第12話_"あいつ"が来た!
……で、きっちり35分後。
ミコはセフポリスセンター地区ペンタグラム広場に突如『再出現』した。35分かかったが、ミコ自身が意識している時間は停まっていたも同然なので、外の世界では何分何秒何時間過ぎようとも、使用者の体感はいつも瞬間移動そのもの。時差が生じるだけの話だ。無論それで時差ボケするミコではない。
現れた場所はペンタグラム広場。黒い切符にはセーフティ・ガードがある「セフポリス センター地区」としか書かなかったための空間の誤差。でも広場の方が目立たないし丁度よい。お堅いイメージそのままに、セーフティ・ガードの門前というのは人がいないし、そのくせ監視カメラは多いのだ。厄介事は御免。怪我の功名ね――ミコはしたり顔で笑う。
そんな胸の高鳴りもすぐに堪能しつくし飽きたのでポイと捨て去り、ミコはペンタグラム広場からほど近いセーフティ・ガードへと歩いて移動しようとしたのだが――。
行く先を塞ぐように大挙して現れた神様連中に迎えられてしまい、止まらざるを得なかった。神様達の中でも癖の強い連中が、旅の神魚=ブラックナチュラルを筆頭に10名前後の数でミコに向かってきたのである。
そしてミコの手を取り魚がなんだか感慨深げな表情で迫りくる語りくる。なんだこの状況――ミコは自分の身に起こった不運をそう評した。それは、久しく感じていなかった不満、だったのかもしれない……。
「ミコちゃん、会えて善かったよ。昨日の今日で悪いんだけど、困っているわたしたちを助けて欲しいの。昨日60名全員で降立って街をウロチョロしていたら、突然整が逮捕されてわたしたちの予定は強制キャンセル。取調べと弁護に追われた一日だったの。でも被害者の身体は“狂活字獄”だったから警察さんの言う通り整以外には容疑者がいなくってね。途方に暮れて閃いた案が『ミコちゃんに泣きつく』だったのよ。クルサード警視と組んでコスモサーカス事件を解決したのは知っていたから一か八かで打診したら受け入れてもらえたの。大半の連中は今もセーフティ・ガード内で整の傍に待機中。お願いミコちゃん、力を貸して! とっても大事な事だから、了承してくれるまで引下がらないよ!」
そう言ってミコに抱きつきしがみつく魚。それに倣ってなのかは知らんが、一緒にいた祝に哉の両弟子、整と組んでいた帳、“ファニータイム”で遊んだ翠、希、天の三バカトリオ、真実一直線の透にお嬢様なおろおろぶりを見せる愛、仲間のピンチに今にも泣きそうな㬢、こんな最中でもマイペースに情報屋であり続ける紫。改めて数えてみると10名前後改め11名の女神集団がミコに詰め寄り「仕事受けて!」と必死だった。ミコは昨日の今日で再開するハメとなった女神達の顔を飽きたように眺めながらも、がま口チャックから出した黒い手11本を一人一つ使い「どうどう」と抑えつつ、「大丈夫よ。依頼受けたからここに来たんだもん」と宥め安堵させる。その詞を聞いた女神様達11名。おすわり命令された犬のように離れかしこまって待機した。でもすぐに仲間内で手を取り合って「よかったね〜」と声を掛け合っている。全く仲が良いことで――ミコが感心しつつ、「じゃあ行きましょうか」と声をかけ、女神様達率いてセーフティ・ガードへ向かおうと一歩を踏み出そうとしたときだった。
「やあ」
唐突に横を歩いていた若いカップルが声をかけてきた。ミコも女神様連中もビクッとして振り向く。しかも妙なのは振り向いてこっちが返事するより先にそのカップル、さっさと離れて去って行ったのである。なんのために話しかけてきたのか――謎だけ残って頭が濁る。だがこれは前座に過ぎなかった。本当の驚きは、ここからだったのだ!
