第91話 最後の試練(2)
「「《電磁撃》」」
「くそっ……二回もまともに食らえばほんとに死ぬっての――」
体の自由が思い通りにきかないこの状況であると、動いても転ぶだけであり、自らから隙を作るだけである。よって変に動く体を無理矢理に動かし、魔法纏の土属性を使用する。
障壁のスキルは雷撃対して効果は有るのか無いのか分からないが、取り敢えず重ねがけしておく。
体には栗色の閃光が覆うように現れ、俺ができる最高の防壁が貼ることはできた――が。
「この防御力であっても、ビリビリくるのかよ……ッ!」
最初の直撃ほどダメージは大きくなかったが、身動きが取れず、目を強くつぶってしまうほどの苦痛が走り回る。
目をつぶりつつも気配探知で相手の動きを確認し、更には彼女たちの使う魔法について考察してみる。
「く、ぅぅ……っ」
彼女たちの使っている魔法はおそらく磁力に関する魔法だ。突然手に持っている武具が凄まじく重くなったことと、磁石に引き寄せられるような感覚を体全体で味わったのが主な理由だ。
そして、この電撃はその磁力を利用したものであろう。
間違っている考察かもしれないが、どちらにせよ逆転の手口はまだ見えない。彼女たちはお互いに距離を保ちながら電撃を放ち、俺といえば、魔法の引力によって体が自由に動かせていないのもまた事実だ。
彼女たちは互いに付かず離れずの距離を開けながらも雷撃を中止し、こちらへと向けて走り出してくる。
かなりの速度で迫ってきているため、魔法纏を解いて回避することは不可能だ。なら……っ
「《天雷》!」
いつもの三倍ほど重みを感じながらも腕を振り上げて差し出し、二人のチームワークを分かつことを意識して雷の魔法を放つ。
――が、しかし、彼女たちは驚いたようすもなく、まるで割り箸のように綺麗に二つへ分かれ、真ん中に飛んできた雷撃を躱す。できうる限り最速ではなったが、重みのある俺の挙動でバレてしまっているのだろうか。
「なっ――」
彼女たちは更に加速する。俺を狙う蜂のごとく彼女らは高速で動き周り、数秒かけてやっと片方に目が追いついたかと思えば、俺の真後ろに敵の気配が感じられる。
動かせる限りの最高速で後ろを振り向けば、そこには真っ黒なサイドテールを靡かせながら回し蹴りの動作を既に終えている人の姿が目に写った。
「がっ……はっ!?」
障壁が壊れる音と共に、蹴り込められた破壊力が俺の背中で爆発を起こす。移動速度と相まって、人外な威力であった。
背中に蹴りを受けて、成すすべもなく数メートル吹っ飛んだその先には――
「――ぁ」
再び、黒いサイドテールが視界の端に映る。もう片方が先回りしていたってことか……よ
「がふっ」
どこか息と気が抜けた声と共に、俺の体は更に倍加した速度で吹き飛ばされたのだろう。
しかも、重力が何倍にもなっているこの空間でだ。まるで尖ったコンクリート塊を、鳩尾に投げられたような苦痛が身体中を支配して――
「かはっ!?」
壁にぶつかって、それは別の痛みによってかき消された。意識が朦朧としていたが、苦しみが俺を落とさずとする。そして、目の前からは眩しさを増した青白い雷。
だめだ。これだけは、回避しろ。動け、動けッ!!
「ぐ、ぁぁっ!!」
ベットへと飛び込むような、無様で決死の回避はなんとか成功。バチリバチリと耳に残る音がすぐ側で弾ける。
このまま寝ていたいが――そんなことが許されるはずもない。これは戦いだ。負けたら、死ぬ。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
重みの増した体を気合だけで引っ張りあげ、やっとの事立ち上がる。が、この間に攻撃が来なかったのも、また理由があったようで、
「《磁砲》」
「《引力変化》」
圧倒されそうな魔力の波を感じると共に、相変わらず無表情で二つの魔法が放たれる。キリリとした方は光すら飲み込むほど真っ黒な球体を作り出し、もう一方のぼんやりとした方はフィールドに掛けられていた引力の方向を変えたようだ。
キリリの方が作り出した漆黒の大玉は全く動かないが、この場の引力の方向があ大玉に変更させられたことが分かった。
先程は下への引力が強かったが、現在は黒い球体が周りのものを吸い込んでいくが如く、それを中心として引力が発生していた。現在の俺の状態を例えるなら、ブラックホールに吸い込まれる宇宙ゴミだ。
「あの球体に俺を取り込もうって、のかよっ!」
土の魔法纏は雷を受けた時から解けている。再びその魔法纏を発動したとしても、ただ吸い込まれるだけなのは目に見えている。
場しのぎとばかりに、俺は土魔法で足を床と一緒に覆って固定しつつ、アイテムボックスと化した召喚用の魔法陣から刀を抜き出し、キリリとした方に向けて投擲する。
目の前の二人は魔力の操作に集中しているようで、これ以上の反撃はしてこないが――
「そりゃ、そうなるよな……っ」
俺の期待としては刀は真っ直ぐに進み、相手に致命傷を与えてくれると思っていたのだが、予想は外れる。吹っ飛ぶベクトルは、プロ野球選手の顔が真っ青になりそうなほど、意味の分からないカーブを見せ、そのまま黒い球体に飲み込まれていった。
飲み込まれてしまった刀はぐにゃりと曲がり、どんどん押しつぶされ、消えていく。まるで粉砕機のようで、背中にゾクリとした寒気が走る。人間があそこに触れたら――なんて想像は、したくない。
「くっ……」
さらに引力は強まり、土属性の足を固定する魔法も限界が近い。あと数秒持つかどうかだ。ここから先はどうすればいい? どうすればあの球体に触れずに済む?
「……」
視線を必死で巡らせると、相当息の荒い二人が必死に魔法の維持に集中しているのが視界に入った。先程から受けている引力の強大さは変わりばえないが、ほんの少しずつ弱くなっているような気もする。本当に気のせいかと思うくらい微弱な差異だが。
「……まて、よ」
もし、彼女らは長い間ここに首輪をつけられて封じられていたのなら、相当な魔力を生きているだけで消費していたのかもしれない。
そうなればやたら強力な魔法で俺を仕留めようとするのも納得できる。
なら、耐えてみるか?
「――っぶね」
そう思った矢先、バキリ! と嫌な音を上げて片方の足の固定が破壊されてしまい、バランスが崩れて危うく飲み込まれそうになってしまった。現在は片足に残っている土属性の魔法ににひたすら魔力を注ぎ、補強をしているのだが――どうにも引力の方が勝っているらしく、耐える時間は無さそうである。
「くっ……焦らず考えろ、俺」
今現在使える手段を再確認。物質創造。鍾乳石を使っても何を使っても、あの球体に吸い込まれるだろう。あまりに極大過ぎるものを創造しても、コントロールが効かず、自滅することさえあるのだ。
しかも、その極大な攻撃でさえ、あのブラックホールならぬブラックボールに飲み込まれるかもしれないのだ。
なら、魔法創造はどうだろうか。――いや、駄目だ。足場が持たない。補強が途切れてしまえば、おそらく数秒と経たず固定魔法が壊れてしまうだろう。
もし創るものがあったとしても、問題なのはこの足場が持たないことだ。
同じく七属性魔法は不可能だ。なぜなら今は土魔法を全開で発動しており、それでやっと俺は生きることが出来ているのだ。もしほかの属性を使おうとするのならば、補強が間に合わず足場が壊れ、俺の体はクシャクシャになってしまうだろう。
なら残る手段は魔法纏……か。唯一戦闘の中で試したことがない雷属性を使用するのが、現在もっともこの危機を脱するのに有力である。
しかし、この属性の魔法纏を使うと、体にデメリットが発生する。それは、先程受けたような電撃の痺れが常に体中を走り回るのだ。あまりの激痛に以前訓練していた時の魔法纏は二秒ほどしか継続が出来なかったが。
「これ、しかないよなっ……上手く行ってくれよ。魔法纏《雷》!」
土魔法の魔力供給が途切れ、凄まじい引力が体を引っ張り、足を固定していたものがすぐさま壊れる。そして雷属性の魔法纏は――成功した。俺が泣きそうな程にビリビリとした痺れと苦痛の嵐が体中を荒し回るので、かなり辛い。引力は相変わらずだが、何故かこの引力の空間から突破できそうな気がする。
「くっ……思いっきり、走る――ぅっ!?」
吸い込まれるわけにはいかないので、黒い球体を作っている彼女に向け、全力で走り出した――つもりだった。
「「?!」」
戦い始めてからずっと無表情であった二人の顔が驚きで染まる。が俺にも確認する余裕はなかった。
自分自身が走った速度があまりにも速すぎてコントロールが効かずにそのまま体当たりする形になってしまったのだ。
理解出来ない速度で片方の聖霊は俺の進行方向へ吹き飛んでいき、予期していない体当たりは俺自身にもダメージが返ってくる。
「ぐあっ……?!速過ぎるだろっ?」
体制を崩し、一歩二歩と後ろへと下がりながら体制を崩してしまう。しかし、反撃は来なかった。
黒い球体は消えた。そして、謎の引力空間も――消えた。隣の女の子は何がなんだか分からなくて唖然としているが、唖然としたいのはこちらも同じなのだ。
「こ、の……速さなら……引力にはっ、負け……ないなぁッ!!」
「っ!《反射》!」
俺は纏っている苦しみを体から追い出すように、体内に内包した雷を解き放つ。すると、いつも以上の魔力を含んだ白い電撃が大量に放出され、それらは真っ直ぐに隣の敵の元へ向かっていく。
バチバチとした音が空間中に広がり、白い光が埋め尽くす。反射の魔法で雷がいくらか返ってきたが、気にするほどの威力はなかった。むしろ今現在纏っている雷の痛みの方が大きい。
数秒も経てば、相手の反射の魔法を超えて、俺の雷が相手の体へと届き、苦しみの声が耳に届く。
この体から電気を解き放つ攻撃は、威力はかなり上がっているものの、消費する魔力も凄まじく上がっている。
よって、魔力の減るスピードは通常より何倍も早いので早く仕留めなければ、こちらの魔力が尽きてしまうのだ。ここからは、短期決戦だ。
「後ろ、だなッ!!」
「《大衝撃》」
俺の体当たりによって吹っ飛ばされた片方が戻ってきて、彼女は慣性に従って、飛びながら手を広げで衝撃波を放つ魔法を使用する。
そこで咄嗟に思いついた俺の対処方法は――回避するのではなく逆に立ち向かうことだった。今のスピードは正直言ってコントロールが出来ない。だが、まっすぐ突っ込むことは可能なのだ。
「あぁぁッ!!」
俺がとった手段は衝撃波の嵐を真正面から突っ切るという強行突破だ。俺の身にはダメージが来るだろうが、一方が動けない今、仕留めるチャンスはここだけだ。
「な――」
凄まじい磁場の波を抜けきると、俺の体も服もぼろぼろになってしまったが、雷光の速度は未だ衰えていない。――決める。ここで、決めるッ!!
「雷槌ぃぃぃっ!!」
「……まさかこれほどまでとはっ!」
更に魔力を右手に込めて俺は発勁の構えを取り、貫く。この構えをとったのは……無意識だ。
ズドォォォォン!と自身の耳を劈くほど大きな音が巻き起こり、それはこの場所へ雷が落ちたような爆音であった。そして手応えも……バッチリだ。
雷槌とは発勁の構えをとり、天雷のように面ではなく、線にしてただ一人に攻撃を与える手段だ。
激しく吹っ飛んだ相手は相手はぷすぷすと黒い煙を上げながら抵抗なく落ちていき、そして俺の体も無様に落ちて、――あれ?
「身体が全く……動かない」
ドサッと落ちる音が二つ。片方は俺である。立ち上がりたいのに、腕が全く動かない。足に関しては凄まじい痛みで足の指一つ動かすのですら躊躇う程だ。
「これって……詰みか?」
「いたたた……もし私達に魔力があったらなら最初から余裕でぼっこぼっこですよ……いたたた……」
「ぷはぁー! お主もっと手加減せんか! 試練じゃぞ?! 殺し合いではないのだぞ?!」
完全に仕留めたと思っていたのにこいつらは平気で立ち上がる。勿論俺は倒すつもりで俺は向かっていったのだが――こいつらはまだ余裕そうである。
「こんな状況でしたが、ばったりしてしまいましたね」
「うぬ、やられたの」
「…………」
「まさかこの人もびりびりを使いこなせるとは……どうなっているのでしょうか」
「あの速さは我らでも追い越せぬな。なはは」
二人は顔を見合わせると互いに歩いていき、着いた先は俺の前だ。凛々しく二人揃って立つと、腕を組み結果を言い放つ。
「ユウ ナミカゼ! 合格じゃ!!」
「我らの試練をよくぞ耐え抜きました。ほめほめです」
「……は?」
彼女たちの突然の元気の良さに頭が追いつかない。かなり全力で戦っていたが、これは試練だったのか? た
そもそもクリア条件ってなんなんだ?
「質問はあるじゃろうが、とりあえず我らを戒めるこの首輪から開放して欲しいのじゃ」
「我らは意識をこの首輪に持っていかれないように常に魔法を発動していたのです。……が、あなたとの戦闘で残りの魔力はスッカラカンですよ。このままではせっかく貴方の為に維持していた意識が無くなってしまいます」
「というわけで早々と契約の義を行いたんじゃが……っていつまで横になっておる?」
「……いや、指しか動かないんだが」
「「……は?」」
~~~~~~
激しい閃光に塗りつぶされた後、みんなが吹き飛んでいくのが見えた。ドリュードも防御したみたいだけど、正直何が起こっているのかが分からない。
「はっ……みん、な……」
「おや? まだ生きていましたか。流石は魔界の王。丈夫ですね」
「はぁ……はぁ……」
体に力が入らない。久しぶりに魔力切れを起こしちゃったかも。何年ぶりだろうなこれ。
ここに来てから僕はどこか油断してたみたいで、魔力管理が甘かった。もう、コンダクターを使える魔力も残っていない。そして、ほかの魔法も総じて消費する魔力が高いから、本当にあと数回しか使えない。
相手に掛けていたヴィローチェも完全に効果は切れたし、ほんとにちょっと、不味いかも……ね。
「ですが……私はまだ、力の三割も出していませんよ?」
こいつは僕でさえ理解出来ないような速度で一瞬で僕の元へ移動し、無理やり頭を掴んで持ち上げられて、そのまま――
「ぐっは……っ」
声にならない声と、肺の中にあった空気が彼の蹴りによって無理やり押し出させられた。僕はさらに吹っ飛んでそのまま壁へ激突した、と、思う。
「クフフフフフ……いい声をあげますね。もっと、鳴いてみますか?」
「まだ……まだ……だよっ……」
剣を杖変わりにしつつ、立ち上がり、僕はそのまま残り魔力を気にせず、最も効果のある魔法を自分にかける。ここで……やられっぱなしでは……魔王としての名が廃るッ!
「《コン・トゥッタ・ラ・フォルツァ》……!!」
一度だけユウに見せたことがあるこの強化魔法。武芸ではないから、魔力もかなり消費する。だけども、ユウも頑張ってるんだ……僕がこんなところで折れるわけにはっ……
「はぁぁ……しつこい女は嫌われますよ? もっど私は貴方みたいなのが一番嫌いですが」
「ふ、ふふ……僕が、そんなの気にすると思う……? ダサい、金、髪さん?」
「……もう終わりにして差し上げましょう」
怒気と殺意をたっぷり含んだ視線を僕にぶつけて、彼はメガネを押し上げる。こちらも迎撃しようとし――
「あ、れ」
せっかく掛けた強化魔法が霧散して、体全体に十倍近くの重力が一気にかかる感覚に襲われる。重さに負けて――倒れかける。
「あ、れ……足が……動か、ない?」
「クフ……強化魔法の使いすぎですね。習いたての魔法を使い過ぎた子供によく見られるケースですね」
「そん……な……」
カランカランと刃が落ちる音を耳にしながら、僕は完全に倒れてしまった。
このまま地面に沈んでしまいそうな体の重さ、だるさ、そして色々な所からの痛み。刀も重過ぎて落としてしまった。ああ、なんで、なんで、動かない、の?
「クフフ、完全に詰み、ですね。魔王様」
「ま、だ……ぼ、くは……戦え、る……」
「いい加減、諦めてくださいね」
気がつけば、光の玉が沢山飛んでくる。僕は全く動くことが出来ない。
目の前で爆発が巻き起こって、それは僕を飲み込み、破壊は僕を巻き込んでいく。声を出せることもなく軽々と吹っ飛ばさせられた。
「あ、ぐ、ぁ……っ」
「おやおや、まだ生きていますか。殺すつもりでやったのですがね」
目の前が滲んで見えない。あは、は……今度ばかりは、もうダメかも。
コツコツと金色の死神は僕に向け、手に魔力を貯めながらゆっくりと近づいてくる。
「これで決めます。遺言はありますか?」
「そんなもの……ない……ぼくは……まだ……」
頭を過ぎるのはただ一人、ナミカゼ ユウ。
僕は結局、伝えることすら――
「では、さよな――」
「「電磁撃!!」」
来ると思っていた閃光は来ない。その代わりに来たのは――電撃がバチりとはねる音。
「ユ……ウ……だ……」
「――しやがって全く……アルト、遅くなって本当にごめんな。今コイツを片付けるからよ」
「全く……一人で試練を超え、契約してくるとは……恐れ入りますよ」
「おい、ソラ、ファラ、あいつを片付けろ。俺はアルトと皆に回復魔法急いでかけなくちゃならないからな」
「了解した、主殿!」
「了解しました。マスター」
「あはは……ユウ……しっかりと助けに来てくれたんだね……」
女神様は、魔族にも、等しいんだね。
ご高覧感謝です♪