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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
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第一章 14 【冒険者としての生活】

 冒険者組合にて、二階の“三号室”と示された応接室では当事者をよそに話し合い………正直言って意地汚い大人二人の舌戦が対面で繰り広げられていた。


「これほどの業物をただのゴリブの上位種が装備していたというのですか?!! ふむ。実に疑わしい事この上ないですが、ハンナ君の証言と物証があるのです。信じない訳にはいかないでしょう………ねぇ、ルーデン魔法組合長殿?」


「いやはや、全くその通りですな。それにしても…何やらこの一振りは魔法が付与された一品、よろしければこちらで預からせて貰いたい――――いかがですかな、ウォルド冒険者組合長殿?」


 フェンシングの御前試合が如く、双方相対して右手をあのククリナイフに添えた状態で十五分。

 左手に見えるは丸めた頭、口を覆う鬚をこんもりと生やした冒険者組合コルコタ支部長、ウォルド・バーク。第一線を退いているものの、その古傷の多い太い指に腕と冒険者時代から衰えていない御仁である。


「いえいえ。未知の魔物の案件は我々の管轄にございますので、魔法組合の手を煩わせるわけにはまいりません。」


 右手に見えるのは左右を刈り上げた灰色交じりの金髪を後ろで結んだ魔法組合コルコタ支部長、ルーデン・ハルトス。冒険者組合長と同じく質の良い服(スーツ)を着ているが、彼のは左肩にマントや飾緒を付けた中世寄りの恰好で、曰く組合制服の差別化故だそうだ。


「いやいや、ウォルド。これだけ魔法付与がされた魔道具は私達の管轄であるぞ。――――それに、お前がラダクと私に()()で大惨敗したことを忘れたわけではないだろう?」


 二人とも顔こそ笑ってはいるが額に青筋を浮かべて一向に引かず、押さず、刀を布で固く巻いている為に危なくはなく、文字通り強気な姿勢で。

 元冒険者な二人、レア物には目が無い様子。ローからすれば一般販売が当たり前であった『ヨゴレオチール』等が高価な物らしいのだから、彼等の反応は相応なのだろう。


「………?! いつの話を持ち出すかオマエはッ。アレは大体―――――」

 

 しかして、愚痴とも言える舌戦はこのまま行けば三十分と続いても相応ではなく、また介入できる術も無いので三人は見守りに徹するのみであった。

 ハンナとローの証言をもとに仕事を終えた絵描きも帰ることままならないその気迫。

 その矛先は、遂にオチを見つけて部外者兼当事者へと向けられる。


「このまま言い合っても埒が明かん。ここは第三者に決めてもらうのが良いのではないか、冒険者組合長殿?」


「そうだな……――――という訳でハイル君。魔法組合と冒険者組合、どちらがこの証拠品を管理するのにふさわしいか、選びたまえ」


「え」


 青筋を立てた組合長二人による急すぎる命令。正直に「どちらでもよいのでは?」とは言えず。

 これにはつい口を開けて呆気に声を漏らしてしまうも、この場に来たロー・ハイル・ヘルシャフトは今後の異世界生活の為に持ち直し、木魚を三度と叩くぐらいの僅かな思案の後にオチを提示。


「やはり、冒険者組合が管理した方が適切なのではないでしょうか」


「その心は?!!」


 ものすごい剣幕でこちらを睨む魔法組合長。


「ええっと…商業都市に初めて来た際に、未知の魔物については入都料を後回しにするほど最優先事項と聞き及びました。それに人間ゴリブの一件は冒険者組合から情報共有されるようなので、こちらで管理しておいた方が何かと都合が良いのではないかと思った次第です」


「……決まりだな。手を離せ、ルーデン」


 たじろぐことなく、とりあえず間違ってはいない事を述べて。ついでに冒険者登録の手続きを円滑に運ぶ為、冒険者組合長の株も上げて。

 ともすれば、決着。

 フェンシングの姿勢から冒険者組合コルコタ支部長ウォルド・バークが、業物一刀をその腕力で獲得した。


「……くぅ、覚えていろよウォルド」


 まるで安っぽい悪役の台詞を吐いた後、魔法組合コルコタ支部長ルーデン・ハルトスは絵描きを連れて部屋からそそくさと退出し、勝ち誇った当人はウキウキでククリナイフを机に置きなおす。


