第14話_1101号室で明かされた謎
巡り巡っても元の場所に戻ってしまい、実は一歩も進んでないなんてことがよくある。
それが当てはまるかは定かでないが、ミコに従うナミコ達はもう何度目かのセーフティ・ガードへと「帰って」来ていた。もう自宅並みに勝手知ったる出入口を抜け、別働隊やクルサード警視との集合場所である1101号室へと向かった。あまりに同じ場所を行き来しているのでナミコはこの数日が繰り返しの夢ではないかと疑ったほどだ。それくらい狭い。セフポリスという現場の広さに対して自分達の活動領域は狭過ぎる――そう感じていたのだ。
そんな雑念に囚われている間に身体はさっさと移動完了。懐かしの1101号室に到着し中へ入ると、中にはクリスタル・ミュージアムで調査をしてきた神様連中の別働隊とクルサード警視が重すぎず軽すぎず、絶妙な空気感を維持して待っていてくれた。ナミコはその出迎えぶりを見て、ただ者じゃねえと感心した。
で、出会い頭から早速、別働隊の神様共がミコに「寂しかったよ〜」とみっともなく泣き付き縋り付いてくる。唯一の助手であるナミコにしてみれば面白くない光景だが、相手が神様であることと、ミコが適当にあしらっているのが痛快だったので今回は見逃した。神様を見逃すなんでお前何様だよと突っ込まれそうだが、そのときナミコはこう言うのだ、「ミコさんの助手様だよ」と。
そんな神様達の神望を一手に集めるミコは早速用件を切り出した。「別働隊、調査ごくろうさまでした。必要なデータは全部揃ったわ。後はデータから結論を――」
ピンポーン。
場の空気を凍えさせる音が鳴った。音源はミコが黒い手に握らせている未来電話。
今ミコの未来電話にかけてくる奴など全俗世全歴史を探しても一人しかいない。
シク=ニーロ。もしくは彼女が取った人質だ。
ミコは心底嫌気が差した顔でしょうがなく未来電話を耳元に寄せて、通話機能をONにする。
「はい、もしもし?」
気怠そうにミコが答えると、電話口からは冬の白い吐息のような擦れ声が聞きにくい詞を発する。
『情報を、集めきったようじゃないか……ミ、ミコ=アール。こ、今回はマンネリを避ける為に、しゅ……趣向をパターンXにか、変えてみたよ。この……バカな妊婦と既に生んだ1歳の赤子に爆弾を括り着けて人質とさせてもらったよ』
「妊婦に赤子? あんたそこまで卑劣だったの! 何がパターンXよ!」
シク=ニーロの代弁をさせられている人質を飛び越す音量でミコはシク=ニーロを非難する。それでも間に人を立ててミコの詞を聞いてると思しきシク=ニーロは決して自分の声を聞かせず、間に立てた人質の妊婦に自分の詞を喋らせる。
『卑劣? それはボクにとっては褒め詞だよ。なんせボクは悪として、必要とされて作られた存在なんだからね。さあ与太話はここまでだよミコ=アール。キミはどうやら結論を出したらしいじゃないか。あとは証明だけなんだってね。もうすぐ時間だ、夜になる。だからキミが最も嫌がること――カウントダウンで急がせてやろうじゃないか。数え終わるまでに君の推理に証拠を付与し給えよ。じゃあいくよ……ご、5――』
「5? 5ってまさか残り5秒ってことか」
「それまでに証拠を挙げろっていうのかよ」
「何考えてやがんだ! あのファナティック」
事態を把握した神様連中は一斉に慌てだす。魚が絵本から保存してあった治安草案原本の映像オブジェクトを取り出してミコに迫る。
「ミコちゃん! もう猶予も涙の出る暇もないわ! 一刻も早く証拠を見つけないと!」
人質の身を案じる真っ当な神様の詞。しかしミコは出てきた映像オブジェクトを見ることしかせず、意識はむしろ自分の脳内に向けていたようだった。
『4――』
