第13話_推理披露(1118号室)
「お待たせー。事件の真相、わかったわよ」
1118号室の扉を開けて神様連中の注目を浴びるなりミコはそう発言した。真相が分かったという情報に聞かされる方は「えっ?」と固まってしまう。その隙を無駄なく使い、ミコは真相を畳み掛けにかかる。
「結論から言えば極は当然冤罪。そもそもこれは殺人事件ですらないわ。死んだとされるエリサとアイナを不本意な結婚から解放しかつ事の元凶ミナモト兄弟を貶めるための大掛かりな狂言よ」
「狂言?」神様連中とクルサード警視が一斉に反応を返す。ミコは頷き、さらに説明を続ける。
「事の発端はミナモト兄弟のモラル無き女好きに帰結する。イアンはエリサ、オーウェンはアイナと付合い婚約までした。姿も嗜好もそっくりの双子が、偶然とはいえ他人なのにそっくりな女と婚約したわけよ。ほら、この写真。名前のラベルがなきゃどっちがエリサかアイナか分からないでしょ?」
「本当だ……」神様達は息を飲んでミコが提示したエリサとアイナの写真を見る。顔つき、身長、髪型、そしてほくろの位置に至るまでそっくりで、ある意味イアンとオーウェン以上に似ていた。双子よりも他人の空似の方が同一性の精度が高いのかもしれない。
――と、ここまではナミコも見せて貰った資料で事前に知っていたこと。本題はここからねとミコの方を向くと、ミコは話を続ける。
「好みの女と婚約したミナモト兄弟は、いつかは知らないけどお互いの婚約者を紹介する機会があった。その時お互いの婚約者がそっくりであったことを知った兄弟は『兄弟の婚約者とも寝てみたい』と非常に不健全な発想に至り、そして実行した。婚約者であるエリサとアイナには内緒でちょっとしたメイクで入れ替わり、気付かれることもないままベッドイン。だけどエリサとアイナは気付いた。おそらく情報源は他の女」
「他の女? なんだ、ミナモト兄弟は寝る相手を取っ替えるだけじゃなく、浮気も平然とする方だったということか?」
「ええ。試しに神様陣営で髪型以外そっくりな迷さんと絵さんを部屋に入れたらあのバカ兄弟、食い入るように見つめていたわ。それに――」
「それに?」
「携帯電話の写真データを見せてと頼んだら、『写真はカメラでしか撮らなかった』なんて変な言い訳して見せてくれなかった。万が一にもわたしたちの手に携帯電話を貸したがらない理由があったから。多分エリサ、アイナの他にも遊んでいた女の写真が一緒に入っていて見せられたもんじゃなかったからでしょう。それにあの二人、婚約者が死んだと聞いてあそこにいたはずなのに、嘆くことすらなかったもの。愛など無くて好みの女を寝取ることしかしない兄弟――ミナモト兄弟の本質に気付いたエリサとアイナは母親のハルヴァリ夫人、ストランド夫人に相談した。そしてシク=ニーロがここで関わり、今回の冤罪事件を教唆したわけよ」
「両夫人が? 事件に関与していると?」
「勿論しているわよ。婚約を破棄すれば家の格に傷がつく。だけどマリッジブルーと称して兄弟から娘を引き剥がした。二人がパーティの席を立った後も能天気な兄弟は祝賀パーティで遊んで三昧。そんなとき極の名前で誘拐し、挙句殺したとなれば、諦めもついて婚約は自動的に破棄されるって謀略よ。だから殺す必要なんて無い。車にあったのは血と犯行声明だけ。そりゃ殺されて死体は遺棄され隠されたと考えるのはいい線だけど、メッセージカードを残す奴が死体を隠したりなんかする? 死体が見つかってない以上、行方不明の逃亡を考慮に入れてもいいとはと思わない?」
「確かに……そうですね」ナミコが頷き相槌を打つと、クルサード警視が「君が言うのなら間違いないだろうな。元々捜索願がでていた事件だ、不自然な点など何処にも無い。で、エリサとアイナは今どこに?」
「ミカシワノミヤ」
「ミカシワノミヤ? 横断大陸にある心に傷を負った女子を保護する町のことですか?」
あまりに突発的なワードにナミコが鸚鵡返しに訊き返すと、ミコは「そうよ」と頷いた。
「別大陸と言いつつも、その実飛行機なら中継込みで14時間。経由地点までは同行し、そこからは娘達だけを片道でミカシワノミヤまで送って自分達は往復で帰ってくればいい。ハブ空港を往復する航空便は深夜便も出ているし、往復に要する時間も6時間と十分有り余っている。帰ってきた母親連合=両夫人はシク=ニーロの指示に従い、シク=ニーロが『不可能解決の設計図』で用意した本物と違わない盗難車に同じく偽造したエリサとアイナの血液を致死量以上打ちまけ、締めに極を騙って作ったメッセージカードを置いた上でそしらぬ顔してあの1101号室にいる」
