表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第14話 時間遡旅行 しくじった女
123/167

第14話_海辺での対面

 ミコと手を繋いだナミコは一切消えた実感のない転移術の初体験に呆然とする暇もなく、あの女――シク=ニーロが指定した通り、ビフォーレ地区ワンサイデッド公園に到着しそのシク=ニーロと対面していた。海浜公園であるワンサイデッド公園の狭い砂浜、シク=ニーロは波打ち際の海の上に立っていた。

 楽し気に舞い、そして踊る。それだけなら誰が彼女を悪と見て取れるだろうか。だがナミコは知っている。この男にも見える年端もいかない女が治安の都セフポリスで昨日今日と凶悪犯罪を立て続けに起こしていることを。昨日から知っている。昨日映像とは言え全く同じ姿形服の本人と旅館で御対面しているからだ。相変わらず子供っぽい印象……無邪気で悪意をデコレーションしている類だとナミコは二見で理解した。

 それにしても腹立たしい。最後に一目会いたいと呼びつけたから来たのに踊るのに夢中で全然こっちを見ようともしないシク=ニーロの態度がナミコを心底苛立たせる。気配を感じているはずなのに。「こっち見ろよ」と怒鳴りたくなる。

 だがそれは未遂で終わった。ナミコより早くミコが文字通り水をさしたからだ。影帽子から水の入った小瓶を黒い手に持たせてがま口チャックから取り出すと、そのまま流れる動作でコルクの蓋を指一本で弾き飛ばし中の水をシク=ニーロに向かってぶちまけたのだ。

 およそミコらしくない行動に、ナミコは人形のようにギクシャクカクシャク固まってしまった。そしてナミコが読めなかったミコの行動は、シク=ニーロにとっても読めなかった模様。シク=ニーロはミコが投げつけた水を髪、頬、首筋に浴びて止まってしまった。当然という詞が成り立たなそうなシク=ニーロでも、水をかけられたら踊るのを止めるらしい。濡れた箇所を気にしながら、ようやくミコとナミコの方を向いた。

「やあ。結構な挨拶だね。楽しく踊っている乙女に向かって水をかけるなんて、観客にあるまじき行為だよ?」

「おあいにく様。わたしもナミコちゃんもあんたの踊りが見たくて来たんじゃないのよ。あんたを二度と悪さできないようにする――その目的のために来たの」

「ボクから? 悪さを? ……っふふ、あっはっはっはっは!」

 ミコの大義名分をシク=ニーロは腹を抱えて笑う。その笑い方がまた癇に障る笑い方で、ナミコは文句のひとつでも行ってやろうかと一歩踏み出したが、ミコの手によって阻まれた。ミコはシク=ニーロの方を向いたままナミコに警告する。「軽々しく動かないの。ここではあなたものんびり聞くだけにして。どうせあいつは人の話が聞けないんだから」とのこと。思い当たる節もあるので、ナミコは出過ぎた真似を止め、ミコの隣に張り付いた。

 すると案の定ミコが予想した通り、シク=ニーロは海の上でステップを踏みながら喋り始めた。

 自身の生い立ちを。そして自身の成り立ちを――。

「ボクの生まれた時代は世界が『管理・調整世界』と呼ばれていた。その名の通りある方が惑星の全てを管理し調整する苦も楽もない世界。全生物が必要十分な最低限の幸せを与えられる世界なのさ。でもね、それを成し遂げ維持するのは並大抵の苦労じゃない。特に心を持った人間は、すぐに簡単に悪に転げてはバグとなり癌となり周りに迷惑をかけるんだ。ただあの方――偉大なる“システム”は悪に利用価値がないとは判断しなかった。上手く利用すれば善の方より簡単に秩序を構築できることを知ってた。だから――」

「作られたんでしょ? 必要悪のあんたがさ」

 少々喋りに感傷が入ってきていた隙をミコは見逃さない。言わずともわかる事実を、シク=ニーロより先に口にする。先を越されたシク=ニーロは露骨に不快感を顔に出すが、なぜかすぐに面の皮を戻して、やっぱり変わらぬ慇懃無礼で子供っぽい喋りを再開した。

