第6話_神様達の敗北(カトレア編)
ドガッ! バゴン! ズビュン! ゴン!
コスモタワーとメビウス・ラウンズの駐車場で物騒な重低音が響き続ける。此れが打撃音だと言うのだから、狙われていた神様6名は堪ったものでは無かった。夫々のやり方で、取り敢えず回避と防御に専念する。
なのに我慢できない奴と言う者は、何時でも何処でもいるものである。あの戦線分岐時、ミコを追おうとしたのに駐車場に吹っ飛ばされ文句も一入の落が不満を爆発させたのだ。
「もう待てへん! ウチにはミコちゃんと契約っちゅう大事な使命があんねんで! おまいら、こんな問題も解けへんかった小娘一人、ウチに言われんでもささっと片付けや!」
「そうしたいのは山々だけどよう、落……」落の八つ当たりに反応したのは同じ盗まれた組の礎、雷、球の男神3名。幽と失の女神2名は、落の愚痴なんぞ何処吹く風と言わんばかりに相対している花一族の女委員がホームランバットで打ち飛ばしている車や鉄柱を受け流しながら受け止めながら、遊んでいた。闘っていた。其の貴重な時間を使っての作戦会議である。先ずは礎が口を開く。
「あの女のホームランバット、マジで神器レベルの珍品なんだぞ。宝ほどじゃないけど知ってんだよ、今の世界が人間・生命世界、その2世代前、精神・競技世界で伝説のスラッガーが愛用したという『当たれば場外確定のホームランバット』だぜ? 見てんだろ、あの女委員がバットで当てたもんは硝子の破片、砕けた石ころ、果ては今なんか車をかっ飛ばしているんだぞ。あんな物で俺達打たれたら防護境界の界面迄ひとっ飛び。二度と再起動はできねえだろうよ」
「礎の言う通りだ。故に俺っち達は避けるしかないわけだしな」
「ならどうする言うん、雷?」落の難詰に、問われた雷は視線を男神の残る1名、球に流す。球は「ならば!」と無駄に熱く拳を握りしめて落の求めた答を語り出す。
「あのホームランバットを奪えばいい。其れだけのことだ。此処には泥棒の神である扉は居ないけど、存在・機能を無くすなら失の“機能双失”で充分事足りる。幽の幽具で得物の特性を削ってもいい。まあつまりアレだ……某達は後方支援だな」
「さよか。成る程なあ……聞こえたかいな幽、失! そうゆーわけやさかいおまんらに其の生意気女委員の処理は任せるで!」
「り、り、り、りょうかい了解……? 失、お、お、お遊びはここまで此処迄……ね」
「そうよ幽。先ずはこの子を倒す。そうすれば失が幽の設計図、ミコから取返してあげる。ううん、違う……失と幽、二体でやろうね」
「あ、あ、ありがと有難……う。う、う、う、う、うれしい嬉し……い」
元々不確定な特性はあったけど、あの日ミコに設計図を奪われてから殊更情緒不安定にもなってしまった幽の親友に宛てた辿々しく、不気味だけど正直な想い。その詞は“カタチ”になっていなくても、失の心に火を着ける。2名掛りで相手のホームランバットを封じにかかる。
(接近戦は相手の方に分が有りそうだけど……覚悟を決めるしかないわね。いくわよ!)
