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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第13話 未来電話 ハローリターン事件開幕
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第13話_二日目二回目事件勃発

 チュン。チュン……。

「……ん。朝――?」

 山沿いの旅館に小さく響く小鳥の鳴き声。そして山麓の隙間から差してくる朝日の光がナミコを夢から覚まして静かに意識を覚醒させる。事実上、「起きた」と言っても過言ではない。布団に包まっている点を除けば……だが。

 そこでナミコは気が付いた。自分が隣でまだ寝ている、ミコの寝姿を見ていることに。

(うーん。なんだろうこの優越感と背徳感。禁断の園を見ているような気がするよ)

 ナミコは詞を発さず、心の中だけで呟くと、ミコの寝姿をつぶさに観察していた。

 それからどれだけ時間が経っただろうか――窓から射し込む光が更に増したのを受けて、遂にミコが起きたのだ。

「んっ……ん〜っ」

 ナミコは咄嗟にミコを観察することをやめ、身体ごと半回転してミコに自分の視線を向けないように取り計らった。それが功を奏したかは分からないが、ミコはナミコに構う様子も魅せず、布団から起き上がって開口一番とんでもないことを口にしたのだ。

「今日も旅路か……やる気でねー」

「って! ええええええええっ!」

 思わずナミコも飛び起きた。布団なんて蹴飛ばして。その様子を今起きたばかりのミコが「なんだなんだ?」と珍しくビックリしたような顔でこっちを向く。そりゃ叫び起きたりしたらビックリするのも納得なのだが、ナミコにとってはミコのトンデモ発言の方が数億倍も重要なのだ。だから飛び起きてすぐ、畳み掛けるようにミコに尋ねた。

「ミコさん! ミコさんは旅人なのにやる気あんまり出ない方なんですか!」

 目を見据えて。真っ直ぐと。両肩を押さえて。正面から。

 するとミコは観念したように「そうじゃないけど……」と前置きして話しだした。

「わたしの旅はね。目的はあっても終わりの見えない旅なのよ。残りの一生費やしてでも旅は続けなくちゃいけないけど、その旅の終わりの節目は実はまだ見えてもいないし、この先見える保証もない。それ考えちゃったら、さすがのわたしも卑屈になっちゃってね。で、出たのがあの台詞。経験則だけどね、口に出すと不思議と不満を感じなくなるの。今日もがんばろうって思えるようになる。だからあれはわたしなりの一日の気合入れだと思ってもらえれば、解釈としては一番かな?」

「なるほろ……」

 ナミコはミコを掴んでいた手を自分の顎に当てて、視線を逸らして思案顔。一日一回の気合入れ――ミコはそう言った。詞としてはどうなのだろうという疑問から質問したが、ミコの旅の事情を聞くと、納得できないこともない。その気持ちの源泉は、終わることのないものに対する絶望とか恐怖とか、とにかく恐ろしいと感じるもの。それに対して反対側から攻めるという奇策で、やる気と勇気を捻出できるのだから。やっぱりミコは凄いのだろう――ナミコはそういう結論に達した。

「あのー、ナミコちゃん? そろそろ肌寒く感じてきたから着替えたいんだけど。もういい?」

 ナミコを内面の思索から引きずり出す魔法の呪文をミコが呟くと、ナミコは清々しい気持ちと共に、「はい、もう結構です」などと、結構な上から目線で応答し、二人の女子は着替えに入った。ここで明らかになる衝撃の事実! ミコは着替えが早かったのだ。

 ナミコが下着からアンダーウェアを着ようとしていた時にはもう着るものは全部着ていた。そう、あの影帽子も被っていたのだ。大人は時間の使い方が上手いと言うが、ミコもどうやらそのクチらしい――ナミコは改めてミコを尊敬するのであった。

 ナミコも着替え終わり、二人で朝のお茶を啜っていると、引き戸をバンバン叩く音が。叩いていたのは女神様達。最早同じ団体様扱いの朝食へ一緒に行こうと呼び出しに来た。ミコもナミコも腰を上げ、女神様達に同行した。お腹が空いていたからだ。大広間までの道中ナミコは、女神様達と色々話す機会を得た。曰く、男神達は既に食いに向かったとのこと。神様でも人間でも変わらない男の習性にナミコはうるっと出た涙を袖でそっと拭うのだ。どこでも苦労するのは女なのか――遥かな先まで望める諦観がナミコの心に行き渡る。

