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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第13話 未来電話 ハローリターン事件開幕
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第13話_事件取調べ(1101号室)

 部屋は昨日に比べて閑散としていた。神様連中がいない分当然とも言えるが、それでも景色から受ける印象の違いはナミコに刺激と知識を与える。

 部屋の中にいた人間は4人だった。中年の女が2人にそれより一回りほど若い男が2人いた。注目すべきは男2名の方、どうやら双子のようで、どっちがどっちか分からないくらい良く似ていた。顔だけでなく服装もそっくりなので一層区別がつき辛い。一卵性でもここまで似ると、クローン疑惑が湧いてくる。それくらい似てた。そして同時にうっとうしさも感じるのであった。

 その男2名、気付いてないようだが向こう側にいる女性2名から鋭い視線を浴びせられていた。気付いている様子は全くなさそうだが、女性達の方を見ると、チラチラと男兄弟に攻撃的な視線を送っているのであった。訳ありですかね――ナミコは観察から予測をたてる。

 そんな時が過ぎた後、クルサード警視がナミコとミコ、そして神様連中や事件の詳細に付いて口火を切った。誰もが大人しくその話を聞く。唯一未来電話で会話中のミコだけを除いて。もっともそのミコもクルサード警視の方は向いていた。ふたつの話を同時に進めるくらい訳ないのだろう、きっと。

「こちらが今回神様極=セキュリティホールに暗殺された被害者少女2名、エリサとアイナの母親達ハルヴァリ夫人とストランド夫人。で、こっちの男兄弟がそのエリサとアイナとそれぞれ婚約していた」

「イアン=ミナモト」「オーウェン=ミナモトだよ。よろしくお嬢さん」

 そう自己紹介してミナモト兄弟はナミコとミコに興味津々という目を向けてきた。それを遮るようにクルサード警視の説明が続く。

「事件が発覚したのは今日の午前0時、深夜のパーティから帰ってきたハルヴァリ夫人とストランド夫人それぞれの携帯電話に極の名前で『殺したら美しそうだから娘は預かった。明朝まで綺麗な死体にして堪能させて貰う』とのメールが届いたそうだ。両夫人は婚約者のミナモト兄弟に確認したところ二人とは別れたとのことですぐに捜索願をセーフティ・ガードに願い出ていたから捜索課の連中が探していたんだがな……本日午前5時サイトー川に面した工事現場で昨夜盗まれたばかりの車が見つかってな。中からはエリサとアイナの血痕と極からのメッセージカード。『たっぷり堪能させてもらった。面白かったぞ。 極=セキュリティホール』と書かれていた。こんな具合にな」

 クルサード警視は説明を終えて証拠品袋に入れられたメッセージカードをミコに手渡す。ミコは影帽子のがま口チャックから新たに黒い腕を1本出してそれを受け取り手紙を一瞥、すぐにクルサード警視に返却した。ナミコには見る暇も与えられなかったが、それはつまり「見る意味無し」ということだろう。人質を取って冤罪を解決してみせろというシク=ニーロからの伝言を預かっているから、文章を凝視する意味などないのだ。きっと。

 そのメッセージカードを返し終わった後、ミコが動いた。メッセージカードを返し終わった手でナミコを引寄せると小声で、「クルサードに伝えて。神様達のいる部屋から迷さんと絵さんを呼んで来てって」と囁き、自分は泣いているハルヴァリ夫人ストランド夫人の座っている方へと向かう。ミコの近くにいたいナミコはすぐに預かった言伝をクルサード警視に伝え、彼が部屋に備え付けの回線のボタン(ちなみに昨日は緊急回線だったが、今日は通常回線だった)を押して神様達のいる部屋に連絡を取るのを見届けると、ミコのもとへと急行した。もっとも、ミコは「急いでなかった」ようで二人の夫人の向かい側に座ってはいたが、まだ話は始めていなかった。ナミコは待って貰っていることと、ミコのスタンスに忠実な点に感動し、犬のようにミコの隣に座るのであった。

「さて……ナミコちゃんが来てくれたところで、話を始めましょうかハルヴァリ夫人、ストランド夫人。わたしはミコ=R=フローレセンス。今回の事件捜査のために呼び出されたエリサとアイナの知人です。今回の事は本当に、衝撃的でした……」

「?」ナミコとハルヴァリ夫人ストランド夫人はミコの発言を聞いて全く同時に目を点にして驚くが、ナミコはすぐにミコの意図を理解した。

(エリサとアイナの知人。その線から情報を得るつもりですかミコさん。なるほど!)

