表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第12話 やっぱり空々寂々ね
105/167

第12話_4本目(翠の答と最終回)

 背後から、不意をつくように発せられた祝の発言。その詞を切欠に、翠の手が停まり、剰え震え出したのを他の神様仲間達が見逃す筈が無かった。皆が先ずした事は、特等席に座りながらそんな事を云って翠を困らせた祝とその周りに居る神様仲間達への非難の視線を送ること。じと〜っと粘着質で且つ陰険で「この一件は根に持つ」的ないや〜な視線。

 然し其の視線を全周囲から向けられている当の祝は泰然自若と落ち着いたもの。後ろに控えている師匠の魚は其の姿が頼もしくもあり、心の片隅には一抹の不安も在った。祝を護りたいからこそ、祝の味方でいたいからこそ、祝には早めの説明をしてもらいたいところだった。師匠と云うのも中々苦労しているのだ。思わず他の面子と一緒に「うっ……」とたじろぐ位には。

 其の兆候を感じ取った祝師匠の為よと思話通信(ゴッドチューニングver.)で翠含むこの大ホールに居る全神様仲間達に事のあらましを語り出す。

(わからないかなー? ミコおねーちゃんはイカサマなんてしてないの。正々堂々フェアプレイ精神――スポーツウーマンシップに則ってこの“ファニータイム”を闘っていたんだよ)

(んなバカな! 証拠はあるのかよ、祝!)

 治が荒ぶった口調で祝を難詰するが、祝は逆提案とばかりに道を示した。

(じゃあ訊くけど、みんなはこのゲーム中ミコおねーちゃんがイカサマした証拠をひとつでもつかみましたかー? わたしは聞いてないなー。それが逆説的に、イカサマしてない、何よりの証拠になっているんじゃないかなあ?)

 時間が死んだ。

 祝の指摘に神様仲間達はぐうの音も出せない程黙らされた。確かに、イカサマしていないのならイカサマの証拠なんか出る訳が無い。そして実際問題神様達は、ミコがイカサマしたと云う証拠を塵の一つとて掴めていなかった。

(マジで? 正々堂々と闘ってたって云うの? イカサマし放題の翠をあれだけ追い詰めたプレイングは、全部運が良かったとか然う云うレベルの話なの?)

 女神連中に動揺が走る。男神連中に悪寒が走る。事実は残酷だ。認識した途端、これまでの価値観や信じていたものが卓袱台返しのようにひっくり返されるから。

 そして此の神様応援団はミコと直接対峙している翠が一番苦しんでいる事を分っていた。

 仲間意識? そんなんじゃない。同じ神様としての共通した感情反応だ。

 此の事実を突き付けられて、翠はいったいどう出るのか。神様応援団の注目はいつの間にかそっちに集まっていたのだ。

 

 止まれ停まれ。

 止めろ停めろ。

 止めてやめて。

 止めろやめろ!

 

 翠は震える手で手札を丸めた新聞にする勢いで握りしめると、今にも決壊しそうな苦悶苦渋の表情でミコに相対する。手札に有るメイクカード、『原稿は落ちた』を使えば勝ちなのに、其れこそ勝負は終るのに。出すことを、使うのを躊躇っている自分が居た。

 カードのテキストがブレて読めない。其れ程迄に分り易い動揺を、遊戯の神翠=ミュージックは見せていた。事も在ろうに対戦相手の目の前で。みっともなくて仕方がない。プライドの高い翠にとって、其れが何れ程の屈辱か。何れ程の苦痛か。永い神様神生の中、翠にとって初めて感じる整では無いが正にキャパシティブレイクの状態。完全に心は理性の制御を外れ、身体の自由は奪われた。

 

 そうこうしている内に、視界が曇り出したのを翠は自覚した。気付いた時にはもう遅い。翠は五里霧中の視界の中、自分の答え――アンと向き合わなければならない“神仙境地”に其の身を置いてしまっていたのだ。

「ど、ど……どうして……ミュー、こんな無意味な空間に……。ミューは今、泥棒ミコさんと闘っているのに。其れこそこんな人を待たせるような真似、するべきじゃあないんでしょ? とっととあのカードを出して終わりにすれば……ミューの、勝ち――」

『それでいいのかい?』霧の向こうから声がした。はっきりと透き通る、良く通る声。自分の答えたるアンの声だ。翠と似ていても似て非なる声のアンは翠に揺さぶりをかけてくる。いや、やっていることはもっとえげつない。翠に自分自神をプレイバックさせようとしているのだ、アンは。

