待ち人すぐそば。/待ち人来まくり。
「よいっ、しょっと! これで全部終わりか?」
「おおー。ありがとう日下部くん。これで椅子運びは終わり。ほんとにたすかったよー」
「いや、何てことないさこれくらい。部活で鍛えてるしな」
「荷物を運ぶために?」
「いや、泳ぐためにだけど……」
「そかー。じゃあ応用が利くタイプの筋肉なんだね」
「おお、……うん?」
「ダブルバイセップス?」
「ふん! ……って何をさせるんだよ」
「今のサイドチェストだったよ。やり直し」
「き、厳しいな……。あ、あのさ。それより聞きたいことがあるんだけど」
「42?」
「え?」
「いやさ、ダブルバイセップスよりも優先して聞きたいことっていうから、てっきり人生の答えとかかと思って。先手を打ってみました」
「いや、そんなに壮大なことは聞こうとしてない……。というか、ダブルバイセップスよりも優先して聞きたいことって、そのクラスのことじゃないと認められないのか?」
「小さい人間になってはいかんぜよ、少年」
「ああ、肝に銘じるよ……。
で、その、聞きたいことなんだけど。その、さ。片町って正月は、その、予定とかあるのか?」
「何の?」
「そりゃ、あの、は、はつ……」
「初日の出?」
「え」
「そりゃあもうめちゃくちゃ予定あるよー。初日の出見ながら『初日の出』って書初めするもん。
日下部くんは?」
「お、俺?
あーっと……。そうだな……。うん……」
「俺も初日の出見ながら『初日の出』って書初めするよ」
「何で誘えなかったんだ~~~~~~俺の馬鹿~~~~~!」
新春初詣。
元日から神社の境内で、早速昨年の失敗を嘆く少年が一人。
名前を日下部と言う。
日下部少年の来た町の神社はそこそこ大きなところである。
ゆえにあたりには人がたくさんいる。
日下部少年の来た街の神社では縁結びと家内安全の神様が祀られている。
ゆえにあたりにいるのはカップルや家族連ればかりである。
カップルと家族連れの集団の中、彼は頭を抱えながら昨年末の後悔を叫んでいた。
見てわかるとおり、彼は恋愛ド下手侍である。
日下部少年についてちょっとだけ解説しよう。
顔は悪くない。というかまあまあ良い。
頭は悪くない。というかまあまあ良い。
運動神経は悪くない。というかまあまあ良い。
好きになった相手が悪い。
こんな感じである。
全体的に80点台の出来栄えを誇る日下部少年は、高校に入るとごく自然な流れで学級委員になった。
学級委員はふたりいた。もうひとりは片町という名前の少女だった。
一見にはおっとりとして、やさしげな女の子である。
二見以降で人を振り回す、天然だか計算だかわからないタイプの人間であるとわかる。
日下部少年、一目で惚れたが運の尽き。
二目以降も振り回される羽目になってしまった。
高校一年の生活も半分以上が過ぎ去り、もう残り三ヶ月。
ここで進展しなければ明日はない! 日下部少年は校内大掃除の片付け終わり、勇気を出して片町少女を初詣に誘おうと決心した。
「ああ~~~~~~! 俺の馬鹿~~~~~~!」
残念ながら勇気が足りなかったのでこんなありさまになっている。
雑踏の中、彼ひとりが嘆いたところで周りは気にかけるわけでもない。
晴れ着姿の人混みのなかで、彼は特に存在感を発揮するわけでもなく、ただ哀しかった。
しかしこの日下部少年、努力家であり、転んでもただでは起きない。
何もこの縁結び神社を選んだのは、うっかりいつもと同じ神社に来たら周りがカップルばかりで死んでしまいます、という受け身の悲劇ではないのだ。
どうせ誘えなかったんだから、ひとりで詣でることになるんだから、恥も外聞もない。
縁結びの神様にこれでもか、というくらいに祈ってやろう。そう思い、彼は積極的にこの神社を訪れたのである。
基本的に彼の努力の方向性は怪しく、だから80点で止まっている。
そういう意見が彼の友人の間にははびこっているということ、ここに申し添えておく。
嘆きの時間は終わりだ。
彼はしずしずと頭を上げ、参拝客の列に並んだ。
列は長いが、動きは鈍くない。
門から拝殿までずらずら続いた列は、鈴ががらんがらん、お賽銭がかつんかつん鳴るたびに、ずんずん進んでいく。
中腹あたりに差し掛かったころ。
近くの家族連れが正しい参拝の作法について話し合っているのに、日下部少年が聞き耳を立てていると。
「きみ」
声がした。
「きみ、そこのきみだよ。背の高いきみ」
男の声だった。
誰も反応しないので不思議に思い、日下部少年は顔を上げる。
「そうそう、きみだよ、きみ」
まさか自分のことなのか?