そうこうしている間にカウントがひとつ減った。1101号室にいる者ほぼ全てに緊張感が走る。するとここでミコは自分の携帯電話を持たせていた黒い手を近くに寄せ、なにやらポチポチ操作し始めた。魚の出したステレオグラフなど眼中にないと言わんばかりに。
『さ、3――』
さらにカウントは残り3秒にまで縮まった。カウントダウンを言わされている妊婦の声は見てなくてもわかる涙溢れた震え声だった。この差し迫った状況に遂に我慢できなくなったナミコは、ミコに向かってその名前を怒鳴りつけた。するとミコは自身の携帯電話の操作することを止め、素早く退けてシク=ニーロと繋がっている未来電話の方を口元に寄せた。
『にぃ――』
人質の妊婦が残り2秒を言わされた遂にそのとき――ミコが動いた。未来電話に向かって「ニュース見てないの? 今入った速報。世間知らずも大概にしときなさいよ」と告げた。
それだけだった。が、効果は覿面だった。人質にされた妊婦の泣き声カウントダウンはピタリと停まり、遂には『わたしたちの爆弾を解除したって、警察に助けを求めていいって。ダウンステア地区ホビー産婦人科の駐車場に止まっている車。おねがい、早く来て。さっきからお腹の子が……産まれそうなの!』
「クルサード」ミコはその仕事をクルサード警視に名前を呼ぶだけで救助チームの派遣を要請し、クルサード警視も見事な上官命令で部下達に指示と使命を飛ばす。そして直ちに救助チームは編成され、ダウンステア地区のポイントに急行した。これで人質の問題は解決されるだろう。
だがナミコと神様連中はシク=ニーロが人質を解放した理由が理解できていなかった。余りに展開が早過ぎるから10秒以上出遅れた。そこまでしてようやく気付いたのだ、ミコの詞にあった「ニュース」という詞こそが答なんだと。
1101号室に残っていた警察であるクルサード警視が携帯電話の機能で放送受信機の電源を入れる。番組はしょうもないバラエティだったが、上に『ニュース速報』の文字が点滅していた。その文字が消え、代わりに表示されたニュースの内容は――。
『治安草案の本当のライター、ビル=エグジストではなくアナトール=オーと判明』
『これに伴い、施行予定だったビル=エグジストの名誉法は無期限凍結処置が決定』
という、ミコの推論を結論とし真実とする、これ以上ない結果だった。ナミコと神様達、そしてクルサード警視は勝利にはしゃいで喜ぶが、ナミコだけすぐに落ち着きを取り戻し、ミコにこう具申したのだ。
「ミコさんお見事です! そろそろ種明かしをしてもらっても……いいですか?」
ナミコの要請にミコは嫌がる素振りも魅せず魚が絵本から出していた治安草案の映像オブジェクトに指を向け、なにやら信号を発したようだった。ミコがその行動をとった途端、魚のステレオグラフの文章の中から、“誤植”の文字が蛍光色に光り輝く。なるほど遠操信号かとナミコが理解したとほぼ同時に、ミコは証拠の委細を語り出す。
「オー家は言語学の大家、もし彼等が治安草案に関わりがあるのなら、誤植には当然意味があって然るべき。この誤植はパズルのピース、抽出して整理すれば隠した文章が現れるのよ」
「隠した……文章――」ナミコがミコの詞を噛みしめるように復唱すると、ミコは遠操信号を使って蛍光色に光らせた文字を魚の出したステレオグラフから分離させ、その周りを周回させ始めた。単にアナグラムを組み立てるだけじゃミコの趣味に合わないのだろう――ナミコはミコのお祭り好きな性格を鑑みて判断する。そのときミコがこっちを見てふっと笑ったのが印象的だった。
ミコは誤植の文字群をただ回しているだけなのかと思いきや、そうではなかった。回っている文字は周回するごとにひとつずつ、活字が流れ並びはめ込まれるように停まっていたのである。それが続き、単語を、そして文章を整理配置して出現させたのだ。
その文章は第二言語で、こう書かれていた――。
