第2話_おせっかいな作戦会議
ソームの事務所から西に向かって歩いてきたミコとソームが辿り着いた場所、そこは学校だった。年季の入った大きな門と、その奥にさらに大きな校舎が隠れることもなく、威風堂々と佇んでいる。
「ここよ」ソームと一緒に門の前まで来てそこで足を止めたミコがソームに告げると、彼はこの学校についてミコに簡単な説明をしてくれた。
「なるほど、盲点かつ納得だ。ここはクララ嬢が現在通っているこの都唯一の大学の校舎。しかも敷地内には学生寮もある。同年代の友達ならクララ嬢の味方にもなるし、隠れ場所としてもうってつけだな」
「ふーん、そうだったの。じゃ、中に入るわよ。手を貸すから掴まって」
ミコは影帽子のがま口チャックから黒い腕と黒い足をそれぞれ一本、二本取り出した。腕の方はソームの方に向かってその身体を抱え上げた。もう一方の黒い足は、二本がミコの頭から蟹股のように地面に足を着けると、そこからさらに足を伸ばす。それに伴い影帽子を被っているミコの身体と腕で掴んでいるソームの身体は地を離れ、宙に浮きだす。
「おお。さすがは影の秘術、便利だねえ」
「行くわよ」ミコの掛け声と同時に片方の黒い足が一本、高い壁を跨ぎ越し、敷地の中に足を着ける。まずは一歩、侵入に成功。ミコはその一歩にセキュリティが反応しないことを確認するともう片方の足も敷地内へと動かし、身体ごと壁の上を通り越し、まんまと学校の中に侵入してのけたのだ。
「ほいっと到着。ちょろいもんね」黒い足を縮めて自分の足を敷地内の土に着けたミコが黒い足もソームを掴んでいた黒い腕も影帽子の中にしまう。飛び越えて侵入しても咎められない、都市レベルの文明を持つ施設にしてはずいぶんと抜けたセキュリティだと思ったのだ。
しかし、そんなミコの常識は世間一般のものとは違うらしい。一緒に連れてきたソームがミコの肩に手をのせた。ミコが振り向くとソームはああ無情という目をして顔を左右に振っていた。
「お前の能力は高過ぎんだから、その物差しで世間を評価すんのはちょっと可哀想だぜ。特にここポスティオは気象一族や花一族、自然学派に伝承楽団の面子や秘術使いが常駐しているわけでもないんだしよ。普通なの」
そらもっともね――ミコも彼の指摘を素直に理解する。自慢じゃないが自分は気象一族史上最高のレインと呼ばれていた女である。かつて神様の出した問題を解くべく高みを目指し力を得た人々の積み重ねにして成れの果て、それが自分――ミコ=R=フローレセンス。かつてレインと名乗っていた雨の属性を受け継いだ者だ。
(しかも神様の問題も解いちゃったしねー。もう少しスペックの高さを自覚すべきかしら……)
一人旅。ミコは自分の価値観や能力、心の有り様をもとに道中遭遇する様々な人やモノ、現象を判断し、感じる。それは自分の人生なのだから自分基準で問題ないだろう。
でもソームに指摘された通り、他者や自分以外のモノを自分の基準でさも当然のように断じたのは失敗だ。元気象一族の一員――それだけでマイノリティにもほどがある。特に自分は先程も述べたが人類初兼唯一の神様の問題解決者でもある。マイノリティというより、もう自分対他全部と言ったくらいの構図だろう。孤独だなあ……考えていたらミコはなんだか物悲しくなってきた。ちょっと注意されて反省してたらこれだ。こんなんならあのとき逃げずに神様になっとけばよかったかと一瞬魔が差してしまう。
でも、そうはならないのがミコ=R=フローレセンスのいいところ。一人でいても、繋がりがないわけではない。こうして注意してくれるソームを始め、『友達』と呼べる気心知れた間柄の仲間がいるし、勝手に抜けたとはいえ気象一族のみんなは未だに自分を追いかけてくれる。さらには神様達までもが自分を捕まえようとあの時空隔絶領域からこの人間・生命世界に降臨して自分を捜してくれている。ほんとうに孤独ならそんなスリルも味わえないだろう。