「感謝しますよハイル君。アイツのあんな顔が見れたのは久しぶりですからね」


「それは………まあ、どうも」


 そんな事を感謝されても、と思いつつ。

 赤い革張りのソファにどっしりと腰を落としたウォルドに肩をすくめてローは会釈。


「カンベルトさんから話は聞いています。冒険者になりたいのですよね?」


 先程の意地汚い大人は嘘の様に消えて、そこに居たのは組合長然とした態度の御仁であった。


「はい」


 いきなりの面接開始に心が動揺していないのは、この身体の設定が故か。

 唐突ながらもどっしりとした心構えでローは応じる。


「給料に見合わない危険な仕事が多く、依頼内容も雑多ですがよろしいのですか?」


「問題ありません」


「底辺から上位の冒険者まで遠征や冒険者祭という行事への参加は絶対です。満足に休める日は少なくなるでしょうけど、それでも構わないので?」


「はい。しっかりと務めさせていただきます」


「……分かりました。カンベルトさんの推薦もある事ですし、そこまで言うのならこちらも頷きましょう」


 そう言うとウォルド組合長は、ソファの後ろに置いてあったであろう分厚い木で挟まれた一冊の帳簿を取り出し、その中から一枚の紙を抜いて机の上に置いた。


「身元不明の人であれば、商業都市及び商業国で三年間の奉仕活動または五十万ルティの寄付をする事によって商業都市で役職に就く権利を得ることができます。しかし、今回は第六級冒険者であるルイ・カンベルトさんとケイナ・カンベルトさんの推薦手続きを終えていますので、書類一枚のみで雇用契約となります」


「へぇ、そんな制約があるんですね」


「ええ。ですが、長年商業都市に務めている中堅冒険者からの紹介となれば、その制約も無視できるのですよ。さしずめ中堅冒険者の特権といった所ですね――――――二人の期待を裏切らない様にお願いしますよ」


「勿論です」


 机に置かれた書類に目を通すも、やはり異世界語なので未だ分からず。


「あー…ウォルド組合長。実はですね――――」


「大丈夫ですよ。お気になさらず」


 その有無を述べようとすれば、カンベルト夫妻から聞き及んでいるとの事。


「無礼とは思いますが、カンベルトさんから貴方達の事情は聞き及んでいますので。……もちろん、角の生えた彼女の事も」


「……いつお話に?」


「推薦手続きの時ですよ。ルイさん、ケイナさんに大方の事情を熱弁されたのでここにいる次第です」


「…では、“双角の魔人”に似た者が仲間である我々を信用してくださっていると?」


「今のところは、“はい”と言っておきましょう。角を隠しているのなら商業都市でご自由にしてくださって構いません。それと、火煉さんについての情報は都市長、魔法組合長と私の方で情報を共有しているので、あの額当てについてとやかく言われる事は無いでしょう」


「そうですか、ありがとうございます」


 ならば良し、とウォルドは頷いて円滑に進める為ハンナへと書類を読むように催促する。


「ローさん、見せてください」


「任せた」


 隣に座っている少女へと不甲斐なさを浮かべつつで書類を見せて、彼女に読み聞かされたのは冒険者という職業に就いての禁止事項だった。


(なるほど。自由な職業かと思ったら、そこら辺の規則は案外キッチリと縛ってるんだな)


 一つ、新たな遺跡等を発見した場合は速やかに最寄りの組合に報告する事。

 一つ、依頼のすり替えは原則禁止。発覚の際には速やかに罰則が下される。

 一つ、未知の遺跡での入手品や魔物討伐時の素材は報告の義務があり、依頼者ないしは組合との示談や契約で取引となる。

 一つ、依頼による入手品を着服してはならない。

 一つ、商業都市主催の行事にはやむを得ぬ事情が無い限り、絶対参加である。

 一つ、冒険者の武力介入は一部を除いて厳禁である。

 最後に、規則を五度以上破った場合は三十万ルティの支払いか退職処置の罰則を受けることになる。

 

