第81話 遠征ライフその3
「はぁぁ……あいつ、場所知ってたのかよ」
まさかそのためにここまで来ていたとは……。
俺に貸しを作りたがっているのは、恐らく何かに協力をさせるため。だから貸しをつくることに躍起になっていたのだろう。
面倒くさいからといって読まなかった俺は、昔の俺に一言物申したい気分だ。
「ど、どーするユウ? あの人迎えに行くの?」
「あの人……苦手です」
「私はあの人が嫌いなのでいきたくないですね」
女子勢の反応はなかなか辛烈であった。
しかし何も手がかりのないままふらふら探し回るのと、既に手がかりをつかんでいるドリュードに聞くことを比較すれば、彼から場所を聞き出す方が圧倒的早いし、確実だ。
「はぁ……迎えにいかなきゃダメだなこれは」
「僕も行こうか?」
「いや、すぐ戻るから大丈夫だ」
アルトが一緒に行くことを聞いてくるが、多分すぐ戻れるので断っておいた。彼を送った先は魔界である。
もしドリュードが魔界の人目がつくようなところに行っていて、彼を探している最中にアルトが俺と一緒にいるところを魔族に目撃されたならば、彼女の身に何らかの悪影響があるだろう。
彼女の立場を考えても、付いてこさせないのが一番だ。
「私はあの人と出来る限り関わりたくないのでここで待機しています」
「ワタシは……アルトと一緒にいる、です」
「おう、了解した」
「おーいお前ら!もうそろそろ休憩は十分だろう! 料理の手伝いをしてくれ!」
先生が遠くから俺達に声をかける。料理は先生が受け持ってくれるらしい。それにしてもドリュードが嫌われすぎていて可哀想になってきたな。
どうせあと数回の付き合いになるだろうが。
「んじゃ俺は行ってくる。先生にはトイレって伝えておいてくれ」
「了解! 気をつけてね? 変な女の人に絡まれたら殺していいよ?」
アルトが冷酷なことを言い放つ。魔界なのだから同族の住民ではないか……と思ったが口には出さなかった。
これはアルト並の心配なのだろうか?
俺は少し離れた所にて転移魔法を使い、彼を送った場所、レトリバーもどきが横行闊歩する場所、俺の異世界ライフのスタート地点へ向かう。
暇な時は魔法訓練という名目であの場所に向かうので、行くのは久しぶりということではない。
彼を転移したのはいいが、送ってそうそうに魔物とばったり会ってしまった、ということもありえるので少し急ぐことにしよう。
一つ星なのでまさか大丈夫だとは思うが。
転移を行うために光に包まれている途中、なにかの声のような音が耳に届いた。それは、助けを求めるような、切羽詰った音であった。
光に阻まれそれは聞こえなくなったが、何だったんだろうか。気のせい、なのか……?
光が収まり、見えてくる慣れ親しんだ光景。
壁や地面には訓練によって作られた多数の傷跡があり、鍾乳石で作った生活用具は隅に置いてある。
ここに帰ってくれば、自宅のような安心感がある。
「さてあいつは……一応生きてるな。戦闘中らしいが」
気配探知を使い、彼を見つけた。
スキルによれば、恐らくリューグオと戦闘していると思われる。
彼までの距離はおおよそ七百メートル。
昔のリューグオは戦法さえわかれば誰でも倒せるものだったが、最近やっと学習したらしく、指クイクイといった生半可な挑発じゃ効かなくなった。
生半可な挑発というのもおかしいが、最近では言葉による挑発が最近ではメジャーである。魔物に対して。
「迎えに行ってやるか」
ここまで送ったのは俺だが、それは気にしてはいけないだろう。
一応助けるということでこれを無理やり 貸し にすれば良いのだ。結果オーライ。
俺は目的のため、彼に向けて駆けていった。
~~~~~~
「クソッ! こいつ硬すぎだろ?!」
「ガォォォッ!」
重い、金属同士がぶつかるような音が暗い洞窟に響き渡る。夜目のスキルがなかったらこの場所にいるだけで死んでいただろう。なぜオレはこの魔物に不意打ちしてしまったのか。
この角の生えた珍しい魔物……まぁ沢山いたが、目の前にいた魔物は倒せそうであったため、背中に攻撃を思いっきり叩きつけた。それから長きにわたる戦闘が始まってしまったのだ。
「喰らえっての!」
高速で後ろに回り込み、がら空きの背中に大剣の一撃を叩き込むが――
「ガォォォッ!」
弾かれてしまった。仕方なく後方へ下がった途端、リューグオは背後に向けて大きな口を開き、ブレスを吐き出す。
「あっつ!?」
避けたのにも関わらず、高温の熱風が届く。
彼らのブレスは、辺りの鍾乳石を溶かすほどの高温であった。こんなものに触れたとしたら骨すら残らねぇよ?! って突っ込むほど、熱そうだった。
全く、あいつはなんてところに飛ばしてくれたんだ!