「あら……そうだったの? ミコ=R――聞いていないわね、そんな名前は」

「わたくしもですわ。貴女本当にアイナの友人ですの? 見てくれからしてわたくしのアイナとは不釣り合いな気がしますわ」

(友人じゃなくて知人だってゆーのに。しっかしこのマダム口調。母親になったら皆こうなっちゃうのかしらね――)

 ナミコはミコの切り口と両夫人の解釈の違いに早くも差異が出始めたことに気付きつつ、観察する為に自らは置物として静かにしていた。両夫人の指摘に対し、ミコは虚を衝かれたような顔を演技して肯定しつつも反論する。

「ええ。あなたがたの言う通りかもしれません。エリサとアイナは言っていました。『一番の味方は母親だけだ』って。言わばわたしは二番手なんです。それにしても驚きました。結婚を目前に控えてあんなに幸せそうな笑みを振りまいて街を歩いていた二人が、よりにもよって神様の生贄にされてしまうなんて……なんと言っていいか」

「ん――? そんなことありえないわ。あの娘達、婚約はしたけど嫁入り前のマリッジブルーで心療内科に行っていたんですよ。確かに優しい娘ではあるけど、ここ数日そんなことしていない筈です。ねえ、ストランド夫人?」

「ハルヴァリ夫人の言う通りですわ。アイナったら、婚約が決まる前から夜寝るのもわたくしの部屋で一緒にという有様だったんですのよ。貴女何を仰っているの?」

「そうですか。やはり母親と他人では違って見えるものですね」

 と、ここでミコはそれまでの感情に訴える詞遣いを取り止めてひと呼吸おいた。そして話を再会する頃にはミコの喋り方はガラリと変わっていた。

「信頼されてなかったのね……わたしショックですわ。まあいいでしょう。旅行して傷も癒えたのでしょうし」

「なっ! なにを! 旅行なんて、どこにも……」

「あら? 行かれてない? 靴に泥が着いてましたからてっきり旅行だと」

「言いがかりですわ! 歩いていれば靴に泥くらい着きますわ!」

「でも、今週セフポリスで雨は全然降っていないはずですよね?」

 ミコがこの質問を発した時、ナミコはハルヴァリ夫人とストランド夫人の顔色が変わったのを確かに見た。ミコの詞に動揺しているのだと分かる。そして両夫人はここで一瞬だが、目を横に逸らした。嘘を吐く者の条件反射――だけではなかった。普通なら一瞬で終わるところがしばらく続いたのだ。その横目が見ていた先には、クルサード警視に話しかけられていてこちらに全く気付かないミナモト兄弟がいた。

(顔色を伺っている……隠し事ね!)

 ナミコが独自に推察するのと同時に1101号室の扉が開いた。クルサード警視に依頼して呼びつけた神様そっくりコンビ、迷と絵が到着したのだ。

「お話はここまで。釣果は十分。もういいですよ両夫人。お仲間が来たのであっちに行かないと。ナミコちゃん、行くよ〜」

「あっ、はい!」

 用が済んだら目もくれず――ミコはナミコと一緒にイアンとオーウェンのミナモト兄弟の方へ向かう。歩く最中にミコは呼びつけた女神様2名にこっちに合流するよう目配せし、迷と絵もそれに準じた。そうして今度は被害者少女とそれぞれ婚約していたミナモト兄弟の調査に入る。ミコは遊ばせていたフリーの黒い手を振って挨拶しつつ、いきなり追及を始めた。

「わたしはミコ=R=フローレセンス。この事件の捜査に駆り出された新米刑事よ。あなたたち、昨晩はどこに?」

「んーどこだったかなー。ア……エリサとの婚約が決まってからというもの、街の有力者達に祝賀パーティ招待されすぎちゃってね。昨日もパーティだったけど、どこのかは憶えてないんだなーこれが。オーウェン、キミは覚えているかい?」

「ボクに振るなんてヤキが回ったねイアン兄さん。ボクの方が酒豪だってこと、忘れちゃったのかい? 昨日のパーティは始まりから終わりまで全部主催者様にお出迎えご送迎のおんぶにだっこだったじゃないか。ボクらのやることといえば乾杯して結婚希望の女の子たちに……楽しくお酒を飲みながらディスカッションしていただけだろー? まさか、そんな最中にエ……おーっとアイナだ。彼女が殺されるなんて、思いもしなかったことさ」

