第96話 入国審査
なんとも派手な登場である。この世界の王族はこんな奴らばっかりなのだろうか。
「お、王様ぁぁぁぁ?!」
「がっはっは!! 愚弄の召喚士よ、会いたかったぞ」
「誰だよ……」
この世界の高貴な人たちはつくつぐ俺のイメージをぶち壊しに掛かってくる。人間界の王女だって踵落しで炎の龍を突き破るし、ここでの王様と呼ばれた人物はどこからとも無く空から落ちてきたのだ。
ぼうっとそんなことを考えていると、目の前の二人が慌てて会話をしている光景が目に入った。
「王様っ! どうしてこんな所に?!」
「決まっているだろう? 愚弄の召喚士と手合わせするためだ。こやつはあの闘技大会でよほど嫌われておったが――儂はこやつの実力はまだ隠していると見た。どうにも、召喚士は好まぬがな」
「しかし……」
「この我が治める国、ガレオラスのルールを忘れたか? 其の一、強者が弱者の盾となれ。其の二、弱点は強者を追い越す努力をせよ。其の三、王の命令は絶対。だぞ?」
三つ目のルール言い終えると風圧を発する程の凄まじいまで威圧感が発せられ、対面している俺でさえ背中にゾクリとした寒気が走る。
野性味を帯びたこの感覚は『この獲物は俺の物だ』とでもいいたげ雰囲気を持っており、ビリビリするほどの覇気があった。もともと、俺の実力を確認するメガネの判別官は、気圧されて思わず後ずさりして――
「王様、相手は人間です。全力を出すのはいけませんよ」
「ふむ! すまぬな! 代わりと言ってはなんだが、後で王宮に来い! 食事ぐらい振舞おう!」
「……はい」
威圧が解かれると、ライオンと大男が混じったような姿をした王様は笑いながら謝罪をした。
判別官役であるメガネの青年の顔色はあまり芳しくなく、猫背のまま俺の横を抜けていこうとする途中で、すれ違いざまに声をかけた。
「ナミカゼさん。あのお方は大変お強いので、怪我をしないようにお気をつけ下さい」
「……怪我しそうなんだけど」
(ほれほれ、勝たないと呼び方は変わんぞ? あ、る、じ、ど、の?)
(ふれふれー応援してますよ、マスター)
どうやら俺の中にいる聖霊たちは完全に俺の負けを確信しているようだ。ファラは煽ってくるし、ソラはいつもより増してセリフが棒読みである。
「がっはっは! そう緊張するな! これは模擬戦なのだからな!」
「模擬で済ませる気は無いよな?」
「……どうだかな!!」
「今の状態は?」
「獣の血が滾っておるわ!!」
完全に殺る気である。先程の出て行ったメガネの判別官が相手であったならある程度は戦えると思っていたが……この獣人界において国王と豪語するだけあり、恐らく最強のスペックを持ち合わせているだろう。
獣人の大半は魔法を使えないとの情報があるが、彼らはそれを補うべく凄まじい身体能力を持ち合わせている。 やはり、王様となればその度合いも桁違いだろう。何とか勝ちたいところなのだが……少し厳しそうだ。
ちなみに余談だが、今いる場所は獣人界とは呼ばれているものの、ここは主に獣人が暮らす国とエルフが暮らす国で別れて構成されている。
人間界の領土に押されている獣人界は、人間界よりも領土は狭く、環境も厳しい。そんな要因もあってか、二種族間で協定を結び、自然とともに生きることを決め、最近やっと安定の道をたどっているとのこと。
「がっはっは! 準備はいいか! 愚弄の召喚士よ!!」
「……現実逃避が終わってしまった。取り敢えず愚弄の召喚士ってのはほんとにやめてくれ」
(ぷぷぷ、マスターは考えるより先に言葉が出ていますよ)
(ちゅうになのじゃ……!主殿はちゅうになのじゃ……!)
