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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第18話 レインコート 母木より外れし葉
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第18話_決着&終幕

「あれが……レインコート、なの?」

 口をポカンと開けたままで魚は絞り出す様に詞を出す。情け無い様に見えるが詞を口で発せているだけマシであった。保護した気象一族の子供達に祝や哉、紫、焰、そして魚の防御範囲外に居る他の神様仲間達は略全員、開いた口を塞げずに、声も出せずに息吸っているだけの状態だからである。皆初めて見るであろう圧倒的な光景故、無理も無い事だとは思うが、矢張り正直情け無いのではと魚は考える。戦闘に携っていた当事者としては元より、ミコの闘いを見届ける立場に成下がった、観衆としての質さえどんどん低下している感が否めないからである。

 まあ、考えるだけ野暮かもね――魚は然う結論付けて注意と意識をミコに向け直す。自身の目でミコの姿を捉える一方、左腕に接続していたfeelも展開、絵本機能を再度起動させてミコの幻視画を表示させた。ひょっとしたらあのレインコートについての情報が出るのでは――と、淡い期待を込めての行動だった。魚の視界に収まる二つの小さなミコの姿は、いつの間にか穏やかになった風を浴びつつレインコートと思しき羽織を風に遊ばせ靡かせる。まるで映画のワンシーンの様に、とても絵になるシーンであった。

 そしたら突然、feelの幻視画が自動書記に因り別の画に書き変った。最優先で捕捉していたミコの幻視画が小さくなり、吹出しが現れたのだ。そこに表示される、第一言語でのメッセージ。ミコからだ。

 

『魚さんへ 絵本の機能を使って月を今宵の夜空に持ってきてくださいまし ミコより』

 

「ミコちゃん……」

 メッセージを受取った魚は思わずギョッとして幻視画ではないミコ本体を見やる。本体のミコはこっちに振向いてはいない。何処となく不敵な面構え。視線はエレクトロの方に向けられていて、こっちを見る気は微塵も無さそうであった。確かめる事は出来なさそう……と云うより、今の自分にそんな権利や選択肢は無いんでしょうね――ミコの真意をそこはかとなく悟った魚は云う通りにすることにした。feelの幻視画を俗世惑星と月を映す程縮尺を大きく取り、夜から離れ昼の領域にある月の幻視画をRでタッチし即ムーブ。月の幻視画を今魚達がいる俗世惑星の夜側へと強制移動させる。すると其れに連動して、本物の月――夕方太陽と一緒に沈んだ月が再び空に現れたのだ。魚謹製の道具feelとRに因る環境操作の業であった。

 月明かりが夜を照らす。皆も当然気付いて驚く。其の中で唯一驚かないでいるミコが右手人指し指を一本、月に向って指差した。そして皆の視線を集めると、久しぶりと思わせる懐かしの軽口口上を夜に響かせ始めたのだ。

「月は直上照らすは直下。耽る夜中に火が灯る。幻装レインコートも羽織ったし、わたしの準備は万端よ。これであなたの寿命ももはや秒読みねエレクトロ。せいぜい悔いなく闘って魅せなさい。既にあなたにはガッカリしているからこうなっているわけだけど……これ以上わたしを失望させないでよね」

「てめえ……口を開けばことごとく人の悪口ばかりぬかしやがって、品格って詞知ってんのかって言いたくなるぜ。ホントにてめえは愚民共が畏れ崇めるミコ=R=フローレセンスなのかよ、ああ?」

「違うわよ。あなたが利用し、ここの連中が崇拝しているのはミコ=R=フローレセンスの虚像偶像理想像にすぎない。わたしはミコ=R=フローレセンスの芯像にして実像そのもの。それ以外のなにものでもない。買いかぶりすぎると自滅するわよ、わたしは全然困らないけどね」