 以上の事柄が冒険者にとっての禁止事項で、ハンナに尋ねればコレは大まかに噛み砕いた規則だそうだ。


「あとで規則原本の写しをお渡しいたしますが、今の時点で何か質問はありますかな?」


「………冒険者の武力介入、とは?」


 他の項目についてはまあまあと現代人の脳でも理解が及ぶ。ただ、この妥協案なのではと思える項目だけは疑問が募る。


「それは“冒険者を戦争に駆り出さない”という規約ですよ」


「戦争ですか? こんなにも平和なのに?」


 プカド村、商業都市コルコタ。見た限り平和そのもので、戦争とは程遠い。

 カンベルト夫妻からもそんな話は聞いていないので疑問に首を傾げるも、ソレは例え話だとウォルドは一蹴。


「冒険者はピンからキリまで様々な分野に秀でた人間がいます。魔法に長けた者、剣の扱いに秀でた者、斥候を得意とする者などなど………――――そうですね。例えば、暴徒鎮圧に国という依頼主は冒険者への依頼として、彼等の能力を行使しても構いません。ですが、冒険者は中立な職務ですので政治的な思惑の絡んだ“戦争”という依頼を受ける事は出来ないのです」


「…要は、王国民と言えど冒険者であれば従軍命令を拒否できるという事でしょうか?」


「ええ、そういう事です。まあ、自国が滅びそうな時や人として見過ごせない瞬間を見た際などは冒険者の個人的武力介入を我々は黙認しますがね。もちろん、これもたとえ話ですよ?」


 ハハハ、と彼は肩をすくめて冗談っぽく笑って見せるも前例があったのであろうか、その目全く笑っておらず。

 これ以上何か聞くのはある意味怖いので、書類に視線を戻して残りの項目を確認する。


「最後のこの白枠は?」


「これは冒険者が今後呼ばれる事となる団体名の記入欄と契約同意の血判用の枠ですよ」


「“団体チーム名”か………」


 団体名と言われて唸るしかなかったのは、全くもって考えていなかったから…ではなく、正確にはそんな考えは雑念もろとも彼方へと飛んで行ったからである。

 社長二人との会談という重要案件と思っていた為に、どうすれば良い印象を残せるのか思案をしていた。しかし、実戦に舌戦へと望めば、ドン引くようなコレクター二人による漫談が繰り広げられて今に至るのだから。


「ハンナ君、何かいい案はあるかい?」 


 さもありなん。ここは、両親が冒険者でこの町の先達とも言える彼女に聞いてみるのが正解だろうと声を掛ける。


「えーと…――――」


 腕を組み、釣り目を瞑り、可愛く唸って幾ばくか。

 そう悩みもせず内に少女は彼の問いに応じた。


「じゃあ…ローさんのそのコートの色から“白銀”なんてどうですか?」


 それは良い名前だと、何しろ二文字でかっこいいと。シンプルイズベストだと。

 十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトは深々と頷いて。


「“白銀”か、いいね。採用!」


 少女の書いた“白銀”の文字の隣に血判を力強く押し込む。











 飲食は不要、排せつ器官はあるがしなくともよく。食物を口に運べば、そのエネルギー吸収効率は全生物が望む百パーセントの肉体。摂取したのと同時に髪の毛が伸びたり、爪が伸びたり、体の一部に食事の効果が表れる。

 カロリーを消費するのも容易で、身体に力を入れて文字通り燃やせば問題ない。

 だが、(サガ)

 未知という好奇心、生物が最初に手にする事となった快楽の入手手段であり生きるための活力、食事を取らない理由付けにはメタ的な事情も踏まえて程遠い。

 そこで完璧超人な彼が選んだ異世界初の間食(ムダメシ)、“グリンタプ”とは商業都市のご当地グルメが一つ。


「いただきます」


 薄く伸ばしたパン生地に新鮮な野菜とテリヤキソースを絡ませた細切れ肉を挟んだ一品で、縦長の形状で包み紙に包まれている見た目はメキシコの料理“タコス”に似ている。

 ただし、タコスの様な柔らかい食感ではない。

 パン生地にはバターがたっぷりと使われていて、油で揚げられているおかげで食感はパリパリガチガチクリスピー。特製テリヤキソースの二度付けによって生地には、ジュワッとうまみが染みている。わずかでも力を入れて握れば、パン生地にしみ込んだバターやらソースやらが滝のようにあふれ出し、包まれていた新鮮な葉野菜やソイツを彩るように肉・野菜・肉と二段階構造に加えられたほろほろと細切れ肉が顔を出して遮二無二の大洪水。