(やっぱりわたしは幸せ者みたいね、泉さん――)ミコは神々の住居で出会い触れ合いそして別れた嘘の神、泉=ハートに届かないメッセージを送りつつ気を取り直した。
その後意識を外にいるソームに向けてペコリと一礼、軽く頭を下げる。
「あんたの言う通りだわ。わたしの尺度で世の中測ったらたぶん明日には戦争ね。聞いていてくれたのが注意してくれるあんたで本当によかった。感謝してるわよ、ソーム」
詫びとありがとうの気持ちを同胞したその所作その詞を、偽りのない正直な心で届けるミコ。そしたらどうしたことだろう、彼は困った顔をして右往左往しだしたのだ。
「どうしたの? 挙動不審よ」ミコがくすりと微笑み逆指摘すると、「だってよ〜」と彼はその理由を語り出した。
「こっちは皮肉とかちょっかいのつもりで軽口叩いたのに、お前いきなりいろいろ深く考えだすし、挙句俺に感謝してるだなんて真摯な気持ちぶつけてきて……もったいねえよ。そういうのは友達止まりの俺なんかじゃなくて。惚れたやつにでもしてやれよ」
「もう、素直じゃないわね。まだ想い人なんていないもの。だから友達にしてあげるのよ」
あんたは紛れもない友達よ――そうミコは締めくくってソームに背を向け歩きだす。行き先は求める雨の匂いがする場所。おそらくそこにいるはずだ、いろいろ手を焼かされた子分のシャーロック=ローが恋慕しているというお嬢様、クララ=ロスタームが。
背後からソームのついてくる足音が、踏んだ土に溶けて重くなった低音が聞こえた。
「着いたわ。この扉の向こうね」
雨の匂いを辿って学校の敷地を歩き回りミコがソームを連れて辿り着いたのは古びた学生寮の一室の前。かかっている表札は「ナミコ」となっている。まあ変だとは思わない。
「さて、この先にいるはずだけど……」ミコはもうノック寸前という体勢まで拳を構えているが、こうつぶやくとそれ以上の行動に移ることはしなかった。躊躇しているわけじゃない。ミコはむしろ大胆な行動がとれる方の人間だ。
にもかかわらずノックをしない理由――横に並んだソームがミコに代わって口にしてくれた。どうやら共通認識を持っていたようだ。
「だよな〜。いきなりお邪魔しても信用されるかどうかだし、そもそもノックしたところで開けてもらえるかどうかもわかんねえしな。お前なら影の秘術で強引に開けることもできるだろうけど、そんなことしたら初対面での印象はがた落ちだろうし……どうするよ?」
「そうなのよねー。ふむぅ……」自分の意見と寸分違わない説明に深々と頷きつつ、ミコはどうしたものかと考える。だがノックのために用意した拳を顎にのせた瞬間、名案が頭の中に降りてきた。思わず顎に当てたばかりの拳をポンと、もう片方の掌に落とす。よく知られたパターンとも言える仕草であるが、偶然である。
「いいこと思いついた。うってつけのものがあるわ」
「なんだよ、そりゃ?」ソームの応答を受けたミコはまたしても影帽子のがま口チャックを開けて中に手を突っ込み、あるものを取り出した。
手に取ったそれは――携帯電話。情報知都市テクモゼで売られている、最新型の高機能携帯電話。
「携帯電話?」ソームが意外という風に素っ頓狂な声を上げる。どう使うんだよ――続け様に発した至極真っ当なその疑問に、ミコは不敵な笑みを浮かべて答える。
「いいものが入っているのよ。まあ見てなさい。あ、でもちょっと下がろっか」
ミコはそう言って携帯電話を持ってない手をソームの前に出し、自分同様下がるよう促す。ドアから人一人分くらいの距離をとると、ミコはしばしの間携帯電話を操作してからドアの方に向け押し出す。最後にそこからキーを押すと、携帯電話からかなりの音量で男の声が再生された。
『クララ! 僕だよ! シャーロックだよ! 帰ってきたよ!』――と。
たったそれだけの音声。だがその直後ドアの奥から聞こえてくる女の嬌声と騒がしいドタバタ音。するとどうしたことだろう、ドアが内側から開いたではないか!