心当たりがないながら、日下部少年は確認にぐるりとあたりを見回す。
目が合った。
真っ黒なローブを、頭からすっぽり被った長身の男と。
「そう、きみだ」
「人違いです」
ひょい、と日下部少年は目線を逸らした。
自分の靴紐をじっと見つめながら、今日のお昼のお雑煮に、お餅を何個入れるか考えることにした。
「いいや、間違ってないぞ。恋愛負け犬の日下部少年」
「だっ……!?」
男の言葉に、日下部少年は顔を上げる。
「誰が負け犬だ! まだ勝負は始まってすらいないんだぞ!」
「自分で言ってて悲しくならないのか?」
悲しくないわけがなかった。
悲しみで胸が張り裂けそうだった。そして近くの家族連れからの視線が痛かった。
ついつい反応してしまったが、怪しい人物だ。
怪しい人物は無視するに限る。
日下部少年は気を取り直し、再び視線を落とした。
「そんな負け犬くんにおすすめ、恋愛成就特化型おみくじ」
「な、なにぃ!?」
そして気を取り直し、甘言に引っかかった。
黒いローブの男は、手に『おみくじ』とでかでか書かれた筒を持っていた。
小さく棒が通るような口がついていて、筒を振ってここからくじを出すらしいことがわかる。
「今なら無料」
「む、無料……? なんか怪しいな……」
「じゃあ百円」
「よし、やろう!」
日下部少年はほいほい引っかかって黒いローブの男に百円を渡し、おみくじ筒を受け取った。
教育番組であれば『※よいこはマネしないでください』のテロップが入るところである。
日下部少年は筒の口のところの栓を抜く。
それから両手で持ってどこどこどこどこ振りまくる。
しゅこん、とくじが出たのを、ローブの男が空中でキャッチした。
そしてそのくじ札を見て、叫ぶ。
「むむっ、これは!」
「そ、それは!?」
「喜べ少年! めちゃくちゃいいことが書いてあるぞ!」
「めちゃくちゃいいことが書いてあるのか!」
日下部少年は飛び上がって喜んだ。
男は頷く。
「うむ……。『恋愛:待ち人すぐそば』だそうだ」
「すぐそば!?」
日下部少年は素早くあたりを見回した。
しかし片町少女の姿はそこにない。
「いないじゃないか!」
「まあ待て、そう焦るな……。ここにこう書いてある。『二十分後、声に出して願い事を言うが吉』と」
「そ、そんなに具体的に!?」
「ああ。これはすごいおみくじだからな」
「す、すごい……」
日下部少年は感極まったようにそう呟いた。
じーん。
そして目を瞑り、瞼の裏に二十分後、いい目を見ている自分のことを想像してみた。
これはもうものすごくいいことがあるに違いない!
「あ、ありがとう怪しい人――!」
礼を言おうと目を開けると、すでにそこに男の姿はなくなっていた。
「……?」
日下部少年は首を傾げた。
一体あの男は何だったのだろう?