「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「ハロー」「はろー」「Hello」「Hi」――。
ペンタグラム広場にいるありとあらゆる他人、果ては犬や小鳥に至る動物達までもが、ミコ達の方を向いて人語で声をかけてくるのである。不気味すぎる。そしてここまでやられたミコは既にこの異質な出来事が何者かによる「声テロ」だということに気付いた。
「一体、なんなんですか此処の人達。初対面の人に臆面も無く声掛けてきて、一方的に去って行くなんて……」
不安がる愛にミコは同様に不安がり不気味がる他の女神様達の分もまとめて、説明がてらの発破をかける。
「気持ち悪いわね。でもそれって表現の仕方が違うだけで整の“狂活字獄”と一緒じゃない? あんまり気に止まない方がいいわ」
「でもミコおねーちゃん、なんでこんなことが起こるの? 原因がわからないよー?」
「それはね祝ちゃん、多分わたしかあなたたちへの挑発状なんじゃないかしら? 整が無実なのに逮捕された件といい、どうやら敵が攻撃を仕掛けてきたようね」
「敵? ソレってあたしたち神様の? ソレともミコっちの方?」
「多分わたしの方よ哉ちゃん。正直さっきまでは敵なんて心当たりがありすぎてでも一人として思い出せなくて困っていたんだけどね。虫の知らせと申しますか、今たった一人だけ、心当たりがあるんだよ」
「えっ? 其れって整を嵌めた犯人の心当たりが在るって事ですか?」
㬢の反応と質問。ミコは頷いて肯定する。そのときだった。
ミコの影帽子の中で、携帯電話の着信音が鳴る。
だが、それはいつも使っている携帯電話のとは違う、ドアホンのような着信音。ピンポーンと繰り返し鳴り続けるその着信音は、ミコの趣味ではないと理解していた女神様達はハッとある事実に気付く。
「此の着信音を鳴らしている携帯電話って、もしかして……」
透が身体を震わせながら口にすると、ミコはまた頷いて空いたままだった影帽子のがま口チャックから黒い手に掴ませ『それ』を取り出す。それは――。
かつてミコが解決したコスモサーカス事件の際、犯罪計画を教唆していたクライムメイカーことシク=ニーロが犯人だった女性との連絡に使っていた超新型の携帯電話。
シク=ニーロから所有権を認められてもミコは一切使わなかったし着信も今まで皆無だった携帯電話。それに着信、ということは――。
ゴクリ。女神様達は一人残らず緊張した面持ちで息を呑み黙りこくる。そしてとうとうミコは、電話に出た。
「やあミコ=アール。元気だったかな?」
聞こえてきたのは無邪気な、でもそれ以上に憎たらしい、あの敵の声。そう。
だからミコも毒舌たっぷり嫌味に話す。
「さっきまで元気だったけど、あんたのせいで台無しよシク=ニーロ。あのコスモサーカス事件以来、今まで裏でけしかけるだけだったあんたがこうしてわかりやすく電話までかけてきたってことは、ようやく来たみたいね。わたしのいる、この俗世に」
「せいか〜い♪ ボクようやくキミに会いに来れたんだあ。折角だしこれから直に会おうよ。場所はもう確保してある。セーフティ・ガード? 気にしなくていい。これはただの寄り道なんだし。それよりも時間食っちゃって夜になっちゃう方が困るんだあ。夜は寝るものだからね」
「ふん、夜起きてられないなんて、とんだお子さま発言ね。でもいいわ。あんたが仕組んだ整の冤罪を晴らすより、真犯人のあんたに会えるならそっちを優先させようじゃないの」
聞いていた女神様連中は絶句する。どんどん先を行きステップアップしていく話のステージに追いつけないのだ。それを無視して、二人の会話は続く。
「やったあ、嬉しいな。じゃあセンター地区の隣フロム地区の閉鎖された水族館で待っているよ。壁のペンキ絵が剥げた廃館だ。すぐにわかるよ。待ってるね、バイバーイ♪」
そう告げて電話先のシク=ニーロは電話を切った。周りで傍受していた女神様達が見守る中、ミコは心底怒った顔で苛立っていた。黒い手にもその感情が伝わっていたので、携帯電話を握り締める黒い手にも力が入る。見たこともないミコの一面に、神様連中は驚愕、動揺、俯瞰していたが、やがてミコは自らの手で黒い手から携帯電話を奪い取るとそれを乱雑に服のポケットの中に押し込み、女神様達に告げる。
「ごめんなさい。今できた急用のせいで整の無罪証明にはもう少し時間をいただくわ。まずはこの事件の黒幕にして真犯人、クライムメイカーことシク=ニーロと会う」
「今の子が? あのコスモサーカス事件を起こしたシク=ニーロだって云うの? 其れに整が追い詰められている私達神様仲間達を嵌めている犯人だとも云うの?」
劇的に変化した状況に対応しきれない女神様達の一派を代表して透がミコに質問攻めを浴びせかけると、ミコはもう元の穏やかで柔らかい表情に戻って親切丁寧に、女神様を導くように語りかける。それはまるで、おとぎ話に出てくる、お姫様と王子様のような構図。
「ええ、そうよ透さん。わたしは最初から整やあなたたち神様達の無実主張が真実だって判断してた。ならこの事件には濡れ衣を着せた真犯人がいるはず――わたしの物覚えも物忘れもいい頭に浮かんだ『こんなことできる奴&こんなことをやりたがる奴』はシク=ニーロ、この無限生意気な悪人間しかいないってね。もう思い出した時点でわたしの全感覚がビリリってきたの。敵の襲来を感じ取ったのよ。今までは奴曰く『準備中』だったから確かにいなかったけど今はいる。わたしの感覚がそう告げている。電話越しに伝えてきた面会場所の閉鎖された水族館。そこにシク=ニーロがいる。感じるでしょ? 人の気配」
