第18話_幻の呪文
戦いの最中に在る、新国家コンタクトの首都、プロマイズに御神体ことミコ=R=フローレセンスが現れた。
其の出現自体は、襲撃した魚=ブラックナチュラル達神様陣営や気象一族の使節団も予想出来たものではあった。信じられる事信じる事を滅法滅茶嫌うミコが、自分を崇拝する信仰国家の存在等、認める筈が無いからだ。
然し、ミコが怒っている事は、正直予想外だった。
言われてみれば分る事かもしれない。見てみれば納得のいく事だったのかもしれない。でも、そんな事無いと思っていた。何故ならミコが怒る所を神様達は今迄見たこと無かったからだ。ミコは普通なら怒る所でも、何時も「現状マシ」と言って堪え我慢し抑え込むタイプの人間だったから。怒った所など見た事も無い。そんな経験と体験の絶対的な不足が今怒っているミコに対する戸惑いを魚達神様連中に与えていた。漸く皆起上がり立ち始めた神様達だったが、なんか寝た振り気絶した振りをしていた方が善いんじゃないかと思える位に……。
魚達がそんな迷宮しかけている思考の周回に囚われていると、不意にミコが口を開いた。目と身体を向けている敵のエレクトロに宛てたものではなかった。後方に、魚達ウィンド達に向けた溜息混じりの告白だった。
「……あ〜あ、ガッカリだわ。わたしがこんな国認めないって分かっていて来たはずよね、神様たちにウィンドちゃんたち。それがなに? “信じる力”に“新しい電気”? そんな手品レベルの子供だましにやられてドボン? 俗世に名高かった二大勢力も墜ちたものね。もう頼りにもできないわ」
「……え?」
薮から棒にいきなりの辛辣コメント。でも負けていたのは事実だったので、魚達は直ぐに反論する事もできず、詞に詰った状態でミコの指摘に耐えなくてはならなかった。正直今はエレクトロに負けて傷だらけの状態なのに、その上こんな辱めにも似た仕打を貰うと、ミコに対する反感では無いが、少なくとも反論したい気持が湧いて出る。でも先の理由で言出せない、そんなもどかしい気持で胸がパンパンに張裂けそうになっていたのだ。
然し、叩かれた杭が出ようとするのも道理。ミコの言い分に対しての反論は矢張りと云うべきか飛出した。発信源は神樣方がお喋りの紫=ミュージアム他多数、気象一族は代表のウィンド他である。先ずはウィンドからだった。
「いやあ……ゴメンね、レインちゃん。でもね、そいつ……結構強くってさ。ううん、レインちゃんほどじゃないのはわかっているけど。レインちゃん以下わたしたち以上の実力っていうか……ねえ? みんな……」
「そうだよ! そこのウィンドちゃんの言う通りだよ! ワタシ達だって其れ也には頑張ってたんだよ。負けたのはそこのエレクトロが強すぎた所為で……」
ウィンドは自分達の実力を卑下して謙遜方面から自己弁護を語り、紫はあろう事かエレクトロを持上げて自己弁護に走る。二通りの自己弁護。進む道程違えども、どちらも一緒の目的地。魚と哉、祝を除く残りの神様達や気象一族の子供達も、「そうだそうですそうなのよ」と一同に三段活用の付和雷同。安直な巨大勢力を前にミコも匙を投げるかと思いきや……強烈な詞が帰って来た。
「文句は夢の中で言いなさい!」と。
「ひいっ!」誰のものとも分らない、ただ明確な動揺と萎縮。其れが全てを物語っていた。語り部であるミコの背中が魅せる迫力を強烈に増した事に気圧されて、結局全員観念する羽目に。
「ごめんなさい」とウィンドが謝罪し。
「夢の中にします」と紫もミコに従う。
「そう。それでいいの」と喋るミコの声はまだ怖い。自己弁護に走らなかった魚達3名でさえ凍り付き怖じ気付く今の環境下。ましてや其れをやらかした連中の心境など推して量らなくても分ろうもの、自業自得とは云え気の毒でならなかった。同情するだけで決して行動は起さなかったけど。