 噛めば噛むほど旨すぎて、食べ終わる頃にはもう一食と、食欲を更にそそる逸品。

 カレーやシーフードと味付けにも隙の無い憎々しき…否、肉々しきその一品。卑しく見えるが、全てを逃さぬように旨く食べるには上を向いて空を見上げるようにブチリとグリンタプを引きちぎるのが一般的だ。

 現代社会においては胃薬必須なカロリーの暴力だが、冒険者という職業を鑑みればコレ一つで食事を終えることができるのだから、妥当なご当地グルメといえよう。


「美味いな…コレ」


 一口。

 二口。

 三口。

 昨日の夜の大まかな出来事を思い出しつつ、小腹を満たしつつ。

 うまい、美味いと習った食べ方で流れるように食事を終えて。

 短い黒髪に深紅の瞳と“白銀”のコートを羽織った彼、ロー・ハイル・ヘルシャフトは包み紙をゴミ箱へとフリースロー。


「…!」


 入ったのを確認した後、両手を上に軽く伸びると目下の机に並べられた硬貨と睨み合い、手を拭い動かす作業が始まった。


(ええっと………今月の宿の支払いを差し引いて、コレは入都税、コレは組合に払う手数料…――――)


 この世界には【ブレイスラル・ファンタズム】のように純金で金銭を作る余剰は当然のこと無く、大きく分けて三つの通貨が市場に出回っている。

 王都テルンラシアを中心には王国民の為の通貨、銀を用いた四角い形状の王国純銀硬貨。そのコインには、現王の肖像画や王都城などが彫られているそうだ。

 エル・ダ・ルルエド帝国では、鉄や銅などの安価な鉱物を用いた帝国硬貨が貴族の間で多く見られている。こちらは、王国とは違って丸く通貨の価値を示す数字が簡易的に彫られているのみだ。

 そして、商業国や各商業都市。

 今や各国への普及率が九割弱と広まっているというその通貨の名は、公共共有通貨“ルティ”。形は精巧な丸で、冒険者の私生活にも耐えられるように折れず、曲がらず、ひしゃげずの三拍子の揃った原料不明の制作過程は企業秘密な軽い硬貨だ。

 一、十、二十、五十、百、五百、千、五千、一万…と、値段が上がるにつれてコインは手の平からはみ出さない程度に大きく、刻まれた異世界数字は変わっていく。

 異世界数字を覚えれば、ある意味日本人にとっては馴染みやすくて数えやすい通貨である。


(―――そんでもって、銀行の登録費用と食費。結果、手元に残るのは………)


 財布という名の革袋を逆さにして全て吐き出させた冒険者団体(チーム)“白銀”の全財産。

 用途別に指で木目の机上をスライドさせて、分けて、分けて、残ったのは一枚のコインだった。

 英数字の1のような棒線と口という漢字を合わせた通貨に彫られている模様の意味する価値、それは()を意味していた。


「しめて千円……いや、千ルティか―――――――はぁ、金が無い」


 ガックシと首を垂れるが、これもまた人脈がもたらした結果なのでかぶりを振ってローは持ち直す。

 

(食費は不要だが………いや、駄目だな。一か月も素泊まりで何も食べていないのは、流石に良くない噂が立つに違いない)


 商業都市コルコタには、三種類の宿がある。

 一つ目は、冒険者になったばかりの人々が集い、懐にも優しく仲間も見つけやすい古めの(ボロい)宿。壁は薄いそうだ。

 二つ目は、それこそ上流階級や高位の冒険者連中が利用している一般人が足を踏み入れる事も許されない豪華絢爛な宿。ルームサービスからマッサージまで至れり尽くせりらしい。

 三つ目、そこそこの稼ぎをしている中堅冒険者や商人などが中心に利用する宿。例を出すとすれば、白銀の彼等が泊まっている“虹の涙亭(ココ)”がその一つだ。

 コベルニクス商業国よりチェーン展開している宿泊施設で、商業都市には必ず一店舗は店を構えており、旅行者などの小金持ちに多く受け入れられていてサービスも良好。

 借り部屋の内装は入り口左手に風呂場、洗面台、その隣にはトイレ。そこから、まだら模様の暗い色の絨毯をしばらく歩けば右手にはベットが三つと白いソファ一つ、角部屋ならば大きな窓がある。