「抜かしおるわ小娘が。変な羽織を着たかと思えば妙に自信を増しやがったな」

 エレクトロが変に芝居がかった口調で皮肉を返したが、ミコは特段気を悪くした風でもなく、余裕の態度で悠然と身に着けた羽織に付いて語り出した。

「系統樹に縛られた生命であるあなたにはわかんないでしょうね、一度死んだ気分なんて」

「何?」

「この羽織はね、幻の花衣、幻装レインコート。系統樹の縛りから外れ、唯一の自己を正しく真っ直ぐ認識した者が羽織る、わたしが人生という名の旅で行き着いた最果ての境地。絶対の自由と守護を保証する最高級の衣装なの。これをわたしが着るってことはね、記憶の墓場に埋葬したふたつの感情がぶり返したってこと。早い話がエレクトロ、あなたはわたしを怒らせたのよ」

「怒らせただあ? 何を恍けてそんなアホみたいなこと抜かしやがる。怒るなんて人間の持つ感情機能の基本だろうが。それともなんだ、お前はオレに対して堪忍袋の緒が切れたとでも言ってくれるのか? それならオレはよくやったって……」

「別にキレちゃいないわよ。ただ怒った、それだけ」

 調子に乗りかけたエレクトロの軽口に割り込む様にミコは訂正文句を繰り出した。割って入られたエレクトロは彼の云う様に又何度目かの怒りを露に不愉快そうな顔をする。そして其れで終いだった。ミコが「話はここまでね。そろそろ闘うかー」とやる気の欠片も感じさせない一方的な戦闘開始を告げる。聞いていたエレクトロも「いいだろう」と応じて構えるより先に、いきなりミコの姿が消えた。

 ――そう、消えたのである。

「消えた?」「どこに?」「いない?」「なんで?」

 一秒経ったがミコの姿は消えたまま。二秒経っても状況は変わらない。三秒経った、未だ現れない。まさか何処かへ逃げたのか? 周囲が疑惑に駆られた其の時!

 エレクトロの身体が、突如吹っ飛んだ。

「ぶほっ!」

「えっ?」「なんだ?」飛ばされたエレクトロが不意に発した鈍い悲鳴に神様達の一角から疑問質問の声が上がる。然し誰も答えられない。無論勿論魚も同類。状況が理解できずに苦しんでいる類である。其処に後に寄せていた愛弟子、祝と哉から事態打開の提案を聞く。

「師匠、feelです。feelならミコおねーちゃんの動きを捕捉できるかもしれません!」

「niceだよ祝。feelの全次元俗世観察表示モードを使えってことね、師匠やったれ!」

「え、ええ……わかったわ」

 愛弟子2名に押切られる形で魚はそそくさとfeelを操作、哉の云っていた全次元俗世観察表示モードを起動させる。このモード、結構feelと使用者である魚のリソースを喰うので魚は余り使いたがらない、転じて余り使わない機能。但し能力は絶大で、大仰な名前が示す通り、俗世時空を構成する次元だけでなく、法則・エネルギィの次元と云った「使っていない」次元も含めて調査表示する事が出来る。逃げ場所隠れ場所一切無し、此れならミコの居場所を捕捉出来るだろうと云う弟子達の考え。魚も納得し実行した訳なのだが――。

 其れでもミコの姿は消えたままであった。

「なんで!」「どうして!」

 魚の張った防護境界の中、結果を見る為に魚の両横に出て来ていた祝と哉の悲鳴である。其れに同調する声が更に出る。2名の後に連なり群がった紫と焰、そして気象一族の子供達だ。実は人込が苦手な魚さん、一寸気圧され萎縮してしまう。そんな時だった。

「ぐぉあっ!」「ぶっ!」「がっ!」

「師匠、エレクトロが!」「ええ!」

 吹っ飛ばされていた状態から立直っていたエレクトロが再度何度と謎の連続被害を受けだしたのである。見ていた神様仲間達に気象一族の面子も既に分っていた。此の不可解な現象はミコの攻撃なのだろうと。何となくそんな気がしたのだ、理由なんて其れで十分である。ただ――。

 問題は、ミコが一体どうやって此の攻撃を繰出しているのか。其れ丈が分らず、其れ丈が気になってしょうがなかったのである、全員。だから魚のfeelに期待したのだが、ミコの凄まじさは神様の領域をも超えていたらしい……。

 其の間にもエレクトロへの一方的な攻撃は続いていたが、軈てエレクトロの身体が頭上からの攻撃で地面にめり込み凹んだ後、攻撃が止んでミコが姿を現した。随分久しぶりに感じる其の姿は途轍も無く凛々しくて、圧倒的な頼もしさを感じさせるのであった。