(ミューは、イ、イ、イカサマをした。其れは今迄の神様神生の中で当たり前のことだったし、どんな手段を使ってでも勝つのが、強者の必須条件……)

『ミコは別に自分の事、強者だなんて思っちゃいないよ。抑強いって勝てば強いの? なら翠、ミューは『原稿は落ちた』を使って勝てばいい。でも其れを押止めているのは、他ならない翠、ミュー自神だ』

 アンの指摘が鋭く刺さる。翠は口から詞を発する事さえ出来なかった。何故なら口は固く噛みしめられ、歯ぎしりしながら閉ざされていたからだ。ギリギリ擦れ、ガタガタ震える翠の歯。図星を突かれて悔しいからだ。そう、翠自神分っていたのだ。此の勝負、勝ち負け云々其れ以前に、ミコの方が上だと云う事を。祝の発した詞を鍵に、翠の頭脳は導き証明してしまっていたのだ。だからこそ悔しくて、涙も鼻水も涎も血も、割れんばかりに滲み出る溢れ出る。

「分ってる……もし泥棒ミコさんがイカサマしてないのだとしたら、ミューより泥棒ミコさんのプレイングが神懸かっているって事――ミューの上をいっているって事なんだ。ミューがイカサマで有無を云わさず短期決着を狙ったのに、泥棒ミコさんは其れを天運と神をも越えたテクニックで互角、否互角以上にしてみせたって事。強いとか勝ちとかじゃなく、明確事実に腕が上。其れを認めなければならないから……ううん、心の奥底では認めたくないから、ミューはこんなに悔しいんだよぉ……そして悔しいからこそ、認めたくないんだよぉ……」

 翠は両手を手札ごと握りしめて誰も居ない“神仙境地”の中、ポツンと一人立ち尽くしてミコに圧倒された悔しさに心と身体を震わせる。其の時ふと、悔しさと云うキーワードから審判役を務めていた希の事が頭を過った。あの日、ミコに襲われ負けたのに設計図を奪われず、見逃された屈辱で復讐心の塊と化していた神様仲間の一人の事を――。

(ミューが降参したら希はどう思う? きっと……ううん考えるまでもない。平然と勝った泥棒ミコさんへの憎しみを一層募らせてしまう。そうだよ、希だけじゃないんだよ。此処迄してミューが降参なんかしたら悠久の時を共に過ごした神様仲間達に見せる顔がないんだよ。だから勝たなきゃ……)

『でも勝ちを選んだらミューは負けるね。少なくとも劣等感かな?』

 

 ドキリグサリブスリ。アンの一字一句たる主張が翠に一々突き刺さる。何せ云っている事が一々其の通りだから厭らしい。

 

 勝ちを選ぶか負けを選ぶか――。

 勝ちを選んだら、仲間意識を採ったと云う事。

 負けを選ぶのは、自分の堕落を防ぐと云う事。

 どちらを採るか。二者択一。

 

 よく『究極の選択は二択だ』と俗世では云われているらしいが、金言だと思う。神にも通じる詞だと思う。だって今正に翠は二択で悩んでいるのだから。

 逸そ此の“神仙境地”でずっと悶々答えを出さないという『逃げ』の選択肢も考えついたが、自分の答えたるアンはそんな翠の思考回路など御見通し。自分から翠を“神仙境地”に『答えを出せ』と云わんばかりに巻き込んだのに、翠が逃げの兆候を見せると直ぐさま“神仙境地”を解除しにかかったのだ。霧が晴れ始め、周りの空間が徐々に在るべき姿へと変貌していく戻っていく。其れは、『逃げ』なんて第三の選択肢は絶対に許さないと云う、アンの厳しい最後通牒。

 でも翠としてはもう一寸時間が欲しかった。未だ答えも決めてないのに。大体答えはアンと話して確かめて、決めるものではなかったのかと、アンを問い詰めたい衝動に駆られたのだ。そんな慌てふためく翠に姿無き声の主は囁くように笑う。

『確かにミューは答えのアン。でもね、別に今直ぐミューに憑いていなきゃいけないってこともないんだよ。此の後ミューの出した“答え”、其れがミュー、翠=ミュージックのアン其の物だ。思索の機会だけで十分だったでしょう? 後は大事な御仲間さんと相談して決めなよ――』

