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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第14話 時間遡旅行 しくじった女
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第14話_ミコナミコ、解散

 ザアッ……

 波が途切れることなく引いては寄せる海浜公園、ワンサイデッド公園の砂浜で、ナミコはとんでもないものを見たという顔しかできなかった。無理もない、事実がそうだったのだから。

(未来人のさらに未来に電話して死刑として裁かせるなんて……ミコさん、なんて悪辣なやり方を)

 正直シク=ニーロより悪っぽい――その感想だけは思っても口にはしない、空気の読めるナミコだったが、空気が読めない奴もいた。そう、現場にはいなくても通神術で一部始終を見ていた趣味の良い(注:嫌味)連中、神様達である。

 シク=ニーロが死んだのをいいことに、思いっきりおおっぴらに、通神術から思話通信に切り替えてミコとナミコに話しかけてきたのである。

『うほっ! 本当にシク=ニーロを抹殺したのかよミコ! やっほぅ、凄えぜ。善くもまあ“未来の更に未来”なんてアイディア、思いついたもんだぜ、なあ?』

『興奮して口調変わっているわよ熱。でも本当、ミコの作戦は天地逆転ものの閃きでしたよ。未来電話を十全に使い切ったミコの大勝利でしょうね!』

『Yeah!』熱から解説を引き継ぎ、上手いことまとめた焰の締めに神様連中は一斉に湧き上がり、歓声を上げる。別にシク=ニーロは神様連中を相手にしていたわけではないのだが、それでも狙われた者達なりに恨みがあったようで、その恨みを晴らしてくれたミコのことを称え、あまつでさえその手腕を持ち上げる賛美歌を即興で歌いだす始末。その見事なコンビネーションを見せつけられたナミコは、仲いいな〜の感想に終始し、シュールなものを見る目で遠くを見る。60名のはしゃぎぶりを一方的に聞かされると、さすがに煩くてしょうがないからだ。

 むしろ一般人のナミコは、ミコの取った方法がシク=ニーロと同等、或いはそれ以上の悪辣さ、悪知恵だったことに少なからず衝撃を受けていた。そして今さっき切れた最後の会話でミコが放ったとんでもない詞の数々は、ナミコのミコに対する印象を今までのものからガラリと変える程の衝撃があった。感情面で避けそうな……ともすれば嫌いになってしまいそうなことをやられてしまった気分。極めて複雑な気持ちだったのだ。

 そしてそんなナミコの心情の機微を察したかのように、ミコが詞を投げてくる。

「嫌いになっちゃった?」と。

 突然の核心突く発言にナミコは心の準備が追いつかず、「ええ、その……」とお茶を濁すことしかできない。するとミコはなぜか「安心した」と呟いて、「それでいいのよ」と意外な詞を繋げてきたのだ。

「え? いいんで……すか?」ナミコは瞬息の反応で詞を返す。自分でもびっくりのスピードだったが、ミコは悠々自適に聞いている。そしていつものように、柔く淡い、ちょっぴり悲しそうな、困ったような笑顔をナミコに向けてきて話しだした。

「わたしは今回シク=ニーロを斃すのに自分の中の悪い部分をほぼ全面的に起用したわ。以前にも話したと思うけど、わたしとあいつの“同類”の部分をね。それはわたしの中の悪そのもの、それ使って魅せて嫌われるんならむしろ本望よ。それもまた、ひとつの結果だもの」

「なんで……なんでいいんですか! 嫌われてもいいって。そんな顔して言えるんですか!」

 ナミコは堪えきれずに想いの丈を吐き出した。好意を抱いているミコだから、嫌いになんて、とてもなれない人だから――そんなこと言ってほしくなかったのだ。

 でも、人生三周目のミコは無情にも先の台詞を補強する。それはとてもナミコでは届かない、人生三周目=人生の最果てまで行った一人の女性が話せる詞――。

「わたしにとってはねナミコちゃん、好きも嫌いも愛も恋も、旅路で遭遇するひとときの出来事でしかないの。わたしの人生一周目が終わったとき、既にわたしは好かれることも嫌われることも経験していた。そのときの体験は今も心に輝き、そして傷として残っている。それから何度も同じことを経験してきたわ。その度に喜んだり怒ったり哀しんだりしてきたけど……こと怒りと悲しみに関しては“あのとき”に敵うものはないんだな〜。それを端的に表す詞があの『現状マシ』って台詞。だから嫌われる悲しみには正直慣れっこどうとでもなれなの。だってそれは、そう思ってくれる『わたし以外の誰か』の大切な権利だと思うから。ね?」

「ミコさん……」ナミコは至近距離でミコの解説を聞いていた。物理的距離はこんなにも近いのに、心の距離が遠く感じた。ミコの心は遠く遠く、恒星の先まで行ってもなお追いつけないような、遠く最果ての向こう側――とてもじゃないけど近づけない、そんな場所にあるのだろうと痛感させられた。この事件を通して、自分は『助手』としてミコの一番近くにいた。事実、ミコの方から歩み寄ってくれた――近付いてきてくれたこともあったと思う。それは確信をもって言えること。

