第16話_新たに生まれた”ユメ”
身の回りの瓦礫や屑を紅い粒子に変質させ、その粒子で身の回りを覆いだしたアリス。繭というほど体積はなく、かといって包帯男みたいに身体に密着しているわけでもない、人一人がかろうじて入れる大きさの編み笠、編みかごみたいな形状を紅い粒子で象っていた。そしてアリスはその中にこもってしまったのである。その様子を見ていてミコは珍しく慌てた様子で紅い編みかご向かって消速で近付き背心刀・雨で斬りつける。急がないミコが慌てる理由――ある懸念があったからだ。それを確かめるべく抜刀術による一閃をアリス目指して抜いたのだが、安堵よりも懸念の方が的中する結果となった。アリスを覆う紅い編みかごは、ミコが自身の両手を用いて使う消速剣術を、傷を負うこともなく防ぎきったのである。この瞬間ミコは察した。アリスが紅い粒子による絶対防御圏に保護されてしまったこと。そしてミコが持つ残りひとつの記晶石、ネンをアリスに埋め込むのは、もはや不可能となってしまったことを。そう、それこそがミコが抱いていた懸念であった。
ミコは後ろに跳躍して距離を取り、着地した後影帽子のがま口チャックから黒い眼を持ち出して一応紅い編みかごがどのようなものか精査する。それと一緒に口の中から最後の記晶石、ネンを出して自らの手で握りしめる。そしてすこぶる残念そうな顔をして、アリスを囲む編みかごを眺め愚痴るのだった。
「わたし……またしくじっちゃったみたい。頭の黒い眼も言ってる、アリスがオクを完全に我がものとして変身し編みかごを解くのは最低でも半年以上先、来年の新玉の月になるだろうって。うわマジつらい。ほんとげんなりだわ〜。そもそも記晶石をアリスに入れたらたったひとつでもこんな完全変態のプロセスが発動するなんて聞いてないわよ不意打ちよ。この手に最後のピースであるネンを持っておきながら、入れることが叶わぬとは……あああ、とってももどかしや〜! せっかく宇宙まで行ってCOSMO素粒子をフルチャージしてきたっていうのにぃ〜! そりゃ『急いでない』がモットーのミコさんですけど、半年も待たされるのはゴメンだわ! なんてったってわたしはもう、永くないんだから。生きていられる時間が限られてるのにこの状況、ミスにしてはむごすぎるわ。いったいどうすればいいのやら……」
本人をして珍しいと自覚させるほど、ミコはネガティブに愚痴をつぶやき続けた。基本予想外想定外の事態にも強いミコではあるが、それは権謀術数の極意『時間を味方につける』でひたすら相手の命数が尽きるまで、運勢が暗転するまで待つという“時間”ありきの待ちの戦術。だが、今回の事態では、時間はミコではなくアリスの側についている。買収も取引もできない。それがもどかしくてしょうがないのだ。万策どころか一策すら思いつかない窮地の中、とうとうミコは考えることを放棄して地面にごろりと不貞寝してしまう。消えたとはいえさっきまで燃えていた土はちょっと熱くはあったけど、焦げるようなその熱さがまるで悩みを燃やしてくれているようで、ミコにとっては心地好かった。風もなく、雲もない青空を地上0メートルから見上げるミコ。晴れ渡る大空が、心の中を換気していく。
――と、自然への感慨に浸っていたら、ミコの目に瑞々しい感触があった。雫が降ってきたのである。突然の出来事にミコは濡れた左目乾いた右目で空を見上げる。視界に入る蒼穹は一切の雲も確認できない。でも雨の降る要素がないことはない。
「お天気雨……? この広い俗世の一点でしかないわたしの目に当たるなんて……」
ミコは奇跡のような偶然に心が満たされるのを感じた。
(そっか……これでいいのかもね。未来への楽しみにネンはとっておけばいい。わたしのいなくなった未来の楽しみに……)
ミコは自然と認め難かった現状を認可し、そこから繋がる次の“ユメ”を思い描いていた。それは、自分の人生をも超えた、大きな“ユメ”。
