第14話_まだ波はおさまらず
ザザァ……。
波と砂が海の音を奏でる中、ワンサイデッド公園の砂浜にミコとナミコが肩組して海と夕日を眺めている。その顔は二人揃って穏やかだ。シク=ニーロという脅威がいなくなったことへの安堵だと、ナミコには沸き立つ感情の源泉が理解できた。
すると無性にミコと肩を組み合っている姿なのが恥ずかしくなってきた。嫌ではないけど見られたくない、そんな気持ちが湧いて出る。
「ミ、ミコさん。もう大丈夫です」
慌てて断りを入れながら、ナミコはミコからそっと離れた。紐を解くように。
でもそのときナミコは感じた。まだ来てもいないはずの別離の悲しみを心に。
ミコはそれを拒むことなく、ナミコの好きに自由にさせ、自分は相変わらず出しっ放しにしている黒い手を寄せて未来電話でどこぞと会話。其の様子を見ていたナミコは悲しみと同時にある疑問が頭に浮かんだ。助手として今、訊いておきたい――ナミコは臆することなくミコに話しかけた。
「あのーミコさん。ひとつ、訊いてもいいですか?」
「ん? なあに? わたし気分いいから答えちゃう」
「そりゃどうもです。あの最後の事件なんですけど、人質妊婦さんのカウントダウンが始まってもミコさんまるで動じてなかったじゃないですか。それでもってニュース見ろって。つまりあの時点でもうヘンリーさんが殺された秘密には気付いていたってことですか?」
「うん、そうだよ。お茶してたときに神様たちの別働隊から情報受け取ったあの瞬間、ピンと閃き気付いちゃったのよね。で、マスコミと街政治部門へのコンタクトはお茶屋で小切手渡しに行った際に政治部門のお姉さんを指名して。小切手の裏に用件書いてね。そして街中にニュース流してもらったわけよ」
「情報部門のお姉さん? 会計のお姉さんじゃないんですか?」
「あそこは特別なお茶屋なのよ。セフポリスの秘密情報基地のひとつなの。従業員は全員、元産業スパイの経歴を持つ諜報員たちなのよ。で、わたしが指名したのがさっきも言った政治系にパイプを持つお姉さんでしたと。こういうこと」
「なるほど〜」ナミコはこれ以上ないくらい素直に頷き、ミコの説明に納得した。すると。
ピンポンパンポーン
今までとは違う未来電話の着信音が鳴った。ミコはその音を聞くと、未来電話を初めて自分の手で持って、黒い手ではない自らの手で操作した。なにやら電文を読んでいるようだが、明らかに嬉しい内容なのがナミコにもまるわかりであった。なんせミコの顔がこれ以上なく緩く溶けるような笑い顔になっていたからだ。ふやけた……否、腑抜けた……やっぱ否、ふにゃけた顔を見せたミコに、ナミコは期待すると同じくらい心配でしょうがなくなってしまった。だって今のミコ、隙だらけですから。
これはいかんと思ったナミコは、早々にミコを正気に戻すべく、声をかけることにした。「ミコさん、正気に戻ってくださーい」と。それだけでミコはすぐ浮かれた気分を心に秘めて、真面目なミコに戻るのである。いったいどれだけ正直なのかと思わずにいられないナミコであった。
(本当にミコさんって人は、危なっかしいわ――)
そう心で思いつつも、だからこその助手・自分であるともナミコは理解し受け止めていた。なので助手としての立場から遠慮なく、ミコに物申すのだ。
「嬉しい知らせ。未来電話。ミコさん、とうとう根回しが実を結んだのですね」
ミコが事件中も移動時も未来電話で知らない言語でどこぞと通信をとっていたのをナミコは横から見守っていた。その際ミコが言った「根回し」という単語を、シク=ニーロを倒すための工作活動と判断し、その行く末をナミコも待ち望んでいたのである。ずっとずっと。
そして結果は大正解。ミコは満足嬉しげ幸せそうなはにかんだ笑顔をナミコに向けて、Vサインを贈ったのだ。
「その通りだよナミコちゃん。わたしがシク=ニーロのバカを制裁するために打った手が結果となって実を結ぶときがきたわ――と、いうわけで早速電話をかけましょう」
と、ここでミコは未来電話を操作し、誰か宛ての電話番号を押す。ナミコは誰宛てなのか気になったので訊いてみた。「どちらへ?」と。するとミコはビックリするような返事を返してきたのである。
「誰ってそりゃあ、シク=ニーロの奴に決まってますがな」
(――え? だって、シク=ニーロの番号はずっと非通知で判らないようにされていたはず……って、まさかミコさん、シク=ニーロの電話番号も見抜いたの?)
ナミコがミコの傑出ぶりに寄った仮説に驚いていると、トゥルルルル、ほんとに電話が通じたのである。驚くナミコを余所に横に、ミコは人知れず呟いた。
「これが最後最高の謀略よ。よく見とくといいわナミコちゃん。かつて国も殺した女がどう未来人を殺すのか」
物騒な台詞を臆面もなく言い放って、ミコはコールに夢中になる。
そしてとうとう未来電話は過去に跳んだあの女に、繋がったのだ。
同時にそれは、ミコの恐ろしい一面を見るということでもあった。