第98話 自由な二人
「ぬっふっふ。我らがまさかここまで自由に行動出来るとは。のぉ? ソラよ」
「ふっふっふ、そうですねファラ。我らのマスターはかなり自由なようでとても楽しいです」
悪役のような怪しい笑みを浮かべつつ、自然豊かで、広々とした町を歩くのは聖霊の二人。
獣人と人間はあまり仲が良くないとされているが、そこまで毛嫌いしているようすもなく、彼女らの散策にはなんら問題がなかった。
二人は夕と別れた後、直ぐに外へと駆け出して、獣人界を歩き回る。聖霊は知識はあるものの、実際に外の世界を探検することは主の許可なしでは不可能だ。さらに人間界とは違う場所ということもあり、期待も高ぶっていた。
しばらく町を歩いていると、前方から酸味のある果実のような香りが漂い、二人の鼻腔をくすぐる。
「おっと! あれは何じゃろうか?」
「食べ物でしょうか? ぷるぷるしていますね……」
二人が指差すのは小さな屋台。そこに売っているものは、直方体でぷるぷるしているゼリーのようなピンク色の食べ物であった。
匂いに導かれ二人はゆっくりと近づいていく。
「いらっしゃい! 人間のお嬢さんたち!」
「う、うぬ。これって……どんな味なのじゃ?」
「ごくり……気になります」
二人の視線はプルプルな物に集中している。後ろの路地で馬車が通り、地面が揺れるとさらにそれがプルプルと揺れ、とても興味がそそられる。
「お嬢さんたち、このザリーが食べたことないのか? 口の中ですぐバラバラになるし、すぐにジューシーな果汁が口の中で広がってめちゃくちゃ上手いだぞ!」
「た、食べたいのじゃ……」
「ちょいちょい獣人さん、これはいくらで売っていますか?」
値段を聞いたが、彼女らに買えるだけのお金はない。そもそも入国許可は貰ったものの、ギルドカードなどは所持していないのだ。支払う手段も無いので、購入することは不可能である。
ただ、夕が服を取り戻せし、ここに連れてきて買ってもらうことは可能だ。
「おっ、お嬢さんたちこれを食べたいのかい? 一個あたり600Gだが、どうだ?」
「うぬ……残念ながらお金がないのじゃ……」
「しくしく……とても残念です……」
二人は おいおいと泣くふりをする。泣き真似はしたことが無かったものの、決して下手ではなかった。
「うーん……分かった! 300Gにしよう!」
二人はその言葉を聞くと泣き真似を辞め、その言葉を聞くと、こっそり互いに顔を見合わせ、アイコンタクトを取ると再び――
「わーんわーん。お 金 が な い のですー」
「うっ……うっ…… お 金 が な い のじゃぁぁ……」
泣き落としに出た。一瞬何も声を出さない状態が続き、かなり違和感があったが、二人の迫真の演技によってそれは誤魔化すことができた。
二人の息はぴったりであり、さらに相手は本当に泣いていると思い込み、困惑の表情を浮かべる。顔で泣きまねをしながら心の中で彼女たちは勝利を確信していた。
「そ、そんな泣かれてもなぁ……」
その時に、二人の後方から馬の嘶きが聞こえると、馬車が間近で止まる。そして二人の後ろにある馬車から誰かが降りると、こちらへ歩いてくる足音がする。軽く駆けているような早足だ。
二人は不審に思っていたが、泣き真似は続けていた。
「――店主、ワシがこの二人の分のザリーを買うとしよう。1200Gで良いのだな?」
「おお、助かった! 今回の彼女の必死さに免じて1000Gにしておこう」
「うぬ、買わせてもらおう」
「まいどありっ! ふぅ……」
店主は安堵の吐息をつくと、水の魔法が込められた石が入っている箱から、プルプルとしたものを袋につめて取り出す。二人は思いもよらぬところから助けが来たと察した。
(にやにや、ファラ、我らの演技がかなり上手くいったようですね)
(ぬっふっふ……我らに泣き真似を使わせれば怖いものなしじゃ! 今度は主殿にも使ってみようかの!)
