第19話_おやすみ&おはよう
寝室。ミコとヒカリは畳の上に並べて敷いた布団の中に、寝間着に着替えてすぐ入った。しかしすぐに寝付いたわけではない。ガールズトークの花は夜に咲く。寝る前のすぐに忘れてしまう記憶状態で話す会話こそ、一番盛り上がる時間帯なのだ。
――と、思いきや。
ミコとヒカリのガールズトークは、それほど盛り上がりはしなかった。どちらかと言うと正反対にクールダウン、安らかな眠りにつくために催眠術の呪文でも唱えているかのよう――という感じの比喩が、なんだかとってもしっくりくる。まあ最初に「おやすみなさい」とお互い言ってしまっては、花も咲かない火もつかないのが至極当然かもしれない。
でも……。
「先生、起きてます?」
寝付くまでの静寂にどうも馴染めず、ヒカリがミコに話しかける。
「はい。起きてますよ」
ヒカリの呼びかけにミコも返答する。浮いて飛びそうな軽い声で。
そのまま昇天……もとい消還しちゃいそうな気になりヒカリにスッと不安がよぎる。寝る前の静寂と真っ暗闇な夜の帳が小さな不安も増長させてしまう。いろいろと“なくなりそう”なこの時間は、心在る者にとっては最も怖い時間帯。だからトークなんかをするのだろう。ヒカリはよくよく納得する。
だけど、ヒカリがそれ以上不安になることはなかった。二重の意味で。ミコの声が聞こえたことと、その“声”が教えてくれたことが、ヒカリの心を温かく包み込んだのだ。
「大丈夫よヒカリちゃん。今この場で消えたりするもんですか。“消還”されし者は、残せるものを託せる者に預けて初めて消えられるんだから。まだアレは渡さないから大丈夫。砂時計の砂はまだ落ちきってはいないわよ」
「せんせい……」
「その間にフィジカル面を鍛えてあげる。一人立ちのためには“強く”なることが大切よ。闘うためじゃない。あなたが最大限あなたらしく、“自分以外”に煩わされることなく自由にはばたけるように……ね?」
「はい……おやすみなさい。先生」
「おやすみ……」
ここで二人は口を結んだ。そのまま意識は部屋から消えた。
夜が手招く眠りと夢の世界へ。二人は一夜の旅に出たのだ。
二人が眠りと夢から醒めた日。夜は明けて外は明るかった。雨傘結界による雨は絶え間なく降っていたが、光が部屋に射し込んでいた。ヒカリは静かにうっすらと瞼を開く。
「おはよう。起きた? ヒカリちゃん」
目を開けた瞬間耳に届くミコの声。ヒカリがミコの方を振り向くと、ミコもこっちを向いていた。起きてはいたが、布団に包まったままで、顔だけこっちに向けていたのだ。
「おはようございます、先生」ヒカリも寝たままあさのご挨拶。するとミコはいつもの通り、淡く柔い笑みを魅せてくれる。それだけでヒカリはしつこい夢のしがらみから解放され、現実に帰ってこれるのだ。
「起きましょうか」「そうね」
ふふふっと笑い合って、ヒカリとミコは布団を持ち上げ、腹筋を使って上体を起き上がらせる。しばらくぼーっとしてから下半身ももぞもぞ動かし、足で踏ん張って立ち上がる。それから布団の上で寝間着を脱ぎ、私服に着替える。
ミコは白に七色をあてがった服を。
ヒカリはミコが作って贈った服を。同じ白地に同じ七色、ただし黒や灰色も混ざっている、配色や配置、模様が違う可愛い服を。
着替えた二人は手早くリビングに行き、仲良く料理した後、談笑しながら第一食を済ませる。外はかなり明るくなっていた。雨は降っているものの、実戦修行にはもってこいだったのでミコがヒカリに御提案。
「やろっか。戦闘修行」
「はい。やりましょう」
ミコの誘いにヒカリは即答。すぐに色気のある返事。ガタッと椅子から立ち上がり、二人はレインコートも着ないで雨の滴る外に出た。