そして飛び出してきた、二人の女の子。そう、ミコは自分がノックして開けるのではなく、部屋の中にいるターゲットにドアを開けさせたのだ。なんと悪知恵の働くことか。
「シャーロック、帰ってきたのね!」
最初に飛び出してきた明るいブロンドの女の子がストレートロングの髪を靡かせながらそう叫びこっちを見る。見て……固まる。
そりゃそうだろう。そこにいたのはシャーロックではなく、ミコとソームなのだから。彼女からすれば赤の他人である。動揺しない方がおかしい。
「え? あれ? シャーロック?」
挙動不審になる彼女の後ろから、もう一人の女の子が駆け寄ってきて声をかける。癖のあるブラウン色をしたミディアムヘアの女の子だ。
「ダメよクララちゃん、大声出しちゃ。あなたをここに匿っていることは他の誰も知らせてないの。いくらシャーロックだからって、あれ……?」
その子もこっちを見て違和感に気付いた模様。だがその子は勘が良いのかすぐにはめられたと気付いたようで、クララの腕を引っ張り部屋に戻ろうとするが、そうは問屋がおろさない。ミコは携帯電話を取り出したときから開いたままにしていたがま口チャックから黒い腕を三本射出し、一本ずつでクララとその腕を引っ張る女の子の口を塞いで引き剥がし、残った一本でドアを開いた状態のままキープする。その手際の良さを見ていたソームが乾いた拍手で讃えてくれていた。
「さっすがミコ。知恵が回るし対応も早いぜ」
「ありがと。……さてお二人さん、ちょっと失礼させてもらうわよ」
ミコは一方的に通告すると、ソームと一緒に部屋の中に足を踏み入れるとドアを閉めた。
そしてまたまた携帯電話をいじくると、今度はこんな台詞が再生された。やはり男の声で。
『クララ、聞いてくれ。この人はミコ=R=フローレセンスさん。かつてメディケアで起きたコスモサーカス事件を解決した方だ。事件捜査の際、僕を子分として使ってくれた親分だよ!』
その詞を聞いた二人の表情が変わる。瞳孔は開き、驚愕で脈が早まったのが観察できた。頃合いよし――ミコは遂に自分の声で拘束している二人の女の子に話しかける。
「騙すような真似してゴメンね。聞いての通り、わたしはシャーロックの知り合い。この声もあいつと捜査していた際にサンプリングしたものをアフレコソフトで喋らせたのよ。心配しないで、わたし懸賞金には興味がないから。お金は余ってるくらいだし。ただ偶然にも知り合いのシャーロックの恋路が関係していたからちょーっと手助けしてあげようと思っただけ。さて、続きは座って話たいわ。ここまで聞いてわたしたちを信用してくれるようなら指で○サイン、信用できないなら両手で×を作って返事して。悪いけど口は塞がせてもらうわ。これ以上騒ぎになると、お互い困るでしょ?」
要件を喋り終わったミコは、口を塞いで持ち上げている二人をアイコンタクトで会話できるよう角度を変え、対面させてやる。二人はお互いの目をしばらく見つめ合っていたが、やがて頷き合うと、二人揃ってミコに○サインを見せた。了承戴き――目論見通りの展開となったミコはソームと拳を軽くあわせて達成感を分かち合うと、二人の身体を床に降ろしてその身柄を解放した。黒い腕三本を取り込んだ影帽子のがま口チャックが今度こそ閉じられる。
「改めまして。ミコ=R=フローレセンスよ」
「俺はそのダチで個人郵便やってるソームだ」
「はじめましてですね。クララ=ロスタームです」
「同じくはじめまして。この部屋に寄宿しているクララちゃんの友達のナミコです」
全員揃って自己紹介を終えると、この部屋の主であるナミコが「こちらへどうぞ」と部屋の奥の方にあるローテーブルにミコ達を案内する。気の利く子――ミコはナミコに感心しつつその誘導に従った。
そしてテーブルに座る四人。とここで座るや否やクララが会話の口火を切った。
「あなたがシャーロックの手紙に書かれていたミコさんですか。シャーロックが手紙でいろいろ書いてました。影の秘術を使うだの、高性能な頭脳を手持ちぶさたにしているだの。とにかく凄い人だったって」
「あいつ……相変わらず口が軽いわね」クララの話を聞いていたミコは苦虫を噛み潰したかのように酷く苦々しい表情を見せた。あれほどおしゃべりは慎めと言っておいたのに――だんだんむかむかしてきたミコは文句のひとつでも言ってやりたい気分になってきた。
