第一章 10 【スローライフなハードライフ】
プカド村の…もとい王国の農業事情とは名産品を主軸とした四圃式農業が主流である。
暗闇で保管しておけば一年持つというびっくりで真っ青な王国産の特殊な根菜“リュール芋”。本来なら三小葉の植物を植えるところをこの芋にしておけばあら不思議、一年中実っては還ってを繰り返して植えた土地にて攪拌すれば、ものの数か月で肥沃な土壌とし、家畜の飼料ともなり、シチューに入れれば美味でもある。
もちろんプカド村で耕作しているのは“リュール芋”に限らず。夏には焼けば香ばしい香りと甘み溢れる“リュールニンジン”、夏間近の春には“リュール小麦”を中心とした主食の原材料となる作物が農地一帯を黄金色に彩るのだ。
「ふぅ…」
という訳で今日は春の陽気に小鳥が囀り、澄んだ青空が広がる収穫日和。
村のお歴々が黄金畑で若い世代に農業の何たるかを教えながら収穫している中、その格好は農作業を生業としているとは思えない二人が混じっている。
一人は、いつもの白銀のコートを脱いで袖の短い黒シャツとめくったズボンに身を包んだ黒髪の男性。
一人は、額から二本の赤黒い立派な角を生やした羽織と深緑色のめくった脚衣と今は下駄ではなく草履を履いた女性。
「コートを脱いで正解だったな。…どうだ、たまにはこういった仕事も悪くないだろう?」
脇目も振らず、見ず知らず。
プカド村を救った英雄、ロー・ハイル・ヘルシャフトと獄炎火煉の二人は土に汚れながらもカンベルト家に任された田畑での収穫作業を手伝っていたのだった。
「えー、オレは化け物共をぶっ殺してる方が気楽で良いんだがな~」
「ハハハっ。それもそうだが、まあ、これも一宿一飯の恩義だ。農作業でハンナ君に返せるのなら、安いもんさ」
事の発端はロー・ハイル・ヘルシャフトの良心の呵責に始まる。
人間ゴリブ『シルベ』を討伐し、プカド村に辿り着いて謝礼を述べられたロー・ハイル・ヘルシャフト御一行であったが、泊めてくれそうな家の戸を叩けば、何故か生暖かい目で首を振られる始末。
当然も当然だろう。
表面上や心底から感謝をするものの鋼鉄の扉をひしゃげて魔物で軍隊を作っていた化け物を一夜もかからずに討伐して見せたのだ。如何に善人といえど、一皮むけば昨今の化け物以上の化け物なのだから、助けられた張本人以外はどういうリアクションで感謝すればいいのか分からないのだろう。
それで、結局。
ハンナ・カンベルト嬢の申し出によって彼女の家に泊まることになったのだが、もとよりそこは三人家族の住居。
ベットこそ新調しようと貰い物があって数こそ足りていたものの客人四人が寄ってたかって来たのなら狭苦しいにも程があり、四人を一人で持て成そうとする彼女には流石に申し訳が立たず………といった経緯で反対する彼女を押し切り、農作業を買って出た今に至るのだ。
任された田畑と言ったのは、冒険者の家であるカンベルト家が田畑を持たないでいるから。
その代わりに冒険者としての仕事が無い日などは村の警備の陣頭指揮や自警団の訓練に務めており、村の取り決めによって毎年度ごとに育てるのが比較的簡単な“リュール芋”の耕作地を任されている。報酬として食事に困らない程度の野菜類を貰っているので、ただ働きではないそうだ。
「わーってるて! オレだって筋の通ることは大好きだよ。それに、農作業が大事ってのは理解してるさ」
言葉を交えながらに腕で汗を拭いつつ、掘り起こした真っ青な名産品を背負っていたバスケットに詰めていく両者。
「…しっかし、これを一人でってのは面倒を通り越して呆れるぜ」
「ああ。本来、家族三人で二百メートル程度の耕作地を一人で耕すのは流石にキツイだろうな」