「その通りだよミコ=アール。ボクは“システム”に作られた。人から産まれたわけじゃない。ボクの遺伝子自体管理コンピュータと母体ロボットが材料元素を配合結合させて作ったんだ。そしてそのまま母体ロボットの機械子宮の中で育ち生を受けた。親も持たず愛も受けず、ただ心に求められる『悪』を仕込まれて。未来だろ? ボクは人造人間ですらない。人工人間……いや人間製品とでもいうべきだろうね。人が作ったわけじゃないから。母体ロボットの中で人間年齢に換算して5歳まで育った。まる五年間たっぷりとボクに求められる『悪』の心構えと知識手段を仕込まれたのさ。母体ロボットから出た瞬間から、“システム”の為悪を為せるようにね。そして迎えた誕生日、ボクは産まれてすぐに服を着て、早速仕事に取りかかった。悪を統べる黒幕になるべく、暗躍と教唆を繰り返し続けたさ。“システム”からの手助けもあったからね。2年後にはボクはこの惑星社会悪の頂点になってたよ。ホント、情報化社会は便利だったよ。顔も知られずにトップになれるんだから。それからは“システム”と協議して『最大多数の最大幸福』をスローガンにちょこちょこ悪を為してきた。殺人、口減らし、種の絶滅もやったなあ。この手の采配ひとつでバカ達を操り殺させて、生命が消えて死にゆく様は、愉快でたまらなかったよ……」

 うっとりと、恍惚状態にも似た顔を見せるシク=ニーロにミコは吐き捨てるように呟いた。

「人を殺しておいて、そんな詞しか言えないの」と囁く。するとシク=ニーロは珍しく、すぐに怒鳴り返してきた。

「生きることが罪なんだよ! 何様だキミ達は。毎日栄養も生成できない生物種の癖に。キミ達は毎日栄養失調で死ぬリスクがある。それを回避するために食事を摂っているんだろう? 言わばキミ達もボクも毎日の食事で食する物の命を奪い取って生き存えているにすぎないんだ。それが殺生というものだろう――こんな簡単なことをボク如きに指摘されるなんて、やっぱりキミも詰らん! 結局ボクを断罪できなかったしね!」

「な……ミコさんがあなたに劣るって言うんですか!」

 シク=ニーロの無礼千万な物言いにナミコは反射的に口を出していた。そこにあったのは後味の悪さと敬愛するミコを侮辱されたことへの怒り。言った勢いそのままにさらに当たり散らしてやろうかとナミコは思ったが、怒鳴った時に僅かに前進していたため接触していたミコの腕の感触がナミコに理性を取り戻させたからだ。ミコはなにも言っていない。さっきナミコを制止しようと前に出し進路を塞いだ手を腕を、そのまま上げているだけである。

 しかしそれでもナミコには、二度目の制止に感じられたのだ。勘違いだと言われればそうかもしれないが、現実は違う。ナミコの代わりに口を開いたのはやっぱりミコだったからだ。場の空気を重くすることも軽くすることも自由自在なミコ=R=フローレセンス。その弁舌でもって、シク=ニーロの口をさらに滑らせたのだった。

「確かに――わたしたちは殺生という殺しと生命の素の奪い合いで生を繋いでいるわ。でもね、その生命の奪い合いが輪廻の輪となり螺旋となり、時を時代を創っていくのよ。それに何? 『生きることが罪』? ひょっとしてそんな理由で自分の悪を正当化しようとか考えてたの? もしそうなら……がっかりね」

「御愁傷様だねミコ=アール。偉大なる“システム”に作られたボクはそんな風に自分の悪を自覚して自責するような神経は持っていないさ。余計な心配、御苦労様」

「あっそ。なら見誤らなくて済みそうね。で? 未来の俗世で必要とされて作られまでしたあんたが、なんの因果で過去に昔にこの時代に、時間遡旅行してくるのかしらね」

 嫌味と悪態の応酬。夕焼けの海原におよそ似合わない他人を緊迫させるやりとりにナミコは身体が冷えるのを感じた。冷や汗じゃない、空気が場が冷えているのだ。もうすぐ夏が来るというのに。ミコの詞を最後に静まり返った空間が、それに拍車をかけていた。

