第93話 脱出?
「ちっ……魔法が使えないせいで、やっぱり帰りの魔法陣も起動しないか……」
レオと戦ったこの部屋は下の階から転送されて入ってきたのだ。魔法陣が使えなければ自ら歩いて出ていくしかないのだが、ここの出入口はワープ機能だけであるらしく、魔法が封じられた現在では転送が不可能らしい。
転移石も使用できない手の込みようには頭が下がる。
「主殿、出口がないなら床を壊せばよかろう?」
「この塔は魔法陣がなくてもある程度までは下へ辿り付ける仕組みになっています。ばこーんとこの階層を壊せば出口へ向かえるでしょう」
「っておいおい……今から気がついたけど、お前は聖霊と契約したのかよ……」
ドリュードが唖然としているがいまはそんなことを気にしている場合ではない。やはり結局のところ、力で押し通る作戦が一番のようだな。
「崩落寸前で聞くのもなんだが、一応この場所はお前らの住処だったんだろ? 壊しちゃっていいのか? 」
「気にしてくれるとは……主殿は以外と優しいのじゃな」
「ここは、我々が無理矢理に押し込められた場所。いわば、牢獄のようなものです。ばんばん壊してください」
俺の心配は杞憂だったようだな。ここから出たら聞きたいことは山ほどある。なんとしても皆無事で抜け出さなければ。
気功術と魔法纏の火属性を使い、脚部に力を集中する。煙の影響もあってか、既に魔法纏が切れてしまいそうだ。
「っ!!」
短い吐息と共に、床を踏み砕く要領で脚を全力で床に打ち付ける。魔法が封じられたこの場所で、火炎を放つことは出来ないが、エネルギーを利用することは可能である。
ズドドォォ! と拳の衝撃波で爆音と砂埃が舞い、亀裂は俺を中心として走っている。もう崩落寸前である。
「うぬ、もうこれで十分であろう。」
「どうやら加護の反映も既に完了しているようですね」
「加護?」
「おい、これって完全にお前も塔を壊してるよな!?」
ドリュードがツッコミを入れた途端、ビキビキと床の亀裂がスピードを上げてさらに大きくなる。今すぐ崩れるであろう未来は誰の目にも分かることだろう。
「多分今から落ちるぞ。かなりの量の煙を吸ったから風魔法どころか、全ての魔法は使用不能だ。魔法纏でさえもう切れかけてる。そこのところを理解してくれよ」
「嘘だろ?!」
彼の驚きの声と同時に床がバラバラと鼓膜が破けそうなほど大きな音を立てて崩れ始めた。俺は空中歩行があるので何とか対処は可能だし、聖霊たちは二人なのでしっかりアルトを護送してくれるだろう。シーナの命運はドリュードの動きにかかっている。助けの手を伸ばしたいが、背中にはレムもいるので過度な行動はできない。
俺たちは風圧に押されながら重力に従い落ちていく。この内蔵が浮く感覚は最近経験した気がするけど、やはり慣れない。
「ああクソっ! なんでお前らはっ! 俺だって一つ星だぞっ!」
心配であったドリュードは、落下しながらも落下最中の瓦礫に飛び乗ったりしていて、完全に体制を整えていた。まるで忍者である。正直彼も人間卒業していると思う。
「ちょっと高いな」
落ち始めてからおおよそ六秒。まだ地面は見えない。転移魔法の偉大さが良く分かる。
空から落ちる時とは違って地面が見えない怖さがある。そんな中、聖霊である二人は――
「ふっふっふ……ついに此処から脱出か! 主殿が体験した洞窟からの出発の時の開放感とはこのような感じなのじゃな!」
「ごうごうと向かってくるしている風が心地いいです。シャバの空気はうまいぜ とはこのことを言うのですね。納得です」
「っ?! お前ら……っなんでそのことを知って」
「おっと主殿。地面が見えてきたぞ」
ぐんぐんと近づいてくる地面がとてつもなく怖い。風魔法は使えないので尚更である。
女神様の試練を乗り越えたとはいえ、頭から落ちれば流石に即死は免れない。
体制を切り替えつつ、足を下にして空中歩行を発動し、重力に逆らうようにゆっくりと落下速度を下げていく。
聖霊たちも同じように減速していく。まるで空中歩行のスキルを所持しているかのようだ。まさかとは思うが俺のスキルをコピーしたり出来るのだろうか?