どちらも口は動くが手は休めずの動きで田畑の半分の芋を収穫し、もう半分を砕いてまんべんなく土と混ぜ、おおよそ二時間前から始めた慣れない作業はついに終了。
残る作業は、カンベルト家の脇にある屋根の下に農具を片付けてバスケットに詰め込んだ収穫物を薄暗い倉庫へと納品するだけだ。
「…よーし。終わった、終わったー! さて、ハンナんとこに戻ろ―ぜ」
「そうだな。丁度良く昼時だし、二人も帰ってくる頃合いだろう」
炎みたく燃える色合いの髪をなびかせながら、ローの提案に火煉は力強く頷いた。
「よっしゃ。じゃあ、家まで競争だぜ!!」
火煉の指をさしたのはカンベルト家の玄関口、距離はおおよそ五百メートル先の視認できる場所だ。
「フッ、いいだろう………<空間跳躍>」
「あッ!? 汚ねぇッッ!! スキル使いやがったな!」
戦士職の瞬間移動と言えば、分かりやすいそのスキル。発動時には一瞬だけ青い光を身体に纏うものの、その動作を見切るのは中々に難しく。
見える範囲ならばどのような場所にでも瞬時に移動することができ、【ブレイスラル・ファンタズム】での主な役割は急速に距離を詰めたり、投げ飛ばした武器に追いついたり、逃亡に徹底したりする時だ。
「ハッハッハッ、“勝てば官軍”という言葉を知ってるかね火煉くん?」
「………あ、二人が戻ってきたぜ」
「いや、無視ですかい火煉さん」
煙突のある一階建てのまあまあ広い丸太組み工法で作られたカンベルト家。
その玄関口に集まるのは空間を文字どおり跳躍してきたローと彼に続いて普通に走って来た火煉。そして彼女の視線の先には、とある仕事を任していたニーナとフィリアの両名である。
「おかえり二人共」
「はい、ただいま戻りました」
「うむ。出迎えご苦労じゃロー様」
「もうニーナ。ここはただいまでしょ?」
「くっふっふー! そう畏まる間柄もないのが妾らよな?」
「そ、そうだな………あー、と」
相も変わらずの様子で微笑ましくもあるが、これ以上は話が脱線してしまいそうなので咳払いして話題を変える。
「で、首尾はどうだった?」
ローの問いかけに顔を合わせた二人は少しばかり首を傾げて考えた後、最初に口を開いたのは至極色の少女だ。
「確かに話の通り、ここの領主の屋敷は森の中にあった。そして、部外者を惑わせる魔法の結界が森全体に張られておったが、程度は中級の魔法じゃったから妾に掛かれば造作も無く突破は可能じゃったぞ」
二人に任せたとある仕事とは、簡単に言えば領主邸の下見とも言える偵察だ。
領主の名はナイアル・フォン・ラトプ辺境伯。村より北東にあるテリュール王国という国の宮廷魔導師兼宰相らしく、辺境伯の地位に就きながら他の貴族とは違って自らの都を持たず森に籠った変わり者だという。
そんな人物の屋敷へと二人を偵察に向かわせたのは、辺境伯殿の魔法と彼自身がどんなモノかを吟味する為。
この世界に来てから“魔法”という概念が浸透しているのを村人への聞き込みで確認はできたが、魔法を使える者はプカド村においてカンベルト夫人と一部自警団員しかいないようで、村全体の魔法への知識は乏しい。
なら、一国の最高水準である魔法使いの魔法。
それがどこまでの代物で彼がどのような人物かを早急に知れれば、今後の異世界生活において鼻につかない身の振り方、魔法を扱う者たちに襲われた際の対処が多少でも楽になるはず。
同じ境遇のプレイヤー、シルベの様に相互理解不能な敵が居る可能性を考慮して、大胆ながら慎重に慎重を期すのは悪い事ではないだろう。
「ですが、肝心の辺境伯様は外出していました。ニーナのスキル<人身掌握>で屋敷内を見回したので間違いありません」