 でも今はもう違う。ミコの心は遠ざかり、心のありようも再び『旅人』のものに戻ってしまったのだろう。もうミコはセフポリスに留まり売られた喧嘩を買い、事件を解決していた解決者じゃない(探偵とは呼ばない。ミコは『探偵』呼ばわりを嫌うから)。俗世を行ったりどこかへ来たり、そんな一人の『旅人』なのだ。敵を斃したのだから、当然の心変化だろう。

 そして、『旅人』に戻ったということは、当然『終わり』が来るということ。神様達の馬鹿騒ぎを思話通信で聞く中、ナミコは心の整理をつける必要を感じていた。

 そしてすぐに“そのとき”は来た。ミコが黒い手にずっと持たせていたシク=ニーロ、そして『遥かな未来』と通信していた未来電話、そしてナミコが持っていた、元シャーロックに渡していた携帯電話をがま口チャックから新たに取り出した黒い腕で奪い取ると、ふたつの黒い手をぎゅ〜っと圧縮握り締め、ふたつの電話をスクラップにしたのだった。ミコはそれだけにとどまらず、お茶屋でも魅せた消化の力を使ってふたつの“元”電話を完全に原子レベルにまで分解し、風にのせて空へと流し、重力任せに砂に混ぜる。作業が終わるとミコはやはりナミコが予想した通りの詞を告げたのだった。

「お助けも事件ももはや過去、わたしの仕事はここまでね。そろそろ旅に戻らせてもらうわよ、ナミコちゃんに神様さん達」

『なにいぃぃぃぃ!』馬鹿騒ぎから続けてバカみたいに叫ぶ。ある意味予定調和な展開にナミコはちょっとホッとした。すぅ〜っと一回深呼吸をすると、ナミコは前もって整理していた最後の質問を投げかけた。

「ミコさん、最後に『助手』として、質問してもよろしいですか?」

「いいよ。もう会うこともないだろうから、いくらでも答えるわよ」

 もう会うこともないだろうから――つまりミコとしては金輪際ナミコに会う気はさらさらないとこれ以上なく直接的に言われて、ナミコは多少面食らったが、すぐに気を持ち直して、早速第一の質問を告げた。

「どうしてシク=ニーロが時間遡行した時代がわかったんです? 見てましたけど、ミコさん未来との通信時に未来に教えてましたよね? シク=ニーロの時間座標」

「ああ、それね。いいわ、答えましょう。ナミコちゃんも神様さん達も見ていたと思うけど、わたし、あの子に水ぶちまけたでしょ。実はアレ、雨水なの」

「雨水……ああ、なるほど。雨識感覚ですか、時も越える感覚とは。驚きです」

「ナミコちゃん顔と詞が一致してないようだけど、まあいいわ。他にもある?」

「はい。なんでわたしがシャーロックから拝借した携帯電話、壊したんです?」

「もうあなたたちを事件に巻き込みたくないって思っちゃったから。それだけ」

「お心遣い感謝します。では最後に、シク=ニーロの電話番号が知りたいです」

「それはひみつー。内緒ですよー。わたしが推察したこの事件一番の謎だから」

 ナミコとミコの息のあったやりとりは、聞いて答えて最後は答えて貰えないといった体で終わった。最後の質問にミコが答えてくれなかったが、それも会話の締めにはいいだろうとナミコは思った。重荷がとれて気が楽になったような感覚――安心できるとはこういうことかと、若く未熟な身体と心に染み渡らせる。

 ナミコが助手としての肩書きを剥ぎ取られている感触を心地好く受け入れている中、ミコは遠くセーフティ・ガードから話しかけてくる神様連中にも別れの挨拶と指示を飛ばした。

「クルサードから頼まれて……あなたたちにも頼まれて、助っ人をやってきたけど、事件も解決したしもういいでしょ。あなたたちに頼まれたことはちゃんと解決しましたからね。その代わりと言ってはなんだけど……すっから忘れていると思うんだけど、憶えてる? 哉ちゃんの箱の中に、死体さんことヘンリーを殺した殺し屋タワーを拘束しているって。わたしはもう行っちゃうからさ、ジャックとの約束、あなたたちが果たしてよ。警察に突き出すもよし神様が直接いたぶるもよし、とにかくジャックと約束したのよ。『無念は晴らす、仇は取るって』――これ、付き合ってくれたあなたたちに権利譲るわ。殺そうが後悔させようが自由。わたしの名前も好きに使っちゃってー」