俺たちはゆっくりと着地すると、ドリュードも落ちゆく 瓦礫からタイミングよぬ飛び降りて、カッコ良く着地。
後ろの瓦礫が地面にぶつかり壊れる光景は、まるでドリュードがヒーローのポーズを決めたようである。後ろで謎の爆発が起こるあれだ。
「ふぅ……ってうわっと! あぶねぇ!」
彼は一息つきたかったようだが、瓦礫は未だに降り注いでくる。ドリュードは紙一重で大きな瓦礫から逃れたが、背中にいるシーナに掠めてないか少し心配だ。
「走るぞ。しっかりついてきてくれ」
「ほら、速く足を動かしてください」
「なっ?! お前起きてたのかよっ?」
シーナはやっと目が覚めたようだ。いつもの淡々とした口調であり、少し安心出来る。
「あれほど揺れれば普通は起きます。それと貴方。私のお尻を触りましたね?」
「いやそれは不可抗力な?!」
「悪いが後にしてくれ。だいぶ塔もやばくなってきた。シーナはもう少しそいつの背中でゆっくりしてくれ。まだ回復魔法が十分に使えてなかったからな」
「……了解です」
少し不満げだったが、再びドリュードの背中へ顔を埋める。彼女のなんだかんだ言って彼の事を認めてくれたようだ。
「主殿! こっちじゃ!」
「多数の魔物の気配がします。びんびん感じます」
「戦闘はできる限り無視してここを突破する流れで頼む」
「僕、もう歩けるよっ。離してよ!」
いくら魔王とはいえ、この重傷で魔物が横行する場所を歩かせるのはかなり危険である。
魔物のレベルも高い敵が多いので俺は断ろうとしたが、かわりにソラとファラが伝えてくれた。こいつらは俺が考えている事が分かるのか?
「駄目じゃ。主殿の命令なのじゃ」
「のんのんです。貴方もマスターの気持ちを分かっているのなら大人しくしているべきです」
「……分かったよ。もうっ」
何やらアルトが諦めが早いのは気になるが、今はそれどころではない。早くここから脱出しなくてはな。
俺が前線をきり、螺旋階段を駆け下りるとそれに続き聖霊、ドリュードが同じスピードで飛ばし飛ばしに降りていく。
ペース走のようなものと考えた方がいいかとしれない。俺がペースを作っていかなくては。
なかなかのスピードで駆け下りると、再び迷宮が目に入った。ここで迷宮とは……
「ここは我らに任せるのじゃ」
「我らが道をスパッと導きましょう」
ソラとファラが俺たちがスピードを上げ、迷宮に入っていく。それに続いて俺達も入っていった。
迷宮は一番最初に攻略したより難易度は極端に上がっており、くねくねとした曲がり道が二倍近く増えている。
しかし、彼女らは答えを知っているのか、一つも道を間違えずに突き進んでいく。
「到着なのじゃっ――!?」
「魔物が、わんさかいますッ!!」
迷宮の出口に着いたかと思えば、目の前にはおおよそ数百体の魔物。全員が俺たちの脱出遮るかのように待ち構えていた。数百体も魔物がここで待機するというのはありえないのだが――
「ぐっはははは!! 逃さねぇぞ!! レオ様の命令だ!ここは俺の魔物達がお前らの邪魔をするように命令してある! やれ! 魔物ども!」
『グルォォォッ!!』
般若の面を被った男が、鞭を振りかざしながら俺たちへと魔物を突撃させる。あいつはこの場所がもうすぐどうなるのか分かってないのか?