ファラはツボにはまっているようで、俺の中で大爆笑している。その笑い声が声が漏れないかどうか心配なほどだ。ソラは相変わらずの棒読みである。
この二人は放っておいて、取り敢えず目の前の彼を観察しようか。
目の前の彼はぱっと見て50代前半、白髪が混ざった茶髪に、視線で獲物を仕留めることができそうなほど鋭い黄金の目。瞳は猫みたいだ。
体格はいわずもかなナイスボディで、二メートルを越えようという巨躯。
首周りにはライオンの特徴であるゴワゴワしてそうな鬣があり、頭上にはライオンのような耳がある。まんまライオンタイプの獣人のようだ。牙と爪には警戒しておこう。観察眼で分析しようとも、人間相手だと殆ど情報が読み取れないため、スキルはオフにしておく。
「さぁ! 来い召喚士!」
「じゃ――行くぞ」
身体能力を底上げする気功術と、空中を自由に駆け抜けることが出来るスキルである空中歩行を使い、低空飛行、なおかつ低姿勢で地面スレスレを跳ぶように接近する。因みに武器は殺傷の可能性があるので禁止である。
相手は獣人なので、魔法は使えないし、見るからに彼は四肢以外武器はない。さっさと決めて帰りたいところだ。
「ぬっ?!」
俺の動きに驚いたのか、はたまた空中を歩くことに驚いたのかは分からないが、ライオン男の目が見開かれた。
様子見も兼ねて、俺は正面から行く――と、見せかけて後ろにすぐさま回り込み、空中で勢いを付けた蹴りを叩き込む。
「ふっ!」
気合いの声と共に空気が破裂するような音が響いたが――俺の蹴りは肉球のようなものがある大きな掌により簡単に止められてしまっていた。
自分なりに結構な手応えのある不意打ちなつもりだが、後ろにいる俺の攻撃を、見向きもせずに片手で止めてしまうとはな。
「流石だ愚弄の召喚士、人間で空中を駆けるものを見たのはお前が二人目だ。やはり闘技は全力でなかったようだな」
「……っ!」
振り向き、こちらを見る視線に危機感を感じたため、受け止められた足をすぐさま戻し、肉球を壁に代わりにして蹴り飛ばし、その反動を生かして後ろに下がった――
「こっちだぞ!」
つもりだったが、着地した途端に後から声が聞こえてきた。気配もなく、足音もなかったのに、いつの間にかライオン男は超スピードで回り込んでいたのだ。体格や外見に見合わずまるで暗殺者のような立ち回りである。
「おっと」
「ぬぅぅうん!!」
空を突き抜けるかのように思いっきりジャンプをして、大樹のような太い腕をしならせながら放たれた裏拳をギリギリで回避する。
その宙を切った剛拳が止められると、衝撃波により地面が大きくめくれ上がり、爆散する。
「手を振るだけであれかよ危ねぇ……あんなの食らったら確実に体潰れるっての」
「空中だからといって安全だとは限らないぞッ!!」
ライオン男は真っ直ぐであるものの、姿が霞むほどのスピードで空中にいる俺に向かってくる。レムも大きくなったらこんな化物じみた動きをするのだろうか。
「ッ!? 随分なジャンプ力だが――」
ロケットのように真っ直ぐ突っ込んでくる頭突きを避けるため、空中で少し左に移動して、真上に向かって飛んでいくであろうライオンを予測して掌底を叩きこむ準備をしていた。
――が中断せざるをえない事態が起こる。
空に向けて上昇するライオンは口元を歪めると、突然空中で進行方向を切り替えたのだ。真っ直ぐに飛んでいたのにも関わらず、次は斜め方向に上昇し、俺の反撃を分かっていたかのような立ち回りを見せる。まさか、相手も空中歩行のスキルを持ってるのか?!