「ま、いっか!」
しかしすぐに気を取り直して、列に並び直すことにした。
指定されたのは二十分後。
今から並び直しても十分に間に合うことだろう。
そして彼は、並んでいる間にふと、一体何を願うのか、具体的には考えていないことに気が付いた。
ということで、それを練りながら時間を潰すことにする。
何しろ『待ち人すぐそば』である。
それにちなんだ願い事がいいのかもしれない。
たとえば、そう。
これから三ヶ月、ずっと片町の隣の席になれますようにとか。
いや、贅沢を言って、来年度も同じクラスになれますようにとか。
いやいやもっと贅沢を言って、片町が隣の家に引っ越してきますようにとか。
願いを練れば妄想が膨らむ。
日下部少年の頭の中には、めくるめくロマンスが渦巻いていた。
しかし日下部少年、いざ拝殿が近づくつれ、思考が別の道を辿るようになった。
その頭を冷やしたのが、神社の雰囲気だったのか、それとも冬の空気だったのかはわからないが、こうした考えが頭を過ったのである。
待ち人すぐそば、なんて言ったって、今ここに片町はいないじゃないか。
そしてリフレインするのは、年末の後悔であった。
あのときちゃんと誘えていれば。
今頃、隣に片町がいたはずだったのに。
日下部少年は賽銭箱の前に立つ。
五円玉を入れながら、すでに心は決まっていた。
奇跡でも何でもない、こんなこと。
願い事なんかじゃなくて、ただの決意表明みたいだけど。
二礼、二拍手。
「今年こそ、ちゃんと好きって言えますように」
一礼。
と同時に。
「誰に?」
聞き慣れた声がした。
自分のすぐ後ろから。
「…………」
おそるおそる日下部少年は顔を上げる。
そこには見慣れた、さっきまで頭の中に思い描いていた顔があって、いたずらっぽく笑っている。
「あけおめ」
「……あけましておめでとうございます」
「で、誰に?」
有無を言わせぬ調子で、片町少女は聞いた。
日下部少年はついさっきの決心もどこへやら。
あわあわと顔を赤くするやら、神妙な表情で一歩踏み出そうとするやらで。
結局は、こんなことを考えていた。
ああ、神様。
新年早々、大ピンチです。
【待ち人すぐそば。 ここまで】
【待ち人来まくり。 ここから】
「ふんふふ~ん」
新春初詣。
元日から神社の境内で、上機嫌にハミングする少女が一人。
名前を片町と言う。
片町少女の来た町の神社はそこそこ大きなところである。
ゆえにあたりには人がたくさんいる。
片町少女の来た街の神社では縁結びと家内安全の神様が祀られている。
ゆえにあたりにいるのはカップルや家族連ればかりである。
カップルと家族連れの集団の中、彼女はスキップするような足取りで歩いていた。
見てわかるとおり、彼女は人生エンジョイ勢である。
片町少女についてちょっとだけ解説しよう。
大体何でもできる。
大抵の行動に悪意はない。
大分人とズレている。
こういう人物に惚れるとおおよそ気の毒な目に遭うのがお決まりである。
彼女はクラスで学級委員をやっている。
そして、もう一人の学級委員、日下部少年からどうやら惚れられているらしいということに気付いている。
ゆえに、年末の校内大掃除の片付け終わり、日下部少年が自分を初詣に誘おうとしている。その気配は完全に読み取っていた。
「あのときの日下部くん、かわいかったな~~~!」
日下部少年は大変気の毒である。
雑踏の中、多くの人々は晴れやかな顔で新年を祝っている。
にこにこと笑う片町少女は、完全に周囲の温かな空気に溶け込んでいた。
ここが縁結びの神社であると、彼女は知っている。
しかし特段、願掛けに来たわけではない。必要な赤い糸はすでにしっかり握りしめているし、手放すつもりは微塵もなかった。
単に近所だっただけである。
通学路の途中で見かけるときには人気なんて全然ないのに、こういう日ばかりは混みに混む。
しかし一年に一度くらいなら、こういう不思議な行列に並んでみるのも楽しいかもしれない。
彼女は軽やかに、参拝客の列に並んだ。