「……ここでエンカウントかよ」
「やるしか無さそうだな!」
「やりませんよ。普通に突破してください」
「えっまじで?!」
「ああ。時間が無いもんでな。邪魔な奴は蹴りとばすなりなんなり好きにすればいい。どっちにしろ早くここから抜け出なければ全滅だ」
小太りの男は鞭を地面に叩きつけると、ゴブリンのような初心者向けの魔物から、気体のような体をもつ幽霊系の魔物が襲いかかってくる。
どうやら魔物を指示できるクラスのようだ。
「無理に突破するぞ。無理なら置いてく」
勿論実際には置いていくつもりはない。だが、こうすればドリュードのモチベーションはぐんと上がるはずだ。
「はっ……少年、誰に口を聞いてるんだ? オレは元だが一つ星だぞ? そんなもん……余裕だな!」
扱いやすくて助かるものだ。俺たちは突進してくる魔物を超えて、向かいの階段に向けて、“空中”を走る。
「おらおらッ! 邪魔邪魔ッ!!」
ドリュードは空中歩行が出来ないものの、魔物を踏み台にしつつ、上を駆け抜けるという荒業を使い、それを維持する。
本当に彼は忍者なのではないだろうか。パルクールなんでレベルでは無い。
「なっ……貴様らっ?!」
「邪魔ァっ!」
ドリュードは俺たちと同時に鞭を持っている男の元までたどり着き、そのまま流れるようにドリュードは飛び蹴りを叩き込んだ。
ボゴォッ! と蹴りつける音が、塔が崩れる音の中でやけに鮮明に聞こえた。
衝撃により鞭を落とした彼はすごいスピードで飛んでいき、壁に突き刺さる。
主人が壁に突き刺さったこともあり、驚きを隠せない魔物たちは慌て始め、俺たちへの攻撃はほぼ無くなった。
「ふっははは!」
「貴方。私も乗っているのですよ? 少しは考えるということをしてくれませんかね?」
「いででで! 髪は引っ張るなよ!!」
調子に乗っているドリュードにシーナがお灸を据える。やはり仲がいい。昔殺しあっていたとは思えないな。それほどギルドとおうものは何が何だかよく分からない。
さらに奥の階段を駆け降りていく俺達。魔法は未だに使えない。と、長い階段を降りるとついに見たことある光景が写る。最初に転送された場所である迷宮のど真ん中に俺達はたどり着いた。後もう少しだ。
だが、再び人の気配。しかもなかなか強そうだ。
「くッくック……」
「おおっと、こいつは……」
「この気配はっ……」
「「悪魔憑……!?」」
「ユウ! あいつは危ない! 戦わない方がいいよ!」
目の前にいる小さな黒フードの敵であろう者は、明らかに他の魔物とは違う、危険な匂いがする。聖霊達が悪魔憑がこの忙しい状況では何がなんだか分からないが、名前からして怪しい雰囲気だ。
アルトでさえ危険と判断する黒フードの魔物、もしくは人間は、迷宮の本当の出口の目の前に佇んでいるので、邪魔なこと極まりない。
無視して向かいたいが、確実に誰かに襲いかかってくるだろう。こんな所で足を止めるわけにはいかないのだ。
「転移魔法……っまだダメかよ。ちょっとだけ俺が時間を稼ぐから皆は先に行っててくれ。俺がアイツを受け持つ」
「そこまで強い相手なのですか? なにやら怪しい雰囲気なのは分かりますが……私の精霊さんと似たような気配を感じます」
「ユウ! なら僕が!」
「ソラ、レムを頼む。アルト、ただの時間稼ぎだ。潰すわけじゃない。だから信じて待っていてくれ」
「で、でも……」
「びしっと了解しました。」
「んじゃ……頼むぜ少年!!」
その言葉を耳にし、目を覚まさないレムをソラに預けたその瞬間、俺は速度を上げて黒いローブを纏った小さな影に猛襲する。
俺は刀を取り出して気功術を身に纏ったが、それを見た瞬間に、ゴブリンのような小さな敵は「ケけケ!」と不気味で大きな笑い声を上げながらまっすぐ俺に飛びかかってくる。
「遅せぇッ!」
「ギゃ!?」
どうやらコイツはほかの者には興味が無いらしく、俺だけしか狙ってきていない。
スピードを乗せた蹴りで一撃であった。――手応えはごく薄かったが。
皆はもう迷宮から出て行ったため、俺はこのまま逃げ去るだけ――
「な――!?」
「ケけぇエッ!!」
完全に一体だと思っていた敵は、二体だった。まるで気配を掴めないその影に俺は足を掴まれてしまい、顔面から転んでしまう。
「離れろっ……?!」
「ガギャァァ!!」
掴まれた右脚を振り払おうとを手に持つ刀を強く握り締め突き刺そうとして――俺の抵抗はそこで終わってしまった。
「うぐっ……!?」
二体目はなんらかの魔法を発動した。それはわかる。それにより俺の体が大きく脈打ち、とてつもなく大きなものが根こそぎ取られていく感覚に満たされる。
「キャャャャャ!」
黒フードは俺の足を掴んだまま振り回し、放り投げられた。
なかなかのスピードで飛んでいったため、壁には大きなクレーターが出来て、俺は背中からの衝撃で胃の中のモノを全部吐き出してしまいそうな大きなダメージを受ける。
「ぐぁっ………」
意識が朦朧としてきてしまった。あの時に体が脈打ったころかどこもかしこも力が出ない。魔法は全て使えない。だが何かまだ方法はあるはず――
「ギャ」
一体目であろぅ小さな影が手が俺の頭に触れると、本当に全て抜けきってしまったように瞼が重くなる。もう何も聞こえない。何も感じない。
(ああ、これはやばいかもな)
焦りとも、受け入れともいい難い気持ちが俺の意識をさらに闇へと突き落とした。
ご高覧感謝です♪