第12話_ミコを招く”引力”
翌日!
ミコは大陸間移動を強いられた。神様の俗世本拠地からなんとなく選んだ霧の大陸の秘境『鏡の洞窟』にいたところを携帯電話一本で呼び出されたのだ。どんなに離れていても携帯電話は繋がってしまうから恐ろしい……などと身震いするミコではない。かかってきたのなら無視するか取るかの二択。たまたま今回は気分が乗ったので取っただけの話。それだけである。
ともあれ不用意不注意不届きで済ませられなかったのも事実。何せ影帽子のがま口チャックから取る気になって取り出した携帯電話の発信元は、「レオ=クルサード」となっていた。かつて医療都市メディケアで起こった通称「コスモサーカス事件」。敵との「出会いになっていない出会い」をもたらしたあの事件を共に解決した警察側のエリート警視さん。イイ男とダメ男は憶えていられなくてもデキる男とショタ系男子は憶えているミコの記憶回路はその名を見通しただけで姿形立ち振る舞いを思い出すことができた。だから電話に出る気がちょっとだけ、増した。
そして出てみるとまあ案の定、呼び出し電話だったわけです。
「ハーイ、Mr.クルサード。相変わらず職務に精進ですか?」
「ああ……繋がったか。久しぶりだなミコ。その……なんだ。今、暇か?」
「は? うーん、旅してるから暇ではないけどー、旅してるくらい暇ではあるよー」
クルサードの問いにミコはある意味哲学的な、その実全く回答になっていない矛盾した詞をあえて返す。電話の向こうのクルサードもこの返事に参ってしまったようで、わかりやすく「ハァ」と溜息をついてから仕切り直しといった意気込みで下手な口調で話しだす。
「済まん、訊き方が悪かった。単刀直入に言う。君がどこにいるのかは問わない。これからセフポリスに来てくれないか?」
唐突な依頼。さすがのミコも一瞬呆然としてしまった。驚いたせいで拍子抜けしてしまった声色で何とか答えるのが精一杯。
「セフポリスに? あなたのいる? 何の用事でわたしを呼ぶの?」
問いかけワンツー三拍子。ミコの逆質問を受け、クルサードは面倒そうに事情を話しだす。余程面倒臭いのか、その際頭を掻いていたのが電話越しに聞き取れた。
「昨日、ここ絶対安全都市セフポリスの安全神話は崩壊した。事件が起こったんだ。しかも、常人には到底できそうにない凶悪な事件だ。で、我々セーフティ・ガードは犯人を迅速に逮捕したのだがその犯人ってのが問題でな……整=キャパシティブレイクって名前、知ってるか? こいつ自分のこと神様だって言い張っているんだよ。弁護だって現れた59名の自称仲間達も『自分達は神様だ』って。それでミコ、お前が証人だって言うからさ」
「ぶっ!」ミコは携帯電話から条件反射的に顔を逸らし、おもいっきり噴いた。整? なんで昨日別れたばかりの奴の名前を今日聞かされるハメになるのだ? 確かに神様だけど。確かに人間としての証人になるのは自分かもしれないけど……証人なら他にもいるはず。例えばコスモスとか。整は味酒の月、花一族の本拠地ガデニアで起こった花一族気象一族自然学派絡みの騒動のとき都に来ていた神様連中の一員で、そのあと神様達が起こした戦闘事件にも参加し、コスモスと闘っていたはずだ。整は最後まで残っていたからその姿は他にも花一族ならスイートピーにカトレアとか、気象一族ならウィンドにカーレント、自然学派でもエレーヌとかが確認している。なぜわたしなの――ミコは深謀遠慮と考え込む。他がダメでわたしを必要とするわけ。整。事件。犯人……。
ポクポクポクチーン、ミコは事情を察知した。黒い手で取り出し、そして黒い手に預けたまま遠ざけていた携帯電話に振り向き寄せて、クルサードに語りかける。