列は長いが、動きは鈍くない。
門から拝殿までずらずら続いた列は、鈴ががらんがらん、お賽銭がかつんかつん鳴るたびに、ずんずん進んでいく。
中腹あたりに差し掛かったころ。
近くのカップルが最近見た巨大すぎる紅白パンダの話をしているのに、片町少女が耳を傾けていると。
「そこのあなた」
声がした。
「そこのあなたですよ」
男の声だった。
それはそれとして紅白パンダの話は最高潮に達していた。パンダの指が実質七本であることが、十四進数文明へのカギになっていただなんて――。
「そ、そこのあなたです! お花とかが似合いそうな……う、美しいおじょ、お嬢さん!」
自分のことだ。
片町少女はパンダ迷宮から顔を上げ、ぐるりとあたりを見回す。
目が合った。
真っ黒なローブを、頭からすっぽり被った長身の男と。
「そう、あなたです」
「あれー、日下部くんだ」
「ひ、ひひひひっひひひひ人違いです!」
ローブの男はあからさまに動揺していた。
片町少女は、これは楽しいことになったぞ、と畳みかける。
「日下部くん、それ私服? 独特なセンスだね」
「あっ、いや。ちが、これはいつもこんな格好してるわけじゃなくて、ていうか俺は、あいや、私は日下部なんて名前の男では……」
「そっかそっか。日下部くんがそう言うならお姉さんは何も言わないよ」
「だからちが、」
「違うの?」
「――俺は謎の占い師! さあお嬢さん、このおみくじを引くといい! 今ならなんと無料!」
黒いローブの男は、手に『おみくじ』とでかでか書かれた筒を持っていた。
小さく棒が通るような口がついていて、筒を振ってここからくじを出すらしいことがわかる。
わかったが。
「やだ」
「な、なぜ」
男の問いかけに、片町少女は、うーん、と指先を口元に当て、言う。
「なんかそのおみくじ箱の中、一個しか棒入ってなさそうだし」
「え」
「『~~すると吉』みたいなことを書いておいて、私の行動をコントロールしようとしてる気がするんだよね」
からーん、と。
男の手からおみくじ筒が落ちかけて。
寸前で空中キャッチされた。
「ここまで俺の行動を予測するとは、やはり……」
「うん?」
「片町、君もタイムトラベラーだったんだな」
「?」
?だった。
片町は思った。
日下部くん、新年早々頭のネジが外れちゃったのかな?
「なんか……あれだね。まるで未来から来たみたいな言い方だね?」
「…………!」
「おみくじと合わせると……、あれだね。どうにかちょっとしたことで過去を変えようと来たみたいだね?」
「そ、そこまでお見通しか……」
観念したように、ローブの男はフードを取った。
実際のところ十割当てずっぽうだったので何も観念する理由などなかったのだが、とにかくフードを取った。
「片町の見抜いた通り……、俺は未来から来た日下部だ。まさか、こんなに簡単にバレてしまうとはな……」
そして現れたのは。
大体二十歳になったころだろうという、日下部の顔だったのである。
タイムトラベルしてきた未来人だ。
片町は普通にびっくりした。
しかし心理的優位を保つため、表面上は平静を装った。
「わー、日下部くんが増えたー」
それはとりあえず場を保つための、何気ない一言だった。
が、効果は異様に劇的だった。
この言葉を聞いた日下部(二十)は、ぴしゃーん、と。背景に雷鳴が轟くような、驚くべき驚きようを見せた。
片町少女は思う。こういうところが日下部くんは面白いんだよなあ。
「そこまで。……そこまでか。わかった。観念しよう。おい、もういいぞ」
何やら日下部(二十)が背後の茂みに向かって合図をした。
片町少女は驚かないように気を引き締めた。
すると次には、ぞろぞろと日下部青年集団が茂みから出て来た。
日下部青年集団。
集団である。
つまりは日下部(十八)、日下部(十九)、日下部(二十一)、日下部(二十二)が出て来た。
あらかじめ顔を出していた日下部(二十)と合わせて計五人。
そう、今や片町少女の目の前には、五人の日下部青年が立っているのである!