 部屋中央には丸く足の短い机とそれを囲むように同様のソファが二つ、左の窓側に目を向ければ作業用の足の長い机と椅子がワンセット。

 流石は商業国発祥の店だからか。五階建ての建物の一階にはロビーを初め、食堂に大浴場や多めに洗濯機に似た魔道具が置かれている現代仕様な異世界の宿である。


(ま、火煉達が戻ってきたら組合に赴くし、金銭面は仕事をいくつかこなしてまた考えればいいさ―――今月はだけど……)


 プカド村の総意を散財してまでこの宿に泊まってしまったのは、彼女達のせいではない…ものの彼女達が要因なのは確実であった。

 人間の心理からして相手はペーペーの冒険者であっても娘の命の恩人。ルイの考えを紐解くのであれば、その恩人に紹介する宿がみすぼらしモノでは目も当てられないだろう。

 ローとハンナが昨日の二人の組合長と話している間、中堅冒険者のカンベルト夫妻がみすぼらしくなく、恩人の御眼鏡にかなうであろう虹の涙亭(ココ)をニーナ達に紹介したのは当然も当然だ。

 そして、件の人間ゴリブによって懐の温かい彼女達が夫妻の紹介を断る理由も無い。ましてや、こんなにも設備がいいのなら自ら進んでチェックインしてしまうのは自明の理。

 自分が同じ立場だったらそうしていたハズだと、内装を見れば頷ける。


「さて、と」


 その結果を今一度受け入れつつ、二階の角部屋で彼は椅子の背もたれに体重を預けて真昼の青空を仰ぐ。身体を起こす。


「ニーナは未だ戻ってこずか…」


 空中から取り出した魔呪全書(スペルブック)を開き、今一度ニーナ・レイオールドの項目を確認したローは安堵する。


(一時間毎に確認しているが異常はないな。ニーナは隠密系のスキルを揃えている事だし、余程のヘマをしない限りは大丈夫だろう)


 昨晩、冒険者組合での話し合いを終えて宿へと辿り着いた矢先。

 火煉から聞かされたのは「用事ができた」という一言を残して、どこかへ斥候に出かけたというニーナ・レイオールドの事。


(いや、もう昼も過ぎてるし連絡するべきか……)


 昨晩から現時刻までおおよそ十四時間。何に興味を示して出かけたのかは知らないが、ここまで連絡が無いのは流石に心配に心配を重ねてしまう。

 彼女の能力、経験、技能、直感を疑っているワケではない。しかし、ニーナの主で彼女の愛すべき者という立場の人間として、今すぐにでも連絡を入れた方が良いかも知れないと。

 それこそ、十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトの考えであり、彼女らからの信頼を慮って。

 

「おーう。戻ったぜ!!」


「ちょっと火煉。ノックもしないで入るなんて行儀が悪いわよ。ただいま戻りまし……た?」


「……何やってんだロー様よ?」


 この世界において『インフィニット・ヨゴレオチール』等の【ブレイスラル・ファンタズム】産の魔道具(マジックアイテム)は高価の一言に尽き、魔呪全書(スペルブック)に至っては価値の付けれない命と同様に大切なものだ。

 つまり、身元不明の最底辺の冒険者がそんなものを空中から取り出すのを他人に見られては、あるない噂が広がるのは明確で問い詰められるのは目に見えている。


「……………腹話術の練習だ。ホラ見ろ、「私は川の精霊よ。OK?」――――凄いだろ?」


「いや、全然口動いてるし…」


 その対応策として、部屋の扉が勢いよく突然開かれた場合。

 魔呪全書(スペルブック)を急ぎ道具袋(インベントリ)にしまい、両手を使ってあたかも腹話術の練習に精を出している様に見せれば怪しまれる事は無い筈だ。


「まあ、それはいいんだ。フィリアナ、火煉、この町はどうだった?」


 幸いにも練習が功を奏した腹話術の手を取りやめ、心中の動揺を取り払うかの如く窓を開けて、そよ風を受けつつ外から帰ってきた二人へと向き直る。


「いい町だぜ。悪くねぇ」


「ええ。ごはんもなかなか美味しかったですよ」


「が、外食したのか…」


 彼女達三人には、冒険者団体チーム“白銀”の軍資金とは別に金銭を渡してるので問題は無い。が、先程数え終わった(もの)を使ったと聞かされるのは、流石に心にクるモノがある。


