第1話(5:終)
「おい! ジャンヌ!」
ホークアイが叫ぶ。
しかし既にジャンヌの姿は建物の外へ消えていた。
「あの小娘・・・っ!」
歯軋りするホークアイ。
「とにかく追いかけよう。いくら『赤ずきんの復讐者』とは言え、丸腰では流石に危険すぎる」
たしなめるようにウルフが肩に手を乗せ、ジャンヌの後を追う。
ホークアイは拳を握り締めるだけだ。
「隊長。如何しますか?」
ブロッケン以下、北部戦線のメンバーが揃い、指示を待つ。
「全員武器を取れ! 不測の事態に備え、彼らの後を追うぞ!」
「「「サー、イェッサー!」」」
そして命令は下された。
どこまで走ったか、立ち止まったジャンヌは壁を横殴りにした。
「はぁっ、はぁっ・・・くそっ!」
何が共存共栄だ。
何が理想を追いかけるだ、クソッタレどもめ!
ヴェアヴォルフなんかに、安寧なんかくれてやるものか!
奴らには『死』あるのみ。
奴らには『死』あるのみだ!
「こんなところに居たのか」
振り向くと、そこにウルフが立っていた。
「・・・何で追いかけてきたんだ」
忌々しくウルフを睨みつける。
「今お前を1人にしたら危ないからだ。盲目的に殺し続けるだけでは、いずれ身を滅ぼす。そこには何の価値も無く、何の報いもない」
ギリッ。
「お前に、家族を殺された苦しみが分かるのか! 友達を目の前で犯される恐怖が分かるのか! 当たり前だと思っていた日常を壊される絶望を、お前は分かるのかっ!!」
「分からんとも」
「!!」
「お前の苦しみなど、まるで分からん。何故なら私は、お前ではないからだ。お前が受けてきた苦しみ、痛み、恐怖、絶望など分かるはずもない。理解しようと努力しても、結局のところ他人が受けた感覚など分からんのだよ」
「ああああああぁぁっ!!!」
堪忍袋の緒が切れる。
殴る。
目の前にいる男の頬に、思いっきり右の拳をかましてやる。
だが男は微動だにしない。
無表情のまま。
それはどこか哀れむような顔にも見える。
「ジャンヌ。今のお前には怒りしかない。復讐しかない。しかしそれでは何も生み出せない。復讐したところで、返ってくるのは復讐だけだ。それはお前の父親:グリモワール氏が望んだことではない」
ジャンヌは顔を跳ね上げた。
「何で・・・父さんの名前を――――」
「お楽しみだなぁウルフ?」
「!!」
頭上から声がする。
振りかぶれば数多の人狼たちが下品な笑いを浮かべながら、こちらを見ている。
周りを取り囲まれている。
何名だ?
20名ほどか?
2メートルほどの低い屋根の上で見下す1人の人狼が話しかける。
「まさか、かの悪名高い『赤ずきんの復讐者』と一緒にいるとはなぁ。デートのお誘いが上手くいかなかったのかい?」
「「「HAHAHAHAHAHA!」」」
嘲笑う無数の声。
殺意を研ぎ澄ませながらホルスターに手を掛ける。
(!? な、無いっ!)
しまった。
いつも使っている銃を、ウルフたちの隠れ家に置いてきてしまった。
怒り心頭で飛び出してきたせいで、そのことに全く気付かなかった。
「ジャンヌ、下がってろ」
ウルフが自ら盾となるように立ち塞がった。
「あぁ? どうした? アヴェンジャーお得意の銃撃は無いのかぁ?」
「おい、アドルフ。貴様は国境警備に当たっている筈だろ。何故ここにいる」
ウルフが問う。
「あぁ!? 国境警備だぁ? んなもん、つまんなすぎて放り出してきちまったよ! あんなに退屈な現場だとは思わなかったぜ畜生め!」
「・・・ウルフ。奴は知り合いか?」
ジャンヌが小声で尋ねる。
「それは――――」
「あぁ!? なんだ、ウルフ・ヴァン! てめえ、その女に話してねえのかぁ? なら俺が教えてやるぜ、アヴェンジャー。そいつはな、俺たちと同じヴェアヴォルフ、人狼なんだよ! 第一王女直属の従僕、特殊近衛兵、ウルフ・ヴァン・レイヴェント!」
「!!」
なん・・・だと。
あの男、今、なんて言った?
「おい、ウルフ、お前――――」
「そうだ。俺は、お前が忌み嫌う人狼だ」
軽く溜め息をつきながら、ウルフは答えた。
愕然とした。
だが確かにそれならばホークアイたちを助けた時の異様な殺戮能力も説明がつく。
彼が紛れもなく人狼、ヴェアヴォルフだったからこその虐殺。
知らず、後ずさる。
後ずさる。
私を助けた筈の男が、転じて悪魔のように思えてしまう。
アドルフと呼ばれたチンピラが盛大に笑う。
「ヒャハハハハハハ! いい顔だぁアヴェンジャー! その恐怖に歪んだ顔を拝めただけでも、来た甲斐があったってもんだぜ! 最高に勃起モンじゃねぇかよぉ! ハハハハハ!」
ジリジリと詰め寄る人狼の群れ。
目の前にいるウルフも敵かも知れない。
いや、そうでなくとも、この数を相手に勝てるのか・・・?