そう決意した失がやった事は、突進して間合いを詰め、女委員の眼前に迫り、自分の片腕を伸ばす事だった。狙いは女委員の持つホームランバット。でも突然の事に相手は回避回転行動を取ったので、バットに触れることは夢と終わった。其れでも挫けない失はバットを握っていた女委員の左腕を掴む。
「があっ!」女の悲鳴が響く。なぜなら其の刹那、伸ばした失の片腕と一緒に、女委員の左腕も綺麗さっぱり消えてしまったから。
「くっ……」女委員は隻腕となりつつも得物のホームランバットを残る右腕で掴み横に凪払うように振り回す。このままじゃ当たって吹っ飛ばされる――失の窮地に後ろから幽が不安定な身体の特性を活かして両腕を伸ばし、自分の元へ引寄せる。女のバットは空を斬ったが正に文字通り。斬られた空気が圧縮された空気刀となって何故か都合よくそこにいた落達援護班の直ぐ近くを掠めていた。避けたようで取り敢えず安堵はしている。だから後ろは振り向かない。
「失。だ、だ、だいじょうぶ大丈夫……? ね、狙いはずしちゃった外しちゃっ……た?」
「うん、避けられた。“機能双失”で道連れにできたのは左腕だけ。しかも善く善く考えたら四肢を封じても意味ないわよね。花一族は枝骸装甲で四肢を幾らでも補えるんだから。やっぱ狙うはバット一本だけど、あの子勘が良いしなあ。先みたいに避けられたらどうしようもないし……頭で“機能双失”は避けたいし。やっぱ足か。幽、おぶってね」
「う、う、う、う、うんう……ん。幽も、い、い、い、一緒にこうげき攻撃する……ね」
2名だけの会話で頷き合った失と幽。すると今度は左腕を失った失よりも前に、ふわりとした服装で体型を読ませない幽が先陣切って女委員へと走り出す。其の両手には、タケの短い虫取り網が握られている。
女委員は隻腕で構えた。右手で振るので“YAQOO!”的に言えば左打者の格好だ。打たれたら場外防護境界は確定、そんな切羽詰まった状況を更に詰め二つの影が対峙する。
先んじて振られる女委員のホームランバット。しかし幽は持ち前の“不安定さ”で身体を幽体へとシフトしてバットに当たりこそしたものの、バットの特性が実体よりだったが為吹き飛ばされることなく、擦り抜ける。
「なっ!」驚く女委員の叫びも他所に幽は女の身体をも擦り抜けながら両手に持っていた短い網で女委員の身体を掬う。其の途端、女は立つ事が出来なくなり、ガクッと膝を降ろす。其の好機を逃さず幽は最後迄擦り抜けて女の背後に回り込み、羽交い締めにした。
「うっ!」「失! い、今やってやっちゃっ……て」
「ありがと幽、失流“機能双失・挟み蹴り”!」
そう大仰な技の名前を唱えた失は空中から女委員の持つホームランバットを両足で挟む。
足とバットがぶつかる――其の時又、先程と同じ現象が起きた。
失の両足が消えて無くなり、同じように女委員の得物だったホームランバットも消えたのだ。其れを確認した後幽と失は女の眼前で間合いを取る。足を失った失の身体、上半身は幽が背中に抱いていた。其処に此れ迄後方支援を謳っていた男神4名も駆けつける。
一方得物を失った女委員はと言うと……立つことも出来ずに倒れそうになる処を、枝骸装甲を展開し、無理矢理杖で身体を支え、何とか自立姿勢を維持する。其れでも自分が不利なのは理解しているようで、こんな負け犬の遠吠えを吐いてきた。
「そこの短パンオーバーニーソックス、ポケットだらけのジャケットを着た夜の神失=ナイトメアですね。私のバットと、左腕を消してみせたのは。そして短いマントにロングスカート黒タイツ、ジッパー式のブーツを履いた留守の神幽=クリスタルがそれを援護したってわけ……いいえ、それだけじゃない。あの実体のない道具で私の身体から立つのに必要ななにかの要素を奪ったんだわ」