すると、ミコより更に遠方の元凶が又騒ぎ出した。エレクトロが「オレを無視して話をするな!」と自分の方を向いておきながら視線を逸らし魚達に向って声を出すミコに二度目の文句を打ちまける。前回は銃で撃って黙らせたミコ、今度はどうするのかとギャラリィ皆が気になった。何せ当のエレクトロが「銃撃はもう効かないぞ!」と大言ぶっていたからである。確かに、只でさえ電気体に身体を変成できる奴である。もう不意打は効かないだろうと魚達も敵ながら納得していた――のだが。
「うるさいわよ佐々木。横から口出しするんじゃないの」
「しかし姉貴……って! だれが佐々木だコラ!」
「あなたのことよ木村」
「なんだ木村って! 佐々木ですらなくなってるじゃねえか!」
ミコの致命傷級のボケにエレクトロは激昂。そしてギャラリィは総員ズッコケた。正直受けたショックはエレクトロより大きい。魚も背中から盛大に滑った後、暫くは大気圧に押し潰されて立ち上がれそうに無いから強烈だ。一体どこから佐々木等と云う苗字が出てくるのか、そして突っ込まれた直後の次の台詞で早くも木村に変わっている変り身の早さは最早圧巻としか言い様が無い。完全にエレクトロを手玉に取った会話芸口八丁、神業を超えたクレーム対応だった。
そして弄ばれたエレクトロは悔しそうな顔苦い顔。そりゃそうだろうと(敵なのに)同情出来てしまうのは一体何のマジックなのか……もう勢力図が分らない魚達であった。
しかし其れでも敵のエレクトロは流石の敵役振り。ショックを受けても割と直ぐに元鞘に収まってあの憎たらしい口調でミコに詞を投げて来た。
「はっ……疲れた。けど、まあいい。何がどうあれ、現状はオレの望み通りなんだからな」
其の詞が発せられると、ミコが注意の向きを魚達からエレクトロの方に直す。横目を正面に直しただけなのに、途轍もなく冷徹な目付きだろうと云う事が魚にははっきり感じ取れた。目そのものを見た訳では無いが、此方から見えるミコの背中が迫力と威圧感を倍増以上に増しているのを見たからだ。
そして矢張りと云うか予想通り、ミコは怒り混じりの心底冷たい声色でエレクトロに詞を返す。
「はっ、何世迷い言を言っているのかしら。望み通り? それで勝ってるつもりなの? 残念だけど3点ね。まるで答えになってないわ」
「さ……3点? ふ、ふざけてんのかこの野郎!」
異常に低いミコの採点に、エレクトロは当然の様に噛み付いてくる。今度は声を張上げるだけで無く、“シーミィ”をミコ目掛けて投付けると云う実際の攻撃オプション付きで。
然しミコは全然避ける素振りを見せなかった。其の侭だと“シーミィ”が直撃すると魚やウィンド達が忠告するより先に、光速電速の“シーミィ”はミコに当たった。エレクトロは其れを見届けて「ざまあ見やがれこの野郎!」と口汚く勝ち誇ってみせるのだが、“シーミィ”がミコに打つかって発した閃光の中から見えたのは……。
ダメージを全く喰らわず、ピンピンした身に平気な顔したミコが地面に突き刺していた背心刀・雨を鞘ごと持って空に血振りし、澄ました顔して涼しい顔して邪魔な煙を払除ける、とても絵になる光景だった。
その光景を見たエレクトロは歯を噛み締めて不満気且つ悔しそうな顔をする。其処にミコが畳掛ける様に毒と棘の有る詞を言放つ。
「新しい電気って聞いたからどんな夢のエネルギーかと思ったら……なんてことないわね。要はゼロ電荷素粒子の応用じゃないの」