「っは! 空を駆けることが出来るのはお主だけだと思わないことだな!」
「ちっ……」
彼は気功術を纏っている俺よりも圧倒的にスピードが上であり、筋力も当然あちらの方が上だ。地味にチクチクと攻めていくしかないようだ。
再び方向を切り替えて、空をジグザグに登るように突進してくるライオンは、深い笑みを浮かべており、再び何かスキルを使ってきそうな気配だ。
回避しても追いつかれるのは目に見えているので、あえてこちらが相手の間合いに入り、それを崩すことによって隙を作ることにする。
スピードの乗ったライオンの拳は、真っ直ぐ俺の頭を狙ってきているだろう。自由落下で回避出来そうだが、その途中で蹴りがきたら回避不能、体力と俺の体と魂は吹き飛ぶ。
そんな中、俺はある手段をとることに決める。
「ぬっ?!」
「――っし!」
巨大な拳は数瞬前まで俺の頭があった場所を貫く。相手は空中で体の制御が可能なことから、一撃目を左右どちらに避けても彼はすぐに体勢を整えて蹴りが来るであると考えた。なのですれ違いざまに背中を超えるという手段を選んだのだ。彼の攻撃が完全に空振りしているのを確認した後、空きの身体に向けて手刀を作り、灰色の光を纏う。
「滅閃っ!!」
少し思い出せば、レオが俺達を一気に全員吹き飛ばす瞬間、腕に金色の光を纏っていたのが一瞬だけ確認できた。もしやと思ったが、武芸はその対応する武器がなくても発動は可能らしい。たとえ素手でもだ。
だから、俺は素手で滅閃を放つことが出来た。
「ぬぅっ!!」
「くらいなっ!」
振り向きざまに防御をしたかったようだが少し遅い。がら空きの背中に向けて、思いっきり手刀を振るう。
強い手応えとその反動による痛みが同時に感じられる。
「ぐぅぉっ!?」
思いの外滅閃の効果は高かったようでライオンを大きく吹き飛ばし、空中に登った彼は地面へと落ちていった。
しかし、武芸を使い慣れていないこととあってか、凄まじい反動が俺の右手を襲う。
「ぐっ……?!」
見よう見まねでは帰ってくる衝撃を受け流せず、片手は折れたと感じてしまう程の激痛が走り、全く動かなくなってしまう。正確には痛くて動かしたくないだけだが。
スキルの多重使用は体に大きな負担が掛かるため、砂埃が巻き上がっているライオンがいる場所を尻目に地面へ着地し、次の対応を考えていたその瞬間。
「ぁ……!?」
凄まじいまでの嘔吐感、凄まじい速度で振り回されているような強い目眩が突如襲いかかぅてきた。これは初めて魔法纏を使用した時と似ている感覚であった。
(主殿! この症状は武芸の使いすぎじゃ!)
(マスター、ぱぱっと戦闘を中止してください!)
「そんなこと、言ったってな。武芸は全然使ってないつもりだったんだが……」
流石にここまで唐突な体の異変はおかしすぎる。不思議に思いステータスを覗いてみると、
―――――――――――――――――――――――――――
レベル152 クラス 召喚士
状態異常 魔力超低速回復、体力減少による悪影響
HP(体力) 23/6500
MP(魔力) 3/17500
―――――――――――――――――――――――――――
明らかにおかしい、俺は一撃も食らっていないはずだが、体力が極端に減っている。武芸の使い過ぎってことは――
「武芸って、魔力と同じように体力を消費するもんなのかよ……!?」
ぐるぐるした視界の中、砂埃が晴れてライオンが立ち上がっているのが見えた。
「がっはっは……流石だ愚弄の召喚士。儂にここまで重い一撃を与えるとは……さて、そろそろ儂も本気でやらんとな」
ライオンは軽々と立ち上がると、次の瞬間には力を溜めているように声を漏らす。いつもの俺だったら魔法などを放つのだが、魔力も体力もない今は打つ手がない。
「《獅子解放》」
ライオンがその言葉を放った瞬間、異常なまでの風が吹き荒れる。思わず吹き飛びそうになるが目眩でぐるぐるな体を必死で抑える。
(主殿! 我らを召喚するのじゃ!)
(あれは危険な匂いぷんぷんです。さぁお早く!)