『To tell the truth, this draft written by Anatole=O』
「本当のことを言うと、この草案はアナトール=オーの書いたものだ」――と。
ナミコと神様達、そしてクルサード警視はその文章に魅入ってしまう。ミコの手際の良さじゃない。明かされた事実の重みなんかじゃない。謎を解き、そしてシク=ニーロが張っていたであろうセンサーネットの情報網をかいくぐってセフポリスを一転してみせたミコの技量の象徴たる文章だから魅入ったのだ。
しかし、そんな幸せも長続きはしない。クルサード警視に救助完了の連絡が届いてナミコ達が我に返った時――。
ピンポーン。
またしてもミコの黒い手が持つ未来電話に例の着信音が鳴る。ミコは妊婦さんからかかっていた方の通話を切ると、新しく受信した番号非通知の電話に出る。もうミコだけじゃない、ナミコも神様連中もクルサード警視も発信源が誰だかわかっていた。
そう、シク=ニーロだと。
「はいはいもすもすミコちゃんだよー。あんた元気なの? シク=ニーロ」
ミコが面倒臭さと腹立たしさ満点の詞で舌戦の火蓋を切る。スピーカーホンにしているので相手の声はナミコ達にもまる聞こえの親切仕様、そこを分かっているかのように、シク=ニーロはこの電話を聞いている“全員”に対して返事を返してくる。それは、突拍子もなく、後味を心底悪くするだけの用件であった。
『おめでとうミコ=アール。キミの笑える努力のおかげで歴史はちゃんと正された。この時代はボクのいた時代のウォッチレコード通りの結果となった。やっぱりボクはいて善かったんだ。ボクが事件を起こさなきゃ、歴史は正しいものにはならなかったってことさ!』
まるで自分の手柄のように、シク=ニーロは誇らしげに語る。ナミコは垂らした両手で拳を作って握り締め、シク=ニーロへの反感と敵意、そして憎悪を深めていく。
それは決してナミコだけに限った話じゃない。一緒に聴衆やっていたクルサード警視もそして神様達も、同様に身体に怒りを貯め込んでいる様子だった。
が、電話口のシク=ニーロはそんなこと全く気にしてないようで、さらにとんでもないことを喋る。
『もうボクが過去へ跳ぶ為のチャージも完了したし……最後に一目会いたいなあ。ミコ=アール、そしてナミコだったっけ? 待っててあげるからビフォーレ地区のワンサイデッド公園まで来てよ。他の連中はチェイサージャミング解除してあげるから映写室でもトイレにでも籠ってボク達のお別れシーン見てるといいさ。キミ達なんかいてもいなくても全く影響無いんだからさ』
「この野郎!」シク=ニーロの傍若無人な物言いに良識派の務と熱血野郎の熱が同時に叫び吠える。それは神様達……いやミコ以外のその場にいた者全員の代弁であり総意。「お前は俺達を怒らせた」という、憎悪に満ちた敵対宣言。本当ならすぐにでも敵の指定したワンサイデッド公園に向かいそして始末してやりたいところだったが、それが自分達の本分を逸脱している行為であることも神様達は理解していた。シク=ニーロを倒すのは“電話”を持っている女、ミコ=R=フローレセンスの役目であることを、彼等彼女等神様達は頭と身体で理解していた。なのでミコに全てを託し、観客席へ引っ込む準備。そして下駄を預けられたミコは、片手間の自分の手でナミコの手を握り、同時に黒い腕を出していた影帽子のがま口チャックから新たに腕を2本、黒い切符を持ちかつ2本の手で捥るために用意する。
そして電話口のシク=ニーロに向かって「行くわよ。これから。お終いね」と告げて電話を切ると、ナミコと手を繋いだまま新たに出した黒い手で黒い切符を点線に沿って千切った。途端にミコとナミコの身体は周囲の風景に溶け込んでいく。程なく間もなく、二人の姿は、景色に消えた――。