「ミコちゃん!」「レインちゃん!」

 神様陣営と気象一族が双方夫々彼女の名を呼ぶ。其処迄させて漸く彼女は口を開く。勿論口頭一番は、結構な毒舌であったのだが。

「全く……情けないわねエレクトロ。わたしの攻撃に反撃どころか防御も出来ない体たらく、見下げ見下し減点よ。残念だけど2点だわ。3点はあなたにゃ早すぎるってね」

「てめえ……異次元に隠れた不意打ち三昧のくせして何様だコラ! 技のカラクリが判ればな、お前なんて怖くねえんだよぼっ?」

 エレクトロの口上は途中で打ち切られた。ミコが影帽子のがま口チャックを全周裂開と全開にして中から黒い拳銃を吐出させてそのままキャッチ、勢いを殺さず消速の銃弾――恐らく特殊銃弾こと衝撃弾をエレクトロに即発射し直ぐ着弾、衝撃波で吹っ飛ばしたのだ。

 其の手際の良さも注目して然るべきであろうが、真に着目すべきは其処では無い。最大のポイントは撃った瞬間拳銃を持っていた右手が消えた事である。今漸くして現れた右手と拳銃。先迄の攻撃中消えていたミコの身体とまるで全く同じであった。其の絡繰に着いてはエレクトロ同様判らないだらけの魚達であったが、消える現象が身体の一部だけでも行使可能と云うのは理解出来た。小さな一歩だが大事な一歩だろう。

 謎の攻撃を繰出したミコは、ニコリともせず憮然ともせず、中立の感情表情を保ったまま、冷静怜悧にエレクトロの方を向いていた。そしてミコは周囲全てに呆れた様に一息嘆息してから自身の繰出す切札の解説を始めたのだ。

「この消えたような技はね、わたしが永い年月の中で獲得した最高機密よ。でもね、今まで見せたことも魅せたこともなかったから『機密』ってだけ。あなたたちは知りたがっているようだし別にバラしたところでわたしとこの技の優位が揺らぐこともないからお望み通り教えてあげる」

(えーっ! 教えちゃうの?)

 魚は正直に驚いた。ミコも『機密』と認識している通り、切札と云う物は解明されない『秘密』であってこそ最強なのである。其のアドバンテージをミコは自ら放棄すると云うのだ。曰く、『バラしたところで優位が揺らぐこともないから』――自惚れでもなさそうなだけに一層凄まじい。どんな技なのだと、ここで認識とは正反対の欲求、即ち『自分もこの技の秘密が知りたい』と云う心の動きが生まれた事を、魚は確かに自覚した。「えーっ! 教えちゃうの?」と云う先に心の中で呟いた台詞が“嘘”となってしまったのである。もう偉そうな事云えない――魚は変節した自身の欲求に従い、他の連中同様ミコの技の秘密暴露を聴く立場へと(自ら)成下がった。

 そんな事をして時間は過ぎ、ミコが続きを語り出す。魚を初め周囲全員が耳を傾け集中する。

「そもそもね、この幻装レインコートを着た状態で繰り出す幻の身体能力なんてのは便宜上の名称にすぎない。レインコートを羽織らなくてもわたしは常にこの身体能力を発揮することが可能だしね。レインコートを羽織って発揮するっていうのはわたしが勝手に決めた“設定”。わたしの身体は常に全力の身体能力を発揮できるコンディションだったの。でもね、こうして実演した通りこの力は威力破壊力ありすぎるからさ、自制自律が大事なわけよ。わたしが普通に生きるため。そして俗世を壊さぬためにね。ところが、そんな修行にも似た長年の自制自律は思わぬ結果をもたらしたわ。いつでも解放可能だけどついぞ使わなかった身体能力はわたしの身体を刺激し鍛えていった。決して外には出さなかった力が身体の中を巡って覚醒させ続けたのよ。それが続くこと幾星霜、内なる力に鍛え抜かれたわたしの身体はいざ解放すればどこに身体があるのか、自分でもわからない速さでの移動を可能にするほどになった。消速を超えた“無速”の実現、ワープそのものを体得したの。これこそわたしの最終兵器、“花舞伎演目アルルカイン”よ!」