ここで召喚したら勝負事はどうなるのか、と僅かばかり俺は考えてしまった。その判断ミスが命取りになってしまい、目の前で捉えていたライオン男は掻き消えて、視界は早送りと考えてしまうくらいに激しく流れていく。俺の体を蹴られたと気がついた時には既にステータスの体力がゼロになっていた。
「これ……どうなる……んだろうな」
遠くの方でライオンが ガォォォッ! と叫ぶ声が何度も俺の中で反芻し、必死で俺を呼ぶ聖霊二人の声に押され意識を手放す。今日だけで何回気絶すればいいんだよ……俺は……
~~~~~~
アルト、レム、そしてシーナを安全な場所へ届けた後、オレは転移石を使って機会の都に戻った。体の怪我が酷いこともあり、周りの人を驚かせた。
現在、療養中である。逃げ出したいのだが。
「だーかーらー、おじさん半端なく強い奴に出会ったわけよ! 倒してないってのは嘘で、倒したからいい加減ここから開放してくれよお嬢さん!」
「貴方はそれでも一つ星でしょう? そんな貴方が魘されるほどの強い魔物がこの付近にいるとなれば勇者様に頼るしかありません。嘘を付いているか付いていないかは私の耳がしっかりと教えてくれますから、嘘はつかないでくださいね」
やべぇ……しでかしてしまった。
あの化物じみた聖霊によって、オレがやられたなんて口を滑らせたせいで……この街の周りに魔物がいると勘違いさせてしまっている。
オレがズタボロでギルド本部に来ちゃったのも間違いだが、素早く治るのはここが一番であったので、ほぼ無意識に来てしまった。
「ドリュード君、今の話、本当ですね?」
くちゃくちゃと音を立てながら何かを咀嚼しているのはここで二番目に偉いとされる副ギルドマスターである。背は俺より低く、紫髪の紫色の瞳、そしてかなりの非道であり、知り合いであっても簡単に蹴落とし、見殺しにする。
総ギルドマスターが最近ずっと不在であるので、全ギルドでいまはコイツが一番偉いということだ。なぜこいつが副ギルドマスターに慣れたのかは未だに謎に包まれている。彼のせいでどれだけの人間が犠牲になったのかは見当もつかない。
「ドリュード、聞いているのか? 聞けないなら無理やり聞けるるようにしてやってもいいんだぞ?」
「すみません、ちょっと考え事をしてたもので……」
「まぁ、いいか。それで今の話は本当なんだね?」
副ギルマスは看護師であるエルフの尻に触れながらオレに問う。
彼はギルドメンバーのことは完全に道具としか思っていないし、使えなければ切り捨てる男だ。
しかし誰も彼には逆らえない。
何故逆らえないかというと、二つ星の冒険者が彼の後ろに付いているからだ。明らかに俺より実力が上の者で、それは都市一つ分は滅ぼせる実力を持つと考えられている。
その上のランクである、三つ星は勇者サンガの一人しかこの世に存在していない。また、今、サンガは副ギルマスの伝令を受け、遠方の地へと赴いているので、現在彼には逆らえるものは誰一人といない。
「ええ。本当です。そのおかげで、ナミカゼ ユウは行方不明です」
「ほうほう……ナミカゼ ユウ ってちょっとおかしな召喚士だったよね。ランクFにも関わらずあんなに強いなんてね。彼女より他の召喚士が目立っていたらいずれ潰されるとは思っていたけど、やっぱり彼女にやられたかー。んで、あのアルトとかいう娘はまだ手に入らないの?」
「申し訳ありません! 未だに捕まらなくて……」
「んー君も失敗したし、やっぱり二つ星のアレに頼んだほうがいいよね」
不満足げな表情を浮かべる副ギルマスは、世界各地で色々危険な薬物、魔道具を取引しているようで、冒険者の憧れであるギルド本部は、色々と汚れきってしまっているのだ。
「まぁ慌てずじっとり落としていこうかな? そーゆーの好きだし……ね」
「了解、しました」
「んじゃドリュード君、彼女と相談するから、君も一緒に来てくれないかな?」
「お、オレがですか? ちょっといま怪我で……」
「別に断ってもいいけど……あの子。どうなるんだろうね?」
彼は、オレの弱点を握ってからずっとこれだ。これがなければギルドなんてとっくに抜けている。
だからオレは奴隷のようにコイツについていかなくて行けない。
「……すぐ準備します」
「早くしなよ?」
ユウがこの状況を壊してくれる。なんて思ったこともあったが、既に生存していることも怪しい今。これからはやはり、いつも通り一人でどうにかしないといけないのだ。
『救いたければ、救えばいいじゃないか?それ以外のことは考えずにな』
そんな言葉を、着替えながら思い出した。オレにそんなことが出来るわけねぇだろうが……
ご高覧感謝です♪