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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
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第一章 16 【冒険者としての生活】3

 商業都市コルコタを出発しておおよそ十時間、陽は落ちて月明かりの目立つ夜。

 冒険者が二組“白銀”と“イータイルト”の一行は特に何事も無く進み、目的地であるハリガン砦跡地に続く森の手前へと到着した。


「ハイルさん」


 今回は幸いにもガウスが馬を御しているので関係ないのだが、十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトは現代人なので当然馬を操るのは素人いや、それ以下だ。そして、ロー・ハイル・ヘルシャフトの面子を守るべく、素人以下の御者の姿を見せるのはいただけない。

 馬は苦手だと。若干含みを持たせてその有無を説明し、せめてもの働きとしてローは出ずっぱりに。“白銀”と“イータイルト”の面子が代わる替わる荷馬車を囲む形で辺りを警戒しつつ交代しながら、ここまでやって来た今現在。

 ガウスが馬を止めての休憩中、声を掛けて来たのはイータイルトのリーダー、クインツ・アーケロイである。


「どうしました?」


 火煉、レナード、クインツ、ローの四人で警戒の陣形を組んでいた最中にも関わらずこちらに来たのは、リーダーとして何かの相談事だろうとローは推測。


「目的地はこの先にあるのですが、この森を抜けるとしても五時間は優に掛かります。ですので、今日は大事を取って野営をしようかと思うのですが、よろしいでしょうか?」


 推測は当たり、クインツの判断は断る理由も無い正論で正解だ。

 マカラサヌ種は全身が眼球で出来ている為、光には弱く基本的には夜行性の魔物。なので、真昼間に戦いを挑むのが賢明。


「全然構いませんよ」


 なら、提案に乗ったこちらの残る疑問は野営の場所に見当が付いているかどうかである。


「―――それで、野営する場所の目途は立ってるんですか?」


「もちろんです。ここから南に川がありますので、今日はそこの川辺で野営としましょう」


 クインツが腰の雑嚢から地図を取り出し広げて指をさすと、そこには青い丸で印された川の記号。


「詳しいですね。前に来たことが?」


「他の依頼で前に来たことがあるんですよ――――――…確かその時は、大量発生した()()()()の討伐で来たんですよ」


「グシュス………あー、あの半魚人ですか」


 “グシュス”とは【ブレイスラル・ファンタズム】でも確認できた魔物で、生息地は主に淡水の浅瀬から湖畔。水を飲みに来た者を水中に引きずり込むという設定を持つ水辺に住まう文字通りの雑魚魔物(モンスター)だ。

 見た目は人型、二足歩行で一・五メートル程度の身長。肌は死んだ魚の様に青くヌメヌメとして目は昆虫のような赤い複眼、手足には水掻きと鋭い爪、口には獲物を逃がさない返しのある牙。大きな特徴として、カサゴのような毒のある背びれを持っている。


「半魚人つーよりは、カシシバネだぜありゃ。水場限定的な?」


 クインツの肩にいつものように肘をついて、リーダー二人の会議に入ってきたのは()()()()で軽い男、レナード・アンダーソンだった。


生きた屍(カシシバネ)ですか…?」


「そそ。生きた屍(カシシバネ)よろしくアイツらのゲロ攻撃の臭いは当たったが最後、一日たっても落ちない悪臭が身体に纏わりつくのさ」


「丸薬も喉を通らない悪臭だったな。あの日は、大枚はたいて『ヨゴレオチール』を買いに行ったのは懐かしい思い出だッ」


「痛いッ?!」


 調子よく話していたレナードの脇腹に、馬車の警護という仕事をサボってきた制裁としてクインツの左エルボーが飛ぶ。


「イテテ…もうちょっと優しくしろよな―――――で、どうすんのさ? まさか…」


 肘打ち(エルボー)を受けたレナードは脇腹を擦りつつ、その予想を浮かべる顔は段々と苦くなる。


「そのまさかだレナード。討伐したしもういないと思うが、一応警戒はして行くぞ――――ガウスさんも聞いてましたね」


「うぬ。」

 

