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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第2話 婚約騒ぎと雪の花嫁
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第2話_化かすのに一家言あり

 白妙の月、22日夜。郵便都市ポスティオに敷かれていた戒厳令は解除された。同時に周辺地域の捜査網も解かれた。

 探していたクララ=ロスタームが発見されたから。

 発見したのは、ミコ=R=フローレセンスという女性。浮浪者のたむろする旧市街の廃墟の奥に隠れていた彼女を発見、保護し連絡先に通報した。このニュースはすぐに街中に伝播し、住民達の捜索熱は急激に冷めて皆が穏やかさを取り戻し、都の出入口たる道路の検閲取締も解除された。

 クララの身柄は都市警察に保護されることとなった。もう親が決めた婚約者との結婚式は一週間後に迫っていたので二度と脱走失踪などできないように、厳重な監視下に置いてほしいと、父ハンニバル=ロスタームが依頼したのだ。一方発見者のミコはハンニバル直々の招待を受け、ポスティオ一の高級ホテルにある立派な会議室へとやってきていた。

 その場で待っていたのは、他でもないハンニバル本人。彼はミコと出会うなりいきなり上から口調で語りかけてきた。

「君がクララを見つけてくれた功労者か……案外幼いな。まあいい、父として感謝させてもらう。あのおてんば娘は現実も見ずに理想論を語ってばかりでな。全く……手のかかる子だ」

「そういう話は興味ありません。要件済ませましょう。懸賞金下さい」

 単刀直入。慇懃無礼にミコは返す。するとハンニバルは顔をしかめつつも、懐から小切手を取り出してその場で金額とサインを記入し、ミコに投げ渡した。どうもお互い礼儀がなってないが、それがこの二人のやり方。二人とも相手の無作法を指摘することはなかった。なぜなら二人ともこの短いやりとりの中で、互いの腹の中を探り合っていたからだ。そのとき理解したのだ。こいつは自分と同類――強かで油断のならない相手だと。

 それを知っていれば、先の無礼講などまるで気にならない。というか気にしていられないのである。

 ミコが宙を舞いながら飛んでくる小切手を受け取ると、ミコとハンニバルは目を合わせて牽制の視線を向け合う。だがやがてハンニバルが先に音を上げ引き下がった。

「それでは私はこれで。明日はクララを婚約相手の家に紹介しなくてはならないのでな。今晩はこのホテルの一室に泊まれ。じゃあな目敏い功労者、もう会うこともないだろう」

「どうかしらね」ハンニバルの突き放すような台詞に、ミコは不敵な微笑みを浮かべながら逆の可能性を示唆した。それどころか続けてこんな『予言』を発したのだ。

「予言してあげる。あなたは明日わたしを訪ねに再びその足でここに来るわ。説明と答えを求めにね」

「フン、世迷い言を。少しはできる奴と思ったが、陶酔癖があるようだな」

 そう吐き捨ててハンニバルはミコを残し、会議室を後にした。

 後に残ったのはミコだけ……他にはなにもない。

「やりたい放題ね」そうぼやいたミコは携帯電話でメールを送る。それは、明日への合図――。

 

 翌日、白妙の月の23日。朝からポスティオの街は騒がしかった。

 大勢のニュースボーイが号外の載った新聞を辺り構わず放り投げ、宙に舞ったその号外を群衆達が掴み撮り、読み、そして驚き狂乱乱舞――ミコはその様子を昨晩ハンニバルと話した会議室の窓から目下不敵に眺めていた。携帯電話を手に持って……。

 と、その会議室のドアが突如乱暴に開けられる。中に入ってきたのはミコの予言通り、再度この場を訪れたハンニバルだった。他に複数都市警察の警官と思しき連中を連れている。振り向かなくても余裕でわかる。ガラスに像が映っていたから。

「言った通りね。待ってたわよ」ミコが振り向きもせずに窓ガラスに対して喋る。それでも音は反響するもの。すぐにハンニバルの怒声が返ってきた。

「貴様! これとこれはどういうことだ!」

 そう言ってハンニバルがなにやらこちらに向けてきた。さすがにガラスに反射しただけのぼやけた映像では判断がつかないので、ここでようやくミコはハンニバル達の方へと振り向く。ハンニバルが掲げていたもの、それは――

