第87話 試練その1
「おや? こんなところで偶然ですね。ただ今戻りました。ユウナミ、アルト」
「あれ……? ゆうとあると……いるの?」
凄まじく音程の外した歌を歌いながらこちらに話しかけてきたのはシーナ。それもレムを両目を塞ぎつつである。何をしてるんだろう。
「しーな……っ、手をどけて、下さい」
「はいどうぞ。何かの声の様な音ががぼそぼそと聞こえますが気にしないでくださいね」
シーナはレムの両眼から手を離す。彼女はいつもの狐化状態に戻っており、九つの尻尾がフリフリと目の前で動いている。戦闘するのにはやはり戻った方が戦いやすいと考えるのが妥当か。
「えっと、シーナ? レムの目を塞いで、なおかつ叫びながら歩くってどういうこと?」
「アルト、あれは叫び声じゃなくて歌声です。私、歌には自信があるんですよ。――それはさておき、この迷宮には人をこの場所へ誘導する仕組みが作られてたようですね。貴方達はそういう耐性がないため、誘導されているのだと思いましたが――そのとおりだったようですね」
「……え、そうなの……?」
シーナは催眠誘導に気がついていたらしい。精神操作無効がスキルにあったから効かないのだろう。随分有能な技能である。俺も早くレベルをあげてスキルの空きを作らなければ。
「ゆう……! ワタシ……がんばって倒したよ……!」
レムが珍しくアルトではなく、俺に近づいて嬉しそうに報告する。その様子が凄く可愛くて、俺の手が意識とは関係なく動く。
「よく頑張ったな。シーナもナイスファイトだ。ありがとな」
シーナは無表情のまま、コクりと頷く。若干頬が染まっているのは恥ずかしいからだろう。
そして俺の手の動く先はレムの頭である。気がついた時には彼女の気持ちが良さそうな表情が目の前にある。――精神操作がまだ残っているのだろうか。いい加減俺の手が勝手に動いているとしか思えない。
「ふふ……あると、ワタシがんばったよ。ほめて……?」
レムは満足したのか俺から離れると、アルトの所へ とたとた と走っていく。そして彼女も当たり前のようにぎゅうっと抱きしめて、べた褒めする。二人とも幸せそうだ。
先程の険悪な雰囲気があっという間に幸せな空間に変わったその時、俺に話しかけたのはドリュードだ。
「あ、あのだなちょっといいか?」
「ん? なんだよ? 礼ならもういいぞ」
「いや、この雰囲気に乗じてこっそり壁が動いているのが見えたんだが……あれは魔物か?」
ドリュードが俺に耳打ちした内容はとても信じられないものだったが、俺は観察眼をドリュードが壁が動いた先に向け発動する。と――
「!?」
思わず驚いてしまった。完全に地面から天井へピッタリと張りついていた壁自体が、音を立てずに、尚且つ滑らかに動いているのだ。この状況は例えにくいが、例えるなら家の壁がそのままの姿でスケートリンクを走っているような光景だ。
あちらからすれば俺たちが気がついていることに気がつかないのだろうが。
「なんかさ、笑えるよな」
「そればかりは同意だな」
レムたちを横目でちらっと見ると、いつの間にかシーナも抱擁に混ざっている。無表情だが口元が若干緩んでいる。
あのオーラさえあれば世界から戦争が無くなりそうだ。
「さて……少年、あいつを叩けば道が開けるのか?」
「多分な」
俺たちが言うあいつとは、壁を動かしている魔物である。大きさは三メートル程で大蛇のような姿をしていた。体に纏う光を屈折させて透明化が出来るらしい――が、壁の移動を相当急いでいるらしく、屈折する光の加減が甘くなっていた。傍から見ると空間が歪んでいるような違和感がある。
壁を動かす際には壁へ突撃し、頭から壁に入り、中から壁そのものを動かしているらしいな。
「今度は少年の指示に従う。お前らの力の限界はおじさんの想像がつかないからな……」
「ならさっさと動くか。蛇が壁に突撃した瞬間に行動開始だ。多分慌ててるし、冷静な状態じゃないはず。俺が惹きつけるから確実に仕留めてくれ」
「了解したよっ」
アルトたちには気付かれないように終わりたいところである。なにせ、今のところ俺たち男勢は悲しいぐらい攻略に関して役立っていないからな。
そして、蛇が壁に……入った!
