第94話 創造者から召喚士へ
「ユウの気配が……消え……た?」
「魔力供給もぷつりと……消えました」
「ちょっと不味いかもしれぬが……主殿の命令はしっかりと伝わっているはずじゃぞ。ソラ、足を止めるでないっ!」
渡された命令を遂行しろと言葉を放つファラもかなり焦った表情をしており、突然の異常事態に困惑ぎみな雰囲気を作る。
しかし、ソラは足を止めてしまい、夕がいた方向へ振り向き、絶望的な表情を浮かべる。
一番精神的なショックが大きかったのは――アルトであった。
「っ! ねぇ……降ろしてよ。ねぇっ、早く降ろしてよッ!!」
「おいおいっ、嬢ちゃん! 落ち着けって!」
「アルト、落ち着きなさい。ユウナミは必ず戻ってきます。あなたもそれを一番わかっているでしょう? ――ソラさん、でしたか? 早く道案内をお願いします」
シーナは冷静にその場を収めようとするが、額には汗を浮かべていた。夕の気配遮断は仲間だけには感知できるように設定していたのだが、彼女たちは彼の気配を微塵も掴み取ることは適わなかった。
「離して……ってばッ!!」
「ま、待て!落ち着くのじゃ!」
彼女は必死の形相を作り、暴れて背中から降ろされる。 満身創痍であるのでフラフラであっても夕の走りだそうとしたが、二歩目でバランスを崩して地面に倒れ込んでしまった。
無理に体を魔法で強化したこともあり、肉体は既に限界に到達しているため、まるで思い通りに動かなくなっていた。
「っ……ぇ……ねぇ、僕の足……はやく動いてよ……ねぇ……!」
「アルト、落ち着きなさい。もう一度言いますよ、ユウナミは絶対に戻ってきます。いまはここから脱出するのが優先です」
「ああもう時間がねぇってのにこのガキは! ちょっと眠ってろ!」
ドリュードは内ポケットから片手サイズの箱をとりだし、その中に入っている薬を無理やりアルトに口に押し込む。突然の行動であったため思わず薬は飲み込んでしまい、動きは途端に鈍くなる。
「僕が……ユウを、助けなきゃ……助け、な、きゃ……」
「……アルトに何を飲ませたんですか? 内容によればあなたの命を刈り取りますよ」
「いや、恐らく大丈夫じゃ。それは睡眠薬であろう?」
「その通りだ。さっさとここから出なきゃあいつが折角稼いでくれた時間も無駄になる。とっとといくぞ!」
ドリュードは塔がもう長くは持たないと考え、アルトを無理に止めることに決めたのだ。揺れも以前より激しくなっており、瓦礫も大きいものが上から落ちてきている。
「っ……ソラ、行くぞ!」
「……わかり……ました」
ファラがアルトを背負うと、再び走り出す。ソラも続いて走り出すが、進める足は凄まじく重そうなようすであった。
~~~~~~
だんだんと意識がはっきりしてくる。俺はどうなったんだっけか。 また死んだのか? 未だに視界は真っ暗である。
「あー。あー。声は……でるな」
というわけで死んでいないはず。死んでから二度目の暗黒浮遊空間である。まさか死に戻りとかじゃないよな? 聖霊たちとのリベンジマッチなんてやってられないんだが。
「んでいまは――魔法は使用不可能で、俺といえば仰向けに浮かんでるんだろう、な」
「――さて、お久しぶりです、言うべきでしょうか?」
「ん」
相変わらず視界は黒一色。しかし聞こえるのは女性の声。そしてコツコツ、と硬い床をハイヒールのような靴で歩いて俺に向かって近づいてくる。視界が役に立たないということもあり、怖い気持ちもある。
「誰だ?」
「名前を名乗るときは……どっちからでしょうね?」
「いや、こっち真っ暗なんだが……よくわからんお前に敵意はないから、どうにかしてくれないか?」
「ふふふ、それはできませんよ? ねぇ? 夕さん?」
「なんか……聞いたことある声だな」
なにより夕という発音があまりにも自然であった。アルトたちはこの世界の住人だからか、どうにも完全なイントネーションではないのだ。女神の加護で翻訳魔法があるらしいが、それは流石に守備範囲外ということだろう。
声の主を少しだけ考えてみれば、思い当たる節が一つだけあった。
紅茶をこぼし、俺を殺してこの世界に送り出した存在。そんな奴は一人しかいない。
「シャーリン?」
「うふふ……正解です。お久しぶりですね 夕さん!」
「お、おう。久しぶりだな、顔は全く見えないけど」
そういえば昔、彼女とは試練を終えた後にこんなことを言われた気がする。
『貴方は貴方。私は私。完全に無関係になります』と、離婚する雰囲気のまま決別したような記憶がある。これだけでは本当に離婚文書だが。
「ええ、まぁ言ってたんですけど……そうも出来ない事態になりました」
まさかあっちから干渉してくるとは思わなかったな。
シャーリンは少し真面目な声になり、ゆっくりと語り出した。
「夕さん? 今まで大切に、その首にかけられたネックレスを持っていてくれましたよね? そのネックレスは一生に三回だけ、私のとの会話を可能にします。……夕さんの異世界生活は邪魔しないように、そして干渉しないようにしていたのですが――そうもいかなくなりました」