 やがて海の上に立つシク=ニーロが夕日の照らす自分の影の長さを一瞥した後、珍しく頭を掻いてから話しだした。

「ボクは完璧過ぎてね。偉大なる“システム”の求めたスペックを満たして作られたのは先にも言った通りだけど、ボクが活動を開始してから有能だったのは言った通りだけど、あまりにボクは有能過ぎてね、悪の秩序体系はボクがいなくても成り立つ程に確立されてしまったのさ。そしたら“システム”に『よく働いてくれました。もうあなたの役目は終わったのです』って御詞と共に生まれて初めての、そして永遠の自由を戴いたんだよ。初めての自由に接した時、ボクがまずやったのは歴史を振り返ることだった。ウォッチレコード『リーン・ウェーダ』の記録を確認するとこの世界に神様が件の問題を出していたこと、しかし今アパートに神様は残っていないことを知った。興味が湧いてね、鍵を開けて扉を渡ってアパートに行ったよ。ほんとに誰もいなかった。だから好き放題できた。神様達の不死の証たる設計図、ボクも自前の設計図を作ったよ。それがこの『不可能解決の設計図』なのさ」

 シク=ニーロはここで5つの小さな光る星を自分の身体から取り出し、適当に自分の身体を周回させた後身体の中に仕舞った。シク=ニーロの話はまだ続く。

「設計図も完成させてアパートを去り、帰ったら、待っていたのは退屈な日常だったよ。代わり映えもせずに、同じことを同じ時間に繰り返す毎日さ。そんなときふと思い立ったんだ。ボクより前に只一人、神様の問題を解いてみせた女がいたことを。そう、キミだよ。ミコ=R=フローレセンス」

 シク=ニーロはミコを指差して得意気な顔をする。ナミコは反感ぷんぷくだったが、得意満面のシク=ニーロはその調子を維持して続けた。

「“システム”に作られた最高傑作であるボクに先んじる奴がいたなんてこと、考えたこともなかったからこの時初めて知ったのさ。『リーン・ウェーダ』で確認するとキミのことは書いてあったがどんな最後だったかが判らなかった。記録が唐突に消えていた。頭がムズムズしだしたのはこの頃だよ。そしてボクはそうなると解決しなきゃ気が済まない質なんだ。毎晩何日も考えた。そして閃いた。そうか、ボクが時間遡行して存在を消してやれば解決だって」

「――は?」

 シク=ニーロの説明を聞いて、ナミコは思考が停止した。きっとセーフティ・ガードで聞いている神様連中も同じだろう。

 存在を消す? そんなくだらない理由で、この女は自分の居場所じだいを捨てたというのか――。

 もうどうしようもないやるせない気持ちとそんな判断を実行に移したシク=ニーロ自身への静かな怒りがある行動に集約される。ナミコはシク=ニーロに対して全否定の暴言を吐き出したのだ。

「あなたバカですか! いえ、頭悪いですね。ミコさんの未来がない、だから自分が消すしかない? ふざけないで! わたしはミコさんの行く末なんて知りませんしそもそも手を出せる者じゃないと諦めてます。シク=ニーロ、如何にあなたが“システム”とやらの最高傑作でミコさんの次に神様の領域に辿り着いた逸材だとしても! ミコさんと比べたら10倍以上の実力差がありますよ。ハッキリ言って来るだけ無駄です。そんな暴力行使、ミコさんの助手としていいえそもそも人として、認めるわけにはいきません!」

 叫び終わったナミコは必死に呼吸を整えながら、シク=ニーロを睨みつけた。しかし当てつけられたシク=ニーロはナミコの詞など全く意に介さず、真顔でとんでもないことを言い放った。

「暴力を振るうことの何が悪いのさ? 暴力行使は愛情表現だよ。自分と同じ苦痛を味わってほしい、自分と一緒に苦しんでほしい――当然相手にするのは可愛い子か好きな人か大切な家族だって相場が決まってる。だってそうだろ? 最も身近な家族、そして心底愛する人に自分のことを判ってほしいと思うのは。自分がこれだけ苦しんでいるんだって理解を求めるのは至極当然の話じゃないか! 悲鳴は心地好く、痛みは恍惚の快楽物質なのさ!」

 シク=ニーロの暴力論を聴いたナミコは目を点にしたまま動けなかった。動けないのは目だけじゃない。手足も内蔵も、呼吸さえも押さえつけられ停められてしまったかのように固まってしまったのだ。シク=ニーロがあまりに異なる価値観の存在だったから――機械に作られたと言っても人なら話は通じると思った浅はかさをナミコは呪った。