馬車から出てきた虎の耳を持つ初老の獣人は、相変わらず泣き真似を続けている二人の肩をトントンと叩く。二人はこっそりとニヤけた後、直ぐに泣きの表情に戻し、叩かれた方向へ向く。
「ほら、お嬢さんたち。ソラちゃんと、ファラちゃんだったよね?」
「ぇぐっ……ありがとうなのじゃ……」
「ぐすん、感謝します。それよりなぜ名前を……?」
二人は袋に包まれているぷるんぷるんとしたザリーを受け取りつつ、質問する。彼女たちは黒髪であり、目立つと思っていたが、とりあえず質問することにした。
「ふっふっふ、それはね、君たちの戦いを見ていたからさ。おっと警戒しないでくれよ。まぁ詳しい話は馬車の中でしようか?」
「はむはむ……ほかの店にも連れていってくれるのですね?」
「ああ。勿論だとも」
「もぐもぐ……ならいこうかの? ソラ」
二人は幸せそうな表情をしながらザリーを口へ運ぶ。ザリーには精神安定、そして食べると多少の幸福感をもたらしてくれるのだ。のほほんとした表情で二人は初老の獣人に連れられて馬車の中へ入る。
「おお、高そうな馬車じゃな」
「もぐもぐ、王族の方ですか?」
二人は獣人の向かいに座るとザリーを頬張りながら満足げに話す。やはり顔はのほほんとしている。
「ふっふっふ、やはり分かるか。そうとも! 私こそが! 次世代の王となる者だ!」
馬車は出発してガラガラと揺れる。馬車の中で大きく叫んだ男性にはソラとファラの冷たい視線が突き刺さる。
凍えるような冷たい風が吹き荒れるような錯覚を覚えた彼はゆっくりと席に着いた。
こんな状況でも彼は何やら満足気なので聖霊たちは特にかける言葉はなかった。二人の今の状態はふわふわとしたものである。例えるならお酒を飲んで酔っ払ったようなものだ。
(なんかやばい人みたいじゃの、ソラよ)
(でも一応色々なものを買ってくれる人みたいですしいい人なのでしょう)
二人は包み紙を受け取ってくれるというので、とりあえず渡すと、さらにこの男性は二人を別の場所へ連れていくことを伝える。
「おっとそうだ。今から夕食を王宮で取ろうと思っているのだが、一緒にどうかな?」
「うぬ! お腹もすいてきた頃じゃし、出来れば頼みたいところじゃな!」
「ファラ、ホントにいいのですか? つい先程言ったことをずばっと撤回したい気分です。ちょっと怪しい人に思えてきましたよ?」
ソラはこの言葉を聞いてふわふわとしていた意識が一気に霧散する感覚を覚えた。まるでこの流れは誘拐犯である。
「なはは! 心配はないであろう!ここまでいい事をしてくれる獣人が悪い奴な訳が無い!」
「ふっふっふ……それならユウさんも誘っておいておこうか。勿論心配をする必要はないぞ?」
ファラは高笑いしながら馬車の外で流れる風景を見ている。完全にこの人を信用しきっているようだ。
彼女は笑い終え、ソラに振り向くと肩をつかみ説教をするように語り出した。
「ソラよ、お主は心配しすぎなのじゃ。それにな、ここまで我らに貢物をしてくれるのじゃ。こやつが悪い奴にみえるかの?」
「外見と言動からして怪しいです。ファラ、やはり行くべきではないかと」
「おー! あそこはなんじゃ?」
「おい、止まれ。……この店も食物が売っているぞ。見に行くか?」
「行くのじゃ!」
獣人の男性は御者に一声かけて馬車を止めると、先に降りることを伝える。それに従い二人は降りる。ファラの表情は非常に楽しそうだが、ソラの表情は曇っていた。
「いくぞ? 主殿にも土産を買っておこうかの。多分あやつの奢りなのじゃ。そう心配することもあるまい?」
「ですが……何故ここまであのお方は我らに優しくしてくれるのでしょうか? 何か別の目的が……」
ソラが言いかけたところでファラは手を取り店の中へて引っ張る。
「ソラは心配しすぎなのじゃ。もう少し気を楽に保て。いざとなったらいつでも主殿の元へ移動できるのだからな!」
「……確かに言われれば……そうですよね。いつでもマスターの元へ戻れるのですし、危険な状況でも恐らく切り抜けられるでしょう。ですが、信用しすぎるのは些か危険では?」
「そう言われればそうじゃが……まぁとりあえず店へ向かうとしよう!」
「っと……ファラ、ぐいぐい引っ張りすぎです」
ファラの酔いは未だに覚めていないらしい。とりあえず何事もなくこのまま食事会へと向かいたいと思ったソラであった。
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「流石に、お腹がすいたな」
いま部屋から出て、病衣のまま施設を観察しながら歩いている。ここがギルドであると気がついたのはしばらく経ってからであった。
この場所は五階建てであり、三階~五階までが病室になっているらしい。適当に歩き回っていて、吹き抜けから下にギルドの受付らしき場所が見えたので、このような結論になった。
「ギルドがあるなら……図書室もあるよな。暇つぶしになればいいが」
この場所は病院も兼ねているので、一階のギルドの受付に病衣でウロウロしていた人もいた。なのでこの服でも問題はないだろう。
歩いていると、たまに同じ患者さんが挨拶をしてくれる人もいる。俺は問題なく挨拶を返したと思うが、この世界に来てあちらから挨拶をされる、ということに慣れていないため、たじたじであったかもしれない。