 馬を休ませていたガウスも深々と頷いて。

 一行はハリガン砦跡地へと続く森をなぞるように南下して三十分後。


「待った。こりゃ、いるぞ………」


 レナード・アンダーソンの耳が()()()を拾い上げて、馬車に止まれと右手を挙げて停止させる。

 それから彼は視界を確保するべく八メートル左の草の中に忍び足で位置に着くと、しゃがんで太もものポケットから望遠鏡を取り出し、覗き込む。


「どうだった?」


 リーダーの問いかけに、七十メートル先の川辺を望むレナード・アンダーソンは魔物を数えて軽くうなだれた。


「……はぁ。クインツが話題に上げたから()()()()居るんじゃねーのか?」


「で、数は?」


「見える限りで十八。それと川の音からして水中に潜んでるのがちらほら居るな………ま、総数は三十辺りだろうぜ」


「…グシュスが出たのですか?」


「あ、ハイルさん。その通りですよ」


 レナードの完璧な見当に感心しつつ、ローは二人の会話に口を挟む。

 真っ先に勘付いていたニーナの助言に従い、<生体探知>と<鷹の目(グリアフス)>を併用した索敵を行っていたのでグシュスの総数は分かっていた。

 その有無を言わなかったのは、単純に怪しまれないようにする為と彼等の実力に興味があったからだ。

 結果、自分達とは違ってスキルも何も使っていない彼が音だけでここまで正確な数を把握できるのは、流石は経験を積んだ冒険者といった所か。


「…まさかと思いますけど、前に来た時に巣は破壊しなかったのですか?」


 まことその手腕に感服である。しかし責める訳ではないが、グシュスについての対策を怠ったのかどうか、魔物(グシュス)の生態を既知である者として聞いておかねば気が済まない。


「いやいや、オレらの仕事は完ペキだったぜ」


 レナードは白銀のリーダーの問いかけに首を振った。


「巣はちゃんと爆破して埋めたし、グシュスの嫌う臭いの爆弾だったから巣は早々に作らないはずだぜ。クインツと二人係でやったんだ。間違いねぇさ」


 水辺に生息する“グシュス”は外敵が来ないよう近場の岩陰に唾液や糞で石を固めてカタツムリの殻ような巣を作り、その入り口は彼等にしか入れぬように浸水させる。

 その巣を作ったグシュスの群れが全滅した場合、巣が残っていたなら他のモノがすぐに住み着き始める。または、生き残った個体がすぐさまに根城として繁殖するのがゲームでの彼等の設定。そして、レナードの言葉からこの世界でもグシュスの生態はゲームと同様であろう。

 つまるところ、巣の破壊は済ませてあるがグシュスが住み着いた理由は不明。だが、追い払った魔物が戻ってきたのならソレを放っておく選択肢はない。


「そうですか。しかし、どちらにせよヤツらを倒しておかないと一帯での野営は危険でしょうね………どうします? クインツさん」


 白銀のリーダーに問われた彼は少しばかり押し黙り、理的に言葉を並べる。


「………開けた場所で野営をするのが冒険者の基本です。ここを立ち去るにしても一番近い野営場所までは五時間。あれだけの数ですから近隣の農村が討伐依頼を近い内に出すでしょうし、討伐すればそれなりのお金を稼げます。つまり…――――――」


「――――討伐する方針で?」


 クインツは真剣な面持ちで静かに頷き、レナードは深くため息から渋々と肩を落とて頷いた。


「レナード、皆を呼んできてくれ」


「…おう」


 呼ばれた顔ぶれは、クインツの考えを予想していたのか準備万端といった所で、ガウスに至っては聖歌天使の盾騎士(ドミニス・クォード)の持つ盾と同等の大盾を背負っている。