(こいつには、心はあっても善の部分がない。基盤が違う。通じない。意思の疎通が不可能なのね……)

 自分のしてきたこと喋ったこと全てを否定されたような感覚にナミコは襲われた。その瞬間、停まっていた呼吸は戻った。息が戻ると同時に足が竦み、立っていられず墜ちそうになったのだが。

 そうはならなかった。ミコが、自身の身体と肩と腕を使って、倒れるナミコを肩で支え持ち上げてくれたからだ。ナミコはすぐにミコの顔を見た。案の定、ミコはいつもの柔い笑顔ではなかった。が、この場ではそれ以上に最適な、精悍とした真っ直ぐな目をして、シク=ニーロを見据えていた。その横顔を見れただけで、ナミコは心が温かくなるのを感じる。

 ナミコの腕を肩に回し、抱える格好になったミコは、シク=ニーロに対して静かに口答えを始めた。

「不器用な愛情表現ね。苦しかったら恥も外聞もなく泣いてる姿を衆目にさらせばいいものを。器用じゃないのか、弱虫なのか……その論理、認めても受け入れるわけにはいかないわ!」

「……ミコ=アール」

 ミコの強き拒否宣言に、シク=ニーロはよりにもよって可哀相なものを見るかのような目でミコとナミコを一瞥した。しかしそれも一瞬のこと。ミコが堰を切ったように、しゃべくり倒し始めたのだ。

「最後が近付いてきてる……率直に訊くわ。悪って何?」

「心あらば尊いか? 愛されていれば護るのか? 頂点種なら偉いのかって話だよ。ボクや“システム”は人間という種をそこまで重要視していないのさ。心在る種がなんであろうと、所詮この世の中は善か悪かだ。ボクは世の中の半分ってことさ」

「過去に跳んで後悔はない?」

「ないね。ボクの栄光は過去から未来普遍的に残る記録、ウォッチレコード『リーン・ウェーダ』にきちんと記録されているんだ。そしてボクの為すことやることは悪だからね、善行よりも皆の記憶によく残る。それだけしてもらえれば十分じゃないか!」

 シク=ニーロは両手を広げて自慢げに、雄弁に語る。しかしここで聞いてたミコは、相手を嘲るように口元で笑い、自分の論理で言い返し始め、そして終わりを告げたのだ。

「記録に意味なんてないわ。参考にしかならないから。そして記憶にも意味はない。思い出す用途しかないからね。これがあんたの本質真実。見えざるものにしとけばよかった必要悪をよりにもよって一人の人間として誕生させられたがために背負った欠陥。ざまあみやがれこのお子様が。嫌な気分にさせたところで時間切れ。もうあんたの悪舌聞く必要もなくなって心がホッとしてますよ。さっさと過去に跳びやがれってね。ふふふ……おほほほほ」

「ぬ……ミコ=アール、ぐっ――」

 シク=ニーロは最後まで喋ることができなかった。身体がきな粉のように細かい粒子となり、そしてこの時代から消え始めたからだ。そう、時間遡旅行が始まったのだ。

 時間遡旅行の始まりのせいなのか、喋れなくなったシク=ニーロを見て、ナミコはある事実に気付き、支えてくれるミコの方を向き耳打ちする。

「いいんですかミコさん。時間遡旅行が始まったってことは、悪さができないようにすることが不可能に――」

「ならないわよ。ちゃんと手は打ち済んでいる。このままでいいの。行かせてやりましょ。そこがあいつの墓場だから」

 ナミコの訴えをミコは元の優しい、柔く淡い笑顔と明確な回答で遮った。ナミコはその様に魅せられて、息と一緒に詞を呑んだ。そこまで言ったミコを信用……ではなく、ただ受け入れられたから。ミコはシク=ニーロの方に向き直り、最後のメッセージを告げる。

「予言してあげる。あんたは過去に跳んだ直後わたしの存在を消すこともできずに死ぬ。ワーワーギャーギャー泣き喚いてね。それじゃ、死への片道切符旅行を楽しむといいわ。じゃあね〜」

 ミコのメッセージにシク=ニーロは納得いかなかったようで動かぬ身体を無理矢理動かそうとした嫌いがあったが、それも手遅れ。

 シク=ニーロの姿は消えた。

 跡形残さず。ただ悪さの痕跡だけ残して――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