「消えた!」

「ぬかしやがって! 雷電せん……ガッ!」

 ミコの奥の手、“花舞伎演目アルルカイン”――名前を然う告げたミコは云うが早いか即アルルカインを繰出して俗世から消え、再びエレクトロを一方的に嬲りだす。エレクトロは雷電戦技で防御を図ろうとしたみたいだったが、ミコのスピードは『ワープ』こと“無速”の領域。防御が間に合う訳も無く、敵は再び攻撃の雨の中に晒される。その様子は一方的で、圧倒的で、徹底的だった。最早目に写るのは双方が闘う『戦闘』では無く、力が上のミコが格下のエレクトロを虐げる『苛め』にも等しい光景だった。其れ丈其れ程の戦力差が在ったのである。エレクトロは身体を電気体化させているらしく、打たれていても其の度に再生していたが、其れは回復でも防御でも無い。偶の緩急つけた休憩以外間髪容れずに略連続且つ容赦無く攻撃を続けているミコの前に、身体を再生させ人の形を保つだけで精一杯なのだと誰でも分る。増してや此処から反撃など……出来る筈も無いのが道理。ミコの姿は何処かも分らぬ次元に置かれ、俗世時空から消えているのだから。

 そんな感じに絶対的なアドバンテージを惜しみなく使い、ミコはエレクトロを襲い続ける。切傷、打撲、銃創、炎症――あらゆる攻撃手段を試すかの如く繰出す様は宛ら実験であった。其れと共にエレクトロの再生精度も落ち始めてきていた。限界ね――魚を初め、観ていた者達も決着が近付いている事を肌で感じ取っていた。

 と、いきなりミコが姿を現した。攻撃を中断してまで。攻撃中に魅せていた緩急による休憩とは明らかに違う、喋る為の長い休息であった。御丁寧にエレクトロが電気肉体を再生させるまで待つ親切さ。背心刀・雨と黒い拳銃NS46を下ろして構え、楽な体勢で只待っていた。至極暇そうに、である。

 すると、漸くやっとの体で再生を終えたエレクトロが遂に泣言を口にした。

「ぼ……暴力、反対。こんなの闘いでもなんでもねえ。てめえのワンマンショーじゃねえか。一方的に暴力振るって……てめえ満足なのかよ、ドゥワッ!」

 エレクトロがブツブツ宣っていると、ミコが今度は影帽子のがま口チャックから黒い足と黒い腕を一対出して其れをアルルカインの要領で消して攻撃として喰らわせる。腹を足蹴に頬平手打ち、順序立てた攻撃は突込みの様に冴え渡り洗練された連係動作だった。防ぎ様も無く喰らって悶え苦しむエレクトロを尻目に、ミコは黒い手足を取込んでから次の様に呟いた。

「あきれたものね。『闘いじゃない?』、あたりまえでしょこの半端者。ここまでやれば誰が観たってわかるわよ、わたしとあなたの実力差くらい。それを今さら蒸し返しても現実が変わるわけもなし。さらに減点、1点ね。『闘い』にしたいんだったら修行でもして出直しなさいよ、死んだ後の冥海でね」

「消えた!」

「くそ! どこに、ってここかよ!」

 詞を閉じて又もアルルカインで消えたミコは、瞬時にエレクトロの懐に飛込んで姿を魅せると、強烈なアッパーを打出してエレクトロを上空へと打上げた!

「飛んだよ!」「って高っ!」「大気圏突破するぞ、コレ!」

 観衆観客と化していた神様連中と気象一族が天井天辺を突破し続けるエレクトロを見遣って叫ぶ。実際其の観察は正しく、エレクトロの肉体は本人が拒む事も出来ずに宇宙空間迄届こうとしていた。