「何の目的があって我々警察に出頭するなんてリスクを冒す。理由は?」
「ひとつは娘たちを死んだことにして掛けてあった保険金を受け取るため。そしてもうひとつ一番の理由は同室にいたミナモト兄弟の女癖の悪さを街中に明示し復讐するためね。さっき携帯電話の話をした通りミナモト兄弟の女好きはほぼ明白だったし、両夫人が兄弟に向けていたのは殺気にも似た憎悪の感情。おそらくシク=ニーロから彼等を貶めるための証言証拠を覚書かなんかで受け取っているはず。それを公開することで弄ばれた娘たちの無念を晴らそうと考えているのよ」
そこまで喋ってミコは黙った。ナミコにクルサード警視に警官隊一人一人。そして極を含む神様連中の各自がミコの推理と明かされた真実に声も出せずにただただ唸る。金縛りでもないのに固まってしまう情報の衝撃。1118号室にいる者全てが、ミコの明かした推察事実に驚いたのだ。
しかし、今ミコが話した内容はあくまで推理であって、確定された現実ではない。ミコほどの人物ともなれば背中を一瞥しただけで人となりを大まかに把握できるほどの推察視力を持つため推理自体の信憑性は高いが、やはり確定のステージに押し上げる「証拠」がないと信じきれない。まあ語っているミコ=R=フローレセンスは「信じる」なんて行為、詞を滅法嫌っているお方ですが。
それでもミコが右足を後ろに下げたのを見た皆は慌ててミコに詞をかけよう問いかけようと噤んだ口を開こうとする。そして見事開いたのは、昨日からミコに絡んでいたあの女神様――希だった。
「ちょっと待ってよミコ。自信満々に事件の真相を語りちゃくってくれたけどさ、その真相は動機面からの演繹法で組み立てられているじゃない。今あんたが喋った推理は『最低限の証拠である動機から導きだされる最適解』、それも『シク=ニーロにとって都合のいい状態』を語らっただけでしょ。演繹法がダメとは言わないよ。黒幕であるシク=ニーロが関与する余地も十分すぎるくらいだし。その論理で両夫人を追及すればボロはおそらく出るだろうし。でも其れが問題でもある。あまりにミコのプロファイリングが完成されているから聞いていると却って『そうか?』って思っちゃう。それもこれも実体のない推論だけで組み立てられているからなのよ。せめて部屋を出る前に物的証拠の一つでも挙げてくれる訳にはいかないの?」
希が捲し立てた長台詞。それは的確にミコの推理の本質を捉えていた。そう、希の言う通り、ミコの語った推理には物的証拠が全くない。ミナモト兄弟の携帯電話の件も含めて全て観察から推察した憶測にすぎない。物的証拠を欲しがる希の詞は、この部屋にいた者全てが等しく抱いていた思いでもあった。ミコの推理は見事だったが、確かな証拠による説得力が欠けていた。結論ありきっていうのかな?――ナミコは希の要求に同調しつつも自分の頭を整理するため記憶の中で論理学の復習を行っていた。
ちょうどそのときだった。ミコがその身につけた自分自身の左手で、ナミコの頭をポンと撫でたのだ。突然のことにナミコは引き出した情報も白く修正されて頭の中が真っ白になる。だがそれに一切構うことなく、ミコは「嬉し悲しのやきもきね〜」とぼやくのであった。その詞の意味するところを考えさせる暇もなく、ミコは続けた。
「ちゃんと話聞いてなかったの? ナミコちゃん、ミコちゃんは悲しいよ。未だ目には雨模様。両夫人がハブ空港に行ったことは、根拠ない話じゃないってのにさ。みんな、わたしが誰か忘れてるんだ。本懐とはいえ、ちょっと空しいよ。よよよ〜」
そう言ってミコは身体をナミコに預けて寄り添い、顔をナミコの胸に預けてすりすりと擦り付けるのであった。突然のスキンシップにますます頭が白くなるナミコだったが、ミコが発した詞の欠片が、雲のように真っ白な頭に雨として降り掛かって情報を呼び起こす。
「ああああああっ!」
気付いた時にはナミコ助手、ミコを支えた姿勢のまま1118号室にいる全員の鼓膜を震わせた。神様達でさえ耳を塞ぐほどの音量で。
「突然何よ! 一般人の分際で!」
女神様連中が文句の大合唱をぶつけてくるが、“気付いた”ナミコには暖簾に腕押し。
それどころかナミコはミコがそうしていたように、聞き手の無知を嘆くような素振りを見せた。なぜか?――ナミコがミコの推理を確定させることこそ、助手としての自分の役割だと察し、そしてその為の物的証拠を自分は見ていたことにも気付く。
ナミコはふ〜っと深呼吸し、ミコの身体を支えてない方の手を突き出して語った。