「済まぬのロー様。ガキの使いになってしまったが………どうする? 妾が見張っておこうかえ?」
幸いこちらにはプカド村を襲った魔物が残した手土産もあり、屋敷への案内もプカド村の住人なら快く受け入れてくれるだろうが、現実はそう甘いモノでは無いようだ。
創作物ならば、ここで領主と相見えて御礼の金銀財宝を下賜されそうなものだが、まずその彼が居ないのだからこの件はいったん保留とすることに。
「いや、見張りはしなくても構わない。急ぎの用向きで辺境伯に謁見したいわけじゃないからな」
居ないのなら仕方ないと、さっさと踏ん切りをつけて他の確認すべき項目に話題を変えるのが適切と言えよう。
「ま、落ち込む事は無いさ。それだけでも十二分に有益な情報だとも――――…ああ、あと<次元転移>を使ってみてどうだった?」
人間ゴリブのおかげで大体の魔法やスキルを試すことができたが、あの洞窟内という地形状では試せなかったモノがそれなりにある。
確認すべき項目とは、その試せなかった魔法の類を使ってみての所感だ。
重量、人員制限なしのゲームでは地図上の目的地にピンを指してワープする魔法、<次元転移>。
プカド村から辺境伯の屋敷まで歩きならば片道一日の距離、朝に出立した二人が今日の昼に戻ってこれたのはこの魔法を行使したからだ。
<空間跳躍>の上位互換…もとい魔法使い版の瞬間移動魔法<次元転移>は【ブレイスラル・ファンタズム】での大陸間移動の際によく使っていた魔法の一つで、ファストトラベルに用いられる唯一の魔法ということもあり使用頻度は最も高い。
「使用感は概ね良好ですが、地理を頭に叩きこんでおかないと<次元転移>で飛ぶ意味がありませんでした」
ただ、ゲームとは違ってこの世界のマップも地理も手元には無いので、どうなるかと疑問であった。
その答えはフィリアナ曰く、<空間跳躍>と同様に見える範囲へと順繰りに飛ばなければならなかったようで、行き帰りの魔力消費が馬鹿にならなかったそうだ。
「なるほど、じゃあ今後は精密な地図を買いつつ地理を覚えておかないとな」
魔法についての疑問がまた一つ解けた事で、つい口元が綻んでしまう。
「―――――それにしても、やはり“協力者”の協力を仰いで正解だったようだ」
魔物が跳梁跋扈するこの世界において、不測の事態というのは常に隣に潜んでいる。
左も右も、自身の力も分からない時に現れてくれた“協力者”…彼の献身的な協力であらゆる魔法とスキルを試せた実験的な実戦を行えた事には、感謝をしなければならないだろう。
「協力者……ですか?」
「おっと声に出ていたか。何でもない気にするな」
「気にするなって言われてもよー……計略、策略を張り巡らせてる時の顔されちゃあ、気にはなるぜ?」
「む、そんな顔をしていたか……」
火煉に注意されたので、つい綻び過ぎていた顔をシャッキリと整える。そうして、後ろの彼女への対応は準備完了だ。
「皆さん。玄関の前に集まってどうしたんですか?」
玄関口に立ち止まるロー達へと特徴的な釣り目を丸くさせて語り掛けてきたのは、土仕事用にあつらえた野暮ったいオレンジ色の服装に身を包んだ、栗色の髪の家主。
「何でもないよハンナ君。二人に任せていた仕事の報告を受けていただけださ………―――フィリアナ、あの洞窟の死骸は片付けたんだろ?」
ローの問いにフィリアナは深々と頷く。
ゲーム世界では倒した魔物はそのまま痕跡も残さず消えるようになっていたが、現実とも言えるこちらの世界では勿論のこと死体が残り、尚且つとあるルールが存在するという。