「なにい〜、言わせておけばどこまでも調子に乗りやがって。“シーミィ”はな、過去から未来を通した人類全体の夢そのものなんだぞ!」
「違うわね。少なくともわたしの夢にこんなのないわ」
「ハッ、そりゃそうだろ。そもそもてめえみたいな奴に夢なんて高尚なもんがあるのかよ?」
「そりゃあるわよ。あなたのいない世の中とかね」
ウヒョーッ……マジで時間が死んだと感じた。と云うよりミコを除けば魚以外の面々は未だ死んだ様に固まっている。誇張でも謙遜でも無い、正真正銘ミコ以外の全員が微動だにせずカッチリ固まっているのである。此れを「時間が死んだ(つまり停まった)」と表現せずして喩えられるであろうか? いや、喩えられる筈無い! 然う反語で以て断言出来てしまう程の状況が今此の場所の現状なのだ。
特に面と向って完全否定されたエレクトロは目を点にしてどころか目の点が白く消え入りそうな程茫然自失の蝋人形状態。ミコの詞を受けたせいか早くも其の詞通りの展開を意図せずに実現しかかってしまっている。早い話がエレクトロ、ミコの詞にショックを受けて、ミコの望み通り消えていなくなってしまいそうなのだ。台詞ひとつで敵を殺すとは――呆然とする俗世の中、唯一観衆自意識を保っていた魚は今迄見た事も無いミコの一面を目の当りにして痺れと震えが止らなかった。
然し矢張りと云うべきか、其れとも意外と云うべきか、エレクトロは再度奮起し復帰を果す。飛んでいたであろう意識を脳内に取戻し、ミコに対し質、量共に相当な怨み節を打つけるのである。
「散々放題言ってくれやがったな雌猫。危うくお前の発言通り死に行く所だったぜオレは。例えなんとかだろうと復帰した以上、この借り変えさせてもらうから……なっ!」
最後の詞に力を入れて叫んだエレクトロ。其れを合図に奴の周囲で風が変った。周りから風を取込み、自身に当てて上空へと流す。すると天へと昇った風の隙間から一発雷鳴が轟き落ちる。其の時魚は気付いた。エレクトロがやっているのは契約している雷の自然意思と連携した充電――雷撃能力の最大拡張化だと。雷を受けたシャギーショートの金髪は充電前より輪を掛けて細かく逆立ち、着用している武装修道服も至る角から余剰電気を放出し、重力に逆らって四方八方へと布地を広げる。宛ら其の様は肉体の体積を増して服をはち切れさせようとしているかの様。身体の周囲に展開された雷電力場も相まって、エレクトロは完全戦闘体勢を整えてより闘い向きの「偉容」をものにしミコに対峙した。
「どうよこのエレクトロ様の戦闘形態。オヤジことサンダーじゃ雷の力をシーズンクラス・プラネットスケールとしてでしか使えなかったがオレは違う、デイリークラス・プラネットスケールだ。一段階、最高の頂へと進化した雷の力を見るのはお前も始めてだろう? 冥土の土産には打ってつけだろうよ。ククククク……ハーハッハッハ!」
喧しい位饒舌に喋り語るエレクトロ。調子に乗っていると魚は感じたが、実際問題エレクトロの強さは自分達を上回っていると分っていたので本気モードには戦慄を禁じ得ない。そもそも“シーミィ”による攻撃を魚達は相殺も防御も出来ていなかったのだ。其れが本気になったらと考えると……絶望の崖っぷちに立たされた気持だろう。いくら最初の攻撃をやり過ごしたミコでも厳しいのではないか、然う思ってしまう……だが。
ミコは余裕綽々態度を崩さず、掌で背心刀・雨の柄頭をころころ回して遊んでいた。
魚が気にしていた心配や危機感といった素振りを一切合切少しも魅せることもなく。
敵が本気を出しているのに此の余裕は何なのか、魚は別の意味で心配になってくる。
そんな心配で数秒費やした後、ミコが溜息一息吐いてから口を開いて詞を口遊んだ。