患者さんはなんの敵意もなく挨拶をするので、この世界の優しさを知った気がする俺であった。
階段の場所を示すピクトグラムは勿論ないので、優しそうな獣人の患者さんに目的の場所の位置を聞いたところ、快く教えてくれた。教わった通り一階に降りて図書室へと向かっていると……少し気になる人を見かけた。
「っ!? レム……じゃないけど……似てるな」
ギルドでなにやら依頼を受けている獣人はよく見知った彼女と同じような銀髪で、なにより特徴的な九つの尻尾が目に焼き付きついた。背丈はぱっと見160cm程度でレムと比べて高めであり、獣耳も立派。顔つきからして明らかに年上である。
彼女とはレムと尻尾の形と数が共通しているので、もしかしたら出生についてやら、なぜ奴隷だったのやらどこか知ってる箇所があるかもしれないな。
周りの人々を見ると、銀髪の彼女に向けられる視線は恭敬や、尊崇という、信仰心にちかいものが向いている感じだ。ちょっと話しかけるのは気が引けるが、レムについて情報を知っているかも知れないし、ここは勇気を振り絞っていってみよう。
俺がレムについて知る意味があるのかと言われたらそこまでだが、もしかしたら誘拐されて奴隷になった、という流れも否定できない。彼女とその両親が無理に引き離されたという事があれば、きっと心のどこかで会いたがっているはずだ。
「あのー――ッ?!」
声をかけた瞬間、俺の真隣に柔らかそうな尻尾が振り下ろされ、砂埃と共に剛撃が解き放たれた。突然の事態なので全く動けなかった。
轟音が広めのこの空間内で反響し、砂埃が晴れれば、床には大きな傷跡が残っていた。
普通に振り下ろされるだけであったら、攻撃を体に受けつつ、もふもふとしていたところだが、この威力は流石にもふもふできるようなレベルではない。骨が折れるじゃ済まなそうである。
威嚇攻撃のつもりだったのか、鋭い目でこちらを睨みつけると、俺に背を向けたまま尻尾を戻し、何事も無かったかのように銀髪の彼女は扉の向こうへ去っていった。
……え、怖い。
「がっはっは! 人間のにぃちゃんよ! あいつは人間が大の苦手なんだよ。許してやってくれや」
「まぁ俺らも好かれてるとは言えないがな!」
「おいそんなこというんじゃねぇよ。哀しくなるだろうが」
「それにしても流石に入国ランク5だなにぃちゃん!あいつの攻撃を見切るなんてな!」
獣人たちは笑いながら酒を飲み干す。俺への暴言が飛んでくる思ったら珍しくも飛んでこなかった。逆に賞賛が飛んできたのでかなり意外である。召喚士嫌いはここではやはり無いと考えるのが妥当か? ……いや、俺が召喚士ということは誰にも知られていないのだがら嫌われることがないのか。
そんなことよりだ。なぜ俺は話しかけただけであったのに攻撃されなきゃいけなかったんだ? 相当な人間嫌いなのだろうか。それにしてはちょっと過激派な気もするが……
「なぁ、あの銀髪の人って何者なんだ? どうして俺を急に攻撃したんだ?」
「それはだな、結構長くなるから面倒くせぇんだよなぁ……。おっ! そうだなぁ……人間のあんちゃん、その情報を知りたきゃ俺と勝負しな!! 勝ったら教えてやることにしてやるよ!」
その瞬間、ギルド中から急に火がついたような勢いでざわつく。勝負って、また模擬戦だろうか? 体力は回復して1000を超えた程度だが、未だに魔力は回復できた分も8しかない
「おっと、勘違いするなよ? 俺と勝負するのは……これでだ!!」
そういって体格のいい目の前のクマ型の獣人の目の前にゴトン!と勢い良く置かれたのは……一升瓶である。それも三個ずつ。
「これの早飲みで勝負だ!」
「「オオオオオッ!」」
「いや……あの……」
俺は未成年だ。そして病み上がりである。なしてこの状況で――といっても、聞く耳を持たないだろう。
そもそも未成年にお酒を飲ませないなんて法律が、この国にあるのかも不明である。情報は欲しいが何とかしてして断らなければな。
未成年で破ったのは知り合いと見た大人なビデオだけであってな……誰しも男は通る道なのでノーカンである。この記録を塗り替える訳には行かない。
「あのだな、俺は――」
「人間のにぃちゃん。お前の外見と匂いは確かに年相応だ。だかな、この世にはそんなものを誤魔化す薬なんていくらでもあるんだぞ? 性別まで誤魔化すことだってできる。よって、兄ちゃんは実はおっさんであると俺は推理した!」
「「オオオオオッ!」」
「あと、ランク5何だから相当な熟練者だよな?」
俺がおっさん……だと?! 凄まじい勘違いだな。少し驚いたが、何より傷ついた。
観客は沸きに沸いている。先程まで感じなかった野生のオーラもあたりに充満している。なぜ情報を聞こうとしただけなのにこうなってしまったんだ……
どうしようか考えていると、隣に入国審査の審判官であるミーティが突然現れて、俺の肩を叩く。
「っと……なんだ?」
「大変盛り上がっているところ恐縮ですが、ユウ様に王宮への呼び出しがかかっています」
「……は?」
「ソラ様、ファラ様、そしてユウ様と我が国の大臣が食事を共にするため会食を設けたようです。どうしてそのような事態になったのかは不明です……それと、洗濯物終わりましたよ。はい、どうぞ」
「何やってんのあいつら」
何度も何度も心の中で《戻れ》と念じたが、聖霊たちは一向に戻って来なかった。
高覧感謝です♪