第18話_コンタクトのトランペット吹き
エレクトロを完全に抹殺したミコは、其の侭暫く動かなかった。まるで勝利の余韻と若干の虚脱感に浸っている様で、周りから見ていた魚達見学衆は声ひとつかける事も出来ずに固唾を飲んで其の様を見守る事しか出来ない。
だがそんな静寂を打ち破る者達が居た。エレクトロの口車に乗ってのこのことコンタクトの国民となり、“信じる力”の源泉にされていた契約教の信者達だ。
群がっていたのは主にエレクトロに破れた魚達を拘束していた警備隊の連中。ミコの鉄球砲弾射撃で一目散に逃出していた者達が、エレクトロの消滅を見届けた後神様達と気象一族のメンバーを追越してミコの元へと駆寄ったのだ。其の時発した図々しい台詞がコレ。
「おおお! ミコ様、ミコ様はやはり我等を導かれた! 本当に恐ろしゅうございました、先達者サンダー殿がよもやあのような怪物だったとは……私共も知らぬことだったのでございます。しかし本物のミコ様はそんな我等を見捨てずにこうして駆けつけて下さったのでございますね。もう……身に余る光栄でございます」
「うーわぁ、なーんて自己中なの」
「全くだ。こんな奴等に一時拘束されたのか俺僕達」
神様仲間の辛口コンビこと翠と進が阿吽の呼吸で毒を吐く。普段なら周りが窘めている所だが、今回は余に翠達の方が正論なので皆文句を言わない。俗世の御調子者達は、こんなにも図々しいのか――と、一寸俗世が嫌いになるくらいだ。でも神様達に気象一族、何の行動も起さない。文句も其れ以上は口にしない。なぜか?
だってミコがこういう手合いを一番嫌っている事を、全員知っているからだ。
そう、ミコは信じる事も信じられる事も大嫌い。自分を崇拝しているとか宣う輩にこんな厚かましい口利かれて我慢が出来るような女ではない。きっと何かしらの拒否反応を示す筈――魚達ギャラリィは然う睨んでいたのだ。
然う思い、そして期待していたら案の定ミコは行動を起した。本当に期待を裏切らない女である。予想は軽く越えるのであるが。
注目の的であるミコ=R=フローレセンス、唐突に天を見上げる大仰なポーズをとって周囲を硬直させると、上に向けた影帽子のがま口チャックに出していた全ての道具を一度仕舞ってから何やらひとつ、或る物を吐出す様に飛出させた。
其の「或る物」を見た神様達は面食らう。何故なら其れは極々一般的で変哲も無い、ラッパことトランペットだったのだ。「あれだけ溜めといて出したのトランペット?」と、神様達はミコの行動が少々大袈裟に思えてしまい、一寸ガッカリもしてしまう。
然し其れは大いなる間違い失敗ミステイク。ミコの事を神様よりも良く知っている気象一族の面々は、ミコよりも大袈裟に騒ぎ出したからだ。
「アレは……チャーリー=P=トランペット! レインちゃん本気だ! 本気でこの国の市民を一人残らず追い出す気だよ!」
(チャーリー=P=トランペット……とな?)
ミコの事を一等良く知っているであろうウィンドが、矢鱈と耳に残る叫び声と叫び方でミコの行動を分析解説してくれたのだが、其の内容は魚達神様連中をひどく揺り動かすのであった。抑何でトランペットに「チャーリー」なんて名前が着いているのかが分らない。しかも苗字は「トランペット」、まんまである。此れを聞いて思わず笑ってしまう連中も出た。無理もない。それくらいボケているし巫山戯てもいるのだから。
そんな感じに笑いどころの道具を持ち出してはいたが、ミコ自身は真面目らしい。其れはウィンドの叫びがかなり真剣……もとい深刻と取れる点から確り読取っていた。でも、どう云う手段なのかは一向に見えてこないのだ。普通なら楽器を吹く? そんな事は神様達だって百も承知。だけど今注目しているミコ=R=フローレセンスは、控えめに云っても「普通」ではない。其れを知っているからこそ悩むのだ。
そんな周囲が注視する中、俗世の中心にいるミコは何食わぬ顔で落ちて来たトランペットを手に取り、衝撃の行動を魅せた。
手に取ったトランペットを吹いた――其処迄は納得出来るのだが、吹いた内容が大問題。
何とトランペットを吹いて「まもなく〜分岐交差路。事故発生〜事故発生〜♪」と詞を発したのである。腹話術でもダブルトークでもないのに此の御業、最早神業をも完全に超えていた。ビックリドッキリ正に『芸』術である。
然も喋った……もとい吹いた詞にはまじない系統の言霊効果が付加されていたらしい。「交差路」、「事故発生」という単語から不穏な空気を抽出して増幅発信、感情情報を戦略展開する事で此の新国家、コンタクトの市民国民全員に強烈なショック効果を齎した。
其の結果どうなったか――云わずもがなミコの勝利である。あれだけミコを崇めて群がろうとしていたコンタクトの市民達はミコの姿を見た途端この世の終わりみたいな顔をしてガタガタブルブル身体を震わせ、終いには「うわあああああっ!」と恐慌状態、悲鳴を上げて逃出したのだ。全く、呆れる程に見事過ぎる「邪魔者一掃」の後始末。其の効果は絶大で、30分も経たない内に、コンタクトの国民は全て国境ライン迄逃げていたのだ。プロマイズの街もあっという間にゴーストタウン、居るだけで寂しく空しい街へと変貌してしまったのである。ミコを崇めて肖ろうとした者達の末路が此れ――兵共が夢の跡、神様達はしみじみと栄枯盛衰の哀愁を感じていた。そして其の有様を埋めるかの様に、ミコがトランペットで一曲名曲知らない曲を演奏していたのである……。