「よく判っとるやないか。概ね正解や。失と幽はウチら4体よりも実戦派やからな。其の結果がこのザマや……どうや、得意の得物を失って、当たり前に身体も動かせへんようになった気分。ん?」
落が悪辣さ全開の嫌味を奥面も無く口にする。実力的にも後方支援、援護に賢明にも当たっていた4名の男神は、昂っていた。止めは自分達のもの――其れがあの時前後の役割を確認した時に思話通信で交わした“取引”だから。
一人の非力と化した女に、迫る4体の男――如何にも空想や妄想でよく有りそうな、エロスとバイオレンスを感じさせる光景。其れが現実に――ならなかった。
突如4名の男神を空気が遮断する。前後に区切られた空間に、横殴りで叩き付けられる大量の水。其れが海水なのが更に拙かった。4体のうちの1体、雷=ダークサイドが得意の電撃をもう身に纏っていたからだ。男神4名、全員感電。
痺れ焦げて動きの停まった4名から海水が引く。溺れる事こそ無かったが、焦げた身体に海水が触れていたので皮が染みてしょうがない。その隙が拙かった。突然の襲撃は此れだけではなかったのだ。旋風、小さな竜巻のように回転する人と思しき空気の塊。其れが海水が流し込まれた方向から文字通り風速の速度で迫ってきて、球、雷、礎、そして落の順に舞うように傷と思しきものを付ける。余りに早い其の攻撃は、身体を電磁波化させ物理攻撃を封じられる筈の球の反応速度をも上回っていた。
そしたら失と幽が以前遠目に見たのと良く似た事が再現された。傷口から黒い影が飛び出し、4体の身体を黒い封印状に変えてしまったのである。4枚の黒い封印状は先のように消える事は無かった。その場にがま口チャックで食らうミコが駆けつけたからだ。同時に自然学派風の女と海流の女、自然学派の女も駆けつけ、最後にミコの近くで旋風に覆われていた花一族の三人居た中の別の女委員が現れた。此処迄集まるなんて――失と幽は動揺する。其れは詰り、他の神様仲間が破れた事を導くからだ。
「カトレア、危機的状況ね。助けにきて正解だったわ。この失と幽のコンビは、今回参戦している神様連中の中じゃ、焰や整、帳に並んで強敵だから」
「ミコ、あいつら私の棍棒を奪いました。身体もうまく動かせないです」
ミコと相手をしていた花一族の女委員が現状把握の会話をこなす。此れは拙い。足手纏いとは言え4名減らされた事と言い、戦略的に不利だ。此処は一人を闘えなくした成果で以て唯一闘っている空中に合流すべき――そう結論付けた。
が、神様よりも人間の行動の方が早い時がある。この場合がまさに其れ。ミコが影帽子のがま口チャックから一丁の拳銃を取り出すと、一発失と幽に向かって瞬息の射撃。避ける事も出来ず、失と幽は其れを食らってしまう。すると、失と幽の身体に変調が起こる。失が“機能双失”で自ら犠牲にした左腕と両足が戻り、幽も幽で、幽体と実体の狭間を高速で行き来するようになっていた。其の事実――特に失が無くした機能が戻ってしまった事は致命的な油断と失敗。何故なら、“機能双失”で互いに失ったモノは、設計図を持つ失がいずれ快復してしまうと相手も取り戻してしまうからである。慌てて確認すると、やっぱりそうなっていた。相手にしていた花一族の女委員から奪った片腕とホームランバットが、戻っていたのである。しかも女は仲間に快復信号と思しき信号治療を受けていた。あれでは幽の幽具効果も遠からず治されてしまうだろう。
絶体絶命マジピンチ。もう撤退だ。合流だ。本格的に踵を返そうとした途端、身体が動かない。風の圧力――風殺空獄に囚われていた。
失と幽は怯えを隠さない目で敵の方を見やる。すると機能快復を終えた女委員がホームランバットを刀のように構え、跳躍し大きく振り被って襲いかかってきた。見ただけで判る。あれは脳天割りなのだと!