「……あの黒ローブが原因か?」
「早いですね。その通りです」
塔から脱出しようと急いでいる時に、ボロボロの黒ローブを纏った影が俺にダイレクトアタックをしてきたのだ。魂を抜かれるような感覚もあったし、結果的には気絶してしまったので、むしろ原因はそれしかないだろう。
「すーっ……はぁぁ……素直に申し上げます。貴方に与えたはずの創造魔法が二つ、盗まれました」
「……それってやばいんじゃ」
その言葉を聞いた途端、冷や汗が吹き出す。
物理創造なんて世界の破壊がかなり低コストで使用可能なチート魔法だ。
見て、構造を把握すれば創造できるのだから。
惑星を見て、観察眼のようなスキルを使って構造を把握すれば、この世界に惑星を無数にぶつけることも可能であるほど、ぶっ壊れた魔法であるのだ。
「この世界にまつわることについてはお話出来ませんが、この世界での先代魔王、ソプラノ=サタンニアは奪ったのではなく、魔法自体を壊し、自らの力で転移魔法を読み取り、作り上げたのです。ビデオレコーダーを壊して構造を把握し、ゼロから創り出したといえばわかりやすいでしょうか」
「……なんじゃそのスペック」
先代魔王……ソプラノ=サタンニアと呼ばれる人物もかなりぶっ壊れているようだ。それにしても、この世界の住民なのだから、先ほど言ったことと矛盾して、かなり世界にまつわる事を話しているのではないだろうか?
「ソプラノ=サタンニアは輪廻システムに反している、いわばゲームでいうバグのようなものです。私の世界の住民ではありません。こちらもこちらで極めて尽力しているのですが……何分死を超えた相手です。想像以上の難敵です」
驚きの自体である。輪廻システムというのがあることですら驚きだが、彼女はバグとして存在しているらしい。リューグオのいる洞窟出会い、対面した時の感覚でいえばチート通り越してバグレベルだった覚えもあるが。
「話を戻します」
「創造魔法が取られたってことだよな?」
「はい、かなり、不味いです。夕さんなら世界を崩壊させないということを信じてその魔法を託しました。しかし、盗られたとなれば話は別です」
「随分大きい爆弾を持たされたもんだな」
「なので、夕さん。この世界から創造魔法を消させていただきます。これはもう議会で決定したことなので、否定はできないのでご了承下さい」
「……そうか」
俺の価値を全て放り出してしまうような事態であるのに、どうにもスムーズに納得してしまう自分がいた。あまりにも大きな力に、俺は無意識的に恐れていたのかもしれない。
心の中は喪失感でいっぱいであったが、抵抗しようにも意味が無いことくらい俺だってわかる。なにせ相手は神なのだから。
「――その代わりといってはなんですが、魔法破壊耐性のスキルを女神の加護に含めておきます。もう魔法は取られないように、盗難体制もつけておきますね」
「なんか通販みたいだな」
苦笑を浮べていると、一筋の光が俺の体を貫いた。痛みは全くなく、胸に向けてライトを照らされているような感覚である。
魔法が盗まるなら、スキルは大丈夫なのだろうか。
ソプラノとかいうバグスペックな者ならやりかねない気がしてならない。
「スキルは盗まれませんよ。スキルとは、その人の経験の塊が昇華した結晶です。経験を盗むなんてことは不可能なんです。私があげた能力創造は、体にその経験を無理矢理詰め込む魔法なのですよ。そもそも、この世界では、幾度の経験、そして戦闘によって自身の中でなにかが変わることにより、スキルというものが初めて体の中で創り出されます。空き とはのびしろと考えてもらって結構です」
「かなりチートな魔法だったんだな」
例えるなら 勉強をしていないのに魔法により勉強をしたことにする。いわば知識補完である。なかなか凄まじい魔法だったのだ。
「それでですね、魔法破壊耐性を与える条件としては、元魔王の討伐、又は元魔王の消失に手を貸していただけることが条件です。あれを放置しておけば大変な事になるのは分かりますし」
「手を貸すだけでいいのか?」
「えっと、討伐してもらうのは夕さんにお任せっきりですけど……」
「……だよな。まぁどっちにしろあいつには用があるし、その依頼は受けよう」
創造魔法が無くなるのはあまりにも痛いが、その代わりが手に入らない方がもっと痛い。依頼というがほぼ選択肢は一択だ。
――だが、正直なところ、彼女に対して勝利する光景がまるで見いだせないのだ。これから強くなることを考慮しても、全くもって思い浮かべられない。
「ありがとうございます。元魔王に関してはできる限りアシストしますので、宜しくお願いします」
「そうだ。最後に聞きたいことがあるんだが……あの黒ローブは、今回の件に関係があるのか?」
黒ローブが盗ったのは変わりはない。魔法を盗る魔法があるならその情報に関してもいくつか欲しいところだ。
「それは……分かりません……私も全てを知っているわけではないので……すみません」
「そんなもんか」
すると急に体がふわっと浮く感覚が身を包んだ。時間切れのようだ。
