第11話_仲間がたくさんいるって素敵なことじゃない?
「Shit!」審判役の天と希のコールが終るや否や翠は間髪容れずに悪態を吐いた。無理もない。ことコマカードに関してあれだけリードを奪っておきながら全てのコマカードをストックプールに閉じ込められたのが痛い。然も半永久的に。ストックプールのコマカードはミラーマッチに拘る余り残してしまった『すっとぼけたコロガリ君』も合わせて全部で5枚。維持コストは毎本12ににもなる。然も『トジコメイロ』の所為でマニュスクリプトに出すことも叶わない。ミラーマッチ戦術は略崩壊してしまった……。翠は自分の拘りを壊された悔しさ腹立たしさに腑煮えくり返っていた。己の矜持=アイデンティティを崩され、してやられた感――敗北感にも通じるものが胸中に込み上げてくる。もう投げ遣り投げ出したくさえなってくるのだ。気付けば口は堅く閉ざされ歯ぎしりし、手は震えながら手札のカードを握りしめる。だが其の時、上の吹き抜けから共にゲームを研究した仲間、㬢の声が響き渡った!
「諦めちゃダメです翠ちゃん! ミコちゃんに勝って設計図を取り戻せるのは神様62名の中でも翠ちゃんだけなんですから! 挫けないで! 立ち上がって! どんな手段を使ってでも……勝ってみせろ! 翠=ミュージック!」
「㬢……」
詞の最後。普段の㬢なら絶対しない様な詞遣いに翠は身体も心も震えた。声のした方向を見上げると㬢は今にも泣き崩れそうな顔をして眼を瞑って手摺に手を掛け、座り込んでいた。神様仲間一弱気で臆病な㬢があんな檄を飛ばしてきた――それが何れだけ彼女にとって勇気と虚勢の要る行動か、同じプレイヤー班だった翠は知っている。
すると㬢だけでなく、他の神様仲間達も堰を切った様に翠を応援し始めた。
「そうだそうだ!」「腑抜けんな翠!」「気合よ気合!」「根性見せろ無敗のゲーマー!」「翠じゃなかったら誰がやるのよ!」「俺達がついてる! 忘れんな!」
矢継ぎ早に次から次へと翠に浴びせられる罵詈雑言に似た詞。決して上品とは云えない、でもだからこそストレートに伝わってくる皆の愚直なまでに正直な想い。
(ミューは、何を勘違いしていたのかしら……高がコンボひとつ決められたくらいで、負けたみたいに弱気になって。そうよミュー、皆の言う通り。未だ終った訳じゃないわ!)
感謝の涙も涙腺の奥に引っ込めて、再び闘志を目に宿す翠。其の目で以て見据えるは、神の宿敵ミコ=R=フローレセンス。神様以上に傲岸不遜でマイペースで、常識も心理も通じない神様の歴史上初めて現れた自分達に匹敵する存在。そしてあの日の真相を知る、只一人の人間……。
パン!
翠は両手で頬を叩き、気合一発入れ直す。そして攻撃的な目でミコを見据えて手札を持った左手を突き出し宣言する。
「よくもやってくれたわね泥棒ミコさん。でもまだ前哨戦。終っちゃいないわ。此処からミューの神懸かり的逆転劇、見せてあげるわ。刮目しなさい!」
「ウオオオオオオオオオオッ!」立ち直った翠の力強い詞に神様応援団は歓喜し拳を振り上げ喝采を浴びせる。誰も彼も気持ちを一つにした瞬間だった。誰もが翠の逆転勝利を疑わない――はずだった。
然し其の中に在って、翠を応援しつつも其のイカサマにも協力しつつも、直ぐに客観中立の立場に戻ってしまった神様が居た。誰でしょうか――祝だ。
翠の真後ろミコの真正面の上階吹き抜けに陣取る祝。其の周りを囲むのは師匠である魚。兄弟弟子である哉。魚に匹敵する実力を持つ破滅コンビの迷と絵。此の4名は他の神様仲間達、そして自分達とは違う景色を視ている祝の周りを取り囲み、異分子同然の祝を翠応援一辺倒の周囲から保護しつつ、祝の視ている景色がどんなものなのか近くで見定めようとしていた。分り切っている実力と暗に匂わせる迫力で此の5名の居る特等席の周りには誰も近付こうとはしなかった。そんなことするより、ミコを取り囲んで彼女のイカサマの証拠を見つけたり、手札のコマカードを盗視透視して翠に伝えたりで忙しいから。
だが2本目が終って祝達の席に近付く影がふたつ現れた。この実力者集団・強者共の群れに近く、一寸遠い力量ながら、祝の通り名でもある“絆”は他の連中に比べて強く、其れ故に其の糸を手繰り寄せてきたのだろう。祝と同格である哉の器用さを誰よりも評価し、時には魚と祝からレンタルして3名で過ごすこともある。失と幽がやってきた。
其の動きに誰よりも先に勘付くのは勿論インスタントにつるんでいる哉だ。視線を在るべき位置から逸らし、失と幽の顔に向けて次は口から「よっ」と一言。哉の挨拶を受け、他のメンバーも顔を向け、おいでおいでと頷き招く。ぽてぽてとほとほ。失と幽は仲良く手を組み足揃え、祝を中心とする観客席にやってきた。
「どうも皆、高鳴ってる? 先皆で翠に発破掛けたでしょ? でも此処だけ、翠の背中に当たり翠を最も励まし押せる此の位置に居る哉達は応援したけど直ぐ冷めたでしょ。だから様子見に来たんだ。因みに此の事に気付いたのは幽。ね?」
「う、う、うん。真正面中央に陣取っている祝の目をも、も、もくげき目撃した……の。な、な、何か違うものをみ……みている視ている気がし……たから」
失の説明と幽の報告を聞くと、集団の真ん中に居る祝がぴょんこと飛び出し嬉しそうに失と幽の手を取り自分の陣取っていた特等席の両隣に引っ張った。哉、魚、迷、絵にとっては割り込まれたも同然、祝に異議の一つでも伝えようかと思ったが、其の当人である祝の笑顔を見て提訴を廃訴と取り下げた。なぜか――自分達には未だはっきりと視得てない“祝が視ているもの”を先に感じ取った事実に対する感嘆と賞賛。実力差では測れない、感性や素質と云った処で自分達より一歩先を行った失と幽に対する敬意が芽生え花開いたのだ。祝の隣に納まった失と幽も含め、3名を取り囲む様に魚、哉、迷、絵は環を作る。
すると左手人差し指、手袋で覆われた一本の指をくるくる回して口を開いた。
「翠おねーちゃんがほんきになったかー。もう決着は目前だよー。“ゆびさきレーダ”によると……翠おねーちゃん、泣いちゃうみたい」
「そっか」「な、な、なる……ほど」
祝の台詞に阿吽の呼吸で相槌を打つ失と幽。やはりわかっているようだ。祝の最も近くにいる者として、魚と哉は目を見合わせ頷き合った。こりゃあの日と同じ大荒れになる。祝達3名は其れをそこはかとなく感じ取っていると。なので自分達もその瞬間を見届けるべく、今一度視線をロビーのゲームエリアに向ける。真正面からミコを見据えて。
そう、ミコの背中を見ることはせずに――。
㬢の発破を機に神様応援団全員が注目する中、3本目開始のコールが上がった。審判役天と希の神懸かり的デュエットが。
「それでは準備も宜しい様で」「3本目、始め!」