当然と言えば当然ではあるものの、この世界では光の届かない真っ暗に死骸を大量に放置しておくと魔物、妖虫、屍鬼などの温床となるらしい。
討伐後はプカド村に気持ちよく凱旋となったので死体の処理はもちろんの事しておらず。
ハンナからその話を聞いた時にはちょっと焦ったものの、領主の屋敷を調べる為の口実として昨日倒した魔物の処理をついでにフィリアナとニーナへ頼んでおいたのだ。
「はい。そちらも問題なく」
本来の仕事を終えて帰ってきた二人にハンナは納得がいったのか、両手を合わせてウンウンと頷いた。
「そうなんですね。お疲れ様です!! じゃあ、今から昼食にしますか?」
「ああ、頼むよ」
ハンナの提案に首を縦に振り、まだ仕事が残っているローと火煉は家の右手の脇にある屋根の下へと赴き、農具を片付けて収穫物を倉庫へとしまっていく。
「結構仕事したもんだなー」
「…そうだな。実りあるいい仕事だった」
結構な量であったものの農作業はこれにて完了。
最後の作業は家に入る為の身だしなみを整えるだけだ。
「オイオイ、ロー様。この世界じゃあ高いモノらしんだから、人目の無い所で使った方が良いんじゃねーか?」
「裏手だしここなら別に構わんだろ………たぶん」
万が一を考え、何もない空間から取り出すのを見られないよう、一応に懐から取り出したように見せたるは魔道具『インフィニット・ヨゴレオチール』。
使い方は簡単。手のひらサイズの紫のボトルに入った液体を香水のように身体へと一振りするだけで、なんと身についた汚れが洗濯や風呂に入った後のように全て取れる優れもの。
消臭・消毒機能もあり、トイレや排水溝に使えば特有の不快感は綺麗さっぱり消去できる一級品で使用回数は名の通り無限である。
(しかし、コレが“高いモノ”とはね……ハンナ君に最初言われた時には驚いたけど、正直なところ実感が湧かないよな~)
自分と火煉の汚れを落としながらに思い浮かべるのは、謙遜に謙遜を重ねてちょっとばかし青ざめた表情を浮かべた昨日のハンナ・カンベルト嬢だ。
「ありゃ、びっくりしたよな? コレを『こんな高価な物を私に』ってさ」
「そうだな。結局は説得して使ってもらい喜んでくれたのは重畳だった」
冒険者を両親に持った為か、魔道具についての知識を有している彼女曰く、なんでも『インフィニット・ヨゴレオチール』は上流階級での取引が当然の高級品だという。
(…ま、その事実を聞いたからこそ、辺境伯邸への偵察を二人に任せたんだがな)
当たり前ではあるが『インフィニット・ヨゴレオチール』は【ブレイスラル・ファンタズム】というゲーム世界のどこにでもある道具屋で買えるような安い魔道具だ。
ゲームでは汚れた身なりを整えるだけだが、確かに現実問題として考えてみれば一振りするだけで全ての汚れを落とすその効果は絶大か。
それらが金持ちの間で流通しているのも納得だ。となると、自身と同じ境遇のプレイヤーが関わっている可能性は高い。
だからこそ、創作物の展開にありそうな“世界最高水準の魔法使い兼領主様”というプレイヤーに類するかも知れない存在に接触を図ろうとした。
まあ、結果は知っての通り。ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯が居ない事に始まって、慎重は杞憂に終わったのだが。
「どっこも汚れてねぇよな?」
「うん、問題ないぞ。私はどうだ?」
「問題なし。じゃ、さっさと戻ろうぜ。ハラ減って仕方ねぇわ」
早足に行く火煉に続いて玄関前に足を運び、彼女がドアノブに手を掛けるのと同時、自動ドアの如く扉が唐突に開かれた。
「うおっと。どうしたよハンナ?」