 そんなギャラリィ達の中にいて魚だけは皆とは違う者を見ていた。何を見ていたか――ミコだ。

 目立ってはいても所詮この騒ぎに翻弄されているに過ぎないエレクトロではなく、騒動を起している台風の目ことミコを見る。自身の眼とfeelの幻視画で。するとミコは無言の侭全周裂開で開いた影帽子の口から一対の黒い羽根を出すと、其れに頼ることもせず自身の跳躍力のみで宇宙へ向かって大ジャンプ。此れでもかと云う位にジャンプ力を魅せつけてきたのである。値千金の瞬間――其れを共有できたのは魚だけだった。他の仲間共下々共はミコが飛び去り遥か上空迄達した時点で漸く気付き、点となったミコを眼で追ってあーだこーだと良く騒ぐこと。正直少し鬱陶しい。

 でも収拾がつかなくなるのはもっと嫌な魚さん、feelをパンパンと二回閉じては開け、手拍子の代わりにすると、案の定反応した居残り観衆組全員に指示と提案を飛ばす。

「おそらくミコちゃんは次の攻撃で決める気よ。どんな巻き添えを喰らうかわからないからみんな、警戒は最高レベルにね! 二度は言わない、ていうか多分言えない!」

「了解よっ!」「合点承知!」「任された!」「俺の出番だな!」

 警戒を促した筈が、何故か皆調子に乗りだす――魚の本意とはかなり違う対応なのだが、慣れているので此れ以上は云わない。後は任せる、放任主義だ。

(さて、わたしはっと……)

 魚も自身に出来ることをせっせとこなす。feelの幻視画表示機能を弄くり、エレクトロとミコの姿を大局図と二者拡大図の二面三面構成に切り替えてミコとエレクトロを捕捉、観察を始めた。

 上方向に突飛ばされたエレクトロは俗世惑星と月の中間、宇宙空間の中間地点に達していた。其処を目掛けて飛立ったミコがぐんぐんどんどんと距離を詰めて行く。惑星と衛星を縮尺図として絵本の中に収めている中、縮尺なんて関係ないよと云わんばかりに目に分る移動速度でミコはエレクトロに迫る。そしてfeelがミコとエレクトロ二人の拡大図を一つに統合した瞬間――。

 

 ミコが遂に最後の技を繰出した。

 魚は聴覚を本に接続し聞取った。

 其の技の名を。叫ぶ彼女の声を。

 確かに聞き、唯一人知ったのだ。

 

 ミコはエレクトロに追付くと彼を踏台にして逆に追越して月の側に陣取ると、惑星側ことエレクトロの方に向き直り再度接近、左手の拳をエレクトロの腹に突出し一発喰らわせた後猫の手のように親指以外の四本指を折曲げた掌底の構えを右手で作り、技の名を叫んで打出した!

 

『盛者必衰、月砂鏡!』

 

 月砂鏡。ミコが然う呼び繰出した一撃はエレクトロに確定で命中――した途端両者の身体を双方向へ吹っ飛ばした。エレクトロを惑星の方へ、ミコを月の方へ、である。

 踏ん張る大地も無い宇宙空間での衝撃発生。両者共に吹っ飛ばされるのは作用反作用の法則からして当然導出される結果であった。然しスピードが半端じゃない。惑星に向って落ちて来ているエレクトロは重力加速も相まってあっという間に大気圏まで差掛かっており、月に飛ばされたミコも既に月の表面に……。

「あれ? ミコちゃん?」

 魚は其の一瞬、息する事を忘れた。エレクトロが未だ大気圏にも達していない中、彼女は既に月面に着陸し、地に足着けて両手も地に立て目ははっきりと遥かな惑星……では無く其処に落としている最中のエレクトロ一点に向け見据えていたのだ。

 そして彼女は手を着けていた月面の砂を指で削って掌の中に握りしめた後……跳んだ!

 跳んだ直後彼女の姿は花舞伎演目アルルカインなる技で消える。feelからも当然消えた。然し彼女の姿を捉えていたfeelは一秒も経たずに再度彼女の姿を表示する。其れは彼女がワープを終えたと云うシグナル其の物。何故なら彼女は最出現時既に、エレクトロとの距離を詰切り、蹴りを入れていたからだ。

