第2話_ひとり欠けた結婚式場に客が?
白妙の月、23日。雪の日。
縁結びの町イトムラサキの伝統ある式場にて、結婚式を終えたシャーロック=ローとクララ=ロスターム……いや、クララ=ローの新婚夫婦と少なすぎる立会人、ソームとナミコの四人が集まり会食を取っていた。
「残念です……ミコさんが来られないなんて」用意された豪勢な料理を頬張りながらシャーロックがぐずる。
「仕方ねえよ。誰かが囮にならなかったら、こうして先んじて結婚するなんざ不可能だったんだぜ? ミコ以上の適任はいねえ。あいつは気象一族のレインを名乗っていた頃からそういう場数を踏んでるからな」
「ソームさんの意見に同意です。わたしたち素人や一般市民ではあれだけ見事な陽動はできないですよ。それにしても驚きました。元気象一族の上に影の秘術を使ったり、バイオドールを持っていたりしていたこともですけど、一番はあのミコさんが神告宣下で布告された神様の問題を解き明かした人だったなんて」
「そう! 僕にもそのことは言ってくれてなかった。なんで?」
「そうなの、シャーロック? ……でも確かにただ者じゃなかったわね、ミコさん」
ミコの経歴を知って素直に驚嘆するナミコの意見に個々の思惑はあれど賛同するシャーロックとクララ。そこにソームがなだめるように話してやる。
「あいつはな、俺達のように自分の過去をペチャクチャ話すわけにはいかねえのよ。まだ年端もいかない頃に気象一族のレインとなってからというもの、あいつは修行だけしていたわけじゃねえ。他の一族との戦争や交渉、諜報工作の最前線にいた。力を持つ一族や高次の知識を持つ里の連中ってのは俺達の知らないところでこの俗世の覇権や縄張り、さらには各々が持つ力や知識を巡ってずっと昔から闘いを繰り広げていたんだと。ミコも気象一族のレインとして否応なくその闘いに巻き込まれたわけだ。だがあいつはその闘いをくぐり抜ける中でどんどんどんどん強くなり、一族内での立場を確立。さらに他の連中からもその力を警戒されるようになって、とりあえずの休戦状態――仮初めの平和をもたらした。その頃にはもう、レインとしての力はこの人間・生命世界の生殺与奪を握るほどに強大になっていたって言うし……そのときから心の奥底で畏れていたんだろうな。強くなりすぎた自分の力が誰かに悪用されることを。そして神様の問題を解いて帰還したことで、遂に覚悟を決めたのさ」
「遥か昔に神告宣下があって以来、生まれ出てきた全ての人間に与えられた神様の問題。『私達の大切なものを盗めたら、新たな神様にしてあげましょう』というミッション。でもこの歴史上誰も解けた者はおらず、現代では強制的に知らされても無視するのが当たり前になっていた……。ただでさえ気象一族のレインとして知られていたのに、それを解き明かしたともなれば、その力を放っておく者などもはやいないだろうということですね。ミコさんはそれに嫌気がさしたということでしょうか?」
ソームの話をナミコが補強する。その聡明な指摘をソームはそうそうと肯定した。
「そ。神々の居場所から気象一族の里に帰還した直後から大変だったらしいぞ。特に老い先短いジジイとババアが向こうから一方的にしつこくいろいろ訊いてくるもんだから鬱陶しくもなって気象一族を抜けたらしい」
うわー。ナミコ、シャーロック、クララの三人は深くミコに同情した。今年の春に新たな神告宣下で今を生きている全人類が「問題を解き明かした者が出た」と知らされた。最初こそみんなにわかにそわそわしだし、世間の話題にもなっていたが、肝心の解答者の情報が一切明かされないままだったのでやがてまた沈静化していき、無視されるようになったのは、ナミコ達が実体験として経験している。もしそれがミコ(レイン)だと知らされていたら、彼女の旅路はもっととんでもないことになっていたに違いない。
「神様って……なかなか粋なことをしますね」
ナミコの呟いた結論に、その場にいた皆が賛同した。ミコが辿り着き出会ったという神様は、懐が深く、自分達よりも劣る我々人間のことも思いやれる心を持つ存在なのだろう。触らぬ神に祟りなしとは古から伝わる戒めだが、ひょっとしたらそれは神様の問題を解いたミコにも当てはまるのかもしれない――若い三人、特にナミコはミコ=R=フローレセンスという旅人が抱える『荷物』の大きさ・とてつもなさをひしひしと感じていた。
「いつか……再会できるのなら、ちゃんとお礼を言いたいわ」
クララの嘘偽り無い真っ白な詞に、シャーロックもソームもナミコも、皆が「ああ」「そうね」と頷いた。
いつか……また会って話がしたい。笑い合いたい。
望むのはそれだけ。彼女の力も知識も欲しいとは思わない。