「皆さん……警察の方も神様方も、証拠が無いなんて追及は御法度です。わたし、助手としてミコさんの調査を見てました。両夫人がミカシワノミヤへ娘達を亡命させたのは事実でしょう。なんせミコさん、足元の泥を見て、中継地ヘ行ったことを喝破したんですから。あの靴あの泥を見ただけで、ミコさんは両夫人が中継地にいたことを証明できるんです」
「だから、どうやってだよ? 科学捜査でも難しい……って、泥?」
ここでようやく皆反応。助手としていち早く気付いたナミコはミコのお株を奪うように、得意満面の顔で告げた。
「そうです。雨に濡れた泥――雨を含んだ泥です。それをミコさん――今も現役気象一族のレインさんの雨識感覚で捉えれば、一目瞭然ではないですか?」
「あああああ! そうだよ! そうだったそうだった! ミコはレインなんだった!」
男神連中が唱和して絶叫する。今の今まで忘れていたという事実に悶え頭を抱える。
そう、物的証拠などより余程便利で正確で説得力のあるミコの雨識感覚。ミコは嫌う言い方だろうが、雨識感覚とそれに準じるレインとしての特殊能力は無条件に「信じる」ことができるほど絶対的だ。
その事実を呆然と忘れ去り、今ナミコの一言でようやく思い出したクルサード警視に警官達に神様達、自然と笑いがくっくと出始める。皆の顔が笑顔になる。
この状況の変化を受けて、ようやくミコはナミコから離れて「わかった?」と一言。
ナミコ以外の全員が、その一言に同意しそして抜け作だった自分達の不覚を詫びた。
そこでクルサード警視がパン、パン、と手を叩き、「方針が決まったな。我々はハルヴァリ夫人とストランド夫人の取調べをして最低でも共同謀議で逮捕する。その際判明した真実はミナモト兄弟への『情操教育』に使わせてもらおう。少しは懲りてもらわねばな。そして最後にミカシワノミヤに向かったエリサとアイナは……その意思を尊重して介入しない。心に傷を負ったことは確かなのだから、ミカシワノミヤの特権で守ってやらねばなるまい。それに娘達の希望を壊さなければ両夫人も諦め供述が有利になるかもしれないからな。これでいいだろ、ミコ」
「いいんじゃない」
「ならその雨を知る感覚で知ったことを教えてくれ。両夫人の靴の泥を照合したい。中継に使ったハブ空港はどこの空港だ?」
「ネータイ諸島にあるコンテント空港よ。あそこ特有の雨の匂いがしたわ」
「OK。すぐにネータイ諸島のセーフティ・ガード支部科学捜査班に連絡を取る。随分がんばってくれたなミコ。ここからは我々セーフティ・ガードが請け負った」
「頼むわよ。時間余ったからわたしは解決者権限承認状に必要事項、書いとくわ。ナミコちゃん、行くわよ」
「はっ、はい!」
ミコとナミコは同時に身を翻して1118号室を後にする。黒い手で扉を開けて、ナミコと共に残る面々に背中を向け歩き出したミコは突如として、大声で叫んだ。
「ノってきたよっ!」と。
シク=ニーロへの対抗意識の現れとも言えるその詞に残された者達が振り向くと、ミコとナミコの姿は閉まる扉の向こうに消えた――。
この度は愚者ぐしゃなわたくしの作品を読んでいただき、心より感謝申し上げます。
さて、本日も無事第13話を章ごとに分割してサブタイトル付けて無事投稿完了しました。
(今日もちょっと投稿時間帯ズレましたが。一応無事に投稿完了したのは事実です、ハイ)
昨日の12話で新たな展開を見せたミコちゃんシリーズ、本日13話はそのシク=ニーロ編が本格的に始まりました。この話を書いていた時に「SHERLOCK」にハマっていたので嫌でもそのオマージュというか、リスペクト似せている部分がありますね。二回目の事件とか特に。でもこれで終わりじゃないんだぜ!
また未来人なら人質に未来兵器でも使えばいいじゃんと思われた方もいらっしゃると思われますが、あくまで舞台&時代はミコちゃんの生きる『人間・生命世界』の時代。人質さんも未来兵器とか言われて括り付けられてもピンと来ないだろうと思い、物語時代の現実恐怖兵器である爆弾を括り付けて人質とするという設定にしています。思いつかないですね〜未来を感じさせる恐怖兵器なんて。
そんな非道且つ外道なシク=ニーロが起こすハローリターン事件、続く14話で決着が着くので読んでいただければ幸いです。
相当愚者ぐしゃな作品ですが、みなさんの才能・感性・能力でなにか感じてもらえるものがありましたらこれ以上嬉しいことはありません。
一日1話のペースでチャプター・章ごとに分割してUPしていきたいと思っています。よろしくお願いします。
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