「――つっ……!」

 背中と腰の接続部、更に真中背骨と髄を間違った方向へと蹴られ曲げられたエレクトロは声にならない悲鳴で悶えると其の侭蹴り飛ばされて大気圏に押込まされた。然う、「押込まされた」と云うのがミソ。其れと云うのも此のエレクトロ君、彼女に蹴られて惑星の大気圏に突入したのでは無い。惑星の大気圏を膜や物理面の様にでもしているのか、なんと大気圏の各空気層を突破らずに全層凹ませているのである。有り体且つ簡単に云えば、今エレクトロの落下と一緒に、俗世惑星の大気層全てが凹んで圧縮され、熱量とか色々諸共このプロマイズの街に落ちようとしているって事。空が潰れて落ちてくると云っても、まあ間違ってはいない話。

 そんな状況をfeelでもって把握した魚は身震いして総毛立つ。feelの幻視画が「緊急事態!」とビープ音と一緒に表示発信された瞬間にはもう逃げの一手を打っていた。

 両手両腕で自分の防護境界内に居た祝、哉、紫、焰、スノウ、サイクロン、トルネードを思慮力の力で浮かせて動かし、防護境界毎後ろにジャンプ。“全力撤退”を其の身で以て示したのだ。

 だが、そんな正しい対応が出来たのもfeelで宇宙空間を観察偵察していた魚のみ。宇宙が見える道具も無いし、宇宙が見えるほど視力の良くない周囲の神々や気象一族は空の色が夜の黒闇からほんのり七つの光を混ぜた色に変わったこと以外気付く事も無かった事実。当然feelで宇宙を見ていた魚を皆が頼りにしていたのだが、其の魚が何も云わずに撤退と云う『即行動』を採ったので、着いていけずにプチパニック状態なのだ。

 なので誰ともなく魚に尋ねる。「どうしたの?」と。

 すると魚は早口で捲し立てる。「全員即退去!」と。

 聞いた皆は詞の意味を理解するより先に魚を見習って取り敢えず退去しようとした。其処迄は良かった――が。

 一歩も二歩も遅かった。皆が退去を始めようとした矢先、大気圏を圧し潰したエレクトロが地面へと衝突したのである。

「ぎゃああああああ!」

「はにゃあああああ!」

 エレクトロと大気圏全層が地面に衝突したことによって発生した強烈な衝撃が退去仕損ねた神様&気象一族の大半と退去していた筈の魚達も全部引っ括めて吹飛ばす。地面から弾かれ宙に浮いた一瞬の隙に衝撃を食らい一気に飛ばされる――力学の教科書に例題問題として載せたくなるような稀に見る空想仮定条件が現実になった状況下、魚達は正に実験台宜敷く空想でしかないような理想的な飛びっぷりを魅せたのである。誰が見ているわけでもないのに。全く以て運命の悪戯、若しくは奇跡の無駄遣いとしか言い様の無い、只只管に惨事であった。

 其れでも皆実力者、腐っても神様と気象一族である面々、何とか飛ばされ状態から姿勢制御して空に浮いたり地に足を着けて立ったりと再行動の狼煙を上げ始める。そして行動可能になった全員が注目したのは、衝撃の原因こと墜落したエレクトロであった。

 その有様だが――まあヒドいのなんの。

 何が酷いのかと云われたら先ず真先に皆が答えるのがエレクトロの五体惨状。関節は外れているわ骨は折られているわで、まともに動ける要素がゼロ。まるで壊れたロボットであった。

 だがそれでもエレクトロは動いていた。否、正確には反射反応の動作と云った方が適宜だろう。神経系を行来する電気信号が暴走混線状態になっているようで、関節とは逆の向きに手足が曲がったり、唐突に跳ねて仰向けから俯せに回転直下したりと意味不明もとい意味不在の動きをエレクトロは繰返し続けていたのである。魚の活け造りよりも遥かに不気味で奇怪な悶え振りはまるで酷すぎる障害の発病を見ているような気分。気持ち悪くなって目は細くなり、喉は詰る。途轍も無く息苦しい時間が続く。まだ衝突から一分も経っていないのにだ。

 そんな感じに魚達が遠目で見ていると、程なくして見られていたエレクトロに変化が現れた。折れた手足や関節は其の侭だが、動きが少しずつ意味のあるものへ――エレクトロ自身の意思で動いている様に見え始めたのである。無論彼の意思ではない電気信号による唐突な動きが消え去った訳では無い。腕を立てて起上がろうとしていきなり痙攣し背筋運動をして倒れ込むなんて動きもあった。然し其れに抗う様にエレクトロは食下がっていた。