「編成は…そうだな。馬車の守りはリクスさん、お願いします」


「はぁい。いつものようにお香を焚いて魔物を寄せ付けないようにしますわぁ」


 そう言うと『薬師』リクス・トラシアは馬の手綱を引っ張って森へと誘導し、荷台に飛び乗ってすごすごと準備を始めた様子だ。


「それで、クインツさん。どういった風にグシュス達の討伐をするんですか?」


 異世界の実験的ではない魔物との戦闘及び討伐――――ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗は初経験であるからして、冒険者の戦い方を先達の彼等から学びたいからして。

 辺りを魔法で一掃…したいのは山々だが、それは慣れ親しんでいた過去(ゲーム)の話。

 単体に攻撃対象を絞る事も可能ではあるものの、全体へと被害を及ぼす魔法で一匹ずつ相手取るのは大変に非効率。一人で殲滅する事も十分に可能とは思えるも、それでは冒険者チームが二組いる旨味を十分に活かすことはできない。やるならば虎の子としてだ。

 今回は同業者という仲間がいる。

 彼等の作戦や連携を学べば、冒険者という職業の技術面や個々ではないチームでの強さを改めて成長させることができるであろう。


「方法は簡単です。先程話題に出たグシュスの巣の発見と破壊を……そうですね、あの数ですし三人で行いますか。―――――で、残りの人員は川辺のヤツらの撃退と討伐を…といった所でしょう」


「なら、提案があります」


「なんでしょうか?」


「ウチの火煉、フィリアナ、ニーナの三人を巣の発見と破壊に回しても構いませんか?」


 ゲームならグシュスのレベルは八~十五程度。対し、白銀の面子は全員が最高の百二十レベル。

 本来ならだれか一人を残して共に先達の戦いっぷりを学びたいところであるものの、とてもじゃないが手を抜いても一撃で倒してしまうのが関の山だ。

 ならば、三人を時間のかかる雑務に回し、“イータイルト”の四人と“白銀”の一人で連携を取り、リーダーとしてそのチームワークを学ぶ事が最優先だろうとローは提案を述べた。


「え、ええ。構わないですけど……いいんですか?」


「えっと……何をでしょうか?」


「あー、つまりだハイルさん。“イータイルト”と“白銀”で連携をするにはするが、自分のケツの御守りは自分でしろ、てこったよ」


 “イータイルト”はガウスの盾での引き付け、メアリーの後方支援、クインツとレナードによる迎撃とバランスの整っている良い陣形だ。

 そこにローが無理矢理に加わり、初めての連携。という事も踏まえ、流石にそこまでカバーの手が届かないのは当然も当然。

 先輩なりのレナードの忠告は大変にありがたいが、その点に関しては問題ないと首を縦に振る。


「大丈夫ですよ。自分、それなりに強いので」


「………強さを誇るのは良い事だ。それなりに期待しておくぞ、ハイル殿」


 自信満々の笑みを浮かべた彼を“イータイルト”四人はそれ以上引き留めず。ガウスおおらかな期待の一言を最後に作戦会議は終了し、ロー・ハイル・ヘルシャフトは仲間に指示を伝える。


「火煉、フィリアナ、ニーナ。周辺の『グシュスの巣の発見と破壊』―――任せるぞ」


「おう。任せときな………つーか、ロー様もヘマすんじゃねーぞ?」


 火煉はローの胸元を拳でストンと軽めに小突き、腕を組む。


「その言葉、そのままそっくり返してやる―――――ニーナ、フィリアナ、索敵と魔法で火煉の支援は頼んだぞ」


「はい」

「うむ。任せるのじゃ」

「ハッ、言ってろ」


 ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗は知らぬが、見かねた火煉が()()()軽口を叩いたおかげで彼の気負いはほぐされた―――後は事に臨むだけである。

 かくして、テリュール王国領土ハリガン砦跡地付近の川で魔物の討伐作戦が開始される。











 せせらぐ虫、穏やかに緩やかに流れる川、昼よりも明るく月が照らすは小石混じりの砂利の地面。本来であるならレジャーにピッタリなこの場所で生存と平穏を賭けた一戦が始まろうとしていた。