 そんなこんなの内に大広間到着。ミコとナミコが隣り合い、その下手側に女神様達がテンポよく座っていく。反対側の男神連中はもう既に食べ始めていました。曰く、醒めないうちに食べたかったとのこと。

「Justice!」

 ミコは男神様達の言い訳を受け入れしかも正義と称える始末。これには後始末が悪いことでは男女共通の女神様達も黙る他なかった。女一同箸を構えて、「いただきます」の大唱和と共に朝食が始まった。

 和やかに始まる女達の朝食。山の幸海の幸を華やかに盛りつけた食膳をいただきながら、和気藹々と進む朝食。男神達は食べ終わり談笑。ミコナミコと女神様達は待たせつつもこれまた談笑じみた会食。

 

 そして全員箸を置き、手を合わせて「ごちそうさま」。

 一日の始まりを形作る大事な「一本目」が終わった。

 とは言えまだ皆動かない。お茶を啜って悠々自適だ。

 既にニュースは知っている。だから待つ方を選んだ。

 そしたら予想通りの展開。大広間に警察隊が現れた。

 バツの悪そうなクルサード警視を先頭に、大人数で。

 

 そう、ミコとナミコと神様達を出迎えたのは、人口密度を倍以上にしかねない程の数で大挙してやってきた警察の面々。やってきて開口一番、警察側代表のクルサード警視は座っているミコナミコ、そして神様達に向かってこう告げた。

「極=セキュリティホールとその仲間達……任意ではあるが御同行願いたい。只今極殿には女子2名の殺人容疑がかかっているのでな」

「ああ、来たね」「暗殺の神だしな」「極を選ぶとは……神選のいいことで」「神を見る目はあるようだな」

 男神仲間達は極を呼びつけたクルサード警視達警官隊に動揺することもなく、むしろ極のことを持ち上げるような発言を繰り返す。そこにあるのは絶対の余裕。だってこうなることは男神連中だけでなく、女神連中、そしてミコとナミコも朝の新聞を読んで知っていたからだ。

 

 女子2名の遺体無き殺人事件発生。そしてその犯人とされているのが極=セキュリティホールだとのニュースを――。

 

 ミコとナミコ達関係者当事者、そしておそらくクルサード警視は分かっている。これがシク=ニーロの仕掛けた神様冤罪事件の二つ目だということを。だったらやることは決まっている。そうでなければこんなにポンポン綺麗に事が進むものか。

 昨日の整に続き今日は極。神様仲間達でさえ納得の流れなのだ。だからミコに倣って余裕綽々と待っていられる。「迎え」は向こうからやってくるとわかっていたから。なぜならそれが、常識だから。

 思考の整理がついた頃、迎えられた極が一番に立ち上がり、クルサード警視に応答する。

「今日は俺か……シク=ニーロめ。いいだろう警視殿、君等の乗ってきたパトカーに同乗させてもらうこととしよう」

「助かります。暗殺の神様」

 事情の分かっている極の迅速鵜呑みの対応に、クルサード警視は頭を下げて礼をする。そのクルサード警視に極よりも近い位置に居るミコが、振り向きもせずにクルサード警視に詞を掛ける。

「大変ね。昨日の今日で連続とはね」

「ああ、休む暇もない。くそったれ」

「……で? わたしたちが同行できるだけのパトカーは連れてきたんでしょうね」

「当然。こっちは最初からそのつもりで使えるだけのパトカーを全部持ってきた」

 ヒューッ。ミコが感心したように口笛を吹くと、クルサード警視は更に続ける。

「荷物をまとめて出立の準備を頼む。この事件、お前抜きでは解決しないよミコ」

「そう頼まれちゃったら断れないわね。ナミコちゃん、神様達も部屋から荷物を持ってチェックアウトしていらっしゃい。わたしは極同様警察のみなさんと一緒に待っているから。ああ、別に急いでないわよ」