 聴き終わった刹那、霧が晴れた。夢の世界が弾ける様に“神仙境地”は消え去りて、翠の視界にはミコと天と希、他十把一絡げの神様仲間達がクリアに映る。戻ってきた。どうやら寒い事云った時みたいに時を停めていたらしく、周りの連中は翠の機微や変化に気付いた様子がまるでない。なんだよ、ミューだけ時間切り取って引き延ばされて悩まされたのかよ――翠は自嘲気味に溜息を吐いた。溜息一息吐いた後、感じてくるのは取り敢えず、アンへの怒り――だった。

 

(アンの奴ったら何よ。自分はミューに『逃げるな』とか云ってたくせに、自分は答えも見せず云わず聞かさずに“神仙境地”解除して逃げやがって〜。くぅ〜悶々する〜)

 突如現れた(と云っても求めたのは自分だが)くせに何もくれずにさぱっと去られてしまった事が無性に悔しい。例えるなら突如現れた台風に掻き乱されて挙句一矢報いる事も出来ずに終ったみたいで本当悔しくて仕様がなかった。変に嫌な気分にだけさせられた気分が、未だに心中燻っている。

(其れでも……二択って事だけは分った、か……)

 混乱していた頭を落ち着かせ、選ぶべきカード(選択肢)を明示してくれた事は紛れもない事実。其の点に関しては翠も感謝していた。只選び切る前に元の場所に戻されたのが矢張り燻る材料なのだ。

 そんな風に自分の中自分の殻に閉じこもって全く動きを見せなくなった翠を、周りが放っておく訳もなく……御節介な位に翠の感情を更に不安定にさせるのである。

「ちょっと! 翠! 早く其のカード出しなさい!」

「ちょい待て希! お前の発言は審判役にあるまじき行為。此処は此の軍師様が言う処だろ!」

「ぐっ……認めざるを得ないわたし。じゃあ哲、アンタが言いなさい!」

「おう。翠、お前……これで勝っていいのかよ――ってあたーっ! 何しやがんだ盗まれた組!」

「其れはこっちの台詞だアホサンボー! 翠に投了を勧めやがって! これで負けたら神様の権威が The END になるってことが分らんのか!」

「ちょーっと待てーい。手前等、哲の言い分に異論申し立てようってのかコラ! そんな無粋な真似、此の扉=カレイドスコープが見逃さねえってぐおっ! 顔面に純金分銅9kgだとお……な、何しやがんでい、血頭病けっとうびょう患者が!」

「イカサマに加担していたあんたが言える台詞ですか! この、バカドア!」

「なによ、扉のことバカドア呼ばわりして! アンタ達だってミコちゃんの手札覗いていたでしょ! つか私達みんな共犯でしょうが!」

「バカーッ! 要らん事迄喋ってんじゃないわよ。此の気配りゼロゼロマックス共が! 全部全部バレちゃったじゃないのよ!」

 

 あっ……。

 

 翠の怒号を聞いた神様仲間達の間に、すんごく気まずい空気が漂い出す。賢しい者もそうでない者も一様に手で口を覆うが、もう後の祭り。

 翠の対称線上に居るミコが、ニヤニヤ笑っていたからだ。

 翠は墓穴を掘った情け無さで頭に血が上って恥ずかしさの余り顔が真っ赤っかになった。そんな翠の顔を見てなのか、ミコはフリーの黒い手を全部使って「まあまあまあ」となんか宥めてくる。其の数が矢鱈と多いので、まるでピアノ演奏で和音を奏でるシーンに似ていて、地味に怖い。

 屈辱。恥辱。畏怖。恐怖。混乱。錯乱。過失。喪失――。

 あらゆる感情と玉葱、胡椒、唐辛子が心の中で調理され、気付けば料理は出来ていた。

 然う、翠にとっての答え=Answer=アンは此の時遂に発現した。

 

 ぐるぐる目を回しながら涙を流し、本気モードのトライテールは萎びて乱れ、そしてゲームに使う手札全てを口の中に纏めて飲み込み噛み切り砕き、空の両手を上から下へ。

「不味い、不味いわ……此れが敗北の味と云うものなのね。うぅ……ごめんなさい! 此の勝負ミューの負けです!」と叫び土下座する翠の姿。

 

 負けを認める。其れこそがアン=翠の出した答、だった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