「三……二…一…」


 人でない魚のような青白い肌を月明かりにてかてかと光らせて、その赤い複眼は獲物を求め、彷徨う怪物はその川辺に沢山と影を落とす。

 そして、怪物を屠らんとする彼等。ヤツらの喉元に手が届く草むらに潜み、気を待って、待ち…ついに待つのを終えて駆け出す。


「…行くぞッ!」


 若き司令塔の号令の元に、月下へと身を晒したのは五人である。

 一人は、自らの巨躯を超える大盾と鎚矛を装備した老人。

 一人は、杖を持つ魔法使い(ウィザード)の少女。

 一人は、剣と盾を構えて吠える若き司令塔。

 一人は、双剣に投げナイフとクロスボウを携えた身のこなし軽やかな『盗賊(シーフ)』。

 そして最後は、両手に丸みの帯びた鋼鉄の手甲を装着した白銀の外套を纏う彼。


「<酸の雨(レイシアド)>っ!!」


 クインツの大声からの突然の奇襲はグシュスの判断を鈍らせ、怪物達は僅かながら狼狽える。そうして戦の第一声、魔法を放ったのは少女メアリー・マクベルだった。


『ギシャァァッァッッ?!!』


 <酸の雨(レイシアド)>とは、酸の雫を飛ばす第一階級魔法<飛翔酸(スプシアド)>の上位魔法で階級は第二級に値する。

 名の通り、効果の通り。敵の頭上に酸の液体を大量に構築し、酸の雨を降らして敵をものの見事に溶解させる魔法だ。


「よし。このまま押し切るぞ!!」


 奇襲からの魔法は功を奏し、見事にメアリーの魔法によって敵の数を半数に減らすことができた。


「おうっ!」

「分かったわ!!」


 <酸の雨(レイシアド)>の範囲外にいたグシュスは、自分達の仲間がドロドロに隣で溶ける様を見て、動揺を隠せない。しかも、ヤツらの司令塔は最初に溶かされて動けないでいた。