「……駄目でしたか?」


 明らかに動揺しているフィリアナの面持ちに慌てて頭を振ってローは否定。


「いやいやそうじゃなくて…ただ、今後の方針を話しておかねばと思ってな」


「方針ですか…?」


「そうだ。情報収集はルイさん、ケイナさん、ハンナ君との会談で決着している。だから、今するべき事は………取りあえず、ニーナが帰ってきてから話すとしよう。二人共、彼女の姿は見たか?」


「そこ、真後ろ」


 フィリアナと火煉に問いかければ、おもむろにローの後ろへと火煉が指をさした。


「え」


 全くもって気配を感じ取れないが、真後ろに居るのだろう。

 火煉の指と視線はズレることなくローの後ろを注視したまま。背後に立たれた当事者はというと、何かが背中を伝うような感覚を覚える。

 驚愕の感情を交えた恐怖、とでも言うのだろうか。気配も無く見えないのに居るであろう彼女に対し、ついローは恐る恐るゆっくりと振り返った。


「…いないじゃないか。火煉、からかうのは止せ」


 目に入る景色と言えば、昼の穏やかな喧騒が響く街路地。

 ドッキリをされた側のドキドキを噛み締めつつ、呆れた面持ちでローは二人に視線を戻す。


「わあっ!!」


 居た、居ました、居たのである。


「ぼっつぁー?!!」


 火煉とフィリアナの間で仁王立ちしている艶やかな黒い長髪の至極色の少女、ニーナ・レイオールドが響き渡るような声と共に。


「ば、つ?」


「……ぼつ?」


 意識外からのドッキリに見事完敗したロー・ハイル・ヘルシャフトは、魂から素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。

 その主足り得ぬ面持ちと行動、フィリアナを初めに火煉とニーナもまじまじと見つめてくる。


「そう“ボーノ”だ」


「いや言っておらんじゃろ」


 どうにもこうにもロー・ハイル・ヘルシャフトの尊厳が危ない状況。

 ニーナの口をふさいだ当の驚いた本人はソレを逆手に取り、唐突に閃いた打開策で崩れそうな体面を咳払いをして持ち直す。


「先程、商業都市名物のグリンタプを食べてたんだが、今その味を唐突に思い出してな。イタリア語で美味しいという言葉は“ボーノ”と発音するらしいから………私が、私が…そう! 巻き舌気味に“ヴォォォノォッ”という言葉を発したのはグリンタプの美味しさを評価する為に、それに見合った巻き舌加減でイタリア語から賛美の言葉を拝借したという訳だ!!」


「は、はぁ…」


「ぷは……―――だから言っておらんじゃろって」


 ほとんどごり押し論破に三人は半ば納得し(あきれ)た様子で頷き、体面を死守できたローは安堵に胸を撫で下ろす。

 ただ、下の方から「じゃろーてー」とエコーの掛かった声が聞こえてくるのは無視するものとする。


(ふー、首の皮一枚だったな。何とかロー・ハイル・ヘルシャフトの尊厳は守れたぞ)


 ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗が先の失言を隠し通したのは、彼女達の目を曇らせない為。

 彼女たちNPCは『主たるロー・ハイル・ヘルシャフト』という人物に設定から尊敬と信頼の眼差しを向けている。であれば、十川四朗は彼女達の()()として彼女達の期待を裏切らないようにするのは当然。