「わかった。整は確かに神様よ。そんでもってあいつ、『自分は無実だ』とも言い張っているんでしょ。でも逮捕に至った捜査の過程は、整が犯人だと導いている。違う?」
「違わない。全くもって君の言う通り。正解だよミコ。事件は殺人未遂の障害事件なんだが、どうしても彼ではなくてはできない類の異能系犯罪だ。実はその被害者なんだが……」
「“狂活字獄”。全身全霊余すことなく狂活字が細かく浮き上がってびっしりと埋め尽くすこの世の物とも思えない惨劇に襲われたんでしょう? 喰らったことあるから言うけど、あれはきっついよー。検分した医師達とかもうダメでしょう?」
「ああダメだ。検分した医師65名、全員狂って再起不能。重度の昏睡状態に陥っていて今セーフティ・ガードの法医学部門は全滅機能不全状態。因みに先に挙げた65名には正規の担当がいなくなったので外部から雇った余所者医者やモグリの医者も含まれてる。話は逸れるがその件でも君に言っておかなきゃならないことがあってな……」
「え? なに? わたしの推察範囲外の情報? うーん、思いつかない。教えて」
「その外部雇われ医者の中に、あいつがいるんだ?」
「あいつ?」
「シャーロック=ローだよ。コスモサーカス事件の時お前にベッタリつきまとっていたあの男。妻のクララ=ローとその親友ナミコと一緒にここセフポリスに8回目の新婚旅行に来てたんだと。で、タイミングの悪いことにこの事件が起こってな、事件を嗅ぎ付けたあいつ、『検分やる』って押し掛けてきて。案の定くたばりやがった。奥さんのクララもそれ見て卒倒。二人は今警察病院でナミコが見守る中他の壊れた医師達と同様に入院中だ。ちなみにシャーロックは53番目。……ん? おいミコ、聞いてるのか?」
電話の向こうのクルサードがミコが黙りこくってしまったことに気付き、状態確認の質問をする。それに対するミコの返事は「はあ〜」という地を這うような重苦しい溜息だった。ミコは心底ウンザリといった口調でクルサードに答える。
「マジで? あのシャーロックがそこにいるのー? うわー気分が一気に萎えたわー。なんか行く気がなくなっていくような気がするよー。あいつほんと鬱陶しいんだもん。勝手に助手名乗って。子犬かってくらい引っ付いてくるし」
「だよな。私もこのことは伝えるべきか一瞬躊躇った。だけど言わずに君を招けば結果騙したことになる。それは不義理だと思って伝えたんだ。君には不愉快な情報だけど、それだけに伝える意味があるとね」
「クルサード……わかった、今からそっちに向かうわ。あなたへの友情と誠意には応えなくちゃね。シャーロックは露骨に無視でいくわ。じゃ、黒い切符に黒い判子使って速達移動するからそっちで会いましょう。ざっと35分くらいね」
「引き受けてくれて感謝する、友よ」クルサードは感謝の詞を述べて電話を切った。ミコも携帯電話を切り、持たせていた黒い手ごと引っ込め、交替で別の黒い手を3本取り出した。その手に握られているのは、黒い切符と黒いペン、そして黒い判子(速達)である。
黒いペンで黒い切符に必要事項を記入してから、黒い判子をポンと押す。『速達』の印字がなされた黒い切符は、普段なら移動にかかる時間以上の時間消費を条件とされる難問を速達印の力で実質無効化し、短時間での消失→最出現による時間空間移動を可能にするのだ。
準備は整った。ミコは黒い切符を使うため、黒い手から自分自身の手に取る。それだけで黒い切符は持ち主を『発車』させる。
ミコの姿が周囲の景色に溶けて薄くなる。鏡の洞窟の中、洞窟内の鏡面壁に写っているミコの鏡像も光で掻き消されるように密度を下げる。程なくしてミコの身体は洞窟内から『消失』した。