大蛇が入った壁に向け全速力で近づき、殴る拳だけに範囲をとどめ、覆うように魔法纏を使う。
今回使う魔法纏は炎だ。一番破壊力が高そうだからね。
拳を握り締め、その場を起点に相当熱そうな炎が宿る。熱気は伝わるものの不思議と熱くない。どこか暖かい炎だ。
「このッ!」
気合いの息を放つと同時に、炎の拳を全力で打ち付ける。
凄まじい炸裂音があたりに響き渡り、衝撃波も同時にあたりに吹き荒れた。どうやら、魔物が中に入っている壁を破壊できたようだ。アルトたちは突然の事態に目を丸くしている。
「――?!」
大蛇は既に吹き飛ばされており、衝撃波によるダメージで、透明化は解けて身体は空中へ舞っている。チャンスだ。
「しっかり仕留めろよ」
「分かってるよっ!《二閃》」
ドリュードも空中へとジャンプし、大きな蛇に狙いを定め剣モードと変えた魔道具で大きく二回切り込む。
鰻を二等分するかのように鋭い斬閃が二つ走ると、力を失った蛇は二つ音を立てて落ちる。完璧に仕留めてくれたようだ。
「ふぅぅ……これでいいか少年」
「十分だ。さんきゅな」
ドリュードに軽く礼を述べてから俺は蛇の亡骸の元へと移動する。礼を言い放った時にとてつもなく驚いていたが、それは俺たちが彼における扱いが酷いものだからだろう。俺は助かったことにはもちろん礼を言うさ。よほど嫌いな奴じゃない限り……な。
「食えそうか?」
「食うのかよ。取り敢えず素材にはなるだろうからコイツの死体ごと回収しておこう。これでシーナの装備も整うだろ」
「っ!ユウナミ。コイツの素材を私にもくれるんですか?」
「今回はレムも世話になったからな。一応お礼だ」
「しーなには……お世話になってます……」
「なら僕もご褒美欲しいー!」
現実世界ではこんなに女の子に囲まれることなかったよな。俺は幸せ者なのだろうと考えていたらドリュードが急に俺に肩を回してきた。
「少年。おじさんも頑張ったんだからさ? ちょっとお願いごとを――」
「俺の貸しを全部返してからな?まぁ今回は一つぐらい返したと認めてやってもいいが」
「少年達って……俺に痛烈だよな」
「何を今更」
もともとコイツは俺達に学園で襲いかかってきたのだ。その状況を踏まえているのだからこのくらいが適当であろう。まだ完全に信用しきったわけじゃないしな。
「あっ! ユウ! 見て!」
アルトが指を指す方向は今まで壁になっていた場所であり、徐々にその壁が透けて、そして透明になって、消えていったのだ。目の前の壁が消えるなんてファンタジーの世界ならではだよな。
ふと気がついたが、もしかしたらこの蛇もどきを倒すのが条件でここまで誘導していたのかも知れないな。尤も、あのイライラした状況で見つけろっていうのも無理な話だが。
「壁がなくなっていきますね。奥には魔法陣が見えます。やはりあの大蛇がここの番人だったようですね」
普通ダンジョンでは十階層ごとに番人という、これ以上先には進ませまいと立ちふさがる魔物がいるらしい。それに番人の魔物はどれも珍しい能力を持っているため、倒すのが一筋縄では行かないと学校で習った記憶がある。
勿論のことながら、番人の強さはダンジョンの難易度にも影響される。魔法書があるダンジョンは何階層あるか分からないが少なくとも番人とは二回以上戦うことになるのだろう。
だが、ここで疑問がある。
「番人って十階層毎にいるものじゃないのか?」
甚だ疑問である。そもそも魔物がそのような暗黙のルールを守っているのだろうか。
「それはね、ユウ。ここが高ーい場所にあるからだよ?外に出てみたらわかると思うけどね。実際ここ空気薄いんだよー」
「そういわれれば……」