 幸いにも役割(ロール)を演じる(プレイング)事は得意なので、今までもこれからもこのスタンスを貫く所存である。


「あー、三人共。なんだかんだと話す前にやる事があるだろう?」


 ローの問いかけに首を傾げるフィリアナ、火煉、ニーナ。対し、主らしく十川四郎は素早く回答を提示。


「帰宅してからの手洗い、うがいは大事だぞ。どんな未知の病原菌が潜んでいるか分からないからな」


「あ」

「なンだ」

「そういうことじゃったか…」


 意表を突かれたというか、主の思わせぶりな態度に呆れたというか。

 ニーナを筆頭に肩をすくめて理解を示し、洗面所へと三人は百八十度回れ右。


「そうそう、ロー様」


 と、もう一度愛らしく回れ右でこちらを振り向いたのは至極色の少女。にまっと満面の笑みを浮かべて。


「昨日とっても面白いモノを見つけたのでな? 楽しみにしておるがよいのじゃぞ」


「分かった、分かった。楽しみにしておくよ」


「うむ!」


 勝ち誇ったように胸を張る彼女は、再三と回れ右をして洗面所に向かう。


(面白い話、か。何だろうな……この町にはお宝が眠っていたとか? それとも、武装蜂起したテロリストが町の地下に潜伏していてコルコタが未曾有の危機とか?――――――いやいや、ない。ないない、それは)











「な、何故…こげなことになっちょるんですか、ニーナサン」


「いやの? 昨日、妾を童扱いしおったアグルスとかいう男が直感で怪しいと思っての。尾行したら、ドンピシャじゃったのじゃ~」


 席に座った至極色の少女は紅茶を一杯と仰って胸を張る。

 今後の方針の前にニーナ・レイオールドから託された案件、それについてロー・ハイル・ヘルシャフトは動揺を感じ取らせない様に頭を抱え込んでいた。


(まさか的中するなんてな……どうしよう、いやどうする? この町はしばらく拠点とする場所だし、何か対策を考えないと――――)


 彼女のタレコミをまとめれば、コルコタの地下水道に王国からの“獣人種”解放を謳う武装した者達(テロリスト)がいるそうだ。

 その者らの計画によると、今より六日後に完成する“レクディオプ”で手始めにコルコタを破壊し、その死の巨人に更なる力を与え、辺境伯の屋敷にある転移装置によって王国領イスタラトを濁流の様に蹂躙するらしい。


「………」


 この話を聞いてしまった以上、人として何かするべきだろうと頭を悩ませる十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフト。

 だが、良い案は浮かばず。しかして、思い浮かんだ()()を講じることとした。


「フィリアナ、火煉、ニーナ。何か参考になる解決策はあるか?」


 その秘策とは、丸投げであった。

 三人寄ればなんとやら。その中から意見をすり合わせて答えを得ればよいのだ。

 ―――――責任転嫁とかではない。決して。


「今すぐ鏖殺しに向かうのはどうですか? ニーナの言葉からして安全に完封出来る事は間違いないと思いますけど…」


 策を最初に講じたのは翡翠色の髪が美しいエルフ、フィリアナ・ルーゲル・フェンドルド。朱と蒼の虹彩異色(オッドアイ)は透き通った瞳ながらその言い分、物騒そのものだ。


「私が言う事ではないが不採用。フィリアナの魔法だったら、そいつらどころか最悪町が終わる。そうでなくても地下施設の崩壊は必至だろうな。主に我々の責任で」


 その意見、参考にしつつローは首を横に振る。


「じゃあ、普通に憲兵に知らせる方向でいいんじゃねーのか?」


 今は額当てを外して優雅にソファでくつろぎつつ。赤黒の双角をタオルで磨く赤毛の彼女、獄炎火煉。

 彼女の案は一般人の視点からすれば、最も現実的だ。


「……それは難しい。たまたま水道局の地下五階に入って、たまたま武装した連中の拠点と死の巨人の出来損ない(まもの)を見つけたなんて、信じて貰えても犯罪の片棒を担いでいたと思われるに違いない。――――――夫妻の期待をそのような事で撤廃されるのは頂けないしな」


 ただ、そうした対応を取ったとしても憲兵が敵う相手ではないだろうとローは首を横に振る。


「うーん…お手上げ忍者」


 第一発見者であるニーナ・レイオールド。

 ローが視線をやれば、肩をすくめて両手をひらひらとさせていた。


「お手上げ忍者ね、うん。………いやいや、ニーナちゃん。見つけたのは君なんだからもうちょっと何かないの?」


「…………ないの」


「ないかー…そうかー…」


 まるで、少女に試されているかのような問答に解は設けられず。

 ともあれだ。

 彼女達の主である彼、ロー・ハイル・ヘルシャフトはその結果に右手を口元へ添えて、一応に三人もとい二人の意見から解決策を講じてみる。


(この町にやって来たばかりの最底辺の身元不明冒険者が、どのようにして信じてもらえるように事を運ぶか………そんな策は…――――――――いや、策はあるッッ!!)