相手を知ることは大切。でも仲良くなるために必ずしも必要なものではないはずだと、そう思う……だからきっと仲良くなれる。
クララの告白に続きナミコがその想いを口にすると、やはりみんな頷いた。
そういう感じに話がまとまると、そこから四人は食事を食べながらの雑談に入った。
ソームはミコとの出会いや酒場、仕事での思い出を話し。
シャーロックがメディケアでミコが解決した怪事件でのミコの活躍を名探偵と自慢し。
聞いていたソームがミコは探偵呼ばわりを嫌うぞと窘め。
次いであの事件はまだ終わっていないだろと軽口を戒め。
クララは自分の囮となったバイオドールの出来を賛美し。
ナミコはミコのカゲナシとしての異様な印象を振り返り。
ミコとナミコの名前がほぼそっくりであることを訝しむ。
しかしなにより話題になったのが、結婚の誓いに必ず出てくる誓う相手――絆の神の名前が祝=エイプリルフールだとミコから知らされたこと、これに尽きる。
さすが神様の問題を解いた女よと皆が感心しながら食事を食べ終わった、ちょうどそのとき。
部屋のドアを叩く音がした。シャーロックが「どうぞ」と言うと、ドアが開き、見知らぬ二人組が入ってきた。
片方は落語家みたいな着流しを着ながらも品を備えた雰囲気を感じさせる風貌の男。
もうひとりは灰色のスーツに黒いシャツというキャリアウーマンじみた身なりの女。
二人ともこちらをじーっと眺めていたが、やがて表情をやわらげると妙に親しみが持てそうな声で話しかけてきた。
「やあやあみなさんはじめまして。ウチらミコ=R=フローレセンスを探しているんですけどね。ちょいと手がかりお教えいただけませんかねえ?」
「落、自己紹介の方が先よ。はじめまして、わたしはヤエ。こっちの相方は落という名ですわ。よろしくお見知りおきを」
「あ、ああ……」唐突なやりとりに固まった四人の中、ソームがあやふやな返事をする。
無理もない。突然の訪問の上に質問、それもミコに関することを訊いてきた。警戒しているのである。迂闊なことは喋れない。
と、黙りこくったソームに代わってナミコが口を開いた。その内容は落とヤエへの逆質問。
「なぜわたしたちからミコさんのことを知れるとお思いになったのですか?」
ナミコの問いに落が率先して答えようとするがそれをヤエの手が遮る。落に目配せしたヤエは、その目で彼を黙らせて代わりに回答する。
「そりゃこの式場の予約名義がミコ=R=フローレセンスになっていたからですよ。大方あの世話好きちゃんが貴方達若人に力を貸したと見て取ったのです」
「ミコさんを見つけてどうするつもりですか?」ナミコが先程よりさらに強い口調で問い質す。ミコの旅路の『荷物』を重くする手助けなど、言語道断。心外だから。
すると今度は落が自分の出番と前に出て話しだす。ご丁寧に扇子を手に持って。
「ミコちゃんはなあ、ウチとコント勝負して勝ったんよ。それ以来ウチはミコちゃんのお笑いのセンスに惚れてなあ。お仲間、相方に勧誘したいんやけど生憎その行方は見当もつかへん。だから今回ここの申込名義がミコちゃんと知ってウチら真っ先に飛んできたんや。後生や、教えてつかあさい。ミコちゃんの行方」
そう言ってその場に膝をつき土下座までする落。その行為といい理由といい、並々ならない覚悟が感じられた。嘘をついているようにも思えない。
だが、それでも初対面の他人相手にミコの情報は漏らせない。会話の代表となっていたナミコの決意は固かった。なので、正直に真実を話す。
「ごめんなさいね。落さん、ヤエさん。わたしたちもミコさんの行方は知らないんですよ」
ねえ――そう話を他三人に振るとソームも、シャーロックも、クララも頷いた。そう、昨日陽動作戦を買って出たミコは、そのまま別れて次の旅に出るからとついぞ次の行き先をナミコ達に語ることはなかったのだ。
その旨を正直に説明してやると、落とヤエは「さいですか」と妙に納得した表情で立ち上がり、「失礼しましたなあ。ほなさいなら。あ、ご結婚おめでとな」と告げて去っていった。
いったいあの二人、なんだったんだ――謎だらけの二人だったが、今の一件を通して皆が改めて感じたのは、やはりミコが追われる立場にあるということ。結婚式の式場予約の名義がミコである。それだけを嗅ぎ付けて、こうして追っ手がやってきた。なるほど行き先を語らないわけだと、ナミコ達はミコの用心深さに脱帽した。
だからこそ、こんな楽観的な詞でこの場は締めくくられた。
「ま、ミコさんならきっと大丈夫だと思います」
「ああ、あいつは本当に強いからな」
「ですね。じゃあクララ、式も終わったことだし、一緒にメディケアに戻ろうか」
「ええ、シャーロック……いえ、あなた」
こうしてシャーロックとクララの結婚式は幕を閉じた。最大の功労者であるミコは、結局最後まで参加しないまま……。