 その好機、逃さず。近接系の彼ら三人は突貫する。


「ふおォォッ!!」


 ガウス・ゴンゴルドが敵の注意を引きつつ大盾(タワーシールド)でグシュスの群れの爪や牙を防ぎ、鎚矛でヤツらを叩き潰す。


「せいッ」

「よっと!」


 クインツ・アーケロイは盾で弾いて斬り伏せ、レナード・アンダーソンはクロスボウを放った後に石を拾い上げ投石器(スリング)での投擲、着弾。


「<魔法の矢(マロウ)>!」


 斬り込む彼等の背中からはメアリー・マクベルの援護射撃。魔力で練られた青白い魔法の矢(マロウ)が飛ぶ完璧な布陣だ。


『シュグゲェエェェェェッッッ―――――!!!』


 順調に数を減らしていくも束の間。

 混乱状態から体勢を立て直した一匹が夜空に向かって金切り声を響かせた。


『―――――プギュッ…?!』


 その金切り声は援軍を呼ぶ“合図”、ヤツらの“癖”。

 ロー・ハイル・ヘルシャフトも彼等との連携を図り、鳴き声を響かせていた一匹の頭蓋を掌底で粉砕するが、もう遅い。


「クソッ! 川から上がって来るぞい!!」


 敵を叩き潰したガウスの視線の先、川よりぞろぞろゾロゾロと魔物の数は増え始めた。

 その数は陸に出ていたのを合わせて大よそ二十体前後だ。


「後退、集結! メアリーを中心に陣形はひし形!!」


 イータイルトのリーダーより仕切り直しの指示が飛び、アドリブながらも皆に続いてローも上手いこと陣に加わる。

 魔法使いを中心に少女の正面にはガウス、後方にはレナード。左右を任せられたのはローとクインツで、グシュスの一団はじりじりと距離を詰めてくる。


「<速度向上(ス・パリド)>、<筋力増加(マルグダト)>、<鉄肌付与(アイスクド)>…」


 続いてメアリーが発動させたのは第三級の強化付与魔法だった。

 素早さを上昇させ、力を一時的に高め、防御面の脆い手首の部分などを鉄のように固くさせる魔法。


「頼むわよ、みんなッ!!」


 <酸の雨(レイシアド)>は範囲攻撃である為、それなりの時間を有する。

 つまるところ、近接職四人に求められたのはこの状況を打開する魔法を発動させる為の時間稼ぎだ。


『シュグゲェエェェェェッッッ―――――!!!』

『ゲェエェェェェッッッ―――――!!!』

『シャガェェェェッッ――――!!!』


 突如としてまたぞろ揃って雄叫び始めたグシュスの群れ。


「な、なんだぁ?!」


「構わん!! 蹴散らしてしまえい!!」


 レナードを筆頭に他の味方も魔物の突然の奇行にたじろぐものの、手は止めない。

 投げナイフで眉間を穿ち、大盾を利用したタックルで敵陣を瓦解させ、クインツは魔法準備中のメアリーを守る形で周囲のグシュスの攻撃を右手の小盾(スモールシールド)で弾き、斬り伏せる。


(………凄い、凄いなこの身体。ヤマシタシルベの時で慣らしたと思ったけど、武器の使い方から立ち回りまで全て手に取るように理解できる。いや、失っていた経験を取り戻していると言った方がいいか…――)


 右手の手刀で敵の頭蓋を陥没させる。足払いでこかして喉元を踏みつける。心臓部に正拳突きを当てて絶命させる。足を踏み鳴らし、相手の懐に深く潜って右の掌底でカチ上げ(アッパーカット)

 およそ初陣とは言えない見事な立ち回りで討伐に貢献するローではあるが、その肉体と心中は穏やかそのもので、つい雑念を抱いてしまう。


(―――これも、近接最強クラス【武神兆雷】の力………いや、“自身は武芸百般”という()()()()()()なんだろうか…?)


 当然、手甲なんて武器を使った記憶は十川四朗に存在しない。格闘技の経験なんてありもしないただの普通の一般人。加えて言えば、スポーツマンでもないのが自分だ。

 なのに、ここまで身体を自然に動かせるとなると、心向くままに他の武器を試したいという感情(ワガママ)が芽生えるのは必至。

 しかし、今回は白銀のリーダーとして連携を学ぶのが最優先。一番貢献と連携のしやすい手甲を扱い、布陣を崩さずに自重する他無しだ。


(………それにしても遅いな。巣の破壊にどこまで行ってるんだか…)


 ある意味で暇な戦闘中に思い出すのは、そろそろ戻って来てもいい頃合いのフィリアナ、火煉、ニーナの三人の自信満々な顔ぶれだ。

 魔物の頭数からして巣は多くても三つぐらいだろう。そして、たった三つのグシュスの根城を破壊するのに彼女達はそれほど掛からないと確信がある。

 故の疑問。そこから連想ゲームの様に思い浮かべるのは、彼女達が何をしているかであった。


(……もしかして、グシュスの大群とか上位種が居てソレをこっちに追い込んでるとか? いやいや、流石にそんな――――――)


 瞬間、突如として。


「おい!! この音、やべぇぞッッ!!?」


 レナードの焦りを含んだ声と共に、大きく沢山の影が川に現れた。











()()()()()…だとッ?!」


 第三級冒険者チーム“イータイルト”のリーダー、クインツ・アーケロイは眼前の光景に目を見開く。

 黒と暗い青緑のまだら模様の肌に、背中上部に映えてあるのはグシュスであった名残の背びれ。赤い複眼は相変わらず、立っているのが不思議なぐらいぶよぶよとした肥満体型の魔物。

 グシュスの上位種、その名はクムシュス。

 鈍器や剣、酸などの毒系統の攻撃を通すのが難しい脂ぎった肉体を持ち、弱点は魔法や魔力の付与された武器だ。


「な、なぁ…クインツ。これ、ヤバくね?」

 