 瞬間、彼の頭脳に由々しき電流が走った。『逆だ。逆に考えるんだ』と。


「よし子さん。全てを解決する手段を思い付いたぞ!!」


「誰じゃそれ? というか、なんじゃその手段とは?」


「フッフッフ………聞いて驚くなよ。()()()()()()()()()()()()()()()!」


『???』


 フィリアナは首を傾げ、火煉はというと呆けたように口を開けて、金色の瞳をニーナは見開いてる。

 突拍子もない主からの意見に三者三様驚いている様は、まるで頭脳は探偵のような気分だ。


「正確には来る一週間より二、三日前までの話だがな。簡単に説明しよう」


 ただ、気分に浸るだけでは認識に齟齬が生まれよう。

 説明の時間はしっかりと設けるのが十川四朗である。


「冒険者の仕事とは魔物退治が主体であるので、仕事の際は総じて外部への遠征が多くなる」


「うんうン」


「その遠征中、もしコルコタの危機的情報を偶然手に入れたとしても何らおかしくないワケだ。―――――ニーナ、『獣人解放軍』とかいうヤツらのアジトには外部への脱出路があったのだよな?」


「うむ。一つだけあったぞ」


「なら、話は早い。遠征の帰り際にたまたま外部への通路を見つけ、死肉の巨人(まもの)が居るのを発見した。そうすれば、最底辺の冒険者の言い分でも信用に値する証言となる。そして、我々がソレを片付ける……といった寸法だ」


「ほほぉ、なるほどなのじゃー」


 やる気の無いのじゃろり少女より萌え袖拍手がパタパタとローを賛辞。


「ハッハッハッ、もっと褒め称えるがよい。―――それで、私の作戦を三人はどう思う?」


「別にいんじゃねーの」

「以下同文なのじゃ」

「問題ないと思いますよ」


 調子に乗りすぎたからか。なんだか淡白な同意だが、ローの提示した作戦には納得してくれた様子だ。

 

「ところでロー様」


「どうしたフィリアナ? 質問か?」


「はい。残り四日、五日の猶予がありますが、その間はどうするのですか?」


「そうだな。それも含めて我ら“白銀”の今後の方針について話しておこう」


 ローはソファから立ち上がって、部屋中央から窓際に設置された机に向かい一枚の硬貨を手に定位置へと着席。


「これは我らが冒険者チーム“白銀”の全軍資金である!!」


 掲げるは千円…ならぬ千ルティの硬貨だった。


「そ、それだけなのですか?!」


 これには流石にフィリアナも仰天の一言に尽きるのみ。急ぎ、彼女は空中から財布を取り出すも、ローは手をかざして否定する。


「フィリアナ達に渡したのは正当な働きによる正当な稼ぎだ。軍資金の事は皆で一緒に考える事ではあるが、そこまでする必要はない」


「で、ですけど…!」


「まあ、聞け。情報を手に入れて町に来た我々が次にやる事と言えば、今後に備えてルティを貯蓄して人々の信頼を仕事で勝ち取り、この世界に順応する事だ。そうすれば、双角…いや、鬼という種への疑惑も解けるだろうし、ここまで設備が整ってるなら現代知識無双とかの創作物の展開(テンプレート)に無理矢理持っていく必要もないだろうからな」


「ゲンダイチシキムソウ…ですか?」


「ああ、最後のは気にするのな。こちらの話だ」


 ローは千ルティの硬貨を握りしめ、意気揚々と立ち上がる。


「ともかく、今後の方針として冒険者の仕事を着々と地道にこなしていこう。という事だ」


「因みに目標はどンぐらいなんだよ?」


「…目標か」


 火煉の問いかけにローは外に視線を移し、発見する。


「そうだな、前にも言ったが『拠点の確保』……マイホームを買えるぐらいの地位と金銭を目指そうか。…一応聞くが、反対意見はあるか?」


「ないのじゃ」

「ありません」

「ねーな」


 そうと決まれば吉日。

 三人からの反対意見も無いので、握りしめたモノを含め作業台に出しっぱだった金銭を全て道具袋(インベントリ)に片付け、すぐさまに出立の準備は完了だ。


「よし。じゃあ、仕事を探しに行くぞ!」

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