「そろそろお時間のようです。久しぶりでしたのにこんな事で申し訳ありません。貴重な一度を消費してしまいましたが……ソプラノを宜しくお願いします」
返事をする日まもなく、暗い視界から白くて眩しい空間に一気に移り変わっていくため、思わず目を瞑る。
思わず、ため息が漏れた。
「今日一日のあいだに色々ありすぎるだろ……俺この後どうなるんだ? あのまま気絶してたら……まぁ死んでるよな……崩落途中の建物のど真ん中だもんな」
そんな疑問を抱きながら眩しい光に飲み込まれ、意識を手放そうとした途端――
「?!」
バシャーン! と、冷たい水が頭にかけられたような感覚。頭にかけられたのに、全身の筋肉が凍えてしまうほど冷たいものであった。いや、実際に掛けられたのだろう。
「う……ぐっ……冷てぇ」
「おお! 起きたぞ!」
「ばしゃんと掛けるのが一番なようですね。おはようございますマスター。無事であると信じていました」
「……ソラと、ファラ……か。生きてるのか、俺は」
どうやら生き埋め天国行きは回避したようだ。土の中にいる状態はほんとにやめて欲しかったので少しだけ安心する。
「主殿、どうしてこんなところにいるのじゃ? 心配したぞ?」
「こんなところ……って、ほんとにどこだここは」
辺りを見回せば空には太陽、後方には海、足元は砂浜、目の前には原生林である。無人島かよここ。
「ここは、我々がいた場所からビューンと飛んでもまだかり離れた場所にある場所です。まぁ人間界ではない別の国なのですけど」
「恐らく主殿はあの黒いぼろローブと戦ってその余波であの塔から落ちたのじゃろ。あそこの周りは海であったしな。良くもまぁ骨の一つも折らずに生き延びれたものじゃな」
「皆は?」
これが何よりも気になることである。俺はかなりドキドキしながら二人に聞く。
「しっかり全員無事です。マスターの時間稼ぎのおかげですね。皆さんベースキャンプにて回復中です」
「ドリュードというやつは転移石を使って安全な場所にて回復に向かっておる。魔王の事を広めるつもりはないようじゃな。乙女の直感だが」
「そうか……よかった」
皆が無事ならそれでいいのだ。ドリュードがアルトの真の姿を見たときはその情報を広めないかと心配だったが、今のところは大丈夫のようだ。
「……そういえばお前ら、どうやってこんな無人島まできたんだ?」
周りには船となるものも見当たらない。綺麗な海がキラキラと輝いている。
「ぬっふっふ……いつでも主の場所へ転移できる特権が我々聖霊にはあるのじゃよ!」
「きらーん、凄いでしょう」
成程、レオというやつも逃げる時には主人の元へ転移したということか。相当便利な能力である。
「起こしてくれて助かったよ。ありがとな」
「ふふん、礼には及ばんぞ」
「どや顔とはこの時に決めるものなんですね、マスターの世界は面白い事だらけです」
それで思い出した。コイツらはやたら俺の世界の色々を知っている。ということは俺が転生者ということも分かっているのか……?
「主殿のことは一通り理解しておるぞ?」
「マスターの所持しているいくつもの情報をこそっと覗かせてもらいました。謎の障壁があって完全には理解出来なかったのですが……色々面白かったですよ」
「因みにじゃが想具とは――」
「おい、お前ら、こんなところで何をしている?!」
気配探知を使っていなかったので感知が出来なかった。ふと気がつけば探知スキルだけではなく、観察眼、足音消去だけではなく、障壁でさえ、常時使っていたスキルが全てをオフになっていた。気絶したら使い直さなくてはいけないのだろうか。
原生林から出てきたのは、どこかで見たことあるようなガタイのいい体つきに、愛らしい虎柄の獣耳、そして、エルフと一緒にいるコイツは……
「しょ……召喚士だと?!」
「っ!?」
「誰だっけ」
「マスター、ガッシリとした方は闘技大会でいたリオンですよ」
「もう片方はエメラというエルフじゃな。なぜ我々が主殿の記憶を補完しとるんじゃろうか……」
完全に忘れていたつもりだったが、実際に見たことがない聖霊達が覚えているとは……記憶がシェアされているのだろうな。それができる。そう聖霊ならね。
複雑な気分でいながらも、俺は目の前の異世界感あふれるエルフと獣人のコンビを肴に、背後の原生林をしばらく見つめていた。
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ステータス
名前 波風 夕
レベル 152
クラス 召喚士
状態異常 魔力超低速回復
年齢 18
性別 男
所持魔法
天雷 レベル4
転移魔法 レベル2
火属性魔法 レベル4
水属性魔法 レベル4
土属性魔法 レベル4
風属性魔法 レベル5
聖属性魔法 レベル3
闇属性魔法 レベル6
無属性魔法 レベル4
磁力魔法 レベル1
状態解除 レベル1
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ご高覧感謝です♪