『うおおおおおおい! マジか、本気か、それとも正気か! 我々に実力行使の機会を与えてくれるとは! ヒャッホゥ!』

『ああ、そう言えばコノ箱の中に入れておいたんだったっけ。ミコっちに言われて今思い出したよ〜。コイツは正直役不足だけど、ソレなりに楽しませてはくれそうだね。ソノ依頼、承ったよ。いいよね、みんな!』

『応!』『賛成!』『乗ったわ』思話通信が混線する、もといあまりに話し手が多いので混線状態みたいにうるさい。その最中だった。ミコが回線を切る、「通信拒否」の詞を口にしたのは。

『えっ? あっ! ズル、ちょっまっ……』

 神様達が有無を言う前に思話通信はプツッと切れた。頭の中に土足で上がり込んできた声の大軍が綺麗さっぱり消えたので、ナミコは頭がスッキリした。

 しかしそんな感傷に浸る間もなかった。ミコが影帽子のがま口チャックからバス停の標識らしき大きな物体を黒い腕に抱えてその場に置かせた。すると間もなくしたらばびっくり、空から人より大きな霊鳥が飛来し、ミコの両肩を両足で掴み、空中に持ち上げたのだ。

 ナミコは唖然とした表情のまま、ミコを見上げることしかできない。やっとこさこしらえ放った詞は「な、なんですかこれ……?」という一人言にも似たつぶやきだった。

 出した標識を黒い手に掴ませ再び上空の影帽子の中にしまおうとしていたミコがその台詞を聞いて、回収作業を一時中断。標識を前に突き出し自身の手では自分を掴ませている霊鳥を指差し、最後の解説を初めてくれた。

「この子は霊鳥オルバート。普段は野生で暮らしているけど、たまにアルバイトで貸切空飛ぶタクシーの仕事請け負ってくれるのよ。この標識を出すことでね」

 ポッカーン。

 ナミコはぐうの音も出なかった。ただ無言でミコがもう「用済み」と判断した標識をがま口チャックの中にしまうのを見ているしかなった。多分そのまま去られたらアウトだったと。自分でも思っていた。

 だが、そうはならなかった。標識をしまい終えたミコは取り出していた黒い腕も全てしまってがま口チャックを閉じると、ナミコにお役立ち・別れの詞を語り出したのだ。

「ナミコちゃん、最後に人生三周目のお姉さんからアドバイス。シク=ニーロはこの世は善か悪かとかぬかしていたけどそれは勘違い。この俗世はうまくやるかしくじるかなのよ。善でも悪でもうまくやれば先に次に繋いでいけるけど、しくじったらどの立場でもドボンと破滅するしかない。あの子はそこがわかっていなかった。与えられた才能に埋もれて気付かなかったと言うべきなんだろうけど、悪に拘りすぎて、終わったと勘違いし、未来に背を向けた――ほんと、失敗した人間の見本みたいな奴だったわね」

「そんな……確かにこの世は勝ち組負け組に別れますけど、それが真理なんですか? しくじっちゃったらもうダメなんですか?」

 会話能力を取り戻したナミコは霊鳥に掴まれ空を佇んでいるミコを見上げ問う。するとミコは「ノンノンノン」と可愛らしく自身の人差し指を振って大事なことをもうひとつ、教えてくれた。

「一回しくじってもあきらめなければ次がある。次でうまくいけばリカバリできる。これが俗世の捕捉ルールよ。所詮成功なんて時の運と潮時次第。そのときまであきらめない根性と強い意思が大切ってこと。シク=ニーロのバカはしくじりにしくじりを延々と重ねたから破滅しただけ。あそこまで墜ちる奴はそうはいないから安心なさいなナミコちゃん。あなたはそうそうしくじったりはしない。むしろ失敗を気にするならば、シャーロックとクララちゃん夫婦だって伝えといて」

「ミコ……さん」

「助手にしたのは後ろめたかったけど、あなたといっしょで嬉しかったわ。人生三周目、ミコ=R=フローレセンスとして心からお礼を言わせてもらうわね。ありがとう」

 ありがとう――たった五音のその詞を聞いただけで、ナミコは目が熱くなるのを堪えきれず、思わずミコから目を逸らし、涙を堪えようとした。

 そんな刹那の間だった。ナミコの目からこぼれる涙を拭うように一陣の風が吹いた、それが何を意味するものか、ナミコは即座に理解した。

 

 ミコが、旅立つのだと――。

 

 ナミコは泣き顔を取り繕うこともせず風上に顔を向ける。霊鳥は高く舞い上がり、その姿は既に面ではなく点になろうとしていた。だけど、ナミコは確かに見た。

 

 こっちを見ていたミコの、ほんの少しの寂しさと強く正直な意思を魅せる、あの柔く淡い笑顔を――。

 

 そうしてミコ=R=フローレセンスは、セフポリスから消えた。

 まるで泡沫胡蝶の夢、幻だったかのように。

 ただ、笑顔で魅せた“思い出”だけ残して。

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