 

 外の空を埋め尽くしていた号外と、ミコが渡したクララ=ロスタームの動いてない身体。

 

「どういうことだと言われたら、そういうことだと返します。目の前で目の当たりにしている現実が真実ですよ、御当主」

 そう告げてミコは人差し指を向ける。まずは号外に。

「本日白妙の月の23日吉日早朝、縁結びの町イトムラサキにてシャーロック=ローとあなたの娘クララ=ロスタームは婚姻の儀を挙げました。残念でした〜。あの町で結婚した夫婦は俗世のあらゆる法律も命令も無視できる、超法規的特権を持つんだものね〜。ああ、そんなに驚かなくてもいいですよ、このニュースを記事にするよう根回ししたのもわたしですから」

「バカな! イトムラサキにもしっかり捜査網を敷いていたんだ。近隣領域に入っているし、なにより縁結びの町だけに一際人員を割かせていた。それをどうやってかいくぐったというんだ!」

 昂る感情を吐き出すようにハンニバルが難詰する。するとミコは次にハンニバルが掲げていたクララの身体を指差した。

「トリックよ。この街の戒厳令と周辺地域の捜査網を解除させたあとに本物のクララちゃんを移動させたの。シャーロックはノーマークだったからイトムラサキへ向かわせるのも簡単だったけど、クララちゃんの方は信頼できる共犯者以外を欺くための仕掛けが必要だった。そのために囮として用意したのがそれ。生命科学の里ヴァトリエで入手したバイオドール。大切に扱いなさい。一体につき高級金貨2000枚はする貴重品よ」

「ヴァトリエ? 聞いたこともないぞ、そんな町」

「町じゃなくて里。この俗世には気象一族や自然学派といった神様の問題を解こうと研鑽を重ねて力を得た集団がいるのは知ってるでしょう? そいつらが力を悪用されないようにまとまって隠れるように閉じこもって住む秘境を里っていうの。まあヴァトリエの連中は力じゃなくてこの時代の常識を超えた超科学を研究する知識人達の里だけどね……。それでもその技術と知識は遥か未来を行っているわ。バイオドールはコピー元となる人間の細胞を埋め込めばその人間そっくりに変化する生体人形。今回はそれにクララちゃんの細胞を入れて変化させ、囮として差し出したってわけよ。しかも投与した細胞の量で稼働時間が調節できるのが便利でね。ちょうど今頃には止まるように調節していたのよ。戒厳令と捜査網は囮こと偽者クララちゃんを差し出せばすぐにでも解除されると踏んでいたから、それから本物のクララちゃんたちをイトムラサキに運ばせても結婚式は今日の早朝には挙げられると計算した。既にわたしが代理人&支払人として式場の予約も取っていたからね。その分のお金は昨日あなたから戴いた小切手で相殺。タダじゃ囮も買っては出れないもの。現実の厳しさって、そういうものでしょ?」

 得意満面に自分の策略を徹頭徹尾懇切丁寧に解説してやるミコ。その微笑みは不敵で、かつ無敵を感じさせるものだった。

 事実、はめられたことを知ったハンニバルと警官達の顔はぐうの音も出ないと言った風でくしゃくしゃに歪むだけで全く声を出せないでいた。悔しいけど完敗――その認識を拒否できないのだ。

 だが、やはりハンニバルはなかなかの男。ミコに昨日は語ることのなかった論理からその責任を問い質し始めた。

「貴様……自分のしでかしたことがわかっているのか? この新聞記事を見てみろ。クララは嫁入りしたとある。我がロスターム家のかけがえのない一人娘を、後継者の一人娘を、お前は私から奪ったんたぞ!」

 親の論理で攻めてきたか――いい手を打ってきたとミコは心の中で褒めた。しかしそれも一瞬だけ。所詮いい手でも定石。定石には反撃の手も広く知られているものなのだ。

 ミコは影帽子のがま口チャックを展開し、中から黒い腕を一本伸ばし、ハンニバルが抱えていたバイオドールを奪い取る。がま口チャックの中に回収したバイオドールを収納すると何を思ったか、ミコはその黒い腕の手で人差し指を一本立たせ、チッチッチと指を振らせた。