「えっ、お前気がつかなかったの?!」
空気が薄い時の対策は、ある程度までなら魔力をいつもよりも高速で体内循環させることでどうにかなるらしい。学園が始まる前にいたあるダンジョン、レムの装備を作った亀の魔物がいた場所で実証済みである。なので俺達は空気が薄くても特に問題は無いのだ。流石に空気がなければまずい事になるが。
「恐らくですが、あの精霊さん達が私達をできるだけ高い場所に移動させてくれたのでしょう。感謝しなければいけませんね」
シーナは精霊に対する意識が高い。このようすだと彼女の特技である悪魔憑は精霊ではなく悪魔の技能である、ということをそのまま伝えても、恐らく信じないだろう。実際精霊と干渉できるのは召喚士だけらしいし。
「さーて、行こうぜ少年。精霊を助けるために来たんだろ?」
「手を離せ。そもそもそんなために来たんじゃない。俺は俺の目的のために来たんだよ。精霊の異変を解くのはその次だ」
「……結構カッコイイこと言ったつもりだったから間違えたのすごい恥ずかしいんだが」
すこしだけ頬を赤く染めているドリュードを無視して俺は次の魔法陣の中へと足を進める。相変わらず魔法陣に書いてあることは意味不明である。
魔方陣に向かって俺たちは歩いていく。途中ドリュードがシーナに向けて真面目な表情で謝っていたのが見えたが、シーナはつーんとしたままであった。何かの会話をしていたのは分かるが、ぼそぼそ声で聞こえなかった。
奥へと着くと魔力が満ち溢れている魔法陣があった。大きくて、五メートル弱はある。
「この魔法陣どこかでみたような……」
「あると、どうしたの……?」
アルトは何やら真剣な表情をして魔法陣を観察している。どこかで見たことあるようだが、思い出せないらしい。魔法陣にそこまで特徴があるように思えないし、仕方ないとは思うが。
俺が足を踏み入れた途端、突然魔法陣が黄金に輝き出す。肌に感じる魔力反応が凄まじいため、一気に最上階まで向かうかもしれない。
「おおっとこりゃすげぇな」
「やっぱりどこかの本で読んだような……」
「っと転送する魔法のようですねとりあえず皆さんに呼吸を安定させる魔法をかけておきます」
「しーな……ありがとう……」
「っておじさんまでかけてくれるのね……案外優しい――」
「これ以上話すなら魔法を解きます」
「すんませんでしたー!」
案外シーナも彼に対して柔らかくなったようだ。先程シーナとドリュードが会話していてギルドの命令という言葉が関係しているらしいが、やはり俺にはトップランカーのことは分からない。こんな俺は最低ランクのFである。冒険者成り立てと変わらない扱いを受けても仕方ない。
すると黄金の魔法陣から激しい光が発せられ、俺達は光に包まれる。そして、凄まじいまでの高速で移動する際にかかるGらしきものが身体に降りかかる。
「っ?!」
「おっとと……」
「おもい……っ!」
「くっ……これは」
「……相当上がってるねぇ」
例えるならエレベーターがものすごいスピードで上に上がっていく感覚が一番しっくり来るだろう。思わず地面に片膝をつきそうになるが、ドリュードが耐えてるので負けじと俺も必死で耐える。
女の子でこの凄まじいGに耐えられたのはアルトだけであった。流石魔王なだけはある。
光が収まると、そこは明らかに暗くなった空間。外はもう夜だ。
足元には転生して初めて出会った異世界アイテム、仄かな光を放つ光石と呼ばれるモノがあったので光源はある。
魔法陣からの光が収まり、目がなれてくるとこの空間の全貌が明らかになる。