 ミコはそこまで告げると膝に手を置き立ち上がる。それを合図にナミコと極を除く神様達は一斉に立ち上がって部屋へと戻る。押しかけた警官隊も端に避けて列となり、ナミコ達の邪魔にならないように気を配ってくれている。それの親切さがナミコの心を打った。安い女と言われればそれまでだが、「この人達に協力しよう」と心からナミコは思えるようになったのだ。鼓動は高鳴り、身体は軽い。その身軽さと時間の使い方を工夫することによってナミコは僅か2分で荷物取り〜チェックアウトまでを済ませることができた。ミコが「急いでないから」と言ったのにも関わらずだ。しかもチェックアウト一番乗り。他の神様連中よりも早く作業を終わらせた事実はユーモアのある皮肉好きなミコの思考を刺激したらしい。ミコはナミコの後に続いてくる神様達にナミコの事例を挙げ、「人間よりも遅いだなんて神様も落ちぶれたものね。なっさけなーい」と痛烈に皮肉りだしたのだ。まあ、実際遅いと思わせる程ゆっくりやってきた神様もいたので当たらずとも遠からず、どっちもどっちといった感じで落ち着いた。享楽亭の外に出ると、まあよく動員したものと感心する程の数のパトカーが所狭しと並んでおり、大渋滞駐車地獄の再現実験をしていた。どうやって出るのかとナミコは一瞬勘繰ったが、ミコにその手で袖を引かれて最前列のパトカーへと誘導されたのを見て納得した。

(成る程。最前列から順に発進するわけか……)

 ナミコの予想に違わず総責任者のクルサード警視は自分とミコ、ナミコを最前列待機で出るだけ簡単なパトカーに乗せて即発車。後ろからも続々とエンジン音が聞こえてくる。渋滞もやりようか――ナミコは少し人生が有意義になったような気がした。

 

 移動中はこれといった会話もなく、車内は静かなものだった。ミコに至っては目を閉じ狸寝入りしている始末だったが、そんな一時の安寧さえ、事件解決に求められる者には許されないらしい。タクシーと違ってパトカーは渋滞や信号に困ることがないので、昨日のタクシーより遥かに短い時間でパトカー軍団はセーフティ・ガードの門前にまた渋滞するように我よ先よと急ブレーキ到着。ドアを開けてミコより先んじて出て、自分より重要なミコを外に迎える準備をするナミコ。ミコもそれに応じ、ゆっくりだけど、ちょっと楽しそうにパトカーから飛び出てきた。着地は優雅で、目は閉じたまま。程なくしてその目が開かれるのを目撃すると、ナミコはいよいよミコとシク=ニーロの対決が再開されることに身震いした。そこに感動や興奮といった輝かしい者は一切無い。あるのは息詰まる緊張感とどう転がるか分からない硬直状態ヘの怖れだった。

 そしてそれはミコ達の回りに容疑者の極をはじめ神様達が揃った時に突如として鳴った着信音によって現実の脅威となる。ミコの影帽子の中にある未来電話に電話が掛かってきた――これが不吉の前兆であることくらい、その場の全員が理解していた。

「今日の分ね。さてさて……」

 ミコが妖しい笑みを浮かべながら影帽子のがま口チャックを開き、黒い手に持たせた未来電話を取り出した。黒い手を2本使っていた昨日とは異なり、今日は1本未来電話を持っている手の指先操作だけで未来電話の着信を受け取り、「もしもし」。ミコは電話に出た。

「……あ、あ、あああああ」

 電話と電波の向こうから聞こえてきたのはこんな悲鳴。聞いた瞬間ナミコや神様達はこりゃまた爆弾括り着けられている人質だなと看破した。悲鳴の感情傾向が恐怖の方向に思いっきり傾いているのが手に取るように分かった。

 ミコも見抜いているだろうとナミコ含め皆そう思っていたが、ミコはさすがの推察視力。「人質の状態」だけでなく、「人質が誰か」まで言い当ててみせたのだ。

「大目付長官、おはようございます。どうやら目覚めは最悪のようですね」

 大目付、長官――?

