第20話_scene6:ポスティオ
北の大陸にある交通の要衝、郵便都市ポスティオ。
その路地裏にある小さな事務所に、ふたつの男女の姿があった。
どちらもミコと面識を持つ者。男は郵便屋ソーム。そして女はこの春ポスティオ学術大学大学院博士課程を卒業した、かつてミコの助手も務めた女性、ナミコである。
二人はコーヒーを飲みながら、それぞれ手紙を無言で呼んでいる。ヒカリと名乗った女の子がソームに渡したという、ミコから二人に当てた手紙だ。
やがて無言の時間が終わり、二人はほぼ同時に視線を手紙から上げてお互いの顔を見やる。そして目を合わせるより先に、詞を合わせて話し始める。
「どうだったよナミコ。ミコからの手紙には何が書かれていた?」
「大した内容じゃありませんでした。見舞葉書や社交辞令によくある労りと労いの詞が淡々と書かれていました。ソームさんの方は?」
「俺の方も同じ。相変わらずのテンプレぶりだよ。まあ、あいつの名誉のために言っておくと、あいつの手紙ってのはいつもこんな感じだ。ただ出すこと自体が珍しいからな。貰えるだけで光栄ってことはあるんだぜ」
「そうなんですか? わたしてっきりミコさんは今まで関わっていた全ての人にこうした手紙を送ったのかと」
「そりゃ甘過ぎだぜナミコ。あいつは若くして退場したけどな、関わった奴の数は軽く億を超えやがる。内訳も人間だけじゃねえ。亜人間やら妖精やら精霊に動物、植物も含めるから知り合いなんてのは相当な数になるのさ。とてもじゃねえけど、全員分手紙をしたためるなんて不可能だぜ。最強の俗物と呼ばれたミコ=R=フローレセンスでもな」
「そんなに……なるほどです。きっとわたしたちに手紙を送ったのは出会った縁の場所が郵便都市ポスティオっていうのが理由なんでしょうね。だって、わたしたちよりもっと親しくしていたはずの気象一族や花一族の方達には手紙は送らず終いだって、ヒカリちゃんが言っていましたものね」
そうな――ソームが相槌を打つと二人は会話を一旦切り上げ、飲みかけのコーヒーを再度啜る。そしてナミコがコーヒーを飲みきると、それを見計らっていたかのように、ソームはナミコに声をかける。
「そろそろ時間だぞナミコ。お前、午後3時5分ポスティオ西駅発の列車で出発するんだろ。遅れるなよ、放浪教授」
「ありがとうソームさん。でも、心配御無用です。荷物はちゃんとまとめてありますし、ここは西駅へ徒歩10分のアクセスじゃないですか。もう出れる以上、余裕ですよ」
「そうかい」「ええ」
そう言ってナミコはカップを机に置くとソファから立ち上がり、荷物を持って退出の準備を始める。愛惜や未練といったものを一切見せることもなく、ナミコはあっという間に荷物を持って事務所のドアを開けていた。最後にナミコはソームの方を向いて一言御挨拶。
「さよならソームさん。手紙が縁を運んできたらまた会いましょう」
「じゃあな放浪教授ナミコ。たくさんの人を啓蒙してやってくれよ」
ナミコは指二本でさよならのサインを切ると、ドアを開けてソームの事務所から去って行った。彼女はミコの人生に触発されて、大学院卒業後、フリーランスの旅する教授を職に選び、ポスティオを発つところだったのだ。出発の前、ソームから「ミコからの手紙を預かっている」と連絡を受け、受け取りがてら寄らせてもらったわけである。ちなみにクララとシャーロックの夫婦には手紙はなかったらしい。まあ、そんなこともあるだろう。
ナミコは駅へと歩を進める。敬愛するミコが人生を費やした『旅』の素晴らしさを、自分自身で確かめるために――。