片町少女は思った。
増えすぎ。
「片町が見抜いた通りだ。俺たちはそれぞれ、タイムマシンを使って、十六歳のこの正月にやってきた。――そう、過去を変えるために」
日下部(十九)が言った。
いかにも深刻な言いぶりに、片町少女は最近見た映画のことを思い出しながら、もしかして私って今年くらいに死んじゃうのかな?と考えた。
考えて、まあ日下部くんの言うことだし絶対そんな切羽詰まったことじゃないよ、と結論付けた。
というわけでまた当てずっぽうで。
「最大七年経っても、私と何の進展もなかったから、みたいな話?」
返ってきたのは沈黙だった。
神妙なタイプの。
片町少女は本当に、人生単位で数えても珍しく、己の行動について反省をした。
次の瞬間には、未来の行動について反省する人間も珍しいなー、と感慨に浸っていた。
日下部(二十二)がおみくじ筒を日下部(二十)から奪い取った。
次にそれを日下部(十八)が奪った。次には日下部(十九)、(二十一)。一周回って、二周回って、最終的に五人全員が手を添えながら、片町少女の前に筒を差し出した。
「頼む」
「何も聞かずに引いてくれ」
「後生だから」
「あの、本当に」
「お願いします」
必死だった。
「えー。やだ」
無慈悲だった。
五人中四人が膝から崩れ落ちた。
唯一崩れ落ちなかったのは日下部(十八)。若さゆえの強さだった。しかしそれでもショックは隠しきれず、こう呟く。
「や、やっぱり過去は変えられないのか……」
日下部青年集団は、互いに互いを支え合いつつ、千鳥足で茂みの奥へと去っていった。
片町少女はそれを、また未来でねー、と見送る。全員最後にはだらしのない笑顔になった。
さて。
片町少女は急いで行列に並び直した。時間的には問題ないとは思うけれど、もう少し余裕を持って待機しておきたいと思ったのだ。
大体日下部青年集団がやろうとしていたことの見当はついていた。
事前に来ていたであろう、この時代の日下部少年におみくじと称して、実質の指示書を渡す。
その後来た自分にも同じようにして指示書を渡し、上手いことその組み合わせで関係を進展させるような計画だったのだろう。
進展。
望むところだった。
今のつかず離れずな状態も、片町少女的にはとても楽しい。
しかし楽しすぎて七年近く続けてしまうなら、ある程度早めに見切りをつけることも大切だ、と思う。うっかりすると一生やってしまう。
と、いうわけで、片町少女は日下部青年集団の計画を利用することにした。
なぜ素直におみくじを引いて計画に乗ってやらなかったのか――。
片町少女は思う。
だって、日下部くんの予想通りに何かするよりも、日下部くんの意表を突いてびっくりさせた方が楽しいし。
するすると動いていく列。
その間、逸る気持ちを押さえて彼女は予測を立てる。
日下部少年にはどんな指令が下されたのか。
大方、『声に出して願い事を言うと吉』とかだろう。
すると自分に下されるはずだった指令は何だったのだろう。
人の望みを叶えてあげると吉?
何となく、そういう真正面からじゃない進展の仕方は、らしくない。片町少女はそう思う。
それとも同じように、声に出して願い事を言うと吉?
自慢じゃないけれど、そんな言い方をされて進展につながるような願い事なんて、絶対言わない自信がある。片町少女はそう思う。
そうすると案外、ひょっとして。
気付けば賽銭箱の前に、日下部少年の背中が見えていた。
自分の存在に気付かれないよう、片町少女は音もなく忍び寄る。
目の前で、二礼、二拍手。
そしてその背筋が、ぴんと伸びたのを見て、彼女のひょっとして、は確信に変わった。
やっぱり、願いを叶えるとか、そんなに強めのお願いじゃなくて。
きっとこれは。
聞いてあげて、とかそれくらいの。
「今年こそ、ちゃんと好きって言えますように」
一礼。
と同時に言う。
「誰に?」
「…………」
びくり、と一瞬震えた日下部少年が、ゆっくりと振り返る。
片町少女は、ばっちりと目を合わせて、にっこり笑った。
「あけおめ」
「……あけましておめでとうございます」
「で、誰に?」
有無を言わせぬ調子で聞く。
すると日下部少年は目に見えて焦り始め、どんどん片町少女は楽しくなってくる。
わたわたする日下部少年をにんまり眺めながら。
結局は、こんなことを考えていた。
さあ、日下部くん。
新年早々、ふたりの大チャンスです!