「覚悟しなさい。これが私の大当たりです!」
そう告げる女委員。頭の後に振り被ったバットには神の目をして判る強大なパワー。あれは幽体の幽でも一撃必殺だろう。走馬灯にも似た経験をした失と幽は今にも必殺の一撃を食らうかという時。咄嗟の行動を起こしていた。
「降参します! 負けでいいから、もう止めて!」
と。等と、風殺空獄の中土下座して、神様2名夜の神失=ナイトメアと留守の神幽=クリスタルは異口同音に同じ詞を、降参宣言を口にしていたのだ。普段あの辿々しく微妙な口調でしか喋れない幽でさえ失に合わせて同じ早口を叩いたのだから相当だ。幽がいざと言う時には空気が読める神様ということもあるが、其れ以上に2体して恐怖したのが最大要因。
その詞を発し、もうダメかと目を瞑っていた失と幽。だが祈る時間があった。恐る恐る目を開けると、目の前見上げる位置にバットを持った女委員が、そして振り下ろされそうになっていた其のバットは、ミコの黒い手で停められていた。
(た、助かったあ〜)
失と幽は倒していた上半身を起こすや否や腰を抜かして抱き合った。「い、い、いきて生きてる……ね」と幽が涙ながらに失に詞を掛けると、失も幽の豊かな髪を撫で、「生きてるって素晴らしいわね幽」とやはり涙を流して応えたのだ。
其の状況を眺めていた、バットを構えた女委員もミコの黒い手に促されるでも無く、自分からバットを降ろし、戦闘体勢を解除した。風殺空獄も解除され、対面できる状態になったので、腰を抜かしてへたり込んでいる失と幽に女委員だけでなく、ミコ達も続々とやって来た。そしてやはりこの女、ミコ=R=フローレセンスが代表して声をかけて来る。
「負けを認められるか……素晴らしいわ失、幽。神様とて、死ねば終わりだものね」
「魚が同じこと焰や失と幽達に注意していたよ。泉が死んだ事実をわきまえろって」
「さすがはミス・ブラックナチュラル。考えどころが違うわね。で? 死にそうになった気持ちはどうだったの? 失、幽?」
「こ、こ、こ、こ、こわかった怖かった……あ」
「ええ、マジ不老不死の設計図を持っているはずの神様が“死ぬ?”って予兆を見せられたわね。さすがは伝説の名具、ホームランバットよ」
泣きじゃくる幽を胸に抱きとめながら失が自分達に敗北の決定打となった伝説のホームランバットを指差す。其の持ち主である花一族の女委員は「これ、伝説の鈍器とかじゃないんですか?」とバット其の物が可哀想に思える台詞を吐いてくる。
でも失も幽も其のバットの正体、由来について語ることはしなかった。此の惑星の文明で2世代も前の『精神・競技世界』、優に50万年も前のことだ。そこで一番人々を燃やし熱狂させていたスポーツ“YAQOO!”の話をしても判らないだろう。『精神・競技世界』も前の文明世界も完膚なきまでに廃れ、リセットされた歴史なのだから。
そう、其のホームランバットという、数少ない例外を遺して――。
だから失は「いいえ、大したことじゃないわ」と前置きした上で、其のバットが古の名具であることだけを伝えた。実際、打ってるものはボールではないものの、フォーム等は実に“YAQOO!”当時のものに則っていた。おそらくはあのホームランバット自体に所持者に実績の記録と技術の記憶を無意識下で伝える効果があるのだろうから。
ただ、大切にしてやりなさい――そう言うと、其の女委員、「勿論です。愛用品です」と女性にしては低めの声で、でも愛らしい微笑みと一緒に可愛く答えたのだ。
「あ、あ、貴女なまえは名前……は」「うん、そうね幽。失も知りたい。この子の名前」
気付けば幽と失はホームランバットの所持者である花一族の女委員の名前を訊いていた。単純な興味。でも自分達を敗北に追い込んだ者の名を知りたいと言う、極々自然な、当たり前の欲求。神様は気紛れ、でも時々素直だから。
「私は花一族諜報工作員総括兼審査部門管轄委員カトレアです。神様に名前を訊いて戴けるなんて大変光栄ですわ。失様。幽様」
互いに目を向け合い、心を通わせる神様2名と人間一人。やがて時が十分経つと神様達は、「行きなさい。最後の戦場へ」と出発を促す。
その詞を聞き入れたカトレア、そしてミコ達六人の人間は、気象一族伝統の羽根、花一族枝骸装甲の羽根、そして自然学派空の加護で――かつて人間が神様に近付こうと、空を飛ぼうと各々のやり方で向かった成れの果ての方法で最後の戦場、焰、整、帳、熱と花一族の女委員最後の1人が闘うコスモタワー周囲の空中へと飛び出した。
「い、い、泉も、こんな気持ちだったのかな、だったのか……な?」
「さあね。でも魚の言う通り、ミコが来て神も死ぬこと負けることを知った。人間は強いって知った――ひょっとしたらこれは、失達自身を新たなステージへと導くのかもね」
地面に座ったまま、肩を寄せ合い、黒と光の夜天を見上げる失と幽。勝負して善かった。そして……降参し負けを認められて善かったと。実は結構実力派だった2名の神様、夜空に瞬く人の輝きを飽くこと無く眺めていた。