 ゲームでのレベルは二十前後。時としてマカラサヌ種の最上位を十二分に倒せる実力を持った怪物。

 本来であれば、その強さから群れを組む必要がなく、一匹なら対処は容易。イータイルトも何度か討伐したことのある水棲の魔物だ。


「あ、ああ…」


 レナードの言葉にクインツは力なく答えるしかなかった。

 一匹なら対処は容易、二匹なら対処は可能、三匹なら辛勝を収められるその存在―――――得てして川の中から現れたのは、クムシュスが五体…いや、七、八体と段々に上陸し始めている。

 おまけに数を減らされていたグシュスも同様、どこから現れたのか増える、増える…現在進行形で川辺を埋め尽くしているではないか。


「て、撤退だ! この数は鋼鉄プレート以上の冒険者じゃないと…―――」

 

 もうこれは勝てないとクインツは確信し、自身が殿に立って陣形の後退を促す。

 藪ならぬ川をつつけば対処不可能な大量の魔物が出てきてしまったのだから、この判断こそ最適といえよう。


「な、何をやっとるか?!!」


 ガウスの叱咤にも似た言葉の先、群れを成しているヤツらへと散歩をする様に悠々歩いていく彼の背があった。その歩みは優雅に見えるものの、ガウスを筆頭にイータイルトの彼等からすれば蛮勇そのもの。


「さっさと撤退するぞハイルさん! アンタの動きは凄いと思うが、この数にゃもう役に…――」


「大丈夫ですよ」


 こちらに振り向き、落ち着いた声で一言告げた“白銀”ロー・ハイル・ヘルシャフト。

 彼は線のように引かれた地面のへこみに指をさす。


「では、この線から出ない様に」


 手甲を装備していたはずのその手にはいつの間にか、剣みたいな()()が握られていた。


(あれは…剣なのか?)


 クインツが知っている“剣”とは、自身が使っている刃渡り五十センチの物や大きくても上半身と同等の長さの得物の事を示す。

 だが、それは剣であり剣でない大きさで―――――、


「来な。半分は森の肥やし、もう半分は魚の餌だ」


 それは、鉄の塊。

 それは、鉄の暴力。

 それは、鈍器のような長方形の一振り。

 “白銀”ロー・ハイル・ヘルシャフトはそう呼ぶに相応しい身の丈もあるソレを軽々と振るい、肩に担ぎ、殺意のこもった台詞を吐くと空いた左手で魔物の軍勢に向かって手招きをする。


『グオォォォォォッッッ――――――!!!』


 彼の挑発を理解したのかしていないのかは不明だが、一番奥に立つ群れの親玉は『襲え』の合図として雄叫ぶ。


『グァギャギャギャッッッ――――!!』


 号令を出されたことで初めに動くは、下位のグシュスが全匹。

 数はかぞえるのも面倒なくらい多く、百匹は越えているかもしれない。対し、彼は策も弄せず普通に歩いて距離を詰め、囲まれた。


『キュシャァァァッッッ!!』


 一匹の敵の腸を裂かんと爪や牙を鋭利に剥いた十匹のグシュスが飛びかかる―――――いや、かかっていたというべきだろう。

 四人揃ってその光景を見ていたのだから幻覚ではない事は確かだ。


「シィッ」

 