「全く」

 ミコの質問に軽い態度で飄々と答えるミナモト兄弟に、ナミコは激しい生理的嫌悪感を憶えた。横目を向けるとミコに呼びつけられた迷と絵も同じ思いをしているようだ。

 それは何故か――ミナモト兄弟がミコも含めこの場にいる女4名を舐め回すように品定めでもしているかのような目で見てくるからだ。婚約者が死んだのにもう別の女を探しているのかとナミコは怒り心頭に達する。それは女神様達も共有できる感情だったようだ。髪型以外はそっくりの迷と絵もミナモト兄弟の視線に不愉快、拒絶の反応を見せる。呼びつけられた立場だが、早くこの兄弟から離れたいという思いがよくわかった。

 そんな混沌とした場にあって、ミコは最後に一言、ミナモト兄弟に要求を出した。

「婚約者とのツーショットを見せてもらえないかしら? イアンはエリサとの、オーウェンはアイナとの写真。それくらい携帯電話に写真データが残っているでしょ」

(えっ? 今更そんなことを確かめるの?)

 助手を名乗るナミコにとっても意外だった文句だが、同時に盲点だとも気付いた。そういえばナミコたちは資料一切渡されてないので、殺されたとされるエリサとアイナの顔すら知らないのである。でもクルサード警視に話せば、すぐに資料として出てきそうなもの、持ってはいそうだがなんで当人に頼むかな――そう思った矢先だった。携帯電話を持ち出して写真を探していたイアンとオーウェンは揃って固まってしまい、動いたと思いきや「ないや。彼女の写真は全部カメラで撮っていたから」などと言い訳をして携帯電話の画面を見せることもなく、ミコの依頼を勝手に打ち切ってしまったのだ。こりゃ怒るだろうなとナミコは直感したが、結果は大ハズレ。ミコはまるでそれが想定内だと言わんばかりに納得して、「そうよね」と返事を兄弟に返すと、身を翻してこう告げた。

「じゃあいいわ。もうおしまいね。情報ありがとうございました」

 そう告げて1101号室に一人ポツンと佇んでいたクルサード警視の方へ向かい、「終わったわ。神様達の部屋行くからここの連中と被害者二人の資料を持ってきてくれる」と打診したのだ。

 普通ならここでクルサード警視とはお別れになって終わりだろうが、クルサード警視はやはりやり手、ミコの注文も予想の範囲内だったようですぐさまそっと茶封筒を手渡した。ミコは中身を取り出し一瞥すると、ニヤリと笑みを浮かべて「やるじゃない」とクルサード警視を褒める。そしてこっちへ顔を向けて黒い手で「行くよ」とサイン。ナミコはその指示を受けるまで動いてなかった自分を恥じ、迷と絵を連れてミコと合流、歪な部屋から抜け出したのであった。

 

「あーいい気持ち。1101号室があんなに空気悪くなっていたとは思わなかったわ。朝駆けにあれはキツいわよ、クルサード」

 1101号室を出て、容疑者となっている極を含めた神様連中を待機させている取調特化、1118号室に向かう廊下の上でミコは深い溜息と共に捜査後の感想を誰に聞かせる風でもなく独白のように一人喋る。しかし仮にもこの事件の中心にいるミコの発言。当然聞き流して放っておくなんて真似する者は一人としていない。まずはナミコが一番取ってミコの詞に相槌を入れる。

「同感です。すんごい息苦しさを感じました。あの部屋、両夫人とミナモト兄弟の間に随分な温度差がありましたよね? それにミナモト兄弟の女を舐めるような視線。いけ好かなかったですよ。迷さんと絵さんにも似たような視線送ってましたし……あれなんだったんです、ミコさん?」

「あいつらは度を越した女好きだってことよ。そしてそれが確執を生み、あのバカに利用される顛末になったの。双子の男兄弟、好みも似てたってことね。迷さんと絵さんにそれぞれ向けてた品定めの視線、兄も弟も等量だったのよ」

「マジか腑抜けか、みいこ?」

「うぃたちもるもっとなの?」

 迷と絵が個別反応を示す中、ミコの後ろについたナミコはミコからクルサード警視の持っていた資料を渡される。その中身を見たナミコはミコの主張を知り、同時にすこぶる納得して、それ以上の会話を打ち切った。残りの説明は1118号室に着いてから、待っている神様達の前が適切と判断したからだ。

 しかしミコの観察と推理の凄まじさはナミコの予想を遥かに超えていたことを、この後ナミコは1118号室で思い知らされることになる。

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