「た、確かに……感じる、感じるわ!」
ミコに言われて本当にシク=ニーロの気配を感じ取った女神様達を代表してさっき質問の矢を飛ばした透が答えると、次に仲間思いの㬢が愛と2名様で発言する。
「この子、何が目的なの……? なんで整に冤罪着せるの。ヒドい……ヒドいよ!」
「㬢ちゃんの言う通りです。よりにもよって高次存在たるわたくしたちに、仮にも神様と呼ばれるわたくしたちに喧嘩を売るなど、許せません! 断乎抗議します!」
㬢のおろおろ愛のはきはき。この2名は事情を知った女神様達11名の代弁者。
㬢のおろおろとした詞は皆の感傷そのもので。
愛のはきはきとした詞は皆の決意そのものだ。
その意味を分かっていたミコは、当たり前という風に手を女神様達に向けて差し出した。
「抗議するなら一緒に行く? あいつに会うのに寄り道はしたくないし、これ以上騒がれるのも嫌だから、連れて行くのはあなたたち11名だけになるけど……十分どころか十一分に事足りるでしょ? セーフティ・ガードにいるみんなには、“感覚共有の通神術”で外から参加させてあげればいい。この提案に異論がなければわたしの手を取って頂戴。考える時間は11分あげる。順序こそ変えちゃったけど、わたしは急いでないからね」
ミコからの提案。願ってもない申し出だった。11名の女神様達は円陣組んで前傾姿勢で傾けた頭でも円を作り横、斜め、そして正面の仲間達と目を合わせると円陣を解き、代表として魚がミコの手を取る。二人は手が触れ合ってすぐに手首を捻り、堅く互いの手を握り締め合う。
ここにミコと神様達の間で合意が締結されたのだ。歴史的瞬間である。
「ほんの一時に過ぎないかもしれない……でも付いていくよ、ミコちゃん。よろしく」
「ええ。わたしの他に誰を敵に回したのか、あの世間知らずに思い知らせてやるわよ」
魚とミコとの痛快なやりとり。そこに会話を聞き留めていた紫がミコに質問をした。
「ねえミコ、君はシクが世間知らずだって断定してるみたいだけど……なんでなの?」
「どういうことです?」
「いやさ、これから初対面で今までのコンタクトは電話2回だけだったのに、そこまで判るもんかねーって。ワタシ愚考いたしまして」
愛の説明要求に対し、紫はまず自分がミコにした質問の主旨・背景を解説する。
するとミコはにゃふふと笑ってさらりととんでもないことを暴露したのである。
「世間知らずよ。だってあいつ、未来人だもん。この携帯電話もね、未来の新型――即ち未来電話だからね」と。
――はあ?
「未来人? シク=ニーロって……未来から来たの?」
女神様達の動揺は当然だろうとミコは思った。でもこれ以上説明する気にはなれなかった。百聞は一見にしかず。今くどくどと説明するよりは直接本人を見せた方がよいと考えたからだ。
ミコは身を翻し、魚の手を取ってセーフティ・ガードとは違う方向、シク=ニーロが指定した水族館へと歩き出す。ミコに手を引かれるままに魚が「とっ、と」と可愛い悲鳴を上げながら蹴つまずかないようにとんとんとんと付いてくる。その魚の後、魚の影を追って残りの女神様達10名も付いてくる。ほどなくしてミコ達はペンタグラム広場を出て、喧騒と静寂、そして旋律入り混じる街セフポリスの街中へと消えていった。
今の俗世を生きるカゲナシの女の子と神様達に対し、未来から来たという犯罪スペシャリスト。
これが後の歴史に伝わる絶対安全都市セフポリスに起きた後にも先にもない唯一無二の大事件、「ハローリターン事件」の幕開けであった――。
この度は愚者ぐしゃなわたくしの作品を読んでいただき、心より感謝申し上げます。
さて、本日も無事第12話を章ごとに分割してサブタイトル付けて無事投稿完了しました。
(ちょーっといつもより投稿時間帯ズレましたが。一応無事に投稿完了したのは事実です、ハイ)
昨日の11話で佳境を迎えた神様女神様翠様とのファニータイム、本日12話はその決着と神様達とのミコちゃんなりのケジメ、そして新たな「シク=ニーロ編」の序章というミコちゃんシリーズ物語のターニングポイントとも言える話になっております。
土下座した翠様、そして翠様、落君、希ちゃんに透さんを通してミコちゃんと神様間の問題もほとんど解決しました。めでたしメデタシ――で終わらないのが神様クオリティ。
ミコちゃんの”真実”を知った神様達はもっとミコちゃんとの思い出(本編では難しい読みで思出と表記してましたね)を作るべく騒動を企てますが…。
そんなこと実行する間もなく、神様達は利用されてしまいミコちゃんに泣き付くハメに。
でもしかたありません。だって犯人はミコちゃんシリーズに於ける『最悪』、シク=ニーロなのですから。
第2話で早くも登場し、第7話でも話題になったコスモサーカス事件。その真犯人ことシク=ニーロはなんと未来人! またもやミコちゃんの前にトンデモキャラが立ち塞がります!
ミコちゃんは旅に戻れるのか? 続く13話も読んでいただければ幸いです。
相当愚者ぐしゃな作品ですが、みなさんの才能・感性・能力でなにか感じてもらえるものがありましたらこれ以上嬉しいことはありません。
一日1話のペースでチャプター・章ごとに分割してUPしていきたいと思っています。よろしくお願いします。
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2017年ミコちゃんシリーズエイプリルフール企画(!?)でもある「シリーズなろう投稿運動」。この4月の間、お付き合いいただきそして楽しんでいただければ幸いです。