第16話_歓迎しないお出迎え
科学と機械技術の極地と称えられる里、メカニズモ。
その名は広く知られていても、どこにあるかはほとんどの人間が知らない。
理由はふたつある。
ひとつは、メカニズモが秘境とも呼称される、いわゆる“里”であったから。
もうひとつは、メカニズモという里が、既に廃れきっていた廃里だったから。
どっちがより重要な理由か――語るまでもなく後者である。そう、メカニズモには機械の住民はいても『人間の住民』はひとりもいなくなっていたのだ。
そのきっかけは200年以上前に遡る。メカニズモに厳重保管されていた宝玉、記念の神こと迷=アンティックから神告宣下と共にもたらされたみっつの記晶石の内ふたつがメカニズモから失われたことに端を発する。
記晶石を持ち出した輩は、メカニズモの社会に馴染めなかった新入りだった。彼曰く、機巧の里メカニズモに未来を夢見て探し当て、里の一員となったまではよかったけれど、そこで得たものは里の誇る最高技術を理解できない自分の限界と失望、絶望だったという。
そして彼は自分を差し置いて独裁独善的に技術を突き詰めていくメカニズモの本流に対し次第に反発を強めていき、ついにはメカニズモの宝である記晶石の内まだ使われていなかったふたつ、オクとネンを盗み、逃走したと伝えられている。当時のメカニズモ上層部もことの大事ぶりに当然大混乱。死力を尽くして記晶石の取り返しを図った。
……が、それは徒労に終わった。記晶石がメカニズモの者の手に戻ることはついぞなかったのである。まるで記晶石自体がメカニズモに帰ることを拒否するように、転々と持ち主を移し移ろいメカニズモの手から遠ざかっていった。そして50年近くが過ぎたころ、メカニズモを抜ける者が出始めた。メカニズモの発展のために必要不可欠な記晶石を取り戻せない現実に失望し、里を抜けていったのだという。そしてひとり、またひとりと里を離脱する動きは続き、いつしかその流れは主流となりまた50年近くが経ったおよそ100年前、とうとうメカニズモから人間はいなくなった。みんな培った技術を売るべく、町へ都へと移住したのだ。今まで開発したカラクリも無機人形も、全部残して置いたまま。
そしてメカニズモは廃れたが、決して滅びはしなかった。
なぜなら、元住人たちが作った意識を持つ無機人形たちが、新たな住人としてメカニズモの里を運営し始めたからである。有機生命体の人間から無機素材で作られた人形たちへ、メカニズモの構成母体は身替わり様変わり代替わりしたのである。機械技術の発展はその成果である無機人形たちに受け継がれた。しかし元が機械の無機人形たちでは研究発明などで成果をあげられるはずもない。できて自己改良からなる最適解を求める程度。計算はできても革新や発明は出来ない。それが無機人形たちの限界であった。
結局メカニズモの誇った技術は100年前からほぼ変わらぬまま無機人形たちに保管され永い間護られ続けてきた。それでもメカニズモの技術は今なお未来を行っている革新的な技術である。100年前に去った者たちは技術の全てを里の外に伝えなかったし、そもそも100年前の外の人間の知識水準では、メカニズモが培った技術を使いこなすことができなかったのもある。メカニズモの機械技術は里の外や気象一族花一族といった他の里の知識見識常識をも置き去りにするほどの真新しさを持っていたのだ。今でも未来なのだから、100年前など推して知るべし、であろう。神様の問題こそミコに先んじて解かれてしまったが、人間の“水準”が一番先を行っていたのは今も昔もメカニズモなのである。