と思えば、中から現れたのは木製のバケツを五つほど抱えた家主の少女。
「ええっと、水が切れてたので汲んでくるだけですよ。ご飯は先に食べててください」
「いや、家主を差し置いて食事は……手伝おうか?」
「いえいえ! これぐらいはしないと体が鈍るので……じゃあ、急いできますね!!」
ローの提案にハンナは逃げるようにして、村の東にある井戸へいそいそと駆けて行く。
「行っちゃった…」
「ま、中に入って待っておこうぜロー様」
火煉に促されるようにして玄関をくぐれば、中央に足の高い長机が置かれた六人程度なら広々のダイニングがお出迎え。
「よくぞ戻った皆の衆」
「皆の衆って二人しかいないじゃない…」
「細かい事は気にするでないフィリアナよ。こーいう労いのは雰囲気が大事なのじゃぞ?」
「はいはい」
机に突っ伏したニーナが気だるそうに労いの言葉を二人へと投げ掛け、鍋の番を任されたフィリアナは適当に相槌。
「それよりニーナも手伝ってよ。火の魔石に魔力を流し続けるぐらい簡単でしょ?」
鍋の中身をかき混ぜながらフィリアナは空いている左手で、石造りのかまどの下部を指さす。
見れば、その薄暗がりの中には紫色に輝き続ける手のひらサイズの魔石があり、これもゲームとの類似点なのは記憶に新しい。
魔石の主な使用例として、炊事洗濯、魔力回復、魔力保存、魔法保存、ルーン石作製などなど用途はゲームと同じで様々だ。
「くっふっふ~、よいのか? 妾が台所に立てば、たちまちに錬金教室へと変貌するぞ?」
「料理が下手なだけでしょ。まったく………」
半ば脅しのような返答にフィリアナはため息をついて呆れ、ニーナはというと思わぬ図星を突かれて更に突っ伏す。
なんだかんだ言いつつも料理が完成したのか、魔力を流すのを止めて鍋に蓋をしたフィリアナは突っ伏した少女の前に着席。
「ンじゃあ、オレはロー様とフィリアナが使った武具の整備するからよ。ハンナが来たら――――――」
二人の掛け合いに肩をすくめて、仕事道具である『雅』と彫られた金槌を取り出して家の裏手へと赴く火煉であったが、存外にも早く開かれた玄関にその足と言葉は止まる。
火煉と同時に振り向けば、
「なんだ、アンタら………は?!」
その声の主はハンナ・カンベルトではない横に大きな壮年の男性であった。そうして、彼の後ろから室内を覗くのは栗色の髪をした女性で二人の容姿には既視感を覚える。
(あー、ハンナ君の両親か。釣り目は父親譲り、と―――――それにしても“冒険者をしてる”ていうのは文字通りの意味らしい)
オーダーメイドだろう身体に合うように丁寧に作られた革鎧に身を包み、作業用ではない戦う為の手斧を腰に下げている。
体型は一見して太っているが仕事柄故に、筋肉質でガッチリだ。黒目黒髪で、その特徴的な釣り目は獣を思わせる彼こそ、恐らくはハンナの父親。
金属を編み込んだ淡い銅色主体の軽装を身に纏い、弓のような木製の杖を持っているのは魔法使いの証だろう。
栗色の髪に目と親父さんとは違って温和な雰囲気を醸し出している彼女こそ、恐らくはハンナの母親。
お堅くとまった騎士、兵士ではない動きやすく戦いやすくに特化した武器防具。冒険者と言われれば納得の装備な二人。
扉を開けて数秒、二人はたじろいだまま動かず。
何故と思った矢先、知らない人間が自分たちの家にさも当然に居るのだから仕方なしと、ローは納得して自己紹介をしようと向き直り。
「そっちこそ誰―――――」
と、するのもつかの間。火煉が口を開いたのと同時にローを逃がすように床へ押し退けて、親父さんは腰に下げていた手斧を鬼の彼女へと思い切り振りかぶっていた。
