第1話(4)
「――――以上が、あの戦いで起きた全てだ」
ホークアイが回想を締める。
「ちょっと待った。北部戦線が一度終わって、お前がウルフと出会った状況は分かった。だけど、何でウルフと行動を共にしてんだ? 今の話だけが理由じゃないだろ?」
率直な疑問をぶつける。
「確かに、それだけだったら感謝こそすれ、共に行動する理由としては弱いな」
そう語ると、ホークアイは話の続きを始めた――――。
一方的なウルフの虐殺に、ホークアイたち北部戦線の猛者どもは目を奪われていた。
こんなにも一方的に、こんなにも呆気無く、容易く人狼たちを葬るとは――――。
彼は一体、何者なのか?
「おい」
「ん?」
兵士たちを治療するウルフを睨みつけながら、ホークアイが問いかける。
「ウルフ、お前は一体何者だ? さっきの殺戮といい、奴らの反応といい、不可解な点が多過ぎる」
「聞いていなかったのか? 俺はウルフ。ウルフ・ヴァン・レイヴェント。それ以上でも以下でもない」
「そうじゃない。お前は本当に人間なのかと聞いているんだ」
「はっ。そうだとも。私は人間だ。少なくとも見た目はな」
ホークアイはうんざりしたように溜め息をついた。
「分かった。そういうことにしておいてやるよ。もう1つ質問だ。そもそも何故私たちを助けた?」
「何故、だと?」
最後の怪我人の包帯を結び終わったウルフは訝しる。
「我々を救ってくれた事には感謝する。だが、我々を窮地から救う事に何のメリットがある? お前は何を求めている」
その問いに、ウルフは至極当然のように答えた。
「男が女を助けるのは当然のことだ。特に、お前のような別嬪は尚更な。加えて貴様は『人類の希望』だ。みすみす犯され殺されるのを黙って見ているわけにはいくまい」
(・・・こんな時代に、まだそんな事を言う奴がいるとはな)
女帝、氷の女王と称されるホークアイは、一瞬だけ微笑んだ。
「ウルフ、と言ったな。お前の目的は?」
その問いに、ウルフは予想外の答えを返した。
「人類と人狼の共存共栄だ」
「!!」
話を聞いていたジャンヌさえも驚いた。
「驚いたか。まぁそうだろう。その場にいた全員が驚いた。私も含めて」
ホークアイは懐かしむように呟いた。
「――――共存共栄、だと?」
「そうだ」
その場にいた全員が驚いた。
怪我の有無に関わらず、いやむしろ、怪我しているのを忘れる程に驚愕した。
壁に掛けてあったコートを、ウルフがホークアイに羽織らせる。
「戦争などせず、共存共栄し、平和を取り戻す。それが俺の最終目的だ」
それは酷く歪な、しかし理想的な在り方だった。
「はははははっ! それが、それがお前の本心か!」
「ああ、そうだとも。私の揺るぎなき信念だ」
ホークアイは思わず吹き出し、ウルフは至って真面目に語る。
「ウルフ、お前という奴の信念は幼稚だな!」
「幼稚だとも。そういう風にしか生きられないのだからな」
ウルフも笑った。
「ああ幼稚だ、稚拙だ。だが気に入った!」
ひとしきり腹を抱えて、ホークアイは獰猛に笑った。
「ならば見届けさせてもらおう! 貴様の言う理想郷を! お前が求める世界を! その先に何があるのか、見てみたい!」
ホークアイの瞳が燦然と輝く。
「どう思う!? 我が親愛なる戦士諸君!」
ホークアイは戦士たちに問う。
「隊長のご命令とあらば、たとえ地獄にでも突撃しましょう!」
副隊長:ブロッケンが応える。
「今更何処へも行けませんよ、隊長!」
若人が叫ぶ。
「隊長が信じるのならば、我ら北部戦線は付いていくだけです」
「隊長!」
「隊長!」
陸続と声が上がる。
北部戦線総司令官・ホークアイは立ち上がる。
「よくぞ言った兵士たち! ならば私に付き従え! 私の手足となれ! 共に地獄を見よう! 共に理想郷へ行こう! 並み居る敵を薙ぎ倒し、ヴァルハラへの道を切り拓こう!」
「「「隊長! 司令!! 総司令官どの!!!」」」
「「「隊長! 司令!! 総司令官どの!!!」」」
「舵を切るのは、我らが信奉する男、ウルフ・ヴァン・レイヴェント! さぁ、私たちに理想を見せてくれ! その先にある、戦いの果てを見せてくれ!」
「ならば見せよう、我が信念を。理想のためなら死すら厭わない、我が狂信ぶりをとくと見るがいい!」
「・・・・・・とんでもない錯乱者ね」
ジャンヌが頭を抱えながら率直な感想を述べる。
「フフ、だからこそ面白味があるんだよ、この男は。何でもかんでも自分で背負って、周りの連中引っ掻き回して、挙げ句の果てには自滅する。そういう奴なんだよ、コイツは。まさしく『理想を抱いて溺死する』タイプの馬鹿者なんだよ」
誇らしげにホークアイは語る。
「なのに何故付いて行くの?」
「決まってるだろ? 放っておけないからだよ。こんな危なっかしい奴は、1人でアレコレさせたら勝手に自滅する。誰かが傍にいないとダメなんだ。それに、アタシを1人の女と認めてくれた初めての男でもあるからな」
ジャンヌの目が点になる。
「・・・は?」
「今までの連中は、アタシが怖いから冷たいからって女扱いしなかった。女としてではなく、優秀な司令塔としてしか見なかった。だがコイツは違った。女は女として扱う。男は男として扱う。分け隔てなく接する。それが気に入った」
悠々と語るホークアイに、ジャンヌは言葉を失った。
呆れた。
完全に惚気じゃないか。
確かに共存共栄できれば平穏に暮らせるだろう。
だが、それだけはできない・・・っ!
「ふざけんな! 共存共栄だと!? そんなの、出来る訳ないだろ! 奴らは、アタシの両親を殺した! 兄弟を殺した! 友達を犯した! 日常を壊した! そんな連中に、くれてやるものなんか何も無い!!」
私は背を向けて走り出した。
「ジャンヌ!」
ホークアイの声が聞こえたが、そんなのに構ってられるほど、今のアタシの脳味噌は冷静じゃなかった。
廃ビルを飛び出して、雪景色を駆けていった。