そんな秘境とも隠れ里ともいわれるメカニズモにミコ=R=フローレセンスは向かっていた。里の衰退……その原因そのものである記晶石に引っ張られてだ。何の因果かもわからないが、ミコが俗世へと消えたふたつの記晶石を入手してからずっと、記晶石はミコをメカニズモに連れて行こうとしていた。しかしミコにはミコの都合があったしまた優先すべき用事も多数入っていたので今まで記晶石の訴えは先送りにしてばかりだった。だが自分の宿命を知り時間が限られていることを知ったミコは、『やっておきたいこと』を次々消化し始めた。気象一族からの離脱、神様との決着、心樹オピィとの再会、リバムークの世話と花見、シク=ニーロの謀殺――と記晶石の用件より優先順位が先の物事を順次こなしてきたミコ。
そしてとうとうそのお鉢が、記晶石に回ってきた訳である。これも宝石と意思疎通が可能なミコでなければできないことだった。ふたつの記晶石はまず自分達に宇宙エネルギー、いわゆるCOSMO素粒子を注入し、自分達を活性化させるようミコに依頼した。ミコがその依頼を霧大陸の日時計塔……改め宇宙生物たちの宇宙船内にて見事果たして魅せると、記晶石はミコをかつての故郷、メカニズモへと誘導した。自分たち記晶石をあるべき場所へ――ある無機人形の中へと組み込むために。
ミコは余り深く考えずその頼みを受けて、ふたつの記晶石に導かれるまま空中を移動して海越え山越え雲を越え、メカニズモのある湖の麓へとやってきたわけである。
湖の麓にある何軒かの家屋と工房、そして多数の壊れた建物――廃里の必要十分条件を満たした場所。確かにメカニズモね――空中から鳥瞰していたミコはその存在を知りながらも今まで訪れることのなかった里を目視し、その正体を理解する。「なるほど、噂通り」だと。
寂しい噂を確かめてもそんなことに感傷を抱くことはしないミコ。あくまで自分のペース自分のスピードで事を進める腹積もり。ミコはここまで自分を導いた記晶石ふたつを影帽子のがま口チャックの中にしまう。引っ張っていた光の紐を引きちぎって繋がりを消してだ。そしてモーターパラグライダーを調節して、メカニズモの里に入る門の上に足を着けた。身体を浮かしていたグライダーは風を失いミコの身体、そのもっと下、門の下の地面へと落ちかけていたが、ミコは脱皮の要領で装備一式を脱ぎさると、影帽子のがま口チャックを開いてすぐに装備を影帽子の中へと取り込みはじめた。決して急いではいなかったけど、頃合い良過ぎるミコの所作は切り離されたエンジンユニットは言うに及ばず落ちていくグライダー部分も土に着けずに引っ張り上げ、汚すことなく収納しきった。収納が終わる瞬間の衝撃で身体が揺れたが誤差と想定の範囲内、門から転げ落ちるようなことにはならない。むしろこの機会を逆に利用し、毅然と門の上で立ち上がるのがミコ=R=フローレセンスなのだ。
門の上に立つミコの姿は、優雅かつ優しい。しかし高い位置に陣取ったので、必然的に村そのものは見下ろす……もとい見下す格好になる。けれどミコの姿はさっき表現した通り。優雅かつ優しい。つまりこういうことである。
空を見上げることが好きで様になっていると一般に知られたミコ=R=フローレセンス、実は見下すのも同じくらい得意で様になっていたりする――ってこと。
悪意も蔑みも邪気もない、ただ上から見下ろすミコの視線は見られる方にとっても不思議と好ましい魔法そのもの。その魔法に惹かれ引かれるのは人間だけにとどまらない。今のメカニズモに住む『住民』、無機人形たちとて例外ではないのだ。
防護境界を突破し侵入してきた余所者を迎撃するために出動してきた戦闘用の無機人形たちも、門前で立ち止まってミコの佇まいに魅せられていた。意識だけで感情もない無機人形がだ。ミコの魔法は万人万物に等しく通じる、これぞまさしく魔法だろう。
だけど、魔法立ちしている当のミコ本人は、自分の佇まいに価値や利益を求めてはいない。全くの無自覚でそうなった佇まいを自分でどう評価していいものかわからないという立場なのだ。なので一切の未練なく、ミコは戦闘用に武器を持った無機人形たちのいる地面へと飛び降りた。実はそれこそミコがやりたかったことなのだ。かっこよく着地、それを一回でなく二回やって魅せるのがミコの独特な流儀であった。