すると閃く悪魔の一手。ミコはがま口チャックにしまうことなく手元に残しておいた携帯電話に素早くコマンドを打ち込むとその場の三人を片手で『ストップ!』と待たせつつ、電話が繋がるのを自分も待った。そして繋がると同時に携帯電話をテーブルの上に置き、突拍子もない会話をはじめた。
これには待たせていた周りの三人も会話に参加させる意図があった。なぜなら――。
電話の相手は、渦中の男シャーロックだったからだ。
「聞こえてるわねシャーロック? わたしよ、ミコ=R=フローレセンス。今ポスティオでクララちゃんと一緒なんだけど、まずは一言、なにか言うべきことがあるんじゃない?」
「え? シャーロック……?」クララが怪訝そうな目つきでテーブルの上の携帯電話を見つめる。すると聞こえてきた男の声は、さっきクララを釣ったときのアフレコソフトの声と寸分違わぬ声質だった。
『ミコさん、お呼び出しいただきありがとうございます! 半年前助手として携帯電話を持たされてからこれが初めての電話ですね。助手としてどんな仕事もこなしてみせます。さあ、このシャーロックになんなりと指示をお申し付けください!』
「違うでしょバカ。あんたは助手じゃなくて子分。あと最初に言うべきことは『親分のこといろいろと恋人への手紙に書いてしまってすいませんでした』でしょうが。あれだけその口堅くしろって言っておいたのに……全然改善されてないようね」
シャーロックと名乗った男の丁稚奉公のような絶対服従の低姿勢をミコが鬱陶しそうにばっさり断じる。そのやりとりに恋人のはずのクララでさえ、全く口を挟めない。ましてや部外者のソームとナミコはなんぞや。もはや風景みたいな感じで、完全においてけぼりを食らっていた。
しかし、ミコはその場の空気をちゃんと感じ取っていた。このままでは意図した会話にならないとさっきの説教の最中から認識していたので、いっそこのバカの下請け気質を利用してやることにした。
「いいわ。シャーロック、命令よ。ここにあなたの想い人クララちゃんと彼女を匿っているナミコちゃんがいるわ。後わたしの友達のソームがいるけど……、まだ出番じゃない。まずはあなたとクララちゃんの二人でわたしたち二人にあなたたちの惚気話を惚気ず簡潔に話しなさい。そしてその次にクララちゃんとナミコちゃんで今に至る経緯を説明して。1から1まででいいわ。ただし時間はそれぞれ3分以内に収めること」
「はあ?」クララはミコの説明を理解できなかったようで、首を傾げている。だが、隣にいたナミコはミコの真意を把握したらしく、「わかりました。要件だけかいつまんで話せってことですね」とミコに確認を取る。ミコが「ええ」と頷くと、ナミコはクララと電話先のシャーロックに「まずあなた達から話した方がいいわ」と説明を促す。それを受け、クララとシャーロック、両想いの恋人達がその馴れ初めを語り出した。話す前に3分間と制限時間を設けたのもプラスに働いた。ミコの忠実な子分であるシャーロックがミコの命令を絶対厳守と守ったので、きっちり3分で恋の話は終了。次にシャーロックが外れ代わりにナミコが加わって、二人でクララの家で置きた問題と家出騒動、そしてナミコが匿うに至った経緯をこれまた3分以内で喋り終えた。なんでもナミコが金に執着がなく、かつクララの大学での一番の友達・恋の応援者であったことが決め手だったらしい。
そんな風に当事者達からの事情説明を聞いたミコとソームだったが、おおむねその内容は事務所でソームから聞いた話と同じだった。もっとも、当事者だからこそ言える生々しい告白や秘蔵情報の提供があったのも事実。特にクララの父ハンニバルがここポスティオ一の郵便会社の社長という立場を笠に着てかなり強引な経営をしているという情報は、ロスターム家の一員でもなければ知ることのできない貴重な知らせだった。それを部外者の自分達に話すあたり、クララの怒りは相当なようだ。