「ア、アアアアアア……」

「エレクトロ……まだ闘う気があるというの」

 決して近付かないポジションから眺めていた魚達は其の凄まじい執念に思わず息を飲んだ。相手は歴とした敵――其れも自分達を窮地に追いやった実力を持っていた筈の強敵である。其れが今や一方的に嬲られて満身創痍となっている――魚達は因果の恐ろしさに思わず身震いした。同時に「やられる側」に身を落したエレクトロの消えない戦意を、敵ながら見事天晴と評価してやりたい気持にも駆られた。先述した通りエレクトロは『敵』である。然し評価とは主観から出ても終点は中立である。なまじ元が結構中立な神様仲間達と気象一族だけに、自分達の恨みさえも何処か彼方へ忘れて置いて、真っ当に評価してしまうのだ。なので尚も足掻き続けるエレクトロを見て皆思った、『その闘争心は大したものだ』と。

 そんな生暖かい視線の衆神環視の中、エレクトロは更に復帰を促進させ、ぐるぐる回っていた目も一点を見つめる程に回復し、歯軋りし、身体を起そうと地面に立てた手にも力を入れ始めていた。支離滅裂な言語ですらない音を発していた口も、段々と思いの丈を表す喘ぎに変わってきていた。其処から聞取れるのは、未だ衰えぬ戦意と敵意。彼女だけでなく自分達にも其の敵意、更には殺意が向けられているのを感じ取り、魚達は再び戦慄する。口元を苦く歪めて、一歩は無いが半歩後退る。

 段々と身体の機能を回復していくエレクトロ。此の侭復活されてしまうのか――遂にエレクトロが上半身全てのコントロールを略取戻して上半身を起しかけた其の時!

 

 彼女が――ミコ=R=フローレセンスが帰って来た。

 

 然も帰還の仕方が滅茶苦茶強烈。何と起上がりかけたエレクトロの頭を踏み潰して着地したのだ。更に其の時の衝撃で、エレクトロが圧し潰していた全ての大気層がエレクトロとミコを貫通して上空へと反発上昇。其の際一緒に圧迫されていた大気圏の熱が瞬時に戻ろうとする最大速度の熱運動も加え、二人を一瞬で焼き尽くしたのである。

「ミコちゃん!」「レインちゃん!」

 地上でミコを待ちエレクトロを監視していた魚達一同慌てふためく。だがそんな心配要らぬが無用、ミコは幻の身体能力とやらの所為なのか、全く焼ける事も無くピンピン元気な姿のまま、平然と立っていたのであった。

 寧ろ注意を割くべきなのは、やられ過ぎたエレクトロの方。こっちは案の定「ダメ」だったみたいで、大気層の焼却作用にも耐えられずに完全に燃えカスと化し、天へと昇り還って行く大気の流れに乗って行った。白い煙と黒っぽい灰色で上空へと向う風を一寸だけ汚した後、撹拌されて透明へと消えるエレクトロの身体。電気で出来ていた身体の炭化は焼却且つ消却の運命。電気的な引力に依る再生も不可能な程分解された肉体は、そのまま燃えカスとなって風景の中に溶けていく。

 そして其れとは別に電気の侭自然に還る物も有った。ミコが踏み潰したエレクトロの頭部である。ミコに踏み潰された瞬間、本体とは切離されて再生自在な電気体として攻撃を受けたエレクトロの頭部。然し彼の頭が受けたダメージは再生を許さない程の衝撃だったようで、電気体として飛散った頭部の欠片達は其の侭電気として自然に還ってしまったのだ。無念の詞も末期の台詞も、断末魔さえ赦さない、圧倒的なミコの破壊ぶり。

 正に無双。正に無敵。

 絶対完封。此れこそ完全勝利也。

 誰も知らないから無敵なのではない。誰が知っていようとも無敵だという絶対の理。

 其の理を従えた彼女――ミコ=R=フローレセンスの圧巻活劇絵巻は、次の台詞を以て第一幕を下ろしたのであった。

「これで0点、The end。壊れ悶えて泣いて散る。バカの最期はこうでなくっちゃ」

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