第2話:戦う手段と父の謎(1)
隠れ家に帰り着くと、ジャンヌはすぐさま自分の銃を確認する。
案の定、濡れた箇所は既に乾いていた。
間を置かず、分解されたパーツを組み上げていく。
「そんなに急がなくてもいいだろ。ここには人数もいる。単独行動の時より、ゆとりが持てるはずだ」
愛用のライフル:ワルサーWA2000を組み立てながら睨みつける。
「助けてくれた事には感謝する。だが、アタシはあんたを認めてはいないからな」
「そんなに邪険にしなくてもいいだろうに」
頬杖をついて間の抜けた表情で、ウルフがこちらを見ている。
「お前は人狼。アタシは人間。それ以上に戦う理由が要るか? たとえ助けてくれたとしても、人狼は全て敵だ。尽く仇だ」
「はぁー。こりゃグリム先生も手こずったろうな」
ジャンヌは床を殴りつけた。
「だから何でアタシの父さんの名前を知ってるんだよ! だいたいホークアイだって、『北部戦線の女帝』と呼ばれたアンタが、男に惚れたくらいで付き従う筈がない。もっと他に理由があるはずだろ!?」
隣り合ったウルフとホークアイは顔を見合わせる。
嘆息気味にホークアイが喋る。
「もちろん、ウルフに付いてきたのには確固たる理由がある。だけど、それはウルフが人狼だという事を説明しないと成り立たない根拠なんだよ。面倒くさいけど・・・」
「お前に『俺は人狼だ』なんて伝えたら、その場で射殺されかねないからな。回りくどい事しないといけないと思ってたんだが、さっきの戦いで判明できたしな。あれはあれで好都合だった」
そう言うと、何を思ったかウルフは立ち上がった。
「さて、行くぞ」
「行くって何処へ」
「ホークアイが俺に付いてきた理由。そして、お前の父親との関連を示すために、ある施設に向かう」
皆が続々と立ち上がる。
「ついてこい。お前にとっても悪い話じゃないぞ。父親の事も、聞きたいんだろう?」
聞きたい。
聞きたいが、果たしてその言葉に従って大丈夫なんだろうか。
しかし黙ってても知りたいことは分からないので、渋々、後を付いていく事にした。
もちろん銃を装備して。
「で、具体的には何処に行くんだよ?」
その問いに、ウルフはニヤリと笑った。
「研究施設だ」
それは白い建物だった。
何て言うか、病院みたいな。
しかしさほど高い訳ではなく、見積もっても2~3階くらいしかなかった。
周りは鬱蒼とした林に囲まれていて、いかにも人を寄せ付けない場所であった。
こんな山の中、来たこと無いし。
「・・・何、ここ?」
「ここはかつて、人狼などの異形を研究していた施設だ。彼らは、なぜ異形が驚異的な身体能力・回復能力・特殊能力を備えているかを解明したかった」
言いながら、ウルフは正面玄関の自動ドアを通る。
後に続いて私たちも通る。
やはり電気は通ってないのか、中は真っ暗だった。
昼間だから多少は見やすいものの、夜だったら怪談話ができそうだぞ、ここ。
「彼らはあらゆる『人ならざる者』を捕らえては実験し、研究し、それを繰り返す内に1つの結論に辿り着いた」
暗闇の廊下を突き進むウルフは語る。
「・・・結論って?」
「異形たちは『身体構造を書き換えた人間』ということだ」
広い部屋に出る。
誰も手をつけていないのか、円形の白い空間は荒らされていなかった。
実験器具や拘束用のベッド、顕微鏡に解剖の道具まである。
2階にあたる部分には実験を見届けるための窓ガラスがあり、割と高い位置にある。
「身体構造を書き換えた、ってのはどういうことだ?」
「彼らの研究によれば、異形になるプロセスを分かりやすく例えると『ウイルス』に近いという」
「ウイルス?」
「そうだ。ウイルスは宿主の細胞分裂を利用して自分自身をコピーしていく。通常、ウイルスは抗体が無ければそのまま宿主を破壊し、下手をすれば諸共に死んでしまう」
頷く。
確かに普通のウイルスならそうなる。
「だが、異形たちが持っていた『ウイルスに類似していたモノ』は、自身をコピーした後の工程が違う」
「それが、身体構造を書き換える・・・」
「そう。自分たちが住みやすい環境になるように、宿主がそれに耐えうるように、身体構造そのものを書き換えてしまう。これによって起こるのが『変身』だ。特に、宿主を媒介としてウイルスのように新たな宿主を増やす類の能力が秀でていたのが『人狼』と『吸血鬼』だ」
「!!」
人狼、という言葉に反応する。
「彼らは数ある異形たちの中でも少数的な『噛み付くことで感染者を増やす』タイプの繁殖方法をとっている。恐らく出自は狂犬病だな。人狼などが『満月になると変身する』という伝承は、満月の時が最もウイルスが活発になるのと、満月の夜のほうが明るいから事件が発覚しやすい、という2つの理由がある。満月は太陽光を上手く弱めて反射してくれるからなのだろう。具体的にどういう成分が作用しているのかは読み取れなかったが、そういう報告が上がっていた」
そこまで聞いてジャンヌは、ふと引っかかった事を尋ねる。
「人狼たちが変身する理屈と研究の事はだいたい分かった。だけど、それと親父に何の関係があるんだ?」
するとウルフは意外そうな顔をする。
「ここまで話して、ここまで連れてきてまだ分からないのか?」
取り出した資料を、私の胸に押し付ける。
「お前の父親:グリモワール先生は、ここで働いていた」
淡々と語られる事実。
受け取った資料の1枚目には、父・グリモワールの顔写真が貼り付いた履歴書があった。