そしてクララとナミコの説明を聞いて電話の向こうのシャーロックもまた度肝を抜かれたという反応を見せた。そう、ミコが予測した通り、こいつはクララ嬢の身に起きていた騒動を全く知らなかったのである。まあ無理もないことだろう。クララは失踪してからというもの、足が付くのを防ぐため文通もやめていたのである。曲がりなりにもここは郵便都市ポスティオ、手紙の逆探もわけないことと彼女は身を以て知っていたからだ。そしてこれもミコが予想した通りだったが、クララはシャーロックが携帯電話を持っていることを知らなかった。これはそもそもミコが原因。メディケアで助手助手とことあるごとに嘯き自慢するシャーロックを親分として戒める意味で『親分からの命令通知専用』との名目のもと、携帯電話を与えていたのだ。シャーロックはその命令をきちんと守っていたのだ。恋人であるクララにも知らせないほど徹底的に。案の定クララはシャーロックが携帯電話を持っていた事実、そしてそのことを知らせてくれなかったことに不満そうな顔を見せたがこればっかりはミコにも責任の一端があるので粛々と詫びつつ事情を話した。シャーロック本人の口添えもあり、なんとか矛は収めてもらえた。
そして一連の説明を通して、この場にいる五人全員が同水準の現状把握、共通認識を持つに至った。本題はここからであるが、この前座とも言える行為はそのためには避けては通れないことだったし、本題を円滑に話し合うためにも、この手の手順は必要なのだ。ミコはその点をよく心得ていた。かつて学都スコラテスの弁論学授業で学び、気象一族時代にも活用した経験則だ。
「では、これからどうするか話し合いましょうか」ミコが両手の掌をポンと合わせて音頭を取る。みな一様に頷いた。
まず手を上げたのは、これまでずっと沈黙を保っていたソームだった。いいかげん喋らせてあげたい――その思いもあったミコは真っ先に彼を指名する。
「まず大前提だけどよ。クララ嬢と子分シャーロックは結婚、したいんだな?」
「もちろん!」『すぐにでも!』
間髪容れず二人が返事をする。さらに応援者たるナミコが助け舟を出す。
「わたしはずっと見守ってきましたけど、今時の都では珍しいくらい一途で無垢な恋をしてますよ、この二人。ハンニバルおじさんは元々黒い噂もありましたし今回の件は明らかに傲慢だと思います。だからわたしはクララちゃんを匿ったんです」
「なるほどね。となると、俺達はどう手助けするべきかねえ? ミコ」
腕を組みしみじみと若者達の固い意思を受け取ったソームがミコに話を振る。遂に来たわね、わたしの出番――ミコの回答は早かった。
「うん、本人達が結婚したがっているならした方がいいわ。それもなるべく早いうちにね。このまま隠れていてもいいけど、そしたら多分ハンニバルは既成事実を作りにかかるでしょうね。本人がいないのをいいことに、本人の意思を無視するつもりよ」
「えっ、そこまで?」聞いていたクララが驚きを表すが、一緒に聞いていたナミコはミコの考えを理解しているようで「確かに――」と相槌を打ってきた。
「ミコさんの言う通りです。あのハンニバルおじさんがこのまま手をこまねいているとは思えません。見つからなかったら書類を偽造してでも婚姻関係を成立させにかかるでしょう。おそらく猶予はもう3日もないはずです」
「そんな! じゃあどうすれば……」友の冷静な指摘をショックなものとして受け取るクララ。そこにミコがある提案を出す。
「あなたたちはこれから縁結びの町イトムラサキに行きなさい。あそこで婚姻の儀を行った夫婦は他の場所のどんな法律の縛りも受けない特例になれる。既成事実もひっくり返せるわ。もちろんそんなことさせる前に、こっちが先に婚姻事実を作るわけだけど……。来れるわね? シャーロック」
『もちろん行けます。僕にとってはミコさんの命令は最優先ですからね。でもミコさん、クララをポスティオからどうやって脱出させるんですか?』
「ナミコちゃんもろともソームに運ばせるわ。わたしが囮になるから、その隙に脱出してイトムラサキで式を挙げなさい」
「囮?」ミコ以外の四人の声が重なる。当然の流れよね――ミコは彼等の疑問にも動じない。全て予想の範囲内だ。
「結構高い貴重品けど……いいわ、使わせてあげる。もっと顔近づけて耳を寄せなさい。作戦を説明するわね。いい――」
そうして全員との距離を縮めたミコが作戦を語り出す。そして話し終わると影帽子のがま口チャックを開けてあるものを取り出した。
それを目にした周りの顔が今日一番の収穫――思い返してではない。見せた今まさにその瞬間に、ミコははっきりそう感じた――。