 そしてとんでもないことをさらりと、さも周知の事実のように言い放ったのだ。

「跡継ぎなら他にもいるでしょ? 男の子が四人に女の子が二人だっけ? 浮気をするなとは言わないけど、産ませた非嫡出子をいつまでも認知せずに相続人から外したままにしておくのは親としてどうなのかしらね、御当主?」

 ハンニバルの顔から血の気が引く。周りの警官達がギョッとした目でハンニバルを見る。だけどミコは容赦しない。さらに続けて捲し立てる。

「わたしに隠し事ができると思った時点であなたの負けよ、御当主。わたしはいろんな人と知り合いでね。わたしの声ひとつでみんなからの情報がすぐにこの携帯電話に集まってくるわ。昨晩あなたがこの会議室から立ち去ったあと、その背中に御夫人以外の女の痕跡を見て取ったわたしは携帯電話であなたに関する情報を買いますって告知したの。ささやかな額の謝礼だけどね。それでも情報が来るわ来るわ。女遊びもほどほどにしとかないと、いつ誰にこうして脅されるか、わかったもんじゃないんだから。ちなみに、クララちゃん達にはまだ教えてないわ。シャーロックと違って、わたしは口が堅いからね」

「――っ!」ハンニバルから声にならない悲鳴が漏れる。立たされている立場の違いを嫌というほど思い知らされた彼は、柄にもなくガタガタ震えていらっしゃる。額や握りしめた拳からは脂汗が滲み出ていた。滑稽――ミコは決して顔には出さなかったが、内心くつくつと笑っていた。

 そのまま終わりにしようかと思った矢先、ハンニバルがこんなことを訊いてきた。

「貴様……一体何者なんだ?」と。

(あら、いい質問)

 苦し紛れにしては頭が回ること。ミコはちょっぴり感心し直した。

 せっかくなので名乗ってやる。包み隠さず、堂々と。

 

「わたしはミコ=R=フローレセンス。元気象一族のレインとして活動し、神様の問題を解き明かしたあと、一族を抜けてこうして旅をしている、この影帽子がチャームポイントの旅人よ」

 

 ……ポカーン。

 ハンニバルも周りの警官達も呆気にとられたままマヌケ顔を晒けだす。昨日作戦説明のためにバイオドールを取り出し、見せたときにビックリしてみせたクララ、ナミコ、ソームの表情が昨日一番の収穫なら、今日一番の収穫はこいつらのマヌケ顔だ。まだ朝なのに、もう一日が終わりそうな面白い錯覚さえ感じてしまう。だから旅はやめられない。

 

(さてと、ほんとうに潮時ね――)

 

 ミコはがま口チャックの口の中から新たに黒い腕を一本取り出した。新たに出現した黒い腕、その手には真っ黒な切符とペンが握られていた。影の秘術で作った、黒い切符と黒いペン。

(今は白妙の月の月末……どうやらイトムラサキは雨じゃなくて雪のようだし。もう遠からず雪の季節……覚悟しますか。ふふ、久々の再会ね)

 ミコは先走って未来を演算し終わると、黒いペンを先に出していた黒い腕の手に取らせ、もう片方の手が掴んでいる黒い切符に必要事項を記入する。

 そして記入作業が終わると、黒いペン、そして二対の黒い腕をがま口チャックの中にしまい、放り出された黒い切符を自らの手で掴み取る。切符に記入された『条件』と『行き先』を確認したミコは、ハンニバル達に最後のあいさつ。

「ま、クララちゃんがイトムラサキで結婚し嫁入りした事実はもう覆しようがないのだから、よーく考えることね御当主。わたしは基本クララちゃんの味方だから、これ以上強引な介入をするようだったらいくら口の堅いわたしでも情報漏洩は免れないと思うことね。それじゃあね、バイバイ」

 バイバイ――その意味に彼等が気付いたときにはもう手遅れ。ミコの身体はすでに黒い切符の効力で消え始めていたのだ。

 周囲の風景に同化する? いや、まるで周囲の風景に身体を侵食されるようにミコ=R=フローレセンスの身体はこの会議室から消えていき、程なくして完全に消え失せた。

 なにも残さず。跡形もなく。

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