転移石を使いたいところだが、こんなところ来た時もないし、目的地とするその土地の魔力を感じることもできない。
僅かにでも知っている土地の魔力を感じられれば……!
「ギャォォッ!!」
「くっ?!」
凄まじいスピードで近づいてきたリューグオはそのスピードを生かしつつ、爪を俺に向け、突き立てようとしてきた。
予想外の速さであったため、回避を試みたが……少し遅かった。服が破け、肩を切り裂かれる。
「ガルッゥ!」
勢い余って魔物は壁にぶつかり、盛大な音を立てながら壁は破壊された。
リューグオの動きが止まった。これはオレからしてもチャンス。柔らかいであろうお腹に向け相棒の魔道具の一撃を叩き込む。
この魔道具は、遠距離攻撃をモードと、近距離攻撃モードを切り替えられる機能がある。
遠距離モードは魔力を消費し、魔法の弾丸を打ち出すものだ。これは、威力は低いものの、ゴブリン程度ならこれだけで倒せるほどである。
近距離モードは鋭い大剣の状態になり、なかなかの高威力を見せてくれる。そんな武器の大振りの一撃を与えたのだ。確実にダメージは通る。
「ガッ……ギャォォッ……」
大きく地面を揺らして力なく倒れる。なんとか仕留められたようだ。危ない戦いだったな。
ブレスさえなければもっと楽に仕留められた筈なんだけどな。
「つっ……文献ではSランクだったはずなんだけどなぁ……これはもっとあるだろ?」
そんなことを呟きながら魔道具を剣モードのまま、リューグオ角をへし折る。
コイツの角はかなり貴重な為高く売れる。負傷に見合った対価だろう。
止血処理をしながらこいつを振り返り、分析する。
戦闘後が大事だと師匠に教わったしな。
「完全に対人したことあるような動きぶりだったな……誰か来たことあるのか?」
勝手な推測だが、フェイント、予備動作の少ない動き、これらの攻撃を多用していたため、動きは完全に人に慣れていることが分かる。
すると、そんなことを考えていたその時に、オレの気配探知が異常者の気配を伝える。
「……な……んだ……この気配」
伝わるのは圧倒的な強さ。そして、死の恐怖。
どれだけ離れているのか分からないのに、召喚士の隣にいたあの娘よりも存在感が強く伝わる。
顔から一気に血の気が消える。ほかの人がオレを見たら確実に一言二言いうであろうくらい青くなっているんじゃないか?
「ふは……は……これは……やばいな」
人間は本当にやばいと乾いた笑いを上げるらしいが本当のようだ。思わず座り込む。
本能が全力で警笛を鳴らすが、足が震えて動かない。未だにその姿が見えないのが余計に恐怖心を煽っている。
気配はどんどん近づいてくる。オレは無意識にペンダントを握った。戦ってもいないが……もう終わりだろう。これは現実であり、夢ではない。じくじくとした痛みも現実をひたすらに伝える。
軽い足音がいくつも聞こえてくる。まるで死神がこちらへ向かっているような錯覚を覚えた。
体の震えより強いものになる。気配を出していないのに完全にこちらに気がついている。
「ほうほう……まさかこんなところに人間がいるなんてね、私びっくりだよ」
高い声の主――彼女は、見ただけで万人が惚れてしまいそうなほど、美しく、職人の細工でも作り出せないような美しい表情をしていた。
そして完璧なプロポーションに、艶やかな灰黒色の髪。さらに赤い目に黒い目のオッドアイ。
普段ならデレっとなってしまうかもしれないが、こいつの前では、そんな考えはほぼ思いつくことすらないだろう。
なぜうっとり出来ないのかは、こいつが放つ圧倒的な王の覇気にある。
これだけで既に失神してもおかしくはないほど、アホみたいな圧力である。
挙句の果てには後ろの黒いローブの集団は、気配すら感じ取れない。もうどうなってんだよこれ……
「あらあら? 随分怯えているけど大丈夫かしら? 坊や」
坊や呼ばわりされて物申したいのはやまやまだが、コイツの覇気がそれを許さない。いま、オレの命は完全にこいつの手の上だ。
「そんなに震えちゃって……可愛いわね。だけれども人間っていうのが残念だわ。人間は……殺さなきゃね?」
その言葉を聞いた途端、ただでさえ冷えきった身体に冷たいものが無理やり流し込まれたような錯覚を感じた。もう……終わりだ。
「少し興味はあったけど……貴方は将来的に危なそうだし……早めに消しとくね?」
女性の手の平から圧倒的な密度を誇る魔力の玉が生成される。
純粋な魔力の玉なのに宮廷魔道士の上位魔法並の魔力を感じとった。
「悪い……オレはここで……終わりだ……」
ペンダントを強く握りながらオレは叫びたい気持ちを必死で抑える。どうか次の命があるなら……少しでも彼女と、一緒に――
「さよなら♪」
衝撃に備え目を瞑る。思い出すのは無慈悲にもオレをこんなところに送ったユウ ナミカゼ。
全く最後の最後に変な奴にしか会ってねぇよ……。
絶望に押しつぶされたこの時、ドゴォォォォォッ!!っと少しだけ離れた場所から大爆発が起こる。
衝撃波によりオレは少しだけ吹っ飛ぶ。これだけ離れているのにいるのに衝撃波が……ってオレは……生きてる?