着地音を一切出さずに地面へと降り立ったミコ。視線が地面に平行線を描いてまっすぐに無機人形たちに届く。すると無機人形たちはおもむろに武器を構えて動き始める。多数で少数……というかミコ一人を追い込み蹂躙するための陣形へと。魔法が解けたからだ。
その陣の中に飛び込むミコは、さながら飛んで火に入る夏の虫状態であった。圧倒的にまずい状態。でもミコは全然慌てず、影帽子のがま口チャックから黒い楔を幾つも取り出して手に握り、ただ待っていた。相手の先攻を。じっくりゆっくり急がずに。
だけど周りまでミコの都合に合わせて動くとは限らない。意識はあれど感情のない無機人形なら尚更のことである。無機人形戦闘部隊は先の佇まいと違い魔法のかかっていないミコの所作をその意識をもって一刀両断に切り捨てて、ミコに向かって武器を向け飛び掛かってくる。上から下から前後左右から。侵入者を排除しろとの“意識”に従って。
ミコは急がずポンと飛んだ。軽いジャンプで地面との接触を絶つと、さっき黒い楔を取り出した際に開けっ放しにしておいたがま口チャックからポゴスティック付きの黒い足を一本だけ取り出す。地面を潜って下から槍を突き出し現れた無機人形たちの攻撃を先のジャンプでギリギリ躱すとミコはポゴスティックの先を一番上まで来ていた下からの槍の先にはめ込んで地面の代わりの支えにしてしまう。そしてその一本足を軸にくるりはらりと一回転。上下前後左右全方向に黒い楔を撒き散らかす。
するとどうしたことか、突如としてミコに向かってきていた無機人形たちの動きが止まったのである。地面に足を着けている前後左右下はともかく、上から飛び掛かっていた無機人形たちも空中で金縛りにあったかのように固まってしまっていた。その影にはひとつ残らずミコの投げた黒い楔が刺さっていた。そう、これはミコの影の秘術のひとつ。影の秘術で使った黒い楔は他人万物の影に刺すことで影越しに座標を固定、変わること動くことを規制し封じることができるのだ。早い話が影を通した行動制限である。
いつもならしてやったり計算通りと笑うミコだが今回はポーカーフェイス。なぜなら周囲が笑顔の価値を認識できない無機人形たちだから。なので攻撃の手が止んだ後、ミコは速やかに黒い足先のポゴスティックに力を込めて、ホッピングの要領で自分に向かってきていた無機人形戦闘部隊の群れの合間を縫って抜け出す。門から障害物を抜けて十歩先へと里の中に入ったミコは動けない無機人形たちに一瞥もくれてやることもなく、黒い足をがま口チャックの中にしまって自分自身の両足で着地する。余裕もあったので両の手を広げ、十字状のポーズでかっこつけてまで。魅せびらかす相手もいないというのに……。
ミコもそこはわかって――いなかった。否、いたのである。着地一連の所作佇まいを魅せるに値する対象が。ミコはそれを知っていた。その“もの”に会うためにメカニズモに来たのだから。
そう、最初から、ずっと……その目的その対象は、ミコを見ていた。
部下たる無機人形たちをけしかけた、メカニズモ無機人形社会の頂。
ミコは着地後真っ先真っ直ぐにその姿を捉え、楽にして名前を問う。
「はじめましてね。あなたがメカニズモの最高傑作、アリスかしら?」
ミコにアリスと呼びかけられた無機人形は、聞くと同時に身構えた。
そして人間でも中々いない癒し声でミコの指摘を事実と認めたのだ。
「ワタシはアリス、認証更新必要無し。相手は人間、排除を開始する」
排除開始。その詞と同時に無機人形――アリスはミコに襲いかかる。
ミコも応じる。アリスの襲撃に合わせ、影帽子から武装を取り出す。
ここに、出会い頭の衝突戦、その火蓋が切って落とされたのである。