そうなるとミコの行動は早かった。身体のばねを使って跳ね起きると、残る記晶石ネンも背心刀・雨やNS46など武器一式も黒い腕黒い足ごと全部がま口チャックの中に戻したのだ。それはもう、闘いや無理矢理記晶石を埋め込みアリスを完成させようとする意思の放棄だった。行動を起こしたミコにもう未練はない。後ろ向きに飛んで、最初メカニズモに落ち合った地、里の門の上にまた戻り陣取る。再び魔法の佇まいを魅せるミコの元に、最初攻撃してきた無機人形たちは再び魅せられ、動くこともなくその様子を見やる。すでにそのときミコが連中の動きを封じるために影に刺していた黒い楔も影帽子の中に回収されていた。途端、突然動くことを許された無機人形たちはそれまでの勢いを抑えきれず、四方八方ぎゅうぎゅう詰めの山となっててんこもり。その顛末を滑稽と笑い微笑むミコは、『感情』ではなく『条件』で動きミコのいる里の門の上を見上げてきた道化に等しい無機人形たちに詞を伝える。心がない以上記憶はできなくても、記録はできるはずだから。
「人形さんたち、よくお聞き。わたしは今この里の長であるアリスに記晶石オクを組み込んだわ。今彼女は次なる“者”へと進化変化の真っ最中、紅い編みかごに護られてるけど、決して邪魔はしちゃダメよ。で、ここからが本題なんだけど、わたし、最後の記晶石ネンも持っているのよね〜。出すのめんどいからもう見せないけどね。で、わたしはそれを渡しには来ないから。そこをアリスが紅い編みかごから出たら伝えといてほしいのよ。そしてこうも伝えといて」
そこでミコはいったん詞を区切り、深呼吸してから大事な詞を唱え、憶えさせる。
「待てば海路の日和あり。ってね――」
ミコは満面の微笑みといっしょに最後の詞を放つ。しかし、聞いていた無機人形たちはわけがわからなかったようで……。
「記録は完了。コマンド設定済み。しかし、意味は不明。彼の女の発言には、整合性が存在しない――」
などと、ミコの発言の矛盾点を指摘、論理的な説明を見出せていないようだった。
その様を見て、ミコはさらに笑顔になる。
(わからないようね……でもそれでいいの。)
用件が済んだミコはひらりと手品で影帽子から取り出した黒いマントを羽織りすぐに翻すと、ぴょーんと門から飛び退いて、メカニズモを後にした。
本来やるべき用件の『半分』だけしか済ませてないのに、妙に清々しい顔で。
後に残されたメカニズモの住民である無機人形たちは、ミコの矛盾する詞を論理的に解析しようとする者、考えるだけ無駄だと記録だけして解析を拒否する者、紅い編みかごの中で変わっている里長のアリスに反応する者と、『意識』の数だけ個性を見せたが、やっぱり『心』のない無機人形ではまだ“ここどまり”。彼ら彼女らの行き着くべき先はもっと未来に、もっと高みに、もっと輝く場所にある。それを知り得ただけでもミコはこの寄り道旅路が無駄ではなかったと感じる。不完全燃焼上等とも宣言できる新しい“ユメ”を持つことができたから。だからさっさと立ち去った。メカニズモは部外者がいつまでも暴れていていい場所ではないとわかっていたから。
そんなことを知る由もなく、メカニズモ無機人形社会の頂点であるアリスはただミコによってもたらされた自己進化の真っ直中にいた。
彼女がミコの抱いた“ユメ”を理解し、会得した心を震わせるまでに至るのは、永くも短い時間を得たあとのこと。
そしてアリスはその思いに“完生”した新たな生全てを賭して応えるのだった――。
この度は愚者ぐしゃなわたくしの作品を読んでいただき、心より感謝申し上げます。
さて、本日も無事第16話を章ごとに分割してサブタイトル付けて無事投稿完了しました。
ちょっと投稿時間が朝早過ぎましたが、本日は昨日告知した通り家を留守にする予定があるのでご容赦のほどを…(ペコリ)。
昨日の15話でミコちゃんの目的として登場したあの迷さんが俗世に送った神器こと記晶石のオクとネン。
その本当の用途とミコちゃんの真なる目的が明らかになる本日の16話でした。もっとも本編そのものはミコちゃんと記晶石投入対象であるアリスちゃんとのバトルがメインになっております。どこまで戦闘描写を書けるか試してみた回でもあります。割とすんなり書けた記憶があるのですが、その分交渉がなってなかったりするかもしれません。まあ物理法則は最初から無視してますが(いいのかよソレ…笑・自虐)。
文の大半を注ぎ込んだ戦闘描写に新しさを感じてもらえれば励みになりますね。感想募集中。
相当愚者ぐしゃな作品ですが、みなさんの才能・感性・能力でなにか感じてもらえるものがありましたらこれ以上嬉しいことはありません。
一日1話のペースでチャプター・章ごとに分割してUPしていきたいと思っています。よろしくお願いします。
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