第17話_61体、全員集合!
何処かの島の何処かの町の何処でも良さそうなレストラン。
其処に、神様達60名が昼間っから店を貸切にして宴会中。其処は飲めや笑えやの桃源郷。決して酒池肉林等ではないのが大事な処である。常識は無くても良識の有る神様達は自らの保有する神格を自分で貶めることは無いのだ。ミコ=R=フローレセンスというたった一人の例外が絡まぬ限り。
女神達の仲良しグループが幾つもの机の一つを占拠し小さな輪を作り、乙女トークに華を咲かせているかと思えば、其の直ぐ隣では大から小まで体格図鑑の男神連中が輪を作り、此の間セフポリスでミコを巻き込んで起ったハローリターン事件、その最期にミコから『処分』を任された時の感動と処分対象であった殺し屋タワーの上げた良い悲鳴談義に熱くなっていたり、他にも男神と女神で集団を作り飲んだり食べたり話したりと、女と男で水と油の様に相容れなさそうな神様連中。然し其の更に外側では小さな集団を男女混合の大きな輪で以て微笑ましく酒の肴にする男神様女神様の集団が在る。派閥に属さない大らかな心持ちの神様群。其れは全ての神様達が須く持っている物だが、何しろ俗世には誘惑が多い。遊びに気を取られて飛び出した神様達が先の小さな集団であり、此の見守っている神様達は比較的『毒されてない』、『神様っぽい』神様達なのであった。勿論同じ神様仲間、小さな輪で談義する神様達の心の高鳴りと昂りは誰よりもよく理解している。神様達は喧嘩などしない。なぜなら“神様”とは平和と優しさの理想郷に生きる者達を指す詞だからだ。
そんな理想の神物達だが、集団の頭数が二つ足りていないのが目下共通の問題認識。
一人はミコに出会って消えた嘘の神泉=ハート。もうどうなったのかはミコ自身から聞いているので完全に欠員扱い、いなくて当然との認識。
もう一人は何かを企み消えた友の神零=ファクタ。昔っから単独行動を好む神様で其の心中には光など無いとまで底の無さで知られた神。何を考えているのかまるでわからない、それでいて仲間意識は誰よりも強く持っていた……矛盾の体現、両方取り、選べない男などとも云われた神様。其の行方がアパートを出てからというもの、全く掴めていない問題。
そんな零の話題が静かに冷静に酒を飲み語らう神様達の中から出るのは決して不思議な事では無かった。大きな外周の輪と云うか、乱数配置にも等しい混沌とした位置に陣取る情報の神、紫=ミュージアムと其処に群がる女神様男神様の一団が、実際零の事を話していたのである。
「しっかし零の奴何処に行っちゃったんだろーね。ワタシ達が俗世に降りてからもう随分経つけどさあ、全く便りが無いんだから。困ったもんだよ……ぱっはーっ!」
「……そうね」零の孤独傾向に文句を付ける形で話を進め、麦酒をかっ込み自身に酔う紫の詞に、グラスの中の氷塊と蒸留酒を混ぜながらくいっと一杯呷った印の神、透=パーソナルスペースが相槌を打つ。グラスを揺らして中の氷塊でメロディを奏でる透は自分の番を演出して静かに詞を紡ぐ。
「『便りが無いのは元気の証』って魚ちゃんは云うけどね……正直『逃げたから便りが無い』とも思っちゃうわよね……うん、分るわ紫ちゃん。私達も一年近くこの俗世に居る訳だけど全く気配を感じ無いって云うのは“ゼロ”である零君の特徴だからまだしも、最低でも半月に一回送ってきていた連絡が全く音沙汰無しって云うのは不安を掻立てる事実よね。なんせ彼は友の神。孤独故に友情に飢えた神物だもの。其の彼がって、思っちゃうのよね」
「そうだね。気になるよ」「俺僕と友の誓いを立てたのになあ」「進、そりゃ俺達全員だ」
透の話が友の神である零の神物面に向けられると、周りに群がっていた男神様三人、食の神禊=ハレルヤ、進化の神進=スターマイン、突込みを入れる切札の神剣=スペードが友である零の事を想って夫々詞を口にする。そして其れを肴に茶やら牛乳やら飲むのである。
口ではこんなにも零の事を心配しているようではあるが、同時に神様達は其れとは矛盾する認識も持っていた。即ち、零は元気でやっている。魚の言うことが正しいとも。
なぜ背反する考えを共存させられるのか、答えは簡単。
零=ファクタが神様最強の一角であるからだ。本当に。
特に物量系の闘いは彼の最も得意とする処。其れ故彼との闘いは「戦争」の規模で語られる位の話。だから心配しようがないのだ。ぶっちゃけ滅茶苦茶強いから。今迄も此れからも、零の安全を心配する奴なんて一人もいやしないのである。
そんな感じで宴会中の一過程一つの話題に収まっていた零の話、場を盛り上げる繋ぎの積りで取り上げただけで終われば善かったのだが……終わらなかった。
盛り上がる宴会場に相応しくない、不吉な発言が出たからだ。
発信源は、引いた態度の女神、㬢=ミルキィウェイ。
「嫌な予感がします。近い未来わたし達の前に零さんがボロボロになって現れそうな気が」
刹那、全員揃って固まった。皆動きが止まったのだ。
其の場に似合わぬ発言に。其の場を凍らせる発言に。
視線は発信源である㬢に集中する。彼女は事此処に至って漸く我に帰った様子で、慌てて先の発言を否定した。
「やだ……わたしったら何を言っているのかしら。ごめんなさい皆さん。忘れてください。捨ててください。こんなわたしの当てにならない勘なんか」
急造で取り繕うような㬢の詞。皆同意を心に抱く。予言じみた占いがよく当たる茂の其れに比べれば、㬢の物など本人が言う通り『当たらない勘』である。気にせず宴の再会へと興じるのが無難であり鉄板であった。
然し、神様達は㬢の詞に何か引っかかる物を感じていた。「勘だろうけど勘とも思えない」、「なんか嫌な予感が自分もする」と云った具合に元も子もない不安が伝染拡散し始めていたのだ。
そんな時を見計らったかの様に、貸切にしていたレストランのドアベルが鳴る。
皆ギョッとしてドアの方を向く。遅れて木製のドアを押す、低い音が鳴り響く。
そうして現れたのは他でもない誰でもない、よれよれの服を自慢気に着て荷物や装飾品は一切持たない姿で知られた零=ファクタ当人だった。本当に現れやがった――その姿を確認した神様仲間達は更に顔を引き攣らせる。
何故なら、視界に写る零の姿は継ぎ接ぎだらけのボロ雑巾の様に傷だらけで、見るからに弱っていたからだ。とても設計図持ちとは思えない、やられっぷりに皆がショックを受けたのである。何があった?――然う聞く前に零は身体毎倒れ気絶した。大慌てで友たる神様仲間達は零の元へ駆け寄る。宴会が変わる。飲めや食えやから治療加療へと。
だが其れは此れから始まる或る騒動の一報目でしかなかった事を、神様達は思い知る事になる……。