第20話_scene2:花一族
橋立大陸にある都市、花の都、ガデニア。その中心であるゾーン1栄華会館の一室、陳情受付係の委員スイートピーの相談室に多くの面子が終結していた。
花一族筆頭・花君様ことストック。
環境管理統括委員、コスモス。
営業・プレゼンテーション担当委員、キク。
研究現場統括委員、カーネーション。
諜報工作員総括兼審査部門管轄委員、カトレア。
スイートピーを加えて六人、ハーブティーを飲みながら優雅に、されどしっとりお茶会の会話に興じていた。
「まさかミコがいなくなるなんて、私思いもしませんでした。あの子は1000年くらい好き勝手やって、時代を創って、そして大往生するものだとばかり……」
「あたしもそう思ってた。キクと全く同意見。誰よりも咲き誇っていた花だったあいつがもういないなんてな……あちっ」
「そうね。二人の言う通りかもね」
営業トークで鍛えられた弁舌を誇るキクが口火を切り、実は猫舌なアラサーシングルの仲間カーネーションが続き、花君ストックが肯定する。既に双子の子供がいるストックだが、ミコと同年代のアラサーシングルやカトレア、スイートピーよりもミコとの付合いはずっと深い。それは多分に立場的なものである。かつての戦乱期冬夏戦国時代、一委員だったストックはその頃既に気象一族の代表権を持っていたレインことミコに、自然学派の親友エレーヌ=神鳥谷を合わせていくつかの戦果を上げていたのだ。現在の委員達はその頃はまだ一戦力、ミコも戦闘していたから多少の付き合いはあったものの、実力差からしても格の差からしてもミコと委員達では今も昔も釣り合ってないのだ。ストックがそんなことを話すとスイートピーは「では、花一族で一番付き合いのあった花君様に思い出を語っていただきましょう」と煽ってみる。ストックは気を悪くするどころか話すことにむしろ乗り気で、エレーヌやウィンド、カーレント、そして伝承楽団をも巻き込んだ事件だの闘いだのの思い出を情感豊かにじっくり語る。若き女性達の冒険譚は今若い委員達にとっては目を輝かせて聞き入る話。ストックが話し終えるとコスモスとカトレアが強烈熱烈な感想を述べる。
「すごいです花君様ー。不思議退治のエピソード、私感動しちゃいましたー」
「私もです。それと同時にミコさんの存在の大きさを改めて認識しましたね」
「そうでしょうね。わたしやエレーヌもずっと目標にしてきたのよ。ミコちゃんのようにはなれないことはわかっていたけど、自分を高めるに当たっては、『あそこまでの高みは実現可能なんだから』って自分を励まして、奮い立たせてがんばってきたの。その成果が今花君としているこの地位でもあるわけね」
「ぱるほど。その話を聞いちゃあ、サクラも萌枝ちゃんもやる気になるよねー」
「えー? サクラちゃんと萌枝ちゃんがどうかしたのー?」
「ぱれ? みんな知らないの? 二人は旅に出たよ。ミコさんの後を継いだとか言ってた女の子を追っかけに行ったんだ。名前は確かヒカリ……ちゃん、だったかな?」
「聞いてないよ!」
スイートピーの話した情報に、情報担当の委員であるカトレアを含め他の委員達が一斉に叫び、お茶を吹いた。「もう、品がないんだから」と苦言を呈するストックに「私達も行きたかったー」だの「なんで認めたんですか花君様?」とみんなして食って掛かる。ストックは全く気圧されることもなく平気な顔をして答えた。
「あなたたちには仕事があるでしょ? サクラちゃんと萌枝ちゃんは仕事を取り上げても平気だから認めたのよ。それに二人は一日とは言えミコちゃんに育てられた次代の星。ここらで見聞を広めさせた方が大きくなると判断したのよ。柿之本家にはもう言い含めてあります。サクラちゃんの上司でもあるツバキにも、ね」
仕事のできる花君様の老練老獪手練手管にスイートピーを除く委員達は溜息混じりの苦笑で答える。スイートピーが気を利かせて淹れ直してくれたお茶を口に含み、皆一様に遠くを見る。ビオトープの壁の向こう側に、遠い俗世のどこかを旅しているサクラと萌枝の姿を思い浮かべる女委員達。旅立った子供二人に羨ましさと恨めしさをブレンドした気持ちを抱きながらもその奥底では応援している。やがて女性達は焦点をお茶と仲間達に戻して再び語らい合う。庭園でのお茶会、時間はゆっくりと流れていった――。