「ぐうっ……ってオレ……は……?」
「貴方……全然気配感じられないからね。おどろいちゃったよ」
どこか面白そうな声音で爆発が起きた方向へ目の前の彼女は声をかける。……が返事はない。
「貴方が生きているのは知ってるよ? 出ておいで?」
その声を彼女は言い放った途端、オレは正直信じられないくらい驚いた。
なにせ……ここに送った張本人がここに居るのだから。
彼はゆっくりと、怖がったようすもなく、目の前に出てきた。
コレだけの覇気があるなか、ちっとも慌てていたり、焦っていない。
「おいおい……お前何者だよ。気配遮断を使ってたはずだが?」
「女の直感……かな?」
普通にコイツと会話しているだけでオレはおかしいと思える。こいつは……この召喚士は本当に……何者なんだ?!
「なるほどな。お前があの声の主か。随分物騒な事だな。元魔王サマ?」
「ふふふ……私にタメ口で話せるだけでも十分すごいと思うけどね? ユウ ナミカゼ君?」
~~~~~~
ドリュードまでおおよそ百メートル程まで近づいた時に、気配探知に異常な反応を映す者がいた。
それがこの彼女だ。
その反応は、俺以上レベルにしか反応をしない警告のサインでもある。
気配遮断は最初から使っていたため、バレることはないと思っていたが、結果はご覧の有様である。
俺がもともと居た場所は完全に消失していて、地面そのものが無くなっている。こんなものを喰らったら俺も直ぐに存在が無くなってしまうだろう。スキルが本当に発動しているのか怪しく感じる。
それにしても彼女は……似ているな。アルトに。
髪色は同じだが、こちらはセミロング、背はアルトより少し高いが顔つき、口調まで似ている。間違えなくあの時の水晶に録音された声の主だろう。
「何でここにいるのかしら? 貴方はあの娘と一緒にいるじゃないの?」
「ん? あの娘って誰だよ? 俺にはあいにくそんな知り合いは――」
いない、といいかけた途端彼女はポケットから紙のようなものを俺に向けて見せる。ドヤ顔で。
「これでもかな?」
「……それが回ってるってことはアルトも不味いか?」
「大丈夫だよ。まだ国民には見せてないし。もっともそろそろ拡散するつもりだけど、安心してね?」
「それの何が安心出来るのか逆に聞きたいわ」
その紙には、俺とアルトが共に写っている写真であった。いつの間に取られたんだ?
ドリュードの元へ歩み寄る。完全に腰が抜けている。顔は……どうしたんだ って一言伝えたいくらいにまで青くなっていた。
「あははっ……君面白いね? どう? 私の下僕になってみない?」
この瞬間にドリュードを連れて転移するため、隠れて転移石を取り出す。魔法ではなく石を使う理由は、転移魔法を使えると知られないためだ。
こいつの実力は未知数であるのにも関わらず、対面してみれば全く勝利が見いだせないのだ。戦えば、数秒と経たずに殺されるであろう。
現在手に持つ石は閃光を放つ転移石なので、目くらましにはなるはずだ。
それにしてもこの威圧感は、不味い。絶対に戦ってはいけないと本能が訴えかけているようだ。
「あいにくだが断らせても「おっとと……それ《没収》ね。逃げにちゃダメだよ?」……なんだよ、それは……」
閃光転移石が、彼女の言葉を発した途端に、俺の手から勝手に抜け出し、彼女の手の上に集まる。ドリュードのもつ転移石五つも彼女の掌の上だ。
「随分面白そうな魔法使うな」
「でしょ? あなたの使う魔法も面白そうだけどね?結構見せてもらってたよ? 例えばほぼ全属性つかえるとか……ね?」
「…………」
こいつ、どこまで知ってるんだ?ちょっと驚きだ。まさかストーカーかこいつ?