 言われてみれば電話越しに聞こえた声は聞き覚えがありなおかつ男だったので、大目付長官というチョイスは当て嵌まるだろう。でもそれが正解の一点を突いているのかという疑問がナミコ達ギャラリーにはあった。が、電話口から聞こえた回答はミコの推理を現実にするものだった。

「は……流石、だな。ミコ、R、フローレセンス。なら私の置かれている状況も分かっているだろう。私だけじゃない、家族も、皆爆弾を括り着けられて一箇所に集められている。聞こえる……だろう? 私の可愛い愛娘である菜々と寧々、愛しい妻の蘭々の泣いている呼吸音が。あいつからの伝言だ。『今日はまだ始まったばかり、タイムリミットは正午までにしてあげるよ』……だそうだ。頼む、今日の冤罪事件を解決してくれ! 解決してくれたら今後一切君の邪魔はしないから……後生だ! たの――」

 プチッ。ツー、ツー。

 大目付長官の命乞いを最期まで聞かずにミコは通話を切ってまた謎の番号にかけ始める。

 まるで大目付長官がどうなろうと構わないと言った感じの対応だった。が、一応は心配してあげてるらしく、こんな愚痴を零したのだ。

「ったくもう! これだからエリートベイビーは始末が悪い。人の話を聞こうともせずに暴走しようとしたオチがこれよ。『長官』の肩書きが聞いて呆れるわ。不愉快不届き極まりないわね。まあ、現状マシだけどさ」

 怒りつつも「現状マシ」という詞を使ったミコ。その真意は全く見えない。ミコほどの人物の胸中頭の中ともなれば、迷路か宇宙のようになっていて、ナミコのような俗物には分からないのが当たり前であろう。何事にも分相応。弁える必要があるだろうとナミコは思った。

 でも――。

「現状マシってどういうことですか、ミコさん?」

 ナミコは訊いてしまっていた。気付いた時にはやらかしていた。なんでやったと問われたら、助手だからと答えるしかない。そう、ナミコは決して横に並ぶ相棒ではない。シャーロックと同じく、ミコの背中を後ろから追いかけるだけの付き人だ。ミコの助手になるとはそういう意味だと分かっている。たとえ隣に並んでいても、前後関係があるものだと。だからこそ知りたかった。自分の前を先陣切って進むミコの「現状マシ」という判断の意味を。

 するとミコはナミコの方を向き、ニッコリと微笑みながら話してくれたのだ。

「わたしの人生での話だけどね。怒るのと悲しむのでかつてわたしは『これでもか』というくらいの怒りと悲しみを感じたことがあるの。それに比べれば昨日会ったばかりのやな奴のミスなんてそれほど怒るものでもないわ。だからあれくらいしか愚痴を吐かなかったし、『現状マシ』って詞も着けたわけ。そういう意味よ、『現状マシ』って。長い人生の中で振り返れば、今日の怒りなんて未来の笑い話ってね」

 ミコの回答にナミコは完全に聞き入っていた。ナミコだけではない。気付けばクルサード警視に神様連中に警官隊と、集まった者達全員がミコの回答を静聴していたのだ。神様連中なんてものは現金なもので、「ミコメモ」などと書かれたメモ帳に書き連ねている神様までいる。それを見てしまうと神様の俗物っぽさに意識が遠のいてしまいそうになるが、なんとか耐えた。ミコもナミコの質問に答えた後は意識を切り替えてクルサード警視に捜査の現状を静かに問うた。

「で、クルサード。セーフティ・ガードに連れてきたってことは関係者とか話を聞けそうな人は皆取調室に入れてあるの?」

「ああ、変な気を起こされると困るから、事件発覚から即ここセーフティ・ガードに直行して待機してもらっている。発見者の両親二組に恋人だったというミナモト兄弟、皆昨日と同じ1101号室に入れてある」

「上出来ね。では早速わたしとナミコちゃんは1101号室に向かうとしましょう。極と神様達には別の個室をあてがって。仮にも犯人と名指しされた奴と同室になったら、万が一ということもあり得るからね」

「違いない」クルサード警視はしみじみと頷いて部下の警官隊に目配せする。声を介さないアイコンタクトでも上司の命令は伝わるようで、警官隊は極を囲み、他の神様達も守りつつクルサード警視の言う別部屋へと進んでいく。それに並んで進むように、ミコとクルサード警視、そしてナミコの3人は昨日と同じ1101号室へと歩を進めるのであった。

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