 担いだ剣を下段に持ち構え、横なぎ一閃に彼が“鉄の暴力”を振る。


「フゥー…」


 瞬きも許されないその刹那。腸を抉り出され、身体を真っ二つに分かたれて肉塊に成り果てたのは魔物が十匹。

 『神討(カミウチ)(マガツ)』を振るったロー・ハイル・ヘルシャフトは呼吸を整え、準備は万端。


『ギ、ギギ…』


 苦しむことなく絶命した仲間を見て、魔物共の申し訳ない程度の脳みそが恐怖を覚える。


『グオォォォォォッッッ――――――!!!』


 しかし、その恐怖を打ち消す重低音の雄叫びが、再び川辺に響いて残る。

 上位種の号令、眷属の凶暴化(バーサーク)。即ち、クムシュスの命令は絶対不可避でただの手足のグシュス共は強制的に従わされるのだ。


『ギャギャギャァァァァァッッ――――――!!』


 十の数で敵わぬのなら二十、二十で敵わぬのなら四十。と、ローを囲むは士気の戻ったグシュスの大軍勢。

 彼は真っ向からそれに容易く対処した。


「フッ」


 短い呼吸の後。剣を縦に振り下ろせば、切っ先には最初からそうだったかのように肉塊が真っ二つに。

 その隙を突いてグシュスは爪を振りかざすも剣の腹に腕を敷いてのタックルで、見るも無残に身体はひしゃげる。

 一匹を『(マガツ)』に突き刺しての突貫。そして、金槌となった得物は敵を叩き潰し、潰し、潰し、すり潰す。


『ギギャァァァァァッッッ――――!!』


 斬潰。

 恐怖を塗りつぶされた魔物ができるのは更なる突撃、物量でのごり押し。三百六十度からの鋭利に尖らせた爪や牙相手に突き立てるのみだ。


「フー…―――ッ!」


 万力の如く『神討(カミウチ)(マガツ)』をローは握りしめ、三百六十度の包囲網を風車のように斬って、斬ってかき回す。

 結果、物量のみの総突撃は新しい挽き肉を呆気なく辺りに散らばらせるのみ。

 一挙一動、その様は正しく“嵐”と言い表せよう。


「す、凄い…」


 クインツ達がただ見ているだけなのは、彼に全ての敵の視線(ヘイト)が向いているからで、彼と魔物の間に割って入っての援護なぞとてもではないが無理だからだ。

 その考えは仲間も同意で、イータイルトの四人はただ言葉を漏らすのが精一杯。


「ああ、ホント凄いな」

「…ハイルの自信、まっことに得心がいくわい」

「というか、あの人にかけた強化魔法は私のだけだよね? どうなってるの?」


 レナードは口を半開きに、ガウスはウンウンと頷いて、メアリーは訳が分からないとガウスの身体を揺さぶっている。


(でも、ただ凄いだけじゃない…)


 純正な剣士であるからしてクインツには、その凄さが異様なものだと理解できていた。

 

(足運び、剣の握り、立ち回り、一糸乱れぬ呼吸………全てが堂に入っている。まるで、今の今までずっと戦ってきたような百戦錬磨の剣術……!!)