流石に創造魔法見られてたらやばいよな。魔法を奪う魔法があるかもしれない。とりえあえずここから逃げなくては……な。
「それは置いといて……どうかな? 私の下僕になってみない?」
次は黒い玉を手の上に浮かばせながら、それと同じく黒い笑顔で語りかけてくる。
掌の上の転移石はそれに飲まれて消失してしまった。
逃げるなら……今か?
俺はドリュードの肩に触れ、転移魔法の準備をする。魔力を体の外に漏らさない訓練が発揮される時だ。バレたら……色々あるだろうが、とりあえず死ぬのは確定だ。体の中で焦らずゆっくりと魔法を構築する。
「衣食住、完璧なものにしてくれてるならいいぞ? なおかつ下僕になるとはいえ、仕事は選ばせてもらうがな」
それは完璧に同居人である。心でツッコミを入れながら魔法の構築を急ぐ。バレないようにしっかりと丁寧に構築。この場所が人間界から余りにも遠い場所であるため、時間がかかっている。
そのために、何とか時間を稼ぎたいところだ。
「あっははは! 君面白いねー……殺してでも、君が欲しくなってきちゃったよ?」
さらに暗い笑みを深める彼女。不味い、殺されるフラグだ。
時間かけようとして選択肢間違えたか? 大丈夫。焦らず時間を稼ごう。あとおおよそ五秒だ。
「残念だがそれは無理だな。死んだら俺はもう動かない。なので殺すなよ」
命乞いである。クールだと思っていたやつが突然命乞いをするのだ。これは効果が――
「殺してもこれがあるから生き返らせてあげるよ? 君見たいな可愛い坊やは改造して、ネ? あ、そーだ。生き返らせるのは絶対服従の副産物があるから、やっぱり殺してあげる。そのあとじっくり……ね?」
なかったよ。
と、ここで彼女は、黒い玉を空間にいくつも展開しながら、上着の裏から本を取り出す。その本は黒いだけではなく……震え上がる程の恐ろしい魔力を宿していた。
「なんだよ、それ」
魔法の準備は完了。だが、これだけは聞きたかった。なにかあの本は……とんでもないもののような気がする。
「今から死ぬ君におしえてあげるよ? これはね……私の妹が書いた呪書・グリモワールだよ! これで君も生き返れるよ?」
じゃーんと効果音を自分で発しながら元気に見せつける彼女。
……あれって人の手に渡ると不味いんじゃなかったっけか?……いや、でもアルトにはこのことを黙っていよう。また感情を不安定にするのは俺にしても、よろしくない。
「死にたくないので俺は帰らせてもらおう。じゃあな」
「へっ? 君は転移石持っていないはずじゃ……」
驚いた時に素の表情を見せるところなど、本当にアルトにそっくりである。
彼女のオッドアイが大きく見開かれた途端、俺は転移魔法を発動した。
彼女は凄まじく驚いていた様だが、すぐに物凄く真面目で、猛禽類のようなギラギラと殺意に満ちた表情になる。
『――っ!』
黒い玉は消失したが、手を光に包まれている俺に向け、口をぱくぱくと動かし何かを唱えたようだ。
なんのことだか分からないがとりあえず脱出である。
光が収まると、そこはアルトが破壊したダンジョンの最深部であった。
「ドリュード。二つ貸しな。一つはお前を助けたこと。もう一つはあそこから出してやったことだ」
「…………」
ドリュードは驚いて何も言えないようである。
俺は集中しすぎて疲れたので、彼に一言物申してから皆の元へ戻ろうとする。
「俺は疲れたから明日話してくれ。じゃあな。生徒はこないと思うがここら辺で野宿でもしたらいい」
そのまま俺は転移魔法を発動した……が
「……?」
何時まで待っても光が起こらない。魔力消費も感じない。
理由が気になり、ステータスの魔法の欄を見ると、
「……転移魔法……ないんですけど」
「……は?」
俺の何処か寂しい呟きと、ドリュードの 何言ってるんだコイツ の意味が含まれた声が、チカチカな洞窟で木霊した。
総合ポイントが5000ptを突破しました!!
ご高覧感謝です♪