「残念ねエレクトロ。例えデイリークラス・プラネットスケールの規模だろうとわたしにとっては差異がないわ。あなたの攻撃はわたしには効かないし、なにをしても無駄無足。生命の在り方が違うのよ。惑星の系統樹に囚われたあなたたちとそこから外れたわたしではね」
「なんだと……?」
ミコの変らぬ挑発的な台詞にエレクトロは又機嫌を損ね、不愉快な表情をする。最早お決りのパターンと化した展開。魚もいい加減慣れて来た。エレクトロの実力は怖いが、彼が怒っても余り危機感を感じなくなっていたのだ。寧ろ此の先に待っているであろうミコの対応の方に危機感はあった。ミコには余裕が有るのだろうと薄々感じ取ってはいたが、其れに感けて殊更にエレクトロを煽る事ばかりするからである。
そしてそんな不安と予感は的中半分外れ半分という形で現れた。只心配した通り、事態は一気に悪い方向へと舵を切ってしまったと思い知らされる事となった。
ミコが古い付合いの在る気象一族の面々にさえ魅せた事の無い“本気”を魅せに入ったのだ――。
エレクトロの詞を無視する様にミコは背心刀・雨を再度地面に革の鞘ごと突き立てて、空いた両手を合掌する様に合わせた。其の瞬間、世界の色が変わった。
其の変化が指し示す事態にいの一番に気付いたのは魚からわりかし近い処に居た気象一族のウィンドとカーレント。二人は突然恐慌状態になったかの様に我武者らに周囲に怒鳴り喚き散らし始める。「すぐに防御! それか逃げて!」と。
ミコの様子を見ていた魚もこれはマズいと即座に悟り、左腕に接続していたfeelを開き絵本の機能を用いて自分の周辺に居た者達を転移して集めると同時に、現状出来る限りの防護境界を多重に張る。五重の層とはいかなかったが、四重に張った「頑固な」防護境界の中に逃げ遅れていた祝と哉に紫と焰、そして気象一族の子供達ことスノウ、サイクロン、トルネードを釣り寄せて匿った。匿った魚は自分達よりミコの事を知っているであろう、少年少女に尋ねてみた。
「ねえ、気象一族の子供さんたち、一体何が起ころうとしているの? ミコちゃんに何が起こっているの?」と。
すると腰を落とし吹き荒れる暴風から身を守りつつもしっかり状況を捕らえていた気象一族の子供達が答えてくれた。最初に答えてくれたのは風に良く靡くリボンを着けたロングヘアにロングスカートのワンピース姿だった女の子――サイクロンだった。
「わたしたちも詳しいことはわかりません。ただ聞いたことがあるだけです。レインお姉様が本気になると、この惑星そのものを壊せてしまう、とんでもない幻の身体能力を発揮するんだって……レインコートを羽織ったときが、そのときだって……」
「惑星を壊す? レインコート?」
サイクロンの説明から断片的でも重要そうなキーワードを口に出して魚は咀嚼する。然しどれだけ自分の記憶データと照合しても、「幻の身体能力」なんて詞と合致するような情報は得られなかった。抑全てのキーワードが初耳なのだから、分らなくて当然なのだが。
そんな感じで説明を受けても分らないままでいる魚を尻目に、嵐の中心であるミコは何やら小声で呟き出す。それを聞取ったスノウが「呪文だ!」と叫んだ。魚も耳を傾ける。
すると確かに聞こえてきたのだ、ミコの声が。はっきりと――
「母木から離れた葉っぱの心は虚っぽ
那由他の空には証の欠片も得られず
魅せる 誰も振向かず
繋がる 誰も応じない
星天に霞み輝く数多の涙
無限の星々が観守る中で
葉は花へと 魔法の変化
夢幻の花が ひとつ咲き
星の心歌が 宇宙に響く!
Now! Florescence!」
彼女が叫ぶ。空気が弾ける。そして彼女の背中には、見た事も無い羽衣があった――。