「………オレの<剛撃>を受け止めただとッ!!?」
「テメェ…急に何すんだよ?」
ただ、火煉も火煉でそのままやすやすと手斧をくらう事は無く。
少し身体を右にずらして刃の部分を摘まんで離さず。
「う、動かない…?! クソッッ!!」
圧倒的な力の差に親父さんが続けて繰り出したのは、摘ままれた手斧を軸に左足での回し蹴り。
「…チッ。人様が下手に出てりゃ調子に乗りやがっ――――」
その巨躯からは想像も出来ない程に素早く、威力も乗った一撃。ではあったものの、火煉の左腕はどうということなくソレを防ぎ、
「<冷槍>!!」
額に青筋を浮かべた彼女の言葉を遮る追撃の氷塊が飛来し、着弾。
「“双角の魔人”め!! その人から手を放しなさい!!」
冷気を纏う霧が着弾元から漂い、急ぎ親父さんは火煉から距離を取って妻を後ろに戦闘態勢を継続。
「気を付けろケイナ! ヤツの強さ…恐らくは“ギフト持ち”かも知れないぞ!!」
「ハイ!!」
仕留めたかに思えたその鬼の彼女はというと、見かねた仲間が<壁>を構築して全くの無傷であった。
「…貴方達、どういう了見で火煉に攻撃をしたのかしら?」
「答えによっては妾もフィリアナも黙ってはおらんぞ?」
片や玄関口で武器を携えて、こちらを値踏むように警戒を解かない二人。
片や火蓋が切られたならば、いつでも動けるように火煉の元へ歩み寄った二人。鬼の彼女はというと、肌を赤色に輝かせて“鬼神”になろうとしている。
(スキルや魔法も【ブレイスラル・ファンタズム】と同様のモノか………って感心している場合じゃない!! 火煉も<形態変化>しようとしてるし止めないと!!!)
渦中の外に放り出された彼、ロー・ハイル・ヘルシャフトは立ち上がって双方の間に割って入ろうとするも、その気迫はソレを許さないぐらいに張り詰めていた。
一歩、一挙と動けば悪いことが起こるかもしれないのは確実。
そして、この空気を打開する術はこの場所にはなく。
「どうしたのお父さん、お母さん。玄関で立ち止まっちゃって?」
唯一、戦闘を阻止できる術を持つのは外から戻ってきた彼女にあり。その場に居た全員の視線が彼女へと移り変わった。
「は、ハンナ!!」
「きゃ?! な、なに?」
「無事だったのか…?」
「無事も何も………お父さん、何言ってるの?」
少女は両親の急なボディチェックに目を丸くし、父親はというと安堵のため息をついてこちらをまじまじと観察。
「……ああっと、いいですか?」
このまま観られていても埒が明かないので、ギリギリ中立な立場であったローは会話を切り出す事に。
「私はロー・ハイル・ヘルシャフト。何を勘違いしたのかは知りませんが、とりあえず私達は敵じゃありません」
「じゃ、じゃあアナタ達は一体…?」
ローの自己紹介に要領を得ないでいるカンベルト夫妻。
見かねた二人の娘は肩をすくめてため息を。
「はぁ…そういうことね。お父さんもお母さんも早とちりし過ぎなんだから、まったく…―――――じゃあ、村長さん呼んでくるから」
ハンナはそう言うと手に持ったバケツを入り口に置いて、村長宅へと踵を返す。
「あ、オイ!」
「待ってて! 詳しい話は村長さんを呼んでから!!」
そうして少女は軽快に走っていき、残された一同には沈黙という名の重苦しく気恥ずかしい空気が流れて。ここから会話を切り出すのも自身の役目だと、ロー・ハイル・ヘルシャフトは夫妻へと手を差し伸べる。
「ま、まあ勘違いは誰にもある事ですから………ええっと、取りあえず中で座ってハンナ君を待ちましょう。」
「あ、ああ…はい」
握手を交わした両名の勘違いが完全に解けるまでさほど時間はかからなかった。