ギリッ。
こんな、こんなところで・・・!
こんなところで死んでたまるか・・・!
こんな、ところで・・・っ!
「安心しろ、ジャンヌ」
男の背中が語る。
「すぐに奴らを始末する」
言うが早いか、ウルフの変身が始まる。
人の姿から狼の姿へ。
筋肉が膨れがり、顔が縦に伸び、爪や牙、体毛が覆う。
彼が黒い人狼となった途端、私の後ろに居た人狼たちから血飛沫が上がる。
場の空気が変わった。
眼前で無双する男は次々と、自分と同じ人狼を殺していく。
容赦なく。
躊躇なく。
一片の迷いもなく。
ただ少女を守る為に戦う。
人狼たちは、ただ驚愕するばかり。
「これだから・・・」
苦しげに顔を歪めるアドルフ。
「これだからテメエは大嫌いなんだよ! ウルフ・ヴァン・レイヴェントォォォ!!」
アドルフが吠える。
暴虐の限りを尽くすウルフに向かって猛進する。
だが、
「ぐがあああぁぁぁっ!」
心の臓腑を抉られる。
ウルフの腕が胸部を貫通し、その手には心臓が握られている。
「貴様っ、貴様ぁ! ただで済むと思うなよ、この裏切り者ぉ! いずれ兄者がテメエをっ――――!」
「黙れ」
一喝。
凄まじい殺気。
さっきまでの無表情は何処へやら。
見たことのない剣幕でアドルフを一瞥する。
「アドルフ。アドルフ・シュナイダー。貴様はただの愚か者だ。ただのチンピラだ。下品な小心者だ。そんな奴に裏切り者扱いされる筋合いは無い」
「ぎっ!」
握り潰す。
手にした肉塊を握り潰し、そのまま体を放り捨てる。
その場にいた全ての敵を殲滅し、変身を解いたウルフはジャンヌに歩み寄る。
「――――何故、助けたの」
訳が分からず問い質す。
「そんなに理由が欲しいのか?」
「答えて!」
降りしきる雪の中、面倒くさそうに頭を掻いたウルフは、こう答えた。
「敢えて言うなら、お前は恩師グリモワール先生の娘だからだ」
「え・・・?」
予想だにしない回答。
「私の信念を貫き通すため。我が恩師の愛娘を守るためだ。これ以上、理由が必要か? ついでに言うならば、人助けに理由は不要だ。それだけだ」
そう言うと、ウルフは元来た道を帰っていく。
「どうした? 来ないのか?」
立ち尽くす私に振り返る。
銃を置いてきた事を思い出した私は慌てて付いていく。
その様子を見届けたホークアイが呟く。
「・・・アタシ達の出る幕じゃなかったな。帰るぞ、お前たち!」
「「「イェッサー!」」」
物陰から、ホークアイたち北部戦線の戦士たちも合流する。
そしてごく自然にウルフの手を握ると、ホークアイは彼に囁いた。
「あいつを助けた理由、それだけじゃないよな?」
「・・・・・・」
語らぬウルフにピッタリとくっついて続ける。
「あんた、アイツの事、気に入ってんだろ? だから助けた。違うかい?」
ウルフは何も答えない。
雪は次第に強くなる。
恨めしいほどに降り注ぐ。
いくら積もっても消えない感情。
彼らの背中が遠くなる。
血だまりの銀世界は、彼らの通った足跡を示すかのよう。
ポツリ。
ポツリと見えなくなる――――。
<第1話:終>
はあぁぁぁ。
第1話、やっとこさ終わった。
どれくらいの量になったのかイマイチ分からないけど、ひとまず終了。
まだまだ彼らの戦いは続きますが、第1話はこれにて幕を閉じます。
予告すると、クリスチャンとかも出てきます。
人狼が世界を破滅させた時の話もやります。
あ、あと言ってなかったけど、劇中で何故雪が降っているのか解説。
人狼が世界を転覆させたために温室効果ガスを排出していた工場などが機能停止。熱を留めておくものが徐々に徐々に減少し、平均気温が下がって間氷期が終わりを告げ、氷河期に突入する。
結果、人狼の蜂起から10年後の劇中では雪が絶えず降っている。
といった具合。
ラストシーンはもう決めてあるんで、そこに向かって突っ走るだけ。
途中の大事なシーンとかも殆ど決めてあるんで、なんとか辻褄が合うように書きたいです。書きます。
ともかく第1話は終わり!
第2話に続きます!
<終>