 言葉にできぬような凄さ、獰猛さ、全てを彼は内包している。

 例えるならロー・ハイル・ヘルシャフトという人物の剣術は、恐るべき激闘の末に完成されたような御業。

 つまるところ、剣を振るう者が恋い焦がれる剣の高みだ。


「…ウォリス師団長よりも強いかも知れないな」


 つい漏らしてしまった言葉に三人の視線が痛いほどクインツに突き刺さる。しかし、目の前の光景を見ればその視線も反対意見も弱々しく鈍くなった。


「そいつは言い過ぎ…て言えんわな」

「そうだのう。剣士であるお前が言うのだから、可能性は十二分にあるわい」

「ま、クインツの言う通りかもね。私魔法使い(ウィザード)だけど、アレは凄いって思うもの」


 そうこうしている内に百匹以上いたグシュスは全て残骸となり、残るは上位種ウグゴスが二十体。


「手下は死んだ。さあ、どうする?」


 午後のお茶会に誘うかのように軽くローは問いかける。もちろん、答えは否定的に。


『グガァァァァァッッッ――――!!!』


 親玉以外のウグゴスが動き出す。さながら十九人の巨漢が濁流みたく。


「あ、危ない!?」


 現実離れした光景を見た後だが、あの数に囲まれればたとえ彼であろうと危険は必至。

 獲物を取り囲んだ巨体の魔物は安心して、余裕をもって巨腕を一挙に振り下ろした。


『グ、ギィ…?』


 しかし、ヤツらの攻撃は地面をひび割る程度で終わり獲物の姿は無く、唐突に消えた獲物を慌てて探し回る魔物共。


「う、上だぞ!!」


 ヤツらよりも先に彼を捉えたのは、イータイルトで一番身長の高いガウス・ゴンゴルド。

 声に指し示された場所をクインツ達は見上げ、つられて巨漢な魔物も上を見た。


「―――ッ!!」


 天の二つ月を背にした彼は見つかったのと同時、歯を食いしばって剣を構えると勢いよく落下。

 真下にはローに未だ気付いていないクムシュスがただ一匹。


「一つ!」


 鉄塊はその巨体が邪魔だと言わんばかりに、撫でるように真っ二つ。


「二つ!!」


 振り下ろされた鉄塊をローは力強く右に斬り上げ、なますに魔物は捌かれた。

 その顔は自身が死んだことも気付かぬうちに、疑問を浮かべながら地面へと沈んだ。


「三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つッ!!」


 クムシュスの股下に剣を添え、下から上に真っ二つのカチ上げ。その速度を殺さず前方の三匹に狙いを定めて縦方向に回転交えての引き裂き、残ったヤツには土手っ腹に突きを放ち絶命させる。


「逃がすかッ!!」


 流石に勝てないと踏んだのか。残る十二体のクムシュスは巨体を揺らしながら川の中へと踵を返す。

 一目散に逃げるという滑稽でありながら合理的な逃走術、しかも全身が筋肉である為に素早い。が、いとも容易く終わることになった。


『ギ…―――――』

 

 ブーメランの如く投げられた剣は逃げ惑うヤツらの腸を一撫でに引き裂き、ほぼ全滅させたところで地面へと突き刺さる。

 幸運か不運か、はたまた計算なのか。

 直感から地面に伏せていた親玉は彼の手元に剣が無いを確認した後、立ち上がって十歩先の川の中へと急いで走った。


『ギャギャギャギャッッ』


 あの“嵐”を生き残ったぞ。という実感が魔物に笑いを浮かばせる。それが、早合点だとも知らずに。


「火煉、殺していいぞ」


 確かに仲間に語り掛ける独り言ではない一言の後、彼女は現れた。


「あいよ!」


 空高く跳躍して現れたのは黒光りの額当てと赤毛が月明かりに照らされた彼女、獄炎火煉。

 クインツを初め、イータイルトの全員が持っているのを見た事が無い小ぶりな金槌を装備していた。

 燃え滾る炎を金槌の中心に描き、その輝く色合いの装飾は空を押し込んだかのような戦槌。一級工芸品と言われても差異は無いであろう石造りの片手で持てる一振り。

 彼女がソレを天に掲げて投げて落とせば。

 雷を放ち、炎を吐いて、冷気を宿し、土塊を従え、水を纏い、落下の速度を倍とさせて、最後に残った親玉に飛来、着弾。


『プキャッ………?!』


 一撃は地響きと炎と雷と水と冷気をもたらし、不意にきた力の本流にクインツたちはバランスを崩す。対して、脳天から戦槌をくらった親玉は不動の姿勢、立ったまま。

 それは当然も当然。頭…いや、身体の中心線が先の鉄槌で無くなったことを自覚しないままに消失しているのだから。

 

「上出来だ、火煉。二人も仕事は終わったんだよな?」


「はい、もちろんです。巣は全て焼き払いました」

「朝飯前なのじゃよ。妾のれーだーにも反応は無いのじゃよ」


 クムシュスに気を取られていたせいか、何時の間にか“白銀”の面子が勢揃いしている。そして、仕事もどうやら終わったようだ。


「クインツさん」


「は、はい!」


 あんな暴風雨のような出来事があったのにも関わらず、穏やかな彼の態度にはクインツも少しばかりたじろいでしまう。


「魔物も片付きましたし、次はどうしますか?」


 このまま気圧されるのも冒険者稼業の先輩として情けないと思い、クインツはわざとらしく咳払いをして立て直す。


「で…では、魔物の一部を切り取って討伐の証としましょう。そうすれば、討伐数と見合った報酬を貰えますので」


「はい。分かりました」


 “白銀”と“イータイルト”の初仕事。

 仕事の前菜にこそ過ぎないが、この出来事は冒険者チーム“白銀”の英雄譚―――その一節として後々に語られる事となる。

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