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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第3話 野に雪を。雪に背中を。
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第3話_ミコちゃんは一族からまだ追っかけられる

 夢を見ていた――スノウにはその自覚があった。これは夢だと、わかっていた。

 レインさんが自分を抱きかかえてくれていた。さっきまでと変わらない、あの暖かい笑顔のままで。なにかを語ってくれている。でも夢の中じゃ、聞いたことも憶えていられなくて……ごめんなさいレインさん、起きたときに聞かせてください。そう答えるとレインさんは小さな声で「またね」と言って、静かにわたしに背中を向けると、洞窟の入口から飛び立っていった。自分自身である影帽子のがま口チャックから、懐かしい、黒い羽根を取り出して。

 歩くんじゃなくて飛んじゃうんですか?

 意地悪なんじゃないですか?

 そう訴えてももういない。

 背中は空に飛んで消えた。

 ただ、代わりに歌が聞こえた。誰かに呼ばれているような……。身体が自然と動くような……。そんな感じに自分をコントロールされているような、変わった歌を。でも聞き心地はよかった。そういえばレインさんも歌が聞こえたから問題を解いたとか、そんなことを言っていた気がする……。気がするのだが……あれは、一体……?

 そしたら、洞窟に誰か入ってきた。レインさんではない。それは――。

「おい、起きろ。スノウ!」

「うーんっ。う? え……ひゃいっ!」

 スノウは身体を揺さぶられる感覚を受け、居心地の良い夢から、現実と幻想が絡まり合った夢から呼び覚まされた。瞼を開くと、そこにはよく見る顔、よく知った顔があった。

「うわぁ! シャイン! クラウド! なんでぇ? どうしてぇ?」

 スノウは寝袋に入ったまま器用にぴょんぴょん飛び跳ね距離を取った。ひとつに纏まった足先でぴょんぴょこ立つ姿は、まるでミミズが立ち上がったかのようだ。蛇じゃない。要注意。

 とにかくスノウはまずパニックに陥っていた。レインがいないのは納得できるが、代わりになぜシャインとクラウドという気象一族でも屈指の実力者二名がいるのか、それが不思議でならなかった。

 かくかくしかじかとそれを伝えると、二人の益荒男(ますらお)は「外にはウィンドもいるぜ」と軽口叩きつつ、二人して携帯を取り出した。そこにはこんなメールが表示されていた。

 スノウは二人して携帯を見せる意味が最初分からなかったが、よーく覗き込んでみると一通は自分の携帯からのメール。もうひとつはミコ=レインの携帯から送られたメールだった。スノウの携帯からのメールはこうなっていた。

 

 レインさんを捕まえた。わたしが一番。今洞窟。

 

 対してレインの携帯からのメールはこうだった。

 

 スノウに捕まっちゃった。まあ逃げるけど。他の連中には捕まらないわ。

 

 以上、二通のメールがシャイン、クラウド二人の携帯にそれぞれ映し出されていた。レイン一流のお節介にしてアフターケア。寝袋から脱皮しながらもそれに気付いたスノウはなんだか胸が熱くなるが、益荒男二名がそれを許さなかった。

「スノウ! 逃げられたとはいえ、お前の成し遂げたことは偉大にして意義がある。年寄り連中の言いがかりからは俺達とウィンドが守ってやろう。そのかわり交換条件だ。ここであったこと全部話せ。1から1000まで全部話せ。俺の嫁、レインと一体何を話したんだ、さあ!」

「おいおいシャイン、いつからレインはお前の嫁に決まったんだ? お前より俺だよ、レインの花婿に相応しいのは。クラウドとレインこそベストカップルなんだ。ああ、あの美尻に敷かれたいぜ……」

「尻じゃねえ! レインの魅力は究極の脚線美にこそあるんだ! あの美脚で無下に踏まれる――それこそ極上の快感だろうよ!」

(出た。自分勝手な俺の嫁発言にドMな性癖暴露。だから女連中の受け良くないのよぉ)

 スノウはレインの伴侶を自称する二人の益荒男の唯我独尊ぶりに眉を顰めつつ、その二人に迫られていたんじゃ逃げ場がないともわかっていたので、お望み通りこの洞窟でのレインとの会話内容を全部話した。1から1000まで、包み隠さず。

 スノウの話を聞き終わったシャインとクラウドは実力者の名に違わない、その尋常でない頭脳でもって、たちどころにレインと神々の事情を理解する。それはスノウが及びもつかないスピードだった。

「ふ〜ん、ミコ=R=フローレセンスか。携帯メールの差出人名で見たときは『は?』って思ったけど、レインの別名なら素敵かもね。さしずめこのクラウドを祭る巫女ってとこから取ったんだろう。健気な女だ。早く捕まえてやりたいが、それが新たな問題として神告宣下されるまでは、しばらく様子見に入るとしよう」クラウドが長い髪をいじくりながら喋る。

「ふっ、お前はおめでたい奴だなクラウド。レインの思考は俺達よりも更に至高、だから神の問題も解き明かしたんだぜ? そのレインの別名義名乗りにかける思いなど、俺達の及ぶところではないことと知れ。だが、様子見には賛成だ。レインは神なんかにゃ捕まらねえ。そうなればいつかあいつを捕まえることが新たな問題として神共から布告される。それを見事解決して捕まえる、それこそがあの女に対する最も効果的なプロポーズだからな」

 下唇に指を当て、洞窟斜め上の土天井を見上げながらシャインが一人言のようにぼやく。二人ともスノウの話から無駄な肉を削ぎ落とし、必要必須な情報を確認する。レインを我がものとしたいがために正々堂々の勝負に拘るところはこの益荒男二名唯一の美点と言ってよかった。裏を返せば、それ以外の長所など(全くと言っていいほど)ないのだが。

「ねえ、ウィンド姉さんが来てるって言ったよね? 話してきてもいい?」

「おう、お前はもう用済みの飼い犬だ。保護の対象として好き勝手してろ」

 スノウのお伺いに対してシャインとクラウドは一字一句も違わない返答を、絶妙のハモリでよこしてきた。本当、里にいた頃から変わらない。レイン一人に入れ込みすぎて他の女性を軽んじるところ――スノウはこんな連中にこれから保護されるのかと内心複雑な胸中になりつつも、さっさと洞窟から抜け出した。外はまだ、銀世界。

 そこにウィンドが立っていた。しんしんと振り続ける雪を、漠然と眺めていた。

「おはよう、ウィンド姉さん。外で待っていて、寒くなかった?」

 スノウが挨拶がてら訊いてみると、ウィンドはその澄み切った目をスノウに移し、柔らかく微笑みながら答える。

「大丈夫よ、わたしは寒さに強いから。それにあいつらと一緒にいると暑苦しくてかなわないわ。正味な話としてね。結果あなたに最初押し付ける形になったのは、謝るけど」

「いいですよぉ、そんなの」スノウは軽く笑って許した。レインの大らかさが移ったのかもしれない。むしろ礼を言うのは自分だろう。レインのルームメイトで一番の親友だったウィンドがいてくれたことで、こっちの方が多少救われたのだから。

「嬉しそうね、スノウ。話してくれる。レインちゃんのこと」

「うん。いいよ」

 スノウはウィンドに全てを話した。アルコ村でウィンド、クエイクと別れた後のことを全て。1から10まで包み隠さず。知っていること、得たこと全てを。見た夢の内容まで話したのは、ひとえにウィンドが聞き上手だからだ。

「なるほど……あのバカ二人が当面自分を追わないように仕向けたのね。さすがだわ、レインちゃん。……いいえ、今はミコちゃん――なのかしら? だとしたら、ちょっと寂しいかな。一人先を行かれちゃったな。ずっと隣にいたつもりだったけど……」

「ウィンド姉ぇ……」

「ねえ、最後にひとつだけ訊いていい?」ウィンドが澄んだ目に力を込めて願い出た。勿論スノウに断る余地などない。訊かれるままに答えるだけだ。何を訊いてくるのか、正直に気になってもいたから。だから聞いた。ウィンドの求めるものがなにかを。

 ウィンドが雪の中白い息を吐き深呼吸して問うたのは、次の質問だった。

「レインちゃんの髪は、まだ桜色だった?」

 言われて一瞬、スノウは固まる。だがすぐにその意図することを察し、落ち着いた表情で、「ええ、綺麗な薄紅色――桜色で変わりなしだよぉ」と答えた。

「そう……じゃ、早い方がいいか。忘れられないうちに」

 ウィンドはそう呟くと、懐から携帯を取り出し、指が消えて見えるほどのスピードで文字入力を行う。スノウに見えたのは最後の一押しだけ。

「なにしたの?」気になってスノウは聞いてみる。

「レインちゃんからのメールに返信したのよ。ほら」

 

 久しぶりね。わたし、元気です。会いたいな。改名したんだね。いい名前だよ。

 

「多分レインちゃんも待っているんだと思うの。わたしたちからの返事をね。あーわたしも見たかったなあ、レインちゃんの新しい笑顔」

「それは、一番手だったわたしの役得だよぉ。でも……姉さんにだったら頼めば見せてくれそうだけどぉ? それこそメールでも」

 スノウが思ったことを素直に喋ると、ウィンドはスノウを抱きしめた。柔らかい身体特有の弾力が、服に邪魔されつつも感じ取れた。スノウは雪の中ウィンドの腕の中で白い息を吐きながら去ったレインのことを想っていた。レインは今どんな思いで旅をしているんだろう――そう思っていたら、ウィンドの携帯に着信があった。差出人は、レイン。

 

 わたしの髪は今も桜色。変わってないよ、親友。

 

 その文面は今も変わらぬ親友への短くも暖かいメッセージ。やっぱりこの二人は凄いや――スノウはこれこそ本物の絆だと実感する。そしてそれを近くで見させてもらっている自分は、ちょっとした幸せ者なのだろうとも思った。

「あったかいね」スノウがこぼすように呟くと、ウィンドは微笑みつつ携帯電話をしまってスノウを抱え上げるとこう告げた。

「じゃ、いったん町まで戻りましょ。飛んで行くからわたしに捕まって」

「シャインとクラウドは?」

「放っておいていいわ。付き合いきれないしね」

 そりゃもっともだ――スノウも頷く。抱きかかえられるまま身と心を委ねると、ウィンドが起こした風が吹く。それに乗っかるように、スノウとウィンドの身体は空に舞った――。

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