この場所はRPGゲームでいうボス戦闘の広場だ。無駄に広くとってある空間である。戦えと指定されてもおかしくはないぐらい広いうえ、何も無い。この広さにはいい予感がしない。
そして奥にはかなり長そうな螺旋階段。恐らくこの階段を登れば頂上だろう。そんな雰囲気が漂っている。
「少年……ここは経験上やばそうな予感がするぞ。空気もかなり薄い」
シーナの魔法である程度は保っていられるが、恐らくここの空気の濃度は亀と戦った場所と同じぐらい薄い上に、気温は低く寒気が走る。普通だったら死ぬこと間違いなし。
「とりあえず、あの階段目指して進むとしよう」
俺達は階段に向け、一歩踏み出す。が、そう簡単に塔は頂上へつくことを許してはくれなかった。
『召喚士とその一行よ』
広場の真中まで足を踏み入れた時に、上から重々しい声が響く。といっても空気が薄いのであまり大きくは響かないが、この声は夢で聞いたことのある声だ。
『よくぞここまでたどり着けました』
次は淡々としたシーナに似た雰囲気の声。こちらも夢で聴いた声。やはりここがあいつらの二人の根城だろうな。やっとそれっぽい感じがつかめてきた。
『だが、試練は後二つあるのじゃ。それを達成したとき、お主らには大きな加護が与えられるであろう』
『ですが、ここを突破できたのは未だいません。諦めてびゅーんと尻尾巻いて逃げ帰ってもいいんですよ』
「何この声。バカにしてるのかな?」
「さっさと声を無視していくべきですね。聞くだけ無駄です」
「それもそうだな」
俺達は試練が後二つあると知っても驚くことはなかった。寧ろその声が俺たちの足を進めさせる糧となったためである。無視しつつも俺達は螺旋階段の元へと進むが――
「通れねぇ……結界かよ」
「ちょっと待って?最後まで聞かなきゃダメなの?」
「意味ない……です」
「無駄な時間ですね」
「お前ら緊張感ないな」
完全に聞き流していた俺達だったが、螺旋階段の目の前に結界が貼ってあり、突入することはできない。素直に待てということかよ。壊せそうな気もするが。
『――なので、貴方達には最後の試練にたどり着くための、最初の試練として、この魔物たちを倒して見なさい』
『それが出来るなら自ずと道は開けるであろう』
すると、広いこの部屋の床いっぱいに大きく書かれた魔法陣が急に輝き出す。そこから生え出てきたのは、魔物だ。
明らかに多数の魔物と戦えという事だろう。
「やっと終わったの? 僕待ちくたびれたよ」
「ワタシも今回は……がんばります!」
「ちょっと……多くないか?これ数百は……」
「口を閉ざしなさい。魔法解きますよ?」
「そ、それは勘弁」
ぼふんぼふんと、煙を上げつつ、色々な魔物が召喚される。レベルが高いのは100以上のもいるが、低い40レベル付近の魔物もちらほらいる。かなりレベルがまばらだ。
『これらはここで死んでいった召喚士と契約していた魔物たち。貴方たちにに倒せるでしょうか』
「……って全部倒せってことだよね?」
アルトが再確認するように俺に声をかける。彼女に任せれば全て終わりそうな気がする。
なので俺は無言で頷いた。
すると、彼女だけではなく皆から魔力や威圧感が迸る。あれ?皆こんなに戦闘が好きな人達だったか……?
「ちょっと多いからそっちは任せるね!」
「分かり……ました!」
「次こそは蹂躙させて頂きましょう」
「これで貸しを返せるとは思えねぇが、少年たちの好感度は稼げるな!」
完全にやる気である。恐らく召喚士の試練なのに召喚士が置いてかれてしまった。
「じゃ……行くよっ!!」
それと同時に皆は駆けていった。その声と同時に魔物が数匹消失してしまったので、もうアルトが勇者で良いではないのかと思ったのは内緒である。
ご高覧感謝です♪