのによ」
レナードが口にするのは、討伐の証をもぎ取ってから焼却処理を済ませたあの怪物の軍団だ。
イータイルトにとっても白銀にとっても不思議な事この上ないグシュス、クムシュスの群れ。彼の疑問に呼応するようにして答えたのは、鍋の二杯目をリクスによそって貰っている火煉であった。
「…多分だが、パジフ・マカラサヌが砦に住み着いたのが影響してるんじゃねーか?」
「え、そうなの? カレンちゃん」
「いや、テキトー言ったわ」
「なんじゃそりゃ………――――ま、言うて? オレもその線は考えてたけどな」
鍋の底が尽きた事でいち早く食事を終えたレナードは、寝っ転がって小休憩。
「ほう。レナード、お前がそんな風に考えてたのは意外だな」
「ガウスの旦那、オレを何だと思ってんだよ?」
「………女の子のお尻を常に追っかけてる人、ですかねぇ」
「リクスに聞いてねーよ。…あと、ごちそーさん」
「お粗末さまですぅ」
「それで、優男よ。その線とは一体なんじゃ?」
ニーナがズレにずれた話題を戻すと、欠伸をかみ殺したレナードは体を起こしてその有無を述べ始める。
「いや、知っての通りだがクムシュスは同じ顔以外を同族として見るオツムがない。グシュスさえもな。だが、時としてグシュスを支配下に置き自分の身を守る先兵みたく操る場合がある―――――その“時”つーのはつまり、だ。アイツらは住処を追われて徒党を組みながら川を上ったんじゃないかって事さ」
魔物の生態を鑑みたレナードの推理には冒険者として十二分に納得のできる根拠があり、ウンウンと全員が頷いた。
「まぁ? どんな強敵にせよ、ハイルさんに敵うヤツは居ないだろうけどな」
「……そんな、買いかぶり過ぎですよ」
だからといって。グシュスとクムシュスの大軍を追っ払えるヤツが相手であろうと、問題にはならないと話の視線はローへと振られる。
「んにしても、あの光景は凄かったな~。ザッシュザッシュとバターみたいにアイツらを切っていく様よ。凄いの一言じゃあ片付けらんねぇぜ…―――――あー、というわけでハイルさん。今度、剣の指南をお願いしたいんだけど、いいかい?」
「喜べレナード、その件についてはもう話し合って決めている。ね、ハイルさん?」
「ええ。討伐後に軽く身体を動かしましょう」
冗談交じりの提案がもう可決済みだったことにレナードは喜びを隠せず、憧れの有名人を前にした子供の様に立ち上がってガッツポーズ。
「ヨッシャ! となると、明日が楽しみだぜ」
「喜ぶのはよいが、仕事をこなすのが先だぞ?」
「わぁってるって。ガウスの旦那」
楽しく眩しい冒険者の夜は更けていく。
●
「クインツさん。交代の時間です」
冒険者は野営が基本である為に、夜間の見回りも日常となっている。
今回はローが魔物の大群を討伐したので安全が確保できている為、周辺を警備するのは一人。二時間ごと交代で外れくじを引いた者が周辺の警戒に務める。
その外れを引いたのは、レナード、火煉、クインツ、ロー。奇しくもこの川辺に来た時と同じ編成だ。
「ああ、もうそんな時間ですか」
異世界らしく二つの月に照らされて。
『どこでも野営くん』唯一の弱点、出入り口より少し離れた地べたの篝火。テントからやって来たローの呼び声にクインツは振り向く。
「クインツさんも休んでください。明日は早いですからね」
「はい……―――――と、言いたい所ですがちょっと話しませんか?」
「別に構いませんが、よろしいので?」
「あと二時間ぐらい問題ないですよ。あ、よかったらどうぞ」
「どうも」
篝火で沸かしていたであろう鉄のコップに入った紅茶を受け取り、一杯とあおる。
設定上この肉体は睡眠も不要ではあるが、こういった嗜好品は気持ち自体を切り替えるのにありがたく、それにリュール芋の葉を使った紅茶は美味しいので話の肴にはもってこいだ。
「それで話とは?」
「………あー、そのですね。これは別に興味本位で聞きたいから聞く…訳じゃないんですけど、気分を悪くされたら申し訳ございません」
クインツは本当に申し訳なさそうな顔をして、謝罪を含めた精一杯の前説を述べた後に本題へと入った。
「その…何故、“様”付けで呼ばれてるんでしょうか?」
「………」
これは実に困った質問だと、ローは黙ってゆらゆら揺れる火に視線を落とす。
今の今まで“様”呼びが自然に定着していた故に気付かなかった不自然。クインツの言葉で十川四朗に返れば、疑問視されているのは納得がいった。
(この世界に来てからずっとああやって“様”付けで呼んでるし、呼び方も強要してるわけじゃないしな………)
ただ、“ロー様”と呼んでいるのは彼女達の意志で、主として慕われていることは分かるがそれ以外の理由は不明。
書き連ねた設定にあった様な気もするが、役割を演じている自分自身からすれば弊害もないので如何せんピンと来ないのである。
「えーと………冒険者になる者というのは大なり小なり、人には言いづらい様々な事情を抱えています。無論、私達もです。そして、他のチームの事情に踏み入るのはご法度もご法度…」
質問に応じず固まった話し相手を見かねたクインツは、自らの事情をそこはかとなく開示して疑問をぶつけた意図を喋る。
「ですので、今後の関係の為にも私はその事実確認を行いたいだけです。何か事情があるなら、ただ頷いて貰えればこれ以上私は何も聞きません。私の方から仲間たちにそれとなく伝えておきますので…――――――」
「――――まあ、“敬意”かな」
特に意味もないが頷くのは少し違うぞと、悩むローの助け舟に現れたのは、彼の持っていたリュール芋の葉の紅茶を奪い取って一杯とあおる獄炎火煉その人であった。
「敬意、ですか…?」
「そ。良い道具、良い人、良い武器とか。良いモノには敬意を払えってな。敬意を払ったならそいつはそれ相応に答えてくれる――――親父の言葉…いや、どっちかって言ったら指針か」
ローと同じ性質の肉体が故か、眠気を感じさせない火煉は二人の対面に腰を落とし、胡坐をかいて肩をすくめた。
「まあ、家で鉄を打ってる時に? いきなり現れて出会い頭に『ロー様と呼ぶがいい!!』なんて言われたのが始まりなんだがな」
「そ、そうなんですか………何というか、大胆ですね」
「ええ、まあ。色々と小さい頃はやんちゃしてましたから………」
全く記憶にございません。とは、ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗の口からは言えず。
これ以上のあるない不明の記憶をほじくり返されるのは自身にとって何かと都合が悪いので、急いで止めようとするがもう遅い。
会話は弾み、火煉はローの出自をかいつまんで高説する。
「帝国の、皇帝なのですか…?」
「あー、いや。ここのエル・ダ・ルルエド帝国じゃあないぜ? こっからすげー…えーと……そう!! 東にある帝国の元皇帝がロー様なのさ」
「東…ですか。ちなみにその国は今現在どうなってるんでしょうか?」
「………さあな」
流石に全て喋るのは火煉も気が引けたのか、適当なところで話題の波を引かせて今度は逆に質問をぶつけた。
「で、さ。聞きたいんだけど、チーム名のイータイルトって何? 聞いた事ねぇ単語だから、前から気になってたんだよなー」
“イータイルト”なんて言葉は聞いた事の無い単語でゲームでも前の世界でも同様に、だ。
この世界の聞くまでもない常識ならば今ここで知っておくべきと、これには追及を避けるべく、だんまりを決め込んでいたローも聞き耳を立てる。
「…“赤神の神話”はご存知でしょうか?」
「いや、知らん。ロー様は?」
「同じく」
火煉とローに配慮してかクインツが話し始めたのは、この土地に長く語り継がれている四天教の信仰の基盤ともなっている神話だった。
「神は悪神を倒すべく、人々に十七の道具…ウェポンを授けたのです。―――因みに、王国にはその神具があるようですが、実際に公の場で見た事はないので眉唾な噂話の域を出ませんがね」
赤き善き神、四人の熾天使、三人の者、黒き悪の神。そして、“イータ”もしくは“イータイルト”とは、その神話内で神が人に授けたとされる十七の道具が七つ目、神剣である。
「十七の神造兵器“ウェポン”か――――…神の座に死ぬまで噛り付いたアイツら顛末としては、面白いぐらいに言い得て妙だな』
要するに、クインツ達のチーム名の原点とはその神話からのようだ。
現代までも語り継がれているその話、聞く限りだとウェポンと呼ばれた神具は王国が管理しているらしいものの、本当の所は定かではない様子。
――――公の場では。
「おい、ロー様。なぁにクインツの話を笑ってんだよ?」
「………え?」
気が付けば、きょとんとした表情ながら突き刺さる様な視線が二つ。
何も喋ってはいないのに若干不貞腐れている様な二人の視線は少々痛く、火煉の言葉も少々意味不明瞭。
「笑ってた? ホントに?」
不明瞭を明瞭にしたく口を開くも、火煉はご立腹で頷いて不満げに腕を組む。
「ああ。なんか、ブツブツ言いながらな。――――…ったく、そういうトコでアンタは無神経だよな」
こちらとしては全く記憶にない。しかし、クインツの苦い笑みからして、どうやら知らず知らずの内に失礼な事を口に出していたらしい。
「すまないクインツさん。初めて聞いた神話だったので考えに耽ってしまい、つい口がほころんだのかもしれない」
「ハハ、お気になさらず。私は無神論者ですし、ハイルさんを含めた“白銀”の皆さんは何かとこちらの事情に疎い様子。仕方ないですよ」
「…その寛容さに感謝を。それと――――」
「分かってますよ。今回の話の内容は他言無用………冒険者の規律に従いましてね」
●
「よーしよし。首尾は上々、計画に抜かりはなし、と」
星々がきらめく夜の空、砦の壁面は月に照らされて廃墟らしく時間に置き去りにされたようなカビた臭いを漂わせている。
男はひし形に加工された赤に輝く魔石を天に掲げて眺めながら、その廃墟の窓から自身の完璧な初仕事の計画っぷりを呟く。
「金剛月華会に入って初の大仕事、魔獣・魔物育成。先輩に方法を聞いた時は半信半疑だったが、オマエの落ち着いた姿を視りゃ、一目同然だな」
彼は魔石越しに下の大広間に眠る元夜行性の魔物に語り掛ける。
同様の個体よりも特異な全長八メートルの紫の触手、瞑る目玉の群は眠る姿と相まってさながら地中から逆さに生えた葡萄のように。当然、“パジフ・マカラサヌ”は眠っているので返事はしない。
「商人が冒険者を雇い、オレのマカラサヌが雑魚冒険者と戦って、喰らい、成長する…―――――んんー、何ともサイコーで完璧な計画。これなら足もつかないし、ヤバくなったら撤退すればいい」
彼の名はプレクト・ビレッジ。
アグルス・モーガンの後輩で現在はパジフ・マカラサヌの育成に励んでいる金剛月華会所属、テリュール王国出身の人間だ。
組織に所属してから初の大仕事、失敗は勿論のこと許されず。
張り切る彼は先輩のアドバイスの元、強い冒険者がもっとも少ないコルコタでこちら側の商人を雇って計画を実行に移した。
低位の冒険者の価値は低いので、そう長い間は問題にならないのは確か。そして、後数時間もすれば育成対象の黒星を上げることができるだろう。
「ただ、餌の反応が消えたは気になるが………」
もはや光を放つ事の無い青色の魔石を左手に彼は呟く。
それは、パジフ・マカラサヌの餌用にと川に放逐していたグシュスやクムシュスを制御する魔石。しかし、魔物使役用の魔石は故障すると聞いた事がある。
(ま、あの量を捌く冒険者がここらをうろつく訳もないし、大丈夫だろう)
なので、それほど問題視はせず。
彼は気持ちを切り替える。
「さてと。バウロスの話じゃ、昼ぐらいに来るだろうからさっさと飯食って寝るか!」
プレクトは魔石を鞄にしまい、代わりにと夕食である干し肉を取り出して口に入れた。
「あー、不味。内勤の先輩はズルいよなー………今頃、コルコタで良いモン食ってんだろうなー」
まるで木片のような肉を頬張れば、おのずと喉が渇いてくる。
もう一度と鞄に手を突っ込んで水筒を取り出そうとするも、手元に現れたのは円柱に削られた赤く光る魔石だった。
「非常用って先輩に渡されたけど………ま、召喚用の魔石なんて今回は使わないでしょ」
魔物が封じられたソレをしまって、望んだ水筒を手に取り一杯と彼は水をあおる。
一食分食べ終わって寝袋をてきぱきと床に広